第百三十七話 ドラゴンライダーのディオン
更新ミスで抜けてしまったらしく、差し込みで公開します。
本当にすみません。
「ディオン殿ーっ! ご無事ですかーっ!?」
一台の馬車がこちらに向かっており、御者台に座って手綱を握る兵士が声を張り上げている。
それがシュトル王国の騎士団であることは明白であった。しかしディオンは驚きの表情を浮かべていた。
やがて馬車がゆっくりと止まり、一人の騎士がディオンの元へ走ってくる。
「ディオン殿、ご無事でなによりです!」
騎士がビシッと敬礼する。
「我々はシュトル王国騎士団の増援隊でございます。ギルドマスターとリック国王からの命により、ここに参上つかまつりました!」
ハキハキと言い放つ騎士の後ろでは、他の兵士たちも揃って敬礼している。しかしディオンは、未だ驚いた表情のままであった。
何故、彼らがここに現れるのかが分からないでいるのだ。
捕らえた闇商人を引き渡し、騎士たちと別れた自分がここにいる。他の騎士たちは闇商人を運ぶべく、全員が王都へ向かったハズだ。しかもその時の馬車は一台しかなかった。往復して戻ってくるには早すぎる。
となれば自然と、別の考えがディオンの頭の中を駆け巡るのだった。
「もしや……ギルドマスターは前もって、そなたたちを?」
「えぇ。厄介なことが起きているだろうからと、そうおっしゃっておられました」
「そういうことか……」
してやられたなと言いたげに、ディオンはフッと笑う。
「そこの四人の亡骸を、丁重に回収してくれ。今回の件の関係者だ」
「はっ!」
騎士と兵士たちが動き出す。それを見届けたディオンは振り返り、マキトたちに向かって笑いかけた。
「さてと……改めてあの四人のことと、そこの飛竜について、キミたちにも話さなければならんな」
そしてディオンから、粗方の事情が話された。
小さな飛竜が連れ去られてきたことを知り、マキトたちは大いに驚き、そして大いに憤慨する。既に犯人である闇商人は捕らえたから安心しろと、ディオンが宥めながら言うのだった。
既に息絶えている四人の男たちは、揃って闇商人に利用されていた。しかしそれについてはどうでもいいと、マキトたちは思っていた。
「きっと、悪いことをした天罰が下ったのですよ!」
まだ怒りが収まらないラティに、マキトや魔物たちも同意するかのように頷く。そしてそれを、ディオンは否定するつもりもなかった。
「そうだな。俺もそう思うよ」
ディオンは頷き、そして続ける。
「俺はオランジェ王国のギルドマスターから、連れ去られた飛竜を保護し、連れ戻すよう言われていた。特別クエストってヤツでな」
勿論、魔物を金で取引すること自体は別に珍しくない。金で売られた魔物が主と仲良くすることも、至ってよく見られる光景だ。
しかしこれが闇商人になると、話は違ってくる。非合法な形で得た魔物を、勝手に他国で売りさばくのだからタチが悪い。
しかもその相手は、決まって地位と名誉にしか興味のない貴族、もしくはそれに準ずる立場の高い人物となる。そのような者へ売られた魔物が、幸せになれる可能性など皆無に等しいのは明白である。
ギルド側がそれを許すわけにはいかず、ディオンのような冒険者に特別クエストとして依頼することは、決して珍しくないことなのだった。
「保護したのがキミたちで、本当に良かった。飛竜も懐いているようだしな」
「キューイ♪」
ディオンが穏やかな笑みを浮かべると、小さな飛竜も嬉しそうに鳴いた。そこに騎士が走ってくる。
「四人の遺体は確認いたしました。我々が丁重に王都まで運びます」
「よろしく頼む」
ディオンが頷くのを確認し、騎士はマキトたちのほうへ歩いてきた。
「キミたちが、連れ去られた竜を守ってくれたそうだね。騎士団として、我々からも礼を言わせてもらう」
「いえ、当然のことをしただけですから」
マキトがそう言うと、ディオンが言葉を続ける。
「今ちょうど、竜のことについて彼らに話していたところだ。もうしばらく時間がかかると思うので、済まないが、先に王都へ帰還してはくれないか? 私も話が終わり次第、すぐに向かう」
「承知いたしました。国王と冒険者ギルドへは、一足先に報告しておきます」
「あぁ」
そして、騎士と兵士たちは馬車へ乗り込み、東に向かって走り去っていった。
流石に血だまりなどは残されたままとなっているが、四人の遺体が片づけられただけでもマシだろうと、ディオンは思う。
「ディオンさん、一つ聞きたいことがあるんですけど……」
静かになったところを見計らい、マキトがディオンに質問を投げかける。
「ドラゴンライダーって、冒険者の職業ですか?」
「あぁ。どうやらその様子だと、初めて知った感じだな。まぁ、無理もないか」
首を傾げるマキトにディオンは苦笑する。
「冒険者の職業には、特別な条件を満たさないとなれないモノが存在する。ドラゴンライダーもその一つなのさ。まぁ、見た目はドラゴンを相棒にしている戦士とかでしかないがな」
確かにディオンの見た目は剣士そのものであり、傍から見れば特別な職業であるとは思えない。
それは確かに言えていると思ったマキトは、小さな苦笑を浮かべた。
「にしても、特殊な職業か。そんなのもあったんだ……」
「まぁ、ギルドでも詳しい説明がされることはないからな。知らなかったとしても不思議ではないさ」
ディオンの説明を聞いたマキトは、そういうもんかとひとまず納得する。そしてマキトは、ひとまず今の話で抱いた疑問を尋ねることに決めた。
「冒険者のランクを上げれば、なれる可能性が高くなるんですか?」
「いや、それがそうとは限らないらしい。これはあくまで聞いた話なんだが、過去にはランクG――つまり最低ランクのヤツでさえ、特殊な職業に就く資格を得たことがあるらしいんだ」
ディオンの話が本当だとすれば、その特殊な職業を得るために、冒険者のランクは関係ないことになる。
マキトがそう思った瞬間、ラティが詰め寄るようにディオンに問いかけた。
「じゃあ、もしかしてマスターにも?」
「可能性は否定できないだろう。もっとも、ドラゴンライダーか別の何かかは、流石に分からんがね」
ディオンが笑いながら答えると、ラティが表情を輝かせながらマキトを見る。
「マスターマスター、折角なのですから目指してみませんか?」
「目指すって言われてもなぁ……そもそも条件が分からないんじゃ……」
「色々試せばいいだけなのですっ! 例えば魔物さんを新しくテイムするとか!」
「いや、それもう、前からやってきてるから」
興奮して詰め寄るラティを、マキトが両手を掲げて落ち着かせようとする。その姿を魔物たちが楽しそうに見ている光景は、ディオンからしても、微笑ましいと思えてならなかった。
その一方で、ディオンはこうも思った。
(ふむ、魔物使いに該当する特殊な職業か……やはり想像がつかんな)
そう思う理由は、前例がないからだ。
剣士や魔導師などと違い、魔物使いで活動する冒険者は、未だマキトを除いて存在するかどうかが微妙なところだ。少なくともディオンからすれば、他に一人もいないと見ている。
(確か、彼以外の魔物使いで、最後に確認されたのは十二年前だったか。人間族でかなり優秀な女性だったと聞いているが、惜しい人を亡くしたモノだ)
その女性が、マキトと非常に深い繋がりがある人物であることを、ディオンは当然ながら知る由もない。
(単に他の者が食わず嫌いをしているだけなのか、それとも彼が本当に特殊過ぎるだけなのか……)
魔物使いが役立たずという評価については、確かにここ最近薄れてきてはいる。これもマキトたちのおかげなのだろうということは、容易に想像できる。
しかし、他の職業に比べて、より特殊な部分が大きいという点は否めず、たとえギルドで魔物使いの才能が見出されたとしても、安易に手を出したくないと考える者が殆どなのが、現状なのであった。
(たった一人とはいえ、彼という魔物使いがいるんだから、それを参考に……)
ディオンはマキトの傍にいる魔物たちを見比べ、そして表情が止まる。
(……するのは難しそうだな。あからさまに珍しいのが多すぎる!)
妖精、フェアリー・シップの存在に加え、リムとフォレオが普通の獣型な魔物でないことも、ディオンはなんとなくながら見抜いていた。
詳しいことまでは分からなかったが、妖精などに準ずるレベルの珍しさを誇っているのだろうと。
だからこそなのだろうが、見た目ごく普通のスライムがいるという点も、何か大きな秘密を持っているのではないかと勘ぐってしまうのは、ある意味仕方がないと言えば仕方がないことであった。
ラームは正真正銘、普通のスライムであることは確かなのだが、ラティたちの珍しさに、思考がマヒしつつあるディオンなのだった。
(まぁとにかく、俺がどうこう考えても、仕方がないことではあるか……)
むしろこれ以上考えたら収拾がつかなくなる。そう思ったディオンは、半ば無理矢理折り合いをつけるのだった。
◇ ◇ ◇
夕暮れの平原にて、一つの別れが訪れようとしていた。
ディオンの腕の中に納まっている小さな飛竜が、マキトたちに寂しそうな表情を向けていた。
「キュウゥーイ……」
もうちょっと一緒にいたいと言わんばかりの鳴き声。それに対して、マキトとラティが優しげな笑みを浮かべた。
「いつか絶対、オランジェ王国へ会いに行くからさ」
「それまで少しのお別れなのですよ」
そうはいっても、やはり寂しさは拭えないようであった。小さな飛竜から、落ち込んだ表情が戻らないでいる。
マキトは小さな飛竜の目の前まで行き、かがんで顔の高さを合わせた。
「もし今度会ったら、俺たちの仲間になって、一緒に旅をしないか?」
「キュ……キューイッ♪」
やっと嬉しそうな笑顔を見せた小さな飛竜の頭を、マキトは優しく指で撫でる。そして姿勢を戻し、ディオンを見上げるのだった。
「じゃあ、ディオンさん」
「あぁ、コイツは俺が責任を持って送り届ける。安心してくれ」
ディオンの強い笑顔に、マキトたちは頷く。
やがてドラゴンは、大きな翼を羽ばたかせて飛び上がる。マキトと魔物たちは、大きく両手を振りながら見上げていた。
「バイバーイッ!」
「またいつか、どこかで!」
ラティとマキトに続き、他の魔物たちも鳴き声でサヨナラを告げていた。そんな彼らに対し、ディオンは片手を軽く上げながら見下ろす。小さな飛竜も、精いっぱいの鳴き声によって応えていた。
ドラゴンが東に向かって飛び出していく。真っ赤な夕日を背に空を駆ける中、ディオンは思った。
(前は幼い子供同然だったというのにな。見違えたとまでは言わんが、なかなか大きくなったもんだ)
自然と小さな笑みがこぼれる。冒険者の先輩として、後輩が育ってきているのが嬉しいのだ。
(彼はもう、初心者を十分に卒業していると言えるだろう。強さに関しては、まだまだと言わざるを得ないが……)
それでもたった一年半近くと考えれば、十分な成果だとも言える。何年かけても伸びない冒険者は数知れず。オランジェ王国においても例外ではなかった。
それどころか、たった一回の挫折で諦め、わずか数ヶ月で引退してしまう冒険者も存在する。こればかりは流石のディオンでも、惰弱にも程があると、ため息をつきたくなってしまうところであった。
これはオランジェ王国だけに限らず、全ての国に当てはまることではあった。
特にここ最近の若者に、その傾向が非常に高く見られており、ギルドマスターや一部の冒険者から、未来を心配する声も出てきていた。
かくいうディオンもその一人であった。故に、可能性のある若き冒険者に出会えたことに対し、嬉しく感じることは、むしろ自然なことと言えるのだった。
(まぁ、彼らの場合、強さを求めるという考えは、それほどないのだろうな。旅を重視する冒険者も珍しくない。むしろ立派な一つの考え方だろう。そして、恐らく彼らもまた……)
確かに冒険者である以上、強さを求めるに越したことはない。しかし冒険者は、決してそれだけじゃないという考えもあった。
冒険者は基本的に自由なのだ。自由であるが故に、その考え方が定められているワケでもない。
強さを求めるも良し。世界を旅することを重視するも良し。冒険者をどう考えるかについては、まさに人それぞれで良い。そうディオンは思っていた。
――マキトたちが自身の考え方を貫いてほしいと、そんなふうに願いながら。
「楽しみだな」
「キュイ?」
「マキト君たちと、また会える日がだよ」
「……キューイッ♪」
「ハハッ、そうかそうか。そんなに楽しみか」
ディオンと小さな竜の楽しそうな声は、夜を迎える平原の風に吹かれ、あっという間に消えていくのだった。