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たった一人の魔物使い  作者: 壬黎ハルキ
第六章 異世界召喚儀式
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第百二十八話 神の裁きの爪痕~前編~



 その事件は、瞬く間に世界の果てまで広がった。

 異世界召喚儀式。禁忌と呼ばれたそれに、シュトル王国が手を出した。

 結果は見事なまでの大失敗。媒体の少女は消滅し、魔力の爆発に巻き込まれて、国王と大臣も死亡した。そして魔力を輩出した魔導師たちも、体内から全ての魔力を失った影響で、全員帰らぬ人となった。

 幸い、王子リックと王女ファナは、ケガ一つなく助かったため、王家の血が途絶えることはなかった。

 しかしこれらの事実が、人々に大きな疑問を生み出してしまった。

 公式上、リックとファナ以外に、シュトル王家の子はいないハズなのだ。それはつまり国王が、妾や側室に当てはまらない、完全なる非公式で、子を成していたということになってくる。

 この大きな疑惑に、世界が興味を持たないワケがなかった。

 サントノ王国、スフォリア王国、そしてオランジェ王国。これらの国々がこの事件に注目し、様々な議題が湧きあがることは避けられなかった。

 特にサントノ王国とスフォリア王国に至っては、二年前にそれぞれ、王家の者が首班となる大きな事件を起こしている関係もあって、より熱を入れて注目する姿勢が見られていた。

 そして、シュトル王国の――正確に言えば国王の人となりを、改めて反面教師にしていこうと決意する声が増えてきた。

 野心を持つこと自体は大切かもしれないが、持ちすぎて危ない橋を渡ってしまっては元も子もない。何事もほどほどという言葉を覚えよう、と。

 特にサントノ王都とスフォリア王都では、この事件を他人事とは思えなかった。まさに二年前、このような事件の一歩手前まで来ていた。そのことを改めて思い出したのだ。

 それもあってか、この両国は、シュトル王国への支援を進んで申し出た。

 物資の運搬、冒険者たちによる復興作業の手伝いは勿論のこと、両国の王族がシュトル王国へ長期訪問する姿も見られた。

 サントノ王国からは第一王女のレティシア、そしてスフォリア王国からは、第二王子のセドが視察に訪れ、それぞれアドバイスを送る。

 それらの言葉は、急きょ新たに即位したリックにとっては、とてもありがたいことこの上ないモノであった。


「本当になんと礼を言ったら良いか……レティシア殿とセド殿には、感謝してもしきれません」

「頭を上げてください。今のアナタは国王なんですよ?」

「だから何だと言うのです? 感謝の気持ちを態度で示すのは、至極当たり前のことではありませんか!」


 リックが声を荒げると、レティシアが軽く噴き出した。


「す、すみません……今のリック様の発言が、お父様と似ていたモノで……」


 そしてどうにか息を整えたレティシアは、改めて咳ばらいをする。


「リック様。その心掛けはご立派だと思いますが、何事もやりすぎは毒です。アナタが倒られたら、それこそこの国は一大事となるのですよ? 今一度、そのことを改めて理解するべきかと」

「はい……心得てはおりますが……」


 リックが重々しく頷くと、レティシアは深いため息をついた。まるで、本当にしょうがない子ね、と言わんばかりに。


(もう少し肩の力を抜いても良いと思うのだけどね……実際、この町の人々も、リック様のことを想う方はとても多いのだから……)


 これも視察がてら、レティシアがお忍びでシュトル王都の町を歩いて気づいたことであった。

 急に新しい国王が誕生したということもあり、不安に思う声も少なくない。リックに対する疑問や不満を抱く声も、やはりそれなりに聞いてしまう。それでもレティシアからすれば、ほんの些細なモノに過ぎないレベルでしかなかった。

 むしろリックを心配する声のほうが多かった。事件以来、即位の挨拶以外で町に顔を出していないらしく、それが余計に人々を不安視させてしまっているらしい。


(まぁ、人々がそう思うのも、前国王の人となりの影響なのでしょうけどね。まさかあそこまで国民からの評価が低いとは思わなかったわ)


 これもまた、レティシアが町を歩いて小耳に挟んだ話であった。

 いつかは神の裁きが下る気がしていた。爪痕を残すだけ残して先立つなんて、どれだけ自分たちに迷惑をかければ気が済むんだ。そんな声が多く聞こえた。

 確かに前国王の死を嘆く声はあったが、それはほんのごく一部でしかなかった。具体的に言ってしまえば、前国王の人となりを利用していた貴族である。あくまで自分たちの利益を心配しているだけであって、純粋に人が亡くなったことに対する悲しみが、果たしてどれだけあることか。

 また、それならそれで、リック国王を煙たがる視線も向けられそうではあるが、現時点で大っぴらな行動をすることはないとも思えていた。

 色々な意味で、今のシュトル王国で大きな行動をとるのは悪手だ。ほとぼりが冷めるまで大人しくしているのが一番だと、そう思っている者も少なくない。

 決して良い方向性とはいいがたいが、ひとまず面倒事が先延ばしになっているだけでも、まだマシだとは言えるのかもしれないと、レティシアは思った。


(このことは、後でファナ様にも相談しておきましょう)


 あくまで部外者に過ぎない自分が、あれこれ口を出し過ぎるのも良くないと思いながら、レティシアは周囲を軽く見渡した。


「ところで、セド様の姿が見えられないようですが……」

「今は町の施設に赴いております。そこで暮らしている子供たちに、従えておられるキラータイガー亜種を紹介するのだと、楽しみにしているご様子でした」

「そうでしたか……バウニーちゃんも子供たちと一緒のほうが、王宮よりも落ち着けるかもしれませんね」


 レティシアが納得するかのように頷いたところで、リックの頭の中に一つの疑問が浮かんだ。


「バウニーとは、あのキラータイガーの名前ですよね?」

「えぇ。なんでもセド様のお友達が名づけたそうで、バウニーちゃん自身も、とても気に入ってるみたいですよ」


 楽しそうに話すレティシアに、リックも釣られて笑みを浮かべる。小さな笑みではあったが、ようやく表情が和らいだ瞬間でもあった。


「そういえば妹のファナも、先日施設で魔物を連れた少年と一緒に遊んだとか。新しい発見ができて楽しかったと言ってましたね」

「そうですか。悪意のない魔物と交流する機会は、とても大切ですからね」


 ニッコリ微笑むレティシアの表情が、ここでわずかに陰りを見せた。


「私も二年前の事件で、妹が迷惑をかけた冒険者の少年に、姉としてまだちゃんと謝罪ができてないんですよね。つい先日、サントノ王国へ立ち寄られたという情報を得たのですが、生憎その時は視察で王都を出てましたから……」


 タイミングの悪いすれ違いほど、妙に悔しくなる。その気持ちは、リックもよく分かる気がしていた。


「お互いに、会える時が来ると良いですね。私もファナが世話になったという魔物を連れた少年に、一目会ってみたいと思っているところですし」

「えぇ、そうですね」


 ハッキリとしたリックの言葉に、レティシアは笑顔で頷いた。

 お互いに同じ人物について話していたことを、当の本人たちは、最後まで全く知る由もなかった。



 ◇ ◇ ◇



「ガアアァァーーウッ!!」

『わぁーいっ♪』


 施設の中庭で、ピンク色のキラータイガーの鳴き声と、その背に乗る子供たちの明るい笑い声が響き渡る。

 セドがバウニーを連れて遊びに来ているのだ。

 当初、大きなキラータイガーの迫力に、子供たちはビクついていたが、数分後にはすっかり慣れた様子で、背に乗ったり頭などを撫でまわしたりと、一緒に楽しく遊んでいた。

 子供たちの順応性の高さに驚きながらも、セドは微笑ましそうに見ていた。そこに二十代前半ぐらいの若い女性が、湯気の立った湯呑みを運んでくる。


「セド様、お茶でもいかがですか?」

「ありがとうございます、ハリエットさん」


 セドはハリエットから淹れたてのお茶を受け取り、それを息を吹きかけて冷ましながら一口含む。ほのかな苦みが口の中に広がっていき、どことなく心を落ち着かせてくれるような気がした。


「セド様とバウニーちゃんが来てくださって、本当に助かりました」


 ハリエットはセドの隣に腰かけながら、呟くように言った。


「私も先日、突然ファナ様から、この施設を任されまして……まだ全然勝手が分からない状態だったんです」

「あの事件が起こった直後、前の施設長は、突然この町を去られたそうですね?」

「えぇ。子供たちにロクな挨拶も告げることもなかったそうです」


 ハリエットは深いため息をつきながら、数日前のことを思い出す。

 ファナに連れられて施設へやってきたときには、もう前の施設長であるゼンの姿はどこにもなかった。出迎えた子供たちの不安そうな目が、今でも脳裏にしっかりと焼き付いている。

 子供たちから事情を教えてもらった。騒ぎがあったその翌日、ゼンは人知れず、施設から出て行ったらしい。商人や冒険者に混じって街門から出て、そのまま消息不明となったのだとか。

 子供たちは皆、どうしてゼンがいなくなったのかとファナに問い詰めていた。ファナは何かしら感づいているような表情を浮かべていたが、ハリエットはそのことを問いかけることはできなかった。


「ハリエットさん、前のお仕事は?」

「王宮で、魔導師の見習いをしておりました。殆ど先輩たちの雑用係みたいな感じでしたけどね。このまま王宮で埋もれるんだろうなぁって、正直思ってました」


 苦笑しながら答えるハリエットに、セドもつられるように苦笑する。


「流石にこの展開は予想外だったんじゃないですか?」

「えぇ、本当に……いきなり魔導師から保母さんをやれだなんて……ファナ様も無茶を言ってくれましたよ、全く……」


 ハリエットは頬を膨らませていたが、それはすぐに柔らかな笑みに切り替わる。


「でもまぁ、こうして子供たちの面倒を見る人生も、悪くないかもしれません。あんなふうに笑っている姿を見ると、私も頑張りたくなってきます」

「そうですか。良かったですね」


 セドが微笑みながら頷き、そしてバウニーと子供たちに視線を戻しながら思う。


(それにしても、まさかマキトたちがこの町に来ていたとはな……)


 しかも事件が起きるほんの一週間ほど前だったというから、尚更驚いた。しかしよくよく考えてみれば、シュトル王都に来ること自体は、それほど不思議な話とも思えない。

 マキトたちが世話になったという老人も、このシュトル王国のどこかに住んでいることは知っている。もしかしたら、その人に会うついでに、王都へ立ち寄ったのかもしれない。それがたまたま事件の直前だった。それだけの話だ。

 そう思ったセドだったが、どうにも運命的な何かを感じてならなかった。

 二年前に起きたスフォリア王都の事件もそうだが、何かとマキトたちが巻き込まれることが多いようにも思えていた。エルフの里の出来事も同じくだ。

 そう考えれば、むしろ今回は全然巻き込まれておらず、全くの無関係を貫き通していると言えるだろう。現にマキトたちは事件が起こった後も、この場に戻ってくることはなかったのだから。

 今頃彼らは、どこで何をしているのだろうか。

 まだシュトル王国にいるのか、それともサントノ王国へ渡っているのか。

 距離を考えれば、たった二週間かそこらで国境へ行くのは不可能だが、マキトは魔物使いだ。大きな足の速い魔物に協力してもらい、背中に乗って移動するという裏技を、平気で成し遂げてしまえるだろう。

 大陸の大きさや距離なんて、もはや関係あるようでないような気がする。それがセドから見る、マキトたちの旅する姿なのだった。


「ねーねー、おにーちゃん。おにーちゃんは魔物使いのおにーちゃんのお友達なんでしょ?」

「おはなしきかせてー!」


 いつの間にかバウニーと一緒に、子供たちがセドの周りに集まってきていた。

 その表情は明るく、とてもキラキラと輝いている。

 セドは儀式の媒体となったアリサが、この施設にいたことは聞いていた。アリサは里親が見つかって引き取られたと子供たちに説明しており、アリサが儀式の媒体となったことは知られていない。

 それでも、いつかは真実を知る時が来るだろう。これだけの騒ぎだ。何かしらの形で子供たちの耳に入ると見て然るべきだと、セドは思っていた。

 果たしてその時、子供たちの反応はどうなるのか。大人たち――特に定期的に顔を出していたファナは、どう受け止めるのか。

 神の裁きの爪痕を埋める課題は多い。そう思いながら、セドは集まってきた子供たちを見渡した。


「よし、それじゃあまずは、そこのバウニーについて話してやろう。魔物使いのお兄ちゃんと友達になったおかげで、僕はソイツと出会うことができたんだ」


 セドは顔を摺り寄せてきたバウニーの顎を撫でながら、二年前の出来事を、スフォリア王都で起きた事件を織り交ぜて語っていく。

 マキトたちのことを話しているうちに、もう長いこと彼らと会ってないことに改めて気づき、久々に会ってみたいと、セドは強く思うのだった。



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