第百三十五話 激突
丘の頂上で朝を迎えたマキトたちは、小さな飛竜について話し合っていた。
できればもう少しゆっくり休ませたいところだが、ここら一帯は他の冒険者などが立ち寄る可能性もある。故に場所を移動するべきだとマキトは考えた。
「クラーレのじいちゃんちなら、安全そうだよな」
「そうですね。あんな山奥に誰かが来るとも思えないですし」
マキトの提案に、ラティは頷いた。話を聞いていた小さな飛竜も鳴き声を上げ、賛成の意を表していた。
そんな小さな飛竜の背中を優しく撫でながら、マキトは言う。
「もっと元気になったら、俺たちがオランジェ王国まで連れてってやるからな」
「ちゃんとパパさんとママさんのところに、送り届けてあげますからね」
「……キューイッ♪」
マキトとラティの言葉に、小さな飛竜は嬉しそうな鳴き声を上げた。他の魔物たちも皆、嬉しそうな表情を浮かべている。
こうして、再びクラーレの家がある山奥へ向かうことが決まったマキトたちは、早速出発することにした。四足歩行の獣姿に変身したフォレオに乗り、快調に丘を下りていく。
途中でポイズンパピヨンたちに遭遇するのではと危惧していたが、何故か一匹も姿を見せることはなかった。昨日の雨と、巨大なポイズンパピヨンを退けたことが相まって、他の場所へ飛んでいったのだろうかと、マキトは予測していた。
(とりあえず、このまま何事もなく平原には出られそうかな?)
マキトがひっそりと安堵の息を漏らしたその時だった。
「……マスター! 誰かが丘を下りたところにいるのです!」
「えっ?」
ラティが突然叫び、マキトが前方に目を凝らす。確かに降りたところに、四人の男らしき人物が立っていた。
あからさまに待ち構えているかのような立ち振る舞いをしており、遠巻きから見ても素通りできるような感じではない。
「嫌な予感しかしないな」
「えぇ、覚悟しておいたほうが良さそうなのです」
マキトとラティの言葉に、他の魔物たちも、そして小さな飛竜も身構える。
近づけば近づくほど、待ち構えている男たちのギラついた視線が目立つ。できれば関わりたくないというのが正直なところであったが、相手の位置や地形的に、強行突破するのも難しいと判断できる。
やはり立ち止まって相手をするしかない。改めてそう思ったマキトは、丘を下りる少し手前で、ロップルに速度を落とすよう指示を出した。
『本当に止まるの? 今のぼくなら、あんなヤツら簡単に蹴散らせるよ?』
少しずつ速度を緩めながら訪ねるフォレオに、マキトは苦い表情を浮かべた。
「確かにフォレオならできそうだけど、無暗にそんなことさせたくはないな」
「もし襲い掛かってきたら、その時に倒せばいいだけなのです」
『んー、わかった』
マキトとラティの言葉にフォレオが頷き、やがて動きを止める。そしてマキトと魔物たちが、止まったフォレオの背から飛び降りた。
「変身はそのままでな」
『りょーかい!』
マキトとフォレオが小さな声でやり取りしながら、四人の男たちの元へ近づく。同時に相手も、待ってましたと言わんばかりに唇を釣り上げてきた。
「よぉ、兄ちゃん。随分と珍しそうな魔物をたくさん連れてるじゃねぇか」
四人いる中で、特に荒くれな感じが目立つ男が話しかける。
「俺の名はアーダン。シュトル王国の冒険者だ。お前の名前も聞いておこうか」
「……魔物使いのマキトだ」
マキトが一言、そう名乗った瞬間、アーダンはこりゃ傑作だと言わんばかりに、豪快な笑い声を上げる。
「ハハハッ、道理でそんな弱っちそうな魔物を連れているワケだな。珍しいってだけじゃ、大きな金にしかならねぇぞ!」
「アーダンさんの言うとおりだ。ナッツもそう思うだろ?」
「全くだぜレジィ。ハハッ!」
それに合わせるかのように、レジィとナッツも笑う。あからさまに見下していることが分かるが、マキトたちは特に相手をするつもりもなかった。
その時、アーダンの隣に控えていた大柄な男が、小さなため息をついた。
「アーダン。今はそんなことはどうでもいいだろう」
「あん?」
大柄な男の言葉に、アーダンが少しばかり不機嫌そうな表情を見せる。だがそれに構うことなく、大柄な男はマキトに視線を向けていた。
「俺は冒険者のガルダだ。そのチビのドラゴンは、俺たちが探していたんだ」
ガルダがマキトの腕の中にいる、小さな飛竜を指さしながら言う。それに対してマキトは、訝しげな視線をガルダに向けた。
「……どういうことだ?」
「簡単な話さ。ソイツは俺たちの連れってことなんだよ。無事に見つかって本当に良かった。そのドラゴンを、早いところ俺たちに渡してくれないか?」
優しい口調で語り掛けてくるガルダだったが、マキトはどうにも信じられない気持ちでいっぱいだった。
その時――
「キュイッ! キュキュキュ、キュキュイキューイッ!!」
マキトの腕の中で、小さな飛竜が何かを訴えるかのように鳴いた。それを聞いたラティが、怒りの表情をガルダに向ける。
「ウソは良くないのです! こんな男たちは知らないって言ってるのです!」
「だ、そうだけど?」
マキトや魔物たちの視線が強くなる。同時にガルダからも、優しげな表情が一瞬にして消えた。
「ふん。どうやら素直に渡すつもりはねぇようだな。大人しく従っていれば、痛い目に合わずに済んだモノを……」
そして目つきを鋭くさせ、口調も低く乱暴な雰囲気を出していた。そんなガルダに続き、アーダンたち三人もまた、盗賊のような悪い笑みを浮かべ出す。
「一応言っておくが、手加減する気なんざ全くねぇから、覚悟しておけや!」
「手荒なマネはしたくなかったんだけどなぁ……」
「しょうがねぇよ。俺たちの言うことを聞かなかったのがいけねぇんだからよ」
説得から力づくに切り替えた四人の男たち。その様子はもはや冒険者ではなく、立派な盗賊のそれだということに、果たして気づいているのだろうか。
彼らの狙いは小さな飛竜。絶対に渡すわけにはいかない。マキトはそう思いながら身構える。
「やっぱりこうなるのか。それじゃあ……」
「わたしが行きます!」
「ラティ?」
誰よりも早く、ラティが真っ先に躍り出た。
「昨日はフォレオとラームに全部取られちゃいましたからね。今日はわたしの番なのです!」
振り返りながら小さな拳をグッと握る姿を見て、マキトは苦笑を浮かべる。そして他の魔物たちを見下ろした。
「皆、ラティに譲るってことで良いか?」
マキトが問いかけると、魔物たちは鳴き声とともに首を縦に振る。それを確認したところで、マキトはラティに視線を戻した。
「ラティ、思いっきりやれ!」
「もちろんなのですっ!」
マキトの叫びに答えると同時に、ラティは首飾りに手を触れる。発動した魔力のオーラが、ラティの体を包み込まれていく。
小さな妖精の姿から、スタイル抜群な大人の女性へ。その凄まじい変貌は、四人の男たちの度肝を抜くには十分過ぎるほどだった。
「マスターたちやドラゴンちゃんには……指一本触れさせないのです!!」
右手人差し指をビシッと突き出しながら叫ぶその声は、完全に色気高い大人の女性そのものであった。さっきまでの子供っぽさが目立つ甲高い声が、まるでウソだと思えてしまうかのように。
男たちはあんぐりと口を開けて硬直していた。そんな中、アーダンがいち早く我に返り、再び目をギラつかせながら笑みを浮かべる。
「面白れぇじゃねぇか。俺様の力で跪かせてやるぜ……覚悟しろやあぁーっ!」
「覚悟するのは、そっちなのです!」
両手に魔力を宿しながら、ラティが勢いよく飛び出していくのだった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃――マキトたちがいる場所よりも、少し北東に位置する森の中。そこで一人のローブの男、キリュウ本人が捕らえられていた。
そして捕らえた張本人であるディオンは、呆れた表情で彼を見下ろす。
「利用するだけ利用して切り捨てる……別に珍しい話とは思っちゃいないが、お前さんのような外道は、なかなかいるもんじゃないぞ?」
ディオンは目を細めるが、キリュウは睨みつけるばかりで何も答えない。余計なことを喋らないよう口を閉じているのか、それともただ単に悔しくて唇をかみしめているだけなのか。
どちらにせよ、こうして捕まっている以上、結果は変わらない。王都の騎士団も派遣され、既に彼が闇商人である証拠も出てきている。
彼はオランジェ王国を活動の拠点としており、そこでドラゴンの子供を捕獲し、シュトル王国まで秘密裏に運んできた。貴重なドラゴンを貴族に売り、多額の金を手に入れようとしていたのだ。
しかし入国直後に、まんまとドラゴンの子供を逃がしてしまった。キリュウは大事な商品を、なんとしてでも取り戻したかった。
そこで出会ったのがガルダたちであった。彼らもまた、なんとしてでも手柄を立てたいという気持ちに駆られていた。これほど利用価値のある存在はいないと、キリュウはほくそ笑んだのだった。
ガルダがアーダンを仲間に入れたのは、キリュウにとって計算外だった。
それほど心配するほどではないかと思っていたが、アーダンは目的のためなら何でもするという、利用価値はあれど危険性が高い人物だとも感じた。
どのみち利用するだけ利用して切り捨てるつもりだった。ガルダやアーダンたちに余計なことをしてほしくなかった。
それ故に、キリュウはガルダとアーダンに、危険指定されている魔法具をプレゼントしたのだった。
一度使ってしまえば、命が残る可能性は限りなく低いと言われている代物を。
そこまで明らかになっているにもかかわらず、キリュウは口を閉ざしたままだ。いくらディオンや後ろに控えているドラゴンが睨みつけても、ビクッと驚くだけで何も喋らない。
「これ以上、ここでモタモタしているワケにもいかないんだが……」
ディオンが頭をボリボリ掻きながら、苛立ちを募らせていたその時だった。
「偵察に向かっていた者が戻ってきました!」
騎士団の一人が駆け寄って来た。同時に後ろから、馬から降りた軽装の若い男が走ってくる。
「ここから南西の方角に、大きな丘があります。四人組の男たちが、そこへ向かう姿が確認できました。外見はかなりの荒くれっぽさが目立ち、盗賊なのか冒険者なのかは、こちらでも判断ができませんでした」
「そうか……有力な情報だ。感謝する」
ディオンは若い男に小さく笑いかけつつ、どうやらガルダたちの可能性が高そうだと思っていた。そして彼らがそこへ向かったのは、恐らくドラゴンの子供がいるからだろうとディオンは予測する。
早速その場所へ向かおうと踵を返した瞬間、ディオンは縛り付けてあるキリュウのほうを振り向いた。
「他人を利用しただけでなく、危険な魔法具をも平気で提供した。お前の罪は決して軽くないぞ」
それだけ言い残し、ディオンは返事を待つことなく歩き出す。そして控えていた騎士団の男たちに視線を向けた。
「済まないが、私は南西の丘へ向かわせてもらう」
「こちらはお任せください! 直ちにこの男をシュトル王都へ運びます」
「あぁ、よろしく頼む」
そしてディオンはドラゴンの背に乗り、颯爽と飛び去って行った。それを見送った騎士たちは、縛り付けているキリュウを馬車に乗せ、東へ向けて走り出す。
特に魔物も出てくることなく、馬車は快調に走り続けた。
「完全にだんまりみたいだな」
「あぁ、こっちの雑談にも応じやしないよ」
「それならそれで、尋問のし甲斐もあるってもんだ。楽しみになって来たぜ」
「……お前、最近少しエステルさんに似てきたんじゃないのか?」
「そーいうお前こそ、今のはネルソン隊長っぽかったぞ」
「どこがだよ」
そんな騎士たちの楽しそうな会話にも、キリュウは顔を向けることすらせず、ジッと座っているだけであった。
今の彼が何を想っているのか、それを理解できる者は誰もいなかった。