第百十五話 夜明けの炎
ラッセルとの戦いを終え、マキトたちがエルフの里へ向かう途中、とある冒険者たちが走ってきた。
代表して自称を聞いているグレッグの表情が険しくなる。狂暴化した魔物たちが更に大量発生し、手が付けられないというのだ。そこでグレッグたちの力も借りたいと、冒険者たちは頼み込んでいる次第だ。
グレッグはラッセルを背負っている青年剣士に顔を向ける。
「済まん。後を頼めるか?」
「任せておけ。コイツらを届けたら、俺もすぐに行くよ」
「一応、他の仲間たちにも声をかけてくれ。人手は多いほうが良い。あと……」
グレッグは青年剣士に指示を出すと、マキトたちを――正確にはスラキチに視線を向ける。
「もし良かったらなんだが……少年のスライムも、一緒に来てみないか?」
「え、スラキチを?」
「ピィ?」
マキトに続き、スラキチがどういうこと、と言わんばかりに鳴き声を上げる。小さく頷きながらグレッグは話した。
「さっきソイツの様子をチラッと見て思ったんだが、どうにも暴れたりなさそうにしていたんだ。根性もありそうだし、下手な冒険者よりもやってくれるんじゃねぇかなって、俺は思うんだが……」
それを聞いたマキトたちは、思わずポカンと呆けてしまった。まさかスラキチに誘いの言葉が来るとは思わなかったからだ。
仲間である青年剣士も同じ気持ちだったらしく、数秒ほど呆けて我に返り、慌てながらグレッグに詰め寄った。
「おいおい本気かよ? いくら根性があるからってスライムは……」
「そう言うなよ。セシィーだって、先の戦いで十分役に立ってくれたじゃないか」
「いや、流石にそれとこれとは話が……」
別だろう、と青年剣士が突っ込みかけたところに、ラティが思いついたような表情で話に割り込む。
「でもスラキチは炎の技も使えますし、同じ炎を使うセシィーさんとも、相性は良いかもしれないのですよ」
「あー、言われてみれば確かに……」
ラティの言葉にマキトが頷くと、そこに目を見開きながらグレッグが訪ねる。
「……少年のスライムって、炎も出せるのか?」
「コイツの特殊能力だよ。亜種だからってことらしいんだ」
「そうか亜種か。それならその体の色も納得がいくな」
グレッグが頷いたところで、唸り声とともに近くの茂みが揺れる。その数秒後、一匹のサーベルウルフが飛び出してきた。
『グルルルルルル――』
サーベルウルフがマキトたちを睨みつけている。真っ赤に光る眼が、狂暴性を増しているということがよく分かる。
そんな相手を見ながら、マキトはちょうどいいのが出てきた、と言わんばかりにニヤリと笑った。
「スラキチ、お前の力を見せてやれ!」
「ピィッ!」
威勢よく鳴きながら、スラキチがサーベルウルフの前に躍り出る。
サーベルウルフの突進をすばやく躱し、横から体当たりでサーベルウルフの体を吹き飛ばす。そして渾身の炎の玉を口から発射した。フサフサの毛並みがたちまち炎によって燃え盛り、サーベルウルフはその場にのたうち回る。
そして炎が消えて黒焦げとなった体のまま、サーベルウルフは茂みの奥へと逃げ去ってしまった。
「ピキーッ!」
「よしよし、良くやったぞ」
嬉しそうに飛び跳ねながら抱き着いてきたスラキチを、マキトが受け止めて優しく撫で揚げる。そんな微笑ましい光景の中、グレッグが目をキラキラと輝かせながら笑顔で近づいてきた。
「やるじゃないか。気に入ったぞ。俺たちで夜明けの炎を照らそうじゃないか!」
純粋にスラキチという存在そのものに興味を抱いた。グレッグの様子から。それがよく伝わってくる気がした。
「だってさ。どうする?」
マキトはスラキチに尋ねると――
「……ピィッ!!」
威勢よく返事が返ってきた。そこにラティが飛んできて通訳する。
「一緒に戦うって言ってるのです」
「ははっ、ならば決まりだな!」
嬉しそうに笑うグレッグに、マキトが表情を引き締め、スラキチを差し出した。
「グレッグさん。スラキチをお願いします」
「おう、任せておけ!」
親指を立てながらニカッと笑い、グレッグはスラキチを受け取る。セシィーも加わったことで、炎の即席パーティが出来上がった瞬間であった。
意気揚々と歩き出していくグレッグとスラキチ、そしてセシィーを見送り、マキトたちは再び里を目指して歩き出す。
その途中、ラティがポツリと呟くように、マキトへ話を切り出した。
「あの戦いが終わった後、スラキチはボヤいていたのです。自分だけあまり活躍できなかったって」
「そうか? 別にそんなことはなかったと思うけど……」
「わたしみたいに攻撃をあてられず、フォレオみたいに体を張って、闇の魔法から皆を守ることもできなかった。満足のいく戦いはちっともできなかったと、スラキチは言っていたのです」
「……そうか」
ここでマキトは初めてスラキチの思っていることを知った。言い換えれば、すぐに気づいてやることが出来なかった。
後悔の念が押し寄せ、自然とマキトの表情が曇る。ラッセルを背負いながら前を歩く青年剣士も、マキトの様子に気づいており、しばらく黙っていたが、やがてフッと笑みを浮かべながら明るい声を出す。
「さぁ、そろそろ里が見えてくるぞ。戻ったらお前たちも、ゆっくりと休めな」
「あ、はい……」
殆ど何を言われたか分からないまま、マキトは反射的に返事をする。そこにラティが小声で話しかけてきた。
「マスター。後でスラキチと、ちゃんと話しましょう」
「……そうだな。うん、そうしよう」
落ち込んでいたマキトの表情が、ほんの少しだけ明るくなった。
◇ ◇ ◇
夜が明けて明るくなった森は、流石に真夜中に比べると、比較的歩きやすい。それでも道なき道でうっそうとしていることに何ら変わりはなく、昼間でも薄暗い道のりなため、あくまで『比較的マシになった』程度の歩きやすさであった。
伸びに伸びたツルを手で払い分けながら、セルジオとジャクレンは無言のまま進んでいく。既に数時間ほど今の状態が続いているが、全くと言って良いほど変化らしい変化がない。
この光景は果たして変わるのか。このまま永久に変わらないのではないか。なんとなくそう思いながら、数時間ぶりにジャクレンは口を開いた。
「魔力の気配は残ってるんですがねぇ……」
「生き物らしい気配はないがな」
その呟きに対し、セルジオもまた、数時間ぶりとなる言葉を放った。
「ここまでくると流石に妙と思わざるを得んな。お前さんの場合は、その魔法具を頼りに進んでおるのだろう?」
「えぇ、僕には魔力を感じ取る素質は持ち合わせてませんからね。今まで彼の居場所を突き止めてこられたのも、この装置のおかげです」
ジャクレンが手に持つ六角形の手鏡のような装置を掲げる。中央部がボンヤリと光を放っており、魔力を発している証拠でもあった。
光の色は黒に近い紫色。近くに感知した魔力の種類によって色が変わるのだ。ちなみに紫の属性は闇。ライザックの居場所を突き止めるために、あらかじめジャクレンが設定しているのだった。
「そーゆー魔法具が存在していることについては別に驚きはせんが……お前さん、良くそんな代物を手に入れられたな。普通に出回っとるモノでもないだろう?」
「僕にも色々と、ツテというモノがあるんですよ」
「ほぅ……まぁ今はそれで納得しておこう」
「話が早くて助かります」
セルジオの頷きにジャクレンは微笑を浮かべ、そして改めて装置を見る。
「それにしても……流石にちょっと妙ですね。これだけ普通に感知しているのに、本人の姿が見えてこない……それどころか気配すらも感じないとは……」
そんなジャクレンの呟きを聞いて、セルジオは目を見開いた。
「なんだ、てっきりワシを誘い込んでおるモンかとばかり思っておったが、お前さんも予想外のことだったのかね?」
「えぇ。というよりも、妙だということに気づいておられたんですか?」
「当然だろう。これだけ長い時間歩いておるのに何もない。長老であるワシをおびき出すためのワナだと判断するのが妥当だ。てっきりお前さんが裏で糸を引いているのだとばかり思っておったが……違ったのかね?」
「違います。もし仮にそうだとしたら、とっくに行動を起こしてると思いますよ」
「……それもそうか」
セルジオは呟きながら考え、そして一つの仮説に辿り着いた。
「となるとこれは……お前さんもハメられた、ということになるかの?」
「恐らく正しいでしょうね。ライザックが僕を利用して、長老であるアナタを里から遠ざけた。となると彼は今頃……」
「里に潜り込んでおる可能性が高いな。急いで戻らねばなるまい」
「えぇ」
ジャクレンが頷きながらセルジオとともに振り返ったその時――茂みが動いた。そしてそこから、一つの影が勢いよく飛び出してくる。
「グルルゥ……グルッ!」
茂みの中から飛び出した一匹のキラーウルフが、ジャクレンたちを睨みつける。そしてそれが合図だと言わんばかりに、次々と他の野生の魔物が、団体となって姿を現した。
振り返ってからのわずか数秒で、完全に道が閉ざされてしまった。目の前の魔物たちの目が赤く光っている様子からして、ライザックの闇の力が動かしていることは容易に想像できる。
ジャクレンは身構えながら、頬に一筋の冷や汗を伝わせる。
「ここに来て、魔物たちのお出ましですか……さっきまでは静かだったのに」
「どうやらワシらは、とことん踊らされておるようだな」
セルジオはフッと小さく笑い、両手に魔力を宿す。
「見たところ大した魔物はおらんが、この数だ……足止めには十分過ぎる」
「おまけに里からはかなり離れてしまいましたからね。すぐ戻るというのは、限りなく不可能かと」
「それでもやるしかない。一秒でも早く里へ帰るためにもな!」
「――はい!」
引き締めた表情でジャクレンが返事をすると同時に、二人は魔物に向かって勢いよく駆け出した。
まるで、膨れ上がる嫌な予感を、その思考から吹き飛ばすかのように。
◇ ◇ ◇
エルフの里へ戻ってきたマキトたちは、アリシアたちに出迎えられていた。周囲の冒険者たちがザワつく中、一匹の影がマキトに駆け寄ってくる。
「くきゅーっ!」
「おう、ただいま。リムも元気になったんだな。良かった良かった」
嬉しそうに走ってきたリムを、マキトは片手で抱き上げた。そこに青年剣士からラッセルの身柄を引き取ったオリヴァーが、ラッセルを背負って歩いてくる。
「マキト、ウチのリーダーを助けてくれて感謝する。礼のほうは後にさせてくれ」
「別にいいよ、そんなの」
即座にマキトが断りを入れると、オリヴァーが困ったような笑みを浮かべた。
「それで済ませて良いモンでもねぇんだよ。ちゃんと筋は通さねぇとな。ま、ひとまずありがとうよ」
オリヴァーがそう言ったところに、ジルが駆け寄ってきた。
「向こうに休ませられる場所があるみたいだよ。そこへ運ぼうよ」
「おう、悪いな」
オリヴァーとジルがラッセルを運んでいく姿を見送り、今度は青年剣士がマキトたちに声をかける。
「じゃあ俺はこれで。グレッグのほうへ加勢にいくからよ」
「ありがとう。色々と助かったよ」
「良いってことよ。じゃあな」
マキトにお礼を言われた青年剣士は、照れくさそうに笑いながら去って行った。そして今度はアリシアが話しかけてくる。
「でも、本当に無事でよかったよ。まさか本当にラッセルを倒すとはね」
「フォレオのおかげなのです」
「そうだな。コイツがいなかったら、恐らくまた負けていたよ」
ラティの言葉に同意しつつ、マキトは腕の中でスヤスヤと眠っているフォレオに視線を落とす。
ラッセルとの戦いで受けた大ダメージが心配されたが、ラティ曰く徐々に魔力も回復しているらしく、本当にこのまま休んでいれば大丈夫そうであった。
リムがフォレオの様子に気づき、ジッと見つめた後、そっと手を当てる。
「くきゅ」
するとリムの体からフォレオの体へ、淡い緑色のオーラが流れ込んでいった。
「これって……魔力?」
「うん。多分リムが送り込んでるんだと思う」
コートニーとアリシアが驚きの声を上げる中、リムから発していたオーラが徐々に収まってくる。やがて完全にオーラが消えたところで、ラティが試しにフォレオの体に触れてみると、驚きの表情を浮かべた。
「凄いのです。さっきよりも状態が安定しているのです。これならもう完全に大丈夫だと思うのですよ」
「そっか。ありがとうな、リム」
「くきゅー♪」
マキトに笑顔を向けられ、リムは嬉しそうに鳴き声を上げた。
そして一行はセルジオの屋敷に向かった。
ラッセルとの戦いや、スラキチが別行動中であることも改めて話し、コートニーたちもそれでスラキチがいなかったのかと納得していた。
そしてマキトと魔物たちは、コートニーからある情報を聞かされる。
「えっ、セルジオのじいちゃんいないの?」
「夜明け前に出かけたらしいよ。ドロシーさんも詳しくは知らないってさ」
「そっか……」
大丈夫かなと、ほんの一瞬考えるマキトだったが、セルジオがそう簡単に危ない目にあうとも思えなかった。
とりあえず帰ったらすこしでも休もうと、気持ちを切り替えることにした。
そして屋敷に到着したその瞬間――
「おーい! 動ける冒険者たちは集まってくれ! また魔物が増えてきたんだ!」
とある冒険者が里のあちこちに声を駆け回っている姿が見えた。それを聞いたアリシアとコートニーが、顔を見合わせて表情を引き締め、コクリと頷く。
そして二人はマキトたちのほうを向いた。
「マキトたちは屋敷で休んでて。私たちはちょっと行ってくるから」
「大きな戦いで、魔物たちも疲れてるみたいだからね。休ませてあげなよ」
その言葉にマキトとラティは顔を見合わせ、そして腕の中で眠るフォレオを一瞥した後、アリシアたちに向かって頷いた。
「じゃあ、そうさせてもらうわ」
「よろしくなのですー」
それを聞いたコートニーやアリシアも、安心したような笑みを浮かべる。
「うん、じゃあボクたち行ってくるね」
「行ってきまーす」
アリシアとコートニーは、冒険者たちが集まる里の入り口へと引き返していく。残されたマキトは、魔物たちを連れて屋敷に入った。
ドロシーも炊き出しを手伝っているらしく、屋敷はいつも以上にガランとしている状態だった。入り口前に兵士が一人待機しているとはいえ、長老の屋敷がここまで誰もいないとなると、ほんの少し不気味に思えてくる。
「小間使いさんが一人もいないなんて、なんだか珍しいですよね」
「みーんな炊き出しのほうに駆り出されたらしいからな」
これも待機していた兵士から、ため息交じりに教えてもらったことだった。恐らく隠密隊の誰かも見張っているだろうから、自分がわざわざここにいる必要もないだろうとボヤきながら。
とりあえずマキトたちは誰もいない食堂へと向かった。
ラティが変身したことで、空腹を訴えたからだ。
積み重ねられた果物をいくつか失敬し、それを水で丁寧に洗って食べる。やはりここでも、ラティの変身後における、凄まじい食欲が発揮された。
そんな小さい体のどこに入るんだと言いたくなるぐらいに、ラティは果物を次から次へと平らげていく。
やがて籠から果物がなくなりそうなところで、ラティはようやく落ち着いた。
「ふー、お腹イッパイなのです」
「そりゃ良かったな」
もはや驚くこともない。そう言いたげに、マキトはコップの水を飲み干した。
「なんだか眠たくなってきたのです」
「キュウ……」
ロップルとラティがテーブルの上でペタンと倒れる。あれだけ大きな戦いを終えたのだから、無理もないだろうとマキトは思った。
マキトと魔物たちは、里に来てから寝泊まりしている部屋に移動する。
フォレオをベッドの上に寝かせ、ラティとロップルも自らベッドに飛び込んだ。そして三匹はたちまち気持ち良さそうな寝顔に切り替わった。
起きているのはマキトとリムだけとなった。
リムの背中を撫でながら、マキトは里に来てからの数日間を思い返してみる。
「そっか……まだ俺たちが里に来てから、四日しか経ってないのか……」
改めて気づいたマキトは苦笑し、そして思ったことをそのまま口に出した。
「どんだけ濃い日々を過ごしてきたんだろうな?」
「ホントですよねぇ」
「だよなぁ…………へっ?」
思わず相槌を打ったが、それがこの部屋にいないハズの誰かの声だということに気づき、マキトはリムを抱えながら立ち上がる。
すると天井裏から、ワイン色のローブを羽織った青年が下りてきた。
青年がフードを外して素顔を晒し、穏やかな笑顔を向ける。
「どうも。お久しぶりですね」
マキトはすぐに反応が出来なかった。まさかここで、このような人物が出てくるとは思いもしなかった。
今回のラッセルの件で、ジャクレンが黒幕と予想していた人物。そして数ヶ月前にも一度、ユグラシアの大森林で、突然マキトたちの目の前に姿を見せた。
そんな人物がいきなり目の前に現れた。混乱するなというほうが無理な話だ。
カラカラに喉が渇いていくのを感じつつも、なんとか声を絞り出し、マキトはその人物に問いかける。
「ライザック……何でアンタがこんなところに?」
そんなマキトの問いかけに、ライザックは無言のまま、笑みを返すのだった。
次回は木曜日の0時~1時(水曜日深夜)あたりに更新する予定です。