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たった一人の魔物使い  作者: 壬黎ハルキ
第五章 エルフの里
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第百三話 追憶~穢れなき残酷~



 それは、十年前の出来事。

 小さな少女が少年と出会った、森の中での物語――――


 エルフの里は、いつにも増して賑やかな声で溢れかえっていた。スフォリア王都から、たくさんの子供たちが訪れているのだ。

 冒険者の鍛錬がどのようなモノなのか、それを観察させるのが狙いであった。中には既に魔法や剣の特訓をしている子もおり、その子たちのために体験訓練を行う機会も設けている。

 両親が冒険者である場合、幼少期から才能を開花させ、親が自ら鍛え上げるというケースは珍しくない。将来本当に冒険者になるかどうかは別として、そこで様々な交流をする機会も多くなるため、親としても良い機会だと見ることが多い。

 言ってみれば、冒険者をテーマにした『習い事』のようなモノだ。

 今回も習い事の一環として、子供たちが親ないし知り合いの冒険者の大人たちに連れられて、エルフの里へやってきたというワケである。

 その中にはアリシア、そしてラッセルやオリヴァー、ジルの姿もあった。


「よーし、たくさん暴れてやるぞー!」

「やりすぎるなよオリヴァー。前もそうやって怒られてたじゃないか」


 腕をブンブンと振り回しながら気合いを入れるオリヴァーに、ラッセルがため息をつきながら落ち着かせようとする。

 それを後ろから、ジルが首を横に振りながらやれやれと呟いていた。


「全くオリヴァーはホントお子サマなんだから……アリシア、今日は楽しもうね。折角の誕生日なんだからさ」

「あ、うん」


 深緑色のケープを羽織ったアリシアが、控えめな声でコクリと頷いた。

 元々アリシアが六歳の誕生日を迎えたことを記念して、冒険者である両親とともに里へ遊びに行こうという計画が、前々からされていたのだ。

 ならばいっそのこと、大勢の子供たちを連れて見学させてはどうかという話に発展していき、今に至るというワケである。

 アリシアにとっても文句はなかった。誕生日に友達と過ごせるのは、やはり楽しいし嬉しい気持ちも大きいのだ。

 結果的に社会見学がメインの企画となってしまい、肝心の誕生日がついでみたいな形となってはいるのだが、アリシアも特に気にしてはいない。


「よーし、皆集まれ!」


 顎髭を生やした人間族の男が、子供たちに声をかける。

 彼はアリシアの父親で、名前をラマンドと言った。

 防御よりも機動性を重視した鎧に身を包み、腰に携えた長剣が、太陽の光に照らされて光る。年はまだ若いほうだが、とても高い位置にいるのだろうと思わされるくらいに貫禄があった。

 まだ幼い子供でも、それがなんとなく分かってしまうほどに。

 現にずっと騒いでいた子供たちでさえ、ラマンドが声をかけた瞬間、血相を変えて集まり、姿勢を正していた。

 ラマンドからすれば、別にそこまでしなくてもいいのにと思っていたのだが、厳しそうな雰囲気が許してくれないようであった。

 いつかなんとかしたいと思いつつ、ラマンドは子供たちに言う。


「これから長老様のお言葉がある。しっかり聞くんだぞ!」

『ハーイッ!』


 子供らしい元気な声が、里の中に響き渡る。

 そして屋敷から長老のセルジオが現れ、子供たちにゆっくり楽しんでいくよう笑顔で語り掛けた。

 それから子供たちはいくつかのグループに分かれ、里の中を見学する。アリシアたちは一番多い人数で動いていた。

 その理由は、幼いアリシアでも分かりやすいモノであった。


「ラッセルくん、あたしこっちみたーい!」

「あんた何言ってるのよ! ラッセルくんがそんなの見るワケないじゃないの!」

「ねぇねぇ、あんなうるさいの放っておいて、ウチと一緒に見よ?」

『ぬけがけするなっ!』


 歩きながら、数人の女の子たちがラッセルに猫なで声で言い寄っている。

 ラッセルは幼い頃から、既に男女問わず人気者だった。

 幼くして剣と魔法の才能が見出されており、大人たちからの期待も大きかった。その話は子供たちにも広まっており、女の子たちはなんとかラッセルの隣に立てるよう振る舞おうとする者が多くなっていた。

 今のうちに仲良くしておき、将来はラッセルのお嫁さんになって、良い立場を築こうという魂胆は、どの女の子の間でも共通していた。


「女たちはひっこんでろよ!」

「そーだよ。ラッセルは俺たちと一緒に、剣の稽古をつけてもらうんだからよ!」

「ラッセルの気持ちも考えろっての!」

「なんですってーっ!?」


 訓練場が見えてきたところで、男子たちが女子たちに向かって叫び出す。

 男子はまだそこまでの打算を持つ者はいない。運動神経が良く、一緒に走り回れることが嬉しいという、純粋な気持ちが殆どであった。

 もっとも中には、ラッセルの才能に目を向けている親たちも存在しており、できるだけ仲良くしておくよう言われている子も、少なからずはいるのだが。


「それよりも皆。ここでぼくから一つ、提案したいことがあるんだ」


 ラッセルが立ち止まって振り返り、皆に向かって両手を広げながら言った。


「ちょうど良い機会だから、皆でこっそり森に行ってみないか?」



 ◇ ◇ ◇



 太陽が昇っているとはいえ、森の中はやはり薄暗い。幼い子供たちだけで歩くとなれば、かなりの冒険となるのは想像に難くない。

 意外なことに、大人たちの目を盗んで森に出るのは簡単だった。ラッセルたちはそれについて深く考えることをせず、今日はツイてるなとしか思わなかった。

 ラッセルたち男子は探求心に駆られてワクワクした表情で、女子たちはラッセルの男らしさに惚れ直し、ウットリと頬を染めていた。

 そんな中、アリシアはケープの裾をキュッと手で掴みながら、キョロキョロと周囲を見渡していた。そしてラッセルに声をかける。


「ね、ねぇラッセル、やっぱり戻らない? おとーさんたちに叱られちゃうよ」

「大丈夫だから安心しろアリシア。なんたって俺がついてるんだからな」


 ラッセルが右手の親指を突き上げ、自信満々に言う。しかしアリシアの表情が晴れることはなく、全く聞いてくれないとむしろ落ち込んでいた。

 そして後ろからも、女子たちの露骨過ぎるヒソヒソ声が聞こえてくる。


「ねぇ、アリシアってやっぱりズルいところあるよね?」

「あたし聞いたことある。あーゆーのを『さくし』っていうんだよ」

「やだやだ。必死なオンナは嫌われるだけだっていうのに……見苦しいわね」

「ラッセルくんもあの本性に早く気づいてほしいわ」


 自分たちだって似たようなことしてたじゃん、と思ったアリシアだったが、それを口に出していうことはできなかった。

 そこにジルがアリシアの肩に手をポンと置きながら、優しい声色で言う。


「気にしなくていいよ。それに何かあったら、急いで逃げれば平気だよ」

「う、うん……」


 頷くアリシアだったが、やはり心配は拭えない。その時、茂みからガサガサと音が聞こえてきた。

 ラッセルたちが立ち止まり、様子を伺う。するとそこから――


「にゃあ」


 一匹の小さな猫のような魔物が姿を見せるのだった。


「あれはキラータイガーの子供だよ。前に本で見たことがある」


 ラッセルが興味深そうに見つめながら説明すると、後ろの女子たちはウットリとした表情を浮かべていた。

 物知りを演出したラッセルを見て惚れ直したのだろう。少なくとも男子たちや、ジルとアリシアはそう思っていた。

 するとここで、オリヴァーがニヤリと笑いながら子供タイガーに近づく。


「よっしゃ、俺たちの力を見せてやろうぜ!」


 オリヴァーの言葉に、男子たちがやる気に満ちた眼差しを見せる。急にどうしたんだろうとアリシアが戸惑っていると、ラッセルが表情を引き締めて叫んだ。


「攻撃開始だ! 油断せずに仕留めろっ!」

『おおっ!』


 ラッセルの掛け声に従い、オリヴァーを含む男子たちが、一斉に子供タイガーに向かっていった。

 子供タイガーは驚いて逃げ出し、目の前にある茂みに飛び込んだ。当然、ラッセルたちもその後に続く。

 一方、流石の急な展開に反応が出来ず、後ろの女子たちは呆然としていた。しかしその中の一人が、突然何か気づいたような反応を見せ、慌ててラッセルたちの後を追いかける。


「ちょっ……アンタどこへ行くのよ!?」


 手を伸ばして止めるジルに、その女子は振り向かずに叫んだ。


「ラッセルくんのカッコいい姿を見に行くの! そして一番にお疲れさまって言ってあげるんだっ♪」


 弾むような声が聞こえたその瞬間、他の女子たちの目の色が変わった。


「私も行く!」

「アンタにはぜったいに負けないんだから!」


 ジルとアリシアを除く他の女子たちも、服が汚れることを構わず、茂みの中へと進んでいく。

 もはや止める術はない。ジルが声を荒げて止めようとしても、誰一人として聞く耳を持っていない。

 ジルが唸り声を上げながら頭を抱えている後ろでは、アリシアが俯きながらケープの裾をギュッと握り締めていた。

 あの子供タイガーのことを考えているのだ。

 アリシアはいてもたってもいられず、思い切って茂みの中へと向かう。ジルの叫ぶ声は聞こえていない。早く状況を確認したかった。

 走っていくと、ラッセルたちの姿が見えてきた。その足元には、傷付いた子供タイガーが倒れている姿があった。


「なに……あれ?」


 アリシアは思わず立ち尽くして呆然とする。

 苦しそうに呻き声を上げる子供タイガーを取り囲む男子たち。そしてそれを後ろからやっちゃえーと無邪気な笑顔で応援する女子たち。

 まるでただの弱い者イジメだと、アリシアはそう思った。


「ちょ、ちょっと待ってよ皆!」


 アリシアは無意識に走り出し、男子たちの間に入って子供タイガーをかばう。それに対してラッセルは、邪魔をするなと言わんばかりの苛立ちを見せる。


「そこをどくんだアリシア。ソイツは凶悪な魔物なんだぞ」

「でもこんなの……いくらなんでもかわいそうだよ!」

「バカなことを言うな!」


 大声で叫ぶラッセルに、アリシアはビクッと肩を震わせる。

 他の子供たちも同じような反応を見せていた。ラッセルが怒鳴ること自体が、とても珍しいことだったからだ。

 男子たちは無意識にラッセルから一歩引いており、ジル以外の女子たちは身を寄せ合って震えていた。アリシアは驚きで身を硬直させていたが、それでもしっかりと子供タイガーをかばい続けていた。

 ここでラッセルは怒りの表情を鎮めつつ、年下の子に良く言い聞かせるような優しい声色でアリシアに言う。


「なぁアリシア。魔物は危険な存在なんだから、襲われる前に倒すのは当然のことなんだよ。それはお前のお父さんからも、散々教えてもらったことだろ? アリシアが優しいのは分かるけどさ、そんなことでは立派な冒険者にはなれないぞ?」


 その言葉は正しいようには聞こえる。実際周りの子供たちも、ラッセルの言うとおりだと言わんばかりに、うんうんと頷いていた。

 しかしアリシアは従えなかった。その言葉に疑問を持っていたからだ。


(本当にそうなのかな? 魔物さんと一緒に暮らしている人だっているんだよ?)


 冒険者の父であるラマンドに連れられて、実際に会ったことがある。

 その人は女性で人間族だった。ヒトの多いところがあまり好きじゃなく、魔物たちと一緒に、のんびりと静かな人生を過ごしたいと言っていた。

 そんな自分が結婚し、子供を産むことが出来たのは奇跡だったかもね、とも。

 魔物と仲良くできるのだとアリシアは知っていたからこそ、ラッセルの言葉がとても怖く思えた。


「にゃ……にゃぁ……」


 子供タイガーの弱弱しい鳴き声が聞こえてくる。見下ろしてみると、その子が自分のことを見上げていた。

 それに気づいたアリシアは、激しく心が揺さぶられていた。

 いくら危険でも、この子を倒すなんてさせたくない。でもそれを言っても、ラッセルたちは絶対に聞いてくれないだろう。

 現に他の子供たちも、アリシアに対して露骨な陰口を叩き始めていた。


「なにもしてねーくせして、エラソーなこと言ってんじゃねぇよ」

「この女、おれたちのジャマをしたいだけじゃないのか?」

「良い子ぶるなんて気味が悪いわ」

「やっぱりあの子は自分さえよければそれで良いのよ」

「ラッセルくんに歯向かうなんてサイテーだわ」


 男子も女子もこぞってアリシアに白い目を向けて見下ろしている。地べたに座り込んでいるアリシアは、それがとても怖くて仕方がなかった。

 するとその様子を見ていた子供タイガーは、ひっそりと意を決したような表情を浮かべ、そして動き出した。


「にゃっ!」

「あ、逃げたぞ!」


 アリシアの体からすり抜けるようにして、子供タイガーは力の限り走っていく。茂みに飛び込んでいく姿を、オリヴァーと他の男子たちが追いかける。


「逃がすなよ。絶対に仕留めるんだ!」


 茂みの奥に消えた男子たちに向かってラッセルが叫ぶ。それを聞いたアリシアは何も考えられなくなった。

 ラッセルは自分の言葉なんて聞いていなかった。あのキラータイガーの子供を倒すことしか考えていなかったのだと。


「……っ!」


 その場から飛び出すように立ち上がり、アリシアは走り出した。


「アリシア!」


 後ろのほうからジルの叫び声が聞こえてくる。それでもアリシアは足を止めようとはしなかった。

 一秒でも早く離れたかった。もう一緒にいることなんて耐えられない。このまま父の待つ里へ帰ろうと。

 しかしいくら走っても、一向に景色は変わらない。アリシアは走りながら不安になってくる。その不安が余計に頭を真っ白にさせるのだった。

 一体どれくらい走っただろうか。既にジルたちの声は聞こえていなかった。

 激しく息を切らせ、もはや走れるほどの気力も体力もなかった。そしてとうとう足に限界がきて、アリシアは立ち止まり、その場にペタリと座り込んだ。


「はぁ……はぁっ!」


 なんとか息を整えつつ、アリシアは周囲を見渡す。周りには誰もいない。途端に心細さを覚え、自然と体が震えてくる。

 涙が出てくるのを必死にこらえていたその時、近くの茂みがガサガサと言う音を立てて聞こえてきた。


「ひゃっ!」


 アリシアは思わず声を上げて驚いてしまう。慌てて両手で口を塞ぐが、既に声は出してしまっていた。


「う……うぅっ……」


 段々と茂みの音が近づいてくる。目に涙を浮かばせながら、アリシアはケープを抱きしめるようにして、必死に身を守ろうとしていた。


(怖いよぉ……誰か助けて)


 アリシアはギュッと目を閉じ、このまま遠くへ行ってほしいと願った。しかしそれは叶わず、遂に茂みの中から何かが出てきた。

 一体何が出てきたのか。アリシアは怖くて目を開けられなかった。

 すると――


「あれー?」


 間延びした幼い子供の声が聞こえてきた。

 アリシアが恐る恐る目を開けてみると、そこには一人の男の子が立っていた。

 自分よりも少し年下だろうか。耳の形からしてエルフ族ではなく、人間族のようだと思っていた。

 そして男の子の腕の中には、傷付いた子供タイガーが抱っこされていた。


「えっと……こんにちは」


 とりあえずと言った感じで、男の子はペコリとお辞儀をする。それに対してアリシアは、呆然としたまま固まっていた。



次回は木曜日の0時~1時(水曜日深夜)あたりに更新する予定です。

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