第百十七話 二つの舞台
冒険者たちの戦闘は続いていた。そんな中、ひと際目立っている光景があった。
夜が明けた今、森の中の視界は良好だ。少なくとも、ムダに明かりを増やす必要性は皆無と見て差し支えない。
そのハズなのに、何故とんでもなく大きな火の玉が見られるのだろうか。
冒険者の誰かがそんなことを思った。
「燃え盛れ――私の炎っ!!」
セシィーの掛け声をトリガーに、巨大な炎が野生の魔物を目掛けて発射する。もはや想像するまでもなく、魔物は一瞬で黒コゲとなってしまった。
周辺には雑草なども普通に生えているため、セシィーの炎は消えていない。そんな光景を見て、セシィーはどこかウットリとした表情を浮かべていた。傍から見れば近づきたくないと思いたくなる姿である。
前々からセシィーのことを知っている者たちからすれば、一体彼女はどうしたんだろう、という疑問も含まれていた。
そして驚いていないのは、ほんのごく一部の者たち――というよりも、彼女と同行している青年と、一匹の真っ赤なスライムぐらいであった。
「ほぅ、セシィーもなかなかの調子じゃないか。俺もうかうかしていられんな」
「ピキィーッ!」
「スラキチも気合い十分だな。いや、むしろ触発か……っと!」
グレッグがセシィーとスラキチの姿に感心しているところに、木の上から一匹の魔物が飛び降りてきた。それを慌てず後方に飛び、ギリギリのところで躱す。
「いかんいかん。油断は禁物だったな。よぉーしっ!!」
グレッグは構えた剣に炎を宿し、魔物目掛けて勢いよく地を蹴った。数秒後、魔物は凄まじい炎に包まれ、そのまま倒れる。その傍でグレッグは、剣を収めて気持ち良さそうに額の汗を拭い取っていた。
その後も、二人と一匹の快進撃は止まらなかった。野生の魔物たちが里へ侵入できずにいるのも、全ては彼らのおかげだと言えるほどであった。
もしかして俺たち、普通にいなくても良いんじゃないか。彼らの姿に周囲の冒険者たちは、こぞってそんなことを思っていた。
そして一緒に参戦していたアリシアたちもまた、驚きを通り越してドン引きしている状態であった。
大きなフォレストベアーを斬りながら、オリヴァーが彼らを一瞥する。
「とんでもねぇ即席パーティが現れたもんだな」
「あはは……」
後方で風の魔法によるサポートをしていたアリシアも、苦笑を隠し切れない。
「でもそのおかげで、討伐が調子よく進んでるのも確かなんだよね」
「……確かにな」
オリヴァーは納得しながら周囲を見渡す。
「このまま何事もなく終わってくれりゃあいいんだが、そう簡単には……」
どこか嫌な予感が過ぎったその瞬間、頭上から人影がシュタッと降り立った。また隠密隊の誰かかと思いきや、それがジルであったことにアリシアたちはむしろ驚いていた。
さも凄く慌てていますと言わんばかりに息を切らせている。そんなジルの様子を見て、アリシアもオリヴァーも改めて嫌な予感がした。
できれば杞憂であってほしい。そんなことを密かに思っていた矢先、ようやく息が整ってきたジルが二人に向かって声を上げる。
「二人とも大変だよ、ラッセルが消えちゃったの!」
やっぱり儚い願いでしかなかった。ジルの叫びを聞いた瞬間、二人は思った。
「……いかねぇんだよなぁ、これが……」
「あはは……」
面倒だと言わんばかりにオリヴァーが言うと、アリシアがどう答えたらいいのか分からないと言わんばかりに苦笑する。
そして二人は改めて、ジルから事情を説明してもらった。ジルも話しているうちに大分落ち着いてきたらしく、話し終わったときには申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「ゴメンね、取り乱しちゃって。とにかくそういうわけで、二人には知らせておかなきゃって思ったんだ」
「あぁ。話は全て分かった。教えてくれてありがとうよ。にしても……」
オリヴァーが苛立ちを込めて顔を歪ませる。
「あンのおバカリーダーが……どんだけ人サマに迷惑かけりゃ気が済むんだ?」
「誰か見ている人はいないのかな? 隠密隊の人とか……」
「残念ながら見ておらん」
アリシアの呟きに、レドリーが木の上から飛び降りてくる。
「ラッセルがいなくなったという情報は、既に里でも広まっている。騒ぎになりつつも探してもらってはいるが、里で見たという情報は、今のところ皆無だ」
「じゃあやっぱり、アイツは魔物退治に参加しようと……」
「恐らくな」
ジルの言葉にレドリーは頷いた。そこにオリヴァーが苛立ちながら頭をガシガシと掻きむしる。
「アイツのことだ。恐らく自分のケツを拭おうとしてんだろうよ。ったく、それが余計なことだっつーのに、どーして気づかねぇかなぁ?」
「まぁ、基本的にまっすぐな性格だからねぇ。昔からそうだったじゃん」
「……言われてみりゃそうか……あぁ、確かにそうだったな」
ジルの言葉によくよく思い出してみると、確かにオリヴァーにも思い当たる節はいくつかあった。
幼い頃、エルフの里へ来た時のことがまさにいい例だ。元はといえば、森へ行こうと最初に言い出したのはラッセルだったのだ。そのことで親たちからしっかり怒られていたことを、今更ながら思い出す。
それからしばらくは鳴りを潜めていたが、気がついたら似たようなことを何回もしでかしていた。冒険者活動を始めてからは特にだ。
思えば随分と振り回されてきたと、オリヴァーは今更ながら気づいた。
(まぁ、それでもアイツとはずっと一緒だったし、これからもずっとそうだろうと思ってはいたんだ。全く……腐れ縁ってのは、切れそうにもねぇな)
思わず笑みを零すオリヴァーを見て、ジルとアリシアが首を傾げるのだった。
◇ ◇ ◇
里は小さな騒ぎとなっていた。マキトたちもその声に気づいていたが、また魔物が出てきたのだろうと思い、それほど気にしてはいなかった。
そんな中、セルジオの屋敷に大勢で押し入ってくるような音が聞こえてくる。嫌な予感がした数秒後、バタンッ――と、勢いよくドアが開かれ、数人の冒険者がマキトたちの部屋に押し寄せてくるのだった。
「おい、ラッセルがここに来なかったか?」
あからさまな威圧感を込めた声に、マキトは驚きで声が全く出せず、無言のまま首を横に振った。
しかし冒険者たちは全く信用しておらず、部屋の中を探し回る。その間、誰も言葉を発することはなかった。家探しする冒険者たちを、マキトとリムは呆然としながら見ていた。今は下手に声をかけないに限ると、心の底から強く思いながら。
「……こりゃ本当にいないみたいだな」
剣士がため息をつくと、他の冒険者たちもこぞってため息をつく。そこにマキトが軽く手を上げながら話しかけた。
「あのぉ、一体何が?」
「む? おぉ、スマンスマン。驚かせてしまったな」
ここでようやくマキトの存在に気づいたらしく、剣士が一瞬だけ呆気にとられ、その後明るく笑い出した。
「実はラッセルが、救護場所から姿を消しちまったんだ。それでまぁ、こうして皆であちこち探し回ってる感じなんだが……」
その時、なんとなく周囲を見渡していたシーフらしき男が、ベッドの上で気持ち良さそうに眠っている魔物たちを見つけ、申し訳なさそうに顔をしかめながら剣士に話しかける。
「別の場所を探そうぜ。これ以上うるさくするのも良くねぇだろ」
「そうだな……騒がしくしちまって悪かったな。もしラッセルを見つけたら、救護場所まで知らせてくれるとありがたい」
「それじゃあな!」
マキトの返事を待たず、冒険者たちは慌てて部屋を飛び出していった。まるで嵐が過ぎ去ったような静けさとなり、マキトとリムは呆然とした表情が抜けない。
「やれやれ、騒がしさは消えないモノですね」
ライザックが天井裏から飛び降りてきた。冒険者たちが押し入ってきた際、この部屋に来ることを見越して、あらかじめ隠れていたのだ。
そして再び椅子に腰かけつつ、ライザックは言う。
「天井裏まで調べなかったのは幸いでしたね。おかげで見つからずに済みました」
ライザックは心の底から安心したように笑うが、どうにもマキトは胡散臭さを感じてならなかった。
「アンタのことだから、調べられても見つからずに済んだんじゃないか?」
「さぁ、それはどうでしょうね?」
訝しげに問いかけるマキトに、ライザックは笑みを浮かべるばかりであった。
◇ ◇ ◇
「話は聞かせてもらった。ラッセルがどっかへ消えちまったそうだな?」
アリシアたちが話していたところに、グレッグたちが合流した。問いかけてくるグレッグに対し、オリヴァーは肩をすくめながら苦笑する。
「まぁな。そういえば、アンタらのところには、もう一人剣士がいなかったか?」
「ちょいと別行動してるんだよ。少し前に合流はしているさ」
「あ、さいで」
オリヴァーが納得したところで、ジルがアリシアたちに言う。
「とにかく、アリシアとオリヴァーには、あたしと一緒にラッセルを探すのを手伝ってほしいんだけど……」
「いいぜ。俺も同じことを言おうと思ってた」
「私も」
オリヴァーとアリシアの返事を聞いて、ジルはようやく笑みを浮かべる。ここでジルはアリシアたちの状況で、一つ気づいたことがあった。
「ねぇ、そういえばコートニーは? アリシアたちと一緒だったんじゃ?」
「なんかちょっと気になることがあるとかで、さっき他の魔導師の人たちと話してたんだけど……」
「そのまま別行動になっちまったんだよな……っと、ウワサをすれば、だな」
アリシアとオリヴァーが軽く話したところで、別行動を取っていたコートニーが慌てた様子で戻ってきた。彼と同行していた魔導師たちや、グレッグの仲間である青年剣士も一緒に走ってきている。
一体どうしたんだと、グレッグが一歩前に出ながら訪ねようとしたその時――
「……むっ?」
ずしいぃん、ずしいぃん。そんな重々しい足音のような響きが聞こえてくる。
同時にスラキチが、激しく唸り出した。その様子からして、どうやらただ事ではなさそうだとグレッグは判断する。
そこにコートニーたちが息を切らせながら立ち止まり、そして告げた。
「み、皆……ここは危ないから、すぐ逃げ……はぁ、はぁっ!」
「少し落ち着けって。大きな魔物でも迫って来てんのか?」
軽い気持ちで聞いたオリヴァーの言葉に、コートニーたちと同行していた魔導師が激しく頷いた。
「それで正解ッスよオリヴァーさん! あんなバカでけぇ魔物……このあたりじゃぜってー見かけねぇッス!」
殆ど混乱しているに等しい魔導師に続いて、なんとか息が整ってきた青年剣士が言葉を繋ぐ。
「キングミノタウロス――この名前を聞いたことぐらいはあるだろう?」
「そりゃあるが……まさかソイツがこの近くに?」
「とても信じられねぇだろうがな」
驚くグレッグに、青年剣士は俯きながら表情を歪ませる。そこにセシィーが思い出すようなそぶりを見せていた。
「えっと……キングミノタウロスって確か……」
「オランジェ大陸の一部で見かける、巨大な体を持つ魔物だよ。二足歩行で牛のような顔とツノをしていて、岩を簡単に砕くほどの強い力が特徴なんだけど……」
説明をしていたアリシアの表情に疑問が生まれる。
「少なくともスフォリア王国では、まず見かけないハズなんだよね……それがどうしてこんなところに……」
「もしかして、誰かが連れてきたとか?」
何気なく放たれたセシィーの言葉に、周囲の表情が一瞬だけ止まる。そしてすぐに納得だと言わんばかりに、オリヴァーが頷き出した。
「あり得そうだな」
「うん。あたしもすっごいあり得そうだと思うよ。何か特殊な魔法でも使えば、それぐらいのことはできそうだもんね」
「そもそもこの騒ぎ自体、第三者が引き起こした可能性が高い。ならばその仮説が当たっていても、何ら不思議ではないだろうな」
オリヴァーに続き、ジルとレドリーが言う。
(そもそもそんな魔物が東の方角にいるのだとすれば、方向からして王都から連絡が来ていてもおかしくない。なにより我が隠密隊の誰もが気づかなかった。やはり第三者が特殊な力を使ってけしかけた……と考えるのが自然だろう)
自分の中でそう結論付けたレドリーは、グレッグたちのほうを向いた。
「グレッグ、そしてオリヴァー。済まないがここを少し頼む。このことを知らせ、他の冒険者たちを集めてくる」
「あぁ、頼む!」
レドリーは音もなく飛び、木の上に姿を消した。程なくして東から、一体の魔物が姿を見せる。
それがキングミノタウロスであることは、誰が見ても明らかであった。セシィーは口元を押さえながら驚いている。
無理もない話だ。ゆっくりと歩いてくるその魔物は、巨体という言葉では片づけられないほどの大きさであった。そこら辺にある民家など、簡単に踏み潰せるのではと思えてくるほどに。
キングミノタウロスは興奮していた。鼻息を荒くしながらずしぃん、ずしぃんと重々しく足音を立てながら、ゆっくりと歩いてくる。
凄まじい威圧感と恐怖が襲い掛かってくる。一同は揃って表情を引きつらせ、殆どの者が震えていた。
「戦いは免れられないか」
剣を抜きながらグレッグが言う。そして――
「ピキーッ!」
威勢の良い鳴き声とともに、スラキチが前に躍り出た。そしてキングミノタウロスに向けて威嚇する。強がりではない。恐れをなしてもいない。まさにそれは、勇敢に立ち向かおうとする姿そのものであった。
そんなスラキチに対して、殆どの者が驚いている中、グレッグが引きつりながらも笑みを見せる。
「へぇー、スラキチはやる気満々だな」
「私も行けます!」
スラキチに続いてセシィーも前に出た。かなりの緊張を残しながらも、しっかりとその視線は、キングミノタウロスへと向けられていた。
「私も冒険者の端くれです。絶対に逃げません!」
「ピキィッ!!」
セシィーの言葉に、スラキチも同意するように叫ぶ。それを聞いたグレッグは呆然としていたが、やがてフッと小さく笑った。
「無鉄砲だが良い心意気だ。俺は結構好きだぜ、そういうのはよ」
セシィーとスラキチの元へ歩き出したグレッグは、もう震えてなどいなかった。
「俺も付き合ってやる。あのデカブツに、俺たちの力を見せてやろうぜ!」
「はい!」
「ピィーッ!」
セシィーたちに並んで剣を構えたグレッグに、セシィーとスラキチが威勢よく返事をする。
アリシアとオリヴァー、そしてコートニーも表情を引き締め、それぞれが武器を構えていく中、一緒に逃げてきた魔導師が震えながら言う。
「お、俺は撤退させてもらうっス! とても敵うワケねぇッスよ!!」
「ちょ、ちょっと……」
魔導師が慌てて森の奥へと走り出す。里とは全く別の方向であった。コートニーが止めようとするが、魔導師は既に茂みの中へ姿を消していた。
手を軽く伸ばしたまま戸惑うコートニーに、オリヴァーが声をかける。
「放っておけよコートニー。あんなのがいても邪魔なだけだ。ジル、済まんがラッセルのほうは……」
「分かってるよ。あたしのほうで探しておく。アリシアたちも気をつけて」
「うん!」
アリシアの返事を聞いたジルは、強気な笑みとともにジャンプして木に乗り、そのまま木と木を飛び移るようにして移動していく。
そしてグレッグは剣を構えたまま、視線だけを青年剣士に向けていた。
「お前は里へ戻って、他の仲間たちにこのことを知らせてくれ」
「了解。頼むから死なないでおくれよ?」
「バカにするな」
ニヤリと笑いながら答えたグレッグに同じく笑みで返し、青年剣士は里への道を走り出す。そして残された五人と一匹が、キングミノタウロスと対峙する形が出来上がるのだった。
「さぁて――いっちょ派手にやってやろうか!」
グレッグがそう叫ぶと、キングミノタウロスが凄まじい咆哮を繰り出した。
◇ ◇ ◇
「ん? なんか聞こえるな……魔物の叫び声か何かか?」
セルジオの屋敷でライザックと話していたマキトは、突如として聞こえてきた野太い咆哮に反応した。
リムがキョトンとしてマキトを見上げる中、ライザックは笑みを漏らす。
「フフフッ……どうやらあちらの舞台も、実に盛り上がってきたみたいですねぇ」
「何の話だよ?」
「お気になさらないでください。こちらはこちらで舞台を楽しみましょう」
どこまでも笑みを絶やさないライザックに、マキトは目を細める。またアンタが何かしたんじゃないか、という無言の問いかけを軽く流し、ライザックは手のひらをポンと合わせた。
「では、ここから本題に入りましょう。マキト君……僕と一緒に来ませんか?」
「えっ?」
突然過ぎる誘いの言葉に、何を言われたのか理解できなかった。そんなマキトの反応をよそに、ライザックは言葉を続ける。
「キミの魔物使いとしての能力は素晴らしい。僕ならその力を最大限に引き出してあげられます。どうでしょう? 興味深いとは思いませんか?」
スッと細く目を開け、中身までのぞき込んでくるかのようなライザックの瞳。ほんの一瞬だけ背筋がゾクッとしたが、すぐにマキトは笑みを浮かべ――
「嫌だね。誰がアンタと一緒に行くもんか!」
ハッキリと間髪入れずに告げた。その迷いなき声色と、しっかりと開かれた揺るぎなき視線に対し、ライザックはどこか満足そうに、目を閉じるのだった。
次回は火曜日の0時~1時(月曜日深夜)あたりに更新する予定です。