夜会前半戦
一日目
「お嬢様、本当に大丈夫ですか? 私も付いていきたいんですけど、身分がどうたらでダメなんですよね。ほんと偉い人って頭が固いですよね。」
「イリス、いくらなんでもそんなこと言っちゃだめだよ。もし誰かに聞かれたら不敬罪って言われちゃうよ」
「はい、お嬢様。ほかの人には聞かれないようにします」
「そういう問題じゃ……まぁ、いいわ。では、行ってきます」
「はい、いってらっしゃいませお嬢様」
こうして私の人生二回目の夜会が始まった。
***
私は、私に近づいてくるたくさんの男爵様、子爵様、伯爵様を一年間でイリスに教え込まれたスルー術で名前を呼ばれない限りはできる限りうまく避けた。
たぶん今までで一番うまくできたと思う。
「王太子様、お待ちください。まだ公爵様への挨拶が終わってないですぞ」
唐突にそんな声が聞こえる。
かっこいい殿方がひょろっとした殿方を振り払いながら歩いてくる。
そして私の方を見るとこちらへ歩いてきた。
「おい、お前。俺と結婚しろ」
といきなり言われた。近くにはほかに誰もいない。
絶対に私に言っている。
偉い人だとはわかるけど、高圧的でとても嫌な感じだ。
「嫌です」
つい言ってしまった。
ひょろっとした殿方が焦っている。
でも私は止まれない。
「まず貴方は、私の名前を知っていますか? 知りませんよね? だって私と貴方は初対面ですし。それがわかっていて、なぜいきなり求婚を? 常識がないですよね? 次に「お前」って何ですか?
仮にも、今求婚している女性に対してお前なんてありえないです。ふざけてやっているのなら、まだ、まったく笑えない冗談で済みますけど、本気でやっているのなら女性の心どころか人の心がわかっていません。以上の点から、私は貴方の求婚……誘いを断ります」
やってしまった。言ったことに対して、反省はしているけど、後悔はしない。あの人は女性の敵だ。地位にかこつけて問答無用の求婚をするなんて……。
そんなことを考えながら私は、その場に呆けた顔をしている王太子様をその場に置いたまま足早にその場を後にした。
そのまま大広間を出てテラスに出た。
案の定、誰も居なかったので風にあたり、きっとお父様に怒られるんだろうなって考える。
下手すると不敬罪で打ち首になるかも……後悔しないって言ったけど早まりすぎたような気がしてきた。
私に未来はあるのだろうか。
私は自分の暗い未来に思いをはせた。
***
とある王太子様の話
「…………以上の点から、私は貴方の求婚……誘いを断ります」
そういって若く美しい女性は俺の前から去って行った。
横にいる宰相が「王太子様になんてことを」といっているがそんなことはどうでもいい。
断られるなんて全く思っていなかった俺はきっと自分の地位に胡坐をかいたダメ息子なのだろう。彼女の言う通り彼女と仲良くなる。話は全てそれからだろう。
会えるのはきっとこの七日間だけ。
たった七日間できる限り誠意を見せてもうただの誘いなんて言われない求婚をしてみようと思う。そうと決まれば
「あの女性についてできる限り教えてくれ。それから打ち首になんてぜったいにするなよ。それどころかほかの罰も与えるな」
と、俺は、まだ打ち首などと言っている宰相に言った。
***
その日の夜
「ねぇ、イリス、私明日殺されちゃうかも」
「お嬢様、何かあったのですか? 会場から出てくるのがとても早かったですし。それに殺されるとはどう言うことですか?」
「イリス、私ね、王太子様に求婚されたのよ。そしてその人があまりに酷いからつい手酷く振っちゃったの。」
「あまりに酷いとは?」
「振られるとは思っていない態度で『俺と結婚しろ』なんて言ってきたのよ。しかも私の名前も知らない状態で。酷いと思わない?」
「確かにそれは酷いですね。」
「そうでしょ。でね、私つい……」
と、愚痴で盛り上がったらしい・・・。
***
二日目
私は無事に王城へ入れた。どうやら打ち首どころか何もなしで済みそうだ。
と、一息ついていると
「昨日は、気分を害するような行為をしてしまって済まなかった。メリル アルヴィナ伯爵令嬢。そして君の言う通り何も知らないことを恥じ、少し、君について聞いてみることにした。そうして聞いていると君には不思議と悪評が多かった。でも昨日見た様子からは考えられなかった。やっぱり人間は自分の見たものだけを信用すべきだ。だから、メリル アルヴィナ伯爵令嬢。俺に君の事を教えてくれないか?」
昨日の偉そうな態度から一転懇願するような態度になっている。こんな時はどうすればいいの? イリスはこんなこと教えてくれなかった!
王太子様は返事をしない私にしびれを切らせたのか声をかけてくる。
「俺と一曲どうですか?」
昨日とは違い自信なさげな態度に私は驚いて断ってしまった。
「ご、ごめんなさい」
別に断る必要はなかった。でもここで手を取ったら自分の何かが変わってしまうような気がした。
自分の何かが変わってしまうなんて考えている時点でもう変わり始めているのは明確なのに……。
そして王太子様の悲しそうな顔がやけに頭に張り付いた。
***
その日の夜
「……ってことがあってね、なんか凄く王太子様の事が頭に残ったの。」
「お嬢様それはギャップ萌えというやつです。強気で自信のある人が弱いところを見せる姿に感動しちゃう奴です。」
「へ~イリスは物知りさんだね。すごいよ」
「いえいえそれほどでも。」
最初の話はどこかに消えイリスの話をずっとしていた・・・。
***
三日目
城内に入ると、いきなり王太子様に声をかけられた。
昨日ダンスを断ったのを根に持っているのだろうか?
ダメだ、考えが卑屈になってきている。
「メリル アルヴィナ伯爵令嬢。今日こそ俺と一緒に踊りませんか?」
いや、まったく根に持ってない。それどころかへこたれてない。
少しへこたれた方がいいと思う。
そしてそれに対する私の返答は当然ノーだ。
「そ、そうか。じゃあ今日は俺と話さないか? 一緒に食べ物を食べに行って、一緒に話していればお互いの事がわかるようになるだろ」
私の答えを見越していたかのように妥協案を提示してくる。
流石にこれは断れない。
私の断る理由である「貴方について知らない」は使えないようになってるし、それにここでまた断ると王太子様のメンツを完全につぶすことになる。流石にそれは厳しい。
私は不服なのを押し殺しそれについて賛成した。
まったく表情に出ていないだろう。貴族のたしなみだ。
だから私は開き直って王太子様のエスコートに従い楽しむことにした。
王太子様の誘いを断ってテラスで戦々恐々していた一日目やなんで断ってしまったのか、と考え抜いて結局いきなり態度を変えるのは変だから、とこれからも断るという無駄な決意をした二日目と違って楽しんでやる。
おいしいお菓子を食べて、腹の探り合いもない、毒にも薬にもならない他愛のないお話をするのだ。
これがイリスの言っていた夜会。
楽しい楽しい夜会なのだ。
しかもエスコートするのは見た目だけは良い王太子様。よく考えると地位もお金もある。
ただそれを打ち消してしまう私の苦手な性格が存在するのには目をつぶる。
きっと女性慣れもしているだろう初めて会った人に求婚するくらいには……。
きっと楽しいお話ができるはず……。
とかなんとか思っていた自分を盛大に馬鹿にしたい。
気が付けば……
「という方法なら民を飢えから救えると思うのだが、メリル アルヴィナ伯爵令嬢はどう思う?」
「確かにその方法は画期的ですね。ただその新しい方法に民が不信感を感じてしまうのではないでしょうか?」
「そうか! だから父上は賛成されなかったのだな。なるほど自分とは違う意見は参考になるのだな」
「ほかにも、成果が出るまでに年単位で時間がかかるところやそれに対する初めのコストがかかりすぎるところですかね? 普通ならそのお金があれば食料を買った方が良いと考えるでしょうから。それに食糧難で問題が出るのはもう少し後になるであろう、と言われているので、あとの事なんてどうでもいいのじゃないでしょうか?将来を生きる私たちには問題ですのに」
「さすがの博識だなメリル アルヴィナ伯爵令嬢。俺じゃ考え付かないことを言ってくれる」
「いえいえ、王太子様。王太子様のおっしゃった画期的な考えは私では思いつきもしませんでした」
「俺の事を王太子様だなんて言わないでくれ。ルークと呼んでくれ。ともに意見を交わしあった仲ではないか」
「わかりましたルーク様。私の事もメリルとお呼びください」
私はこんな話がしたいんじゃない。
そんな事実が思い浮かぶ。
そしてそのまま逃げ出しテラスへと行く。今日もまた一人テラスへ行ってしまった。
途中邪魔なものがあったがそれは蹴り飛ばし、ルーク様から逃げ出した。
***
その日の夜
「イリス。どう思う? 年頃の男女の会話って経済とか政治の話をするものなのかな?」
「何をおっしゃっているのです男女の会話と言えば、妙にどもったかわいい少年が恥ずかしそうな顔で名前を聞いて来たり、少し偉そうな貴族が少々高圧的に、でも素直に顔を見ないで話しかけてきて、横から見ると顔が少し赤かったり……」
「それって全部出会いよね? 会話じゃないわよね」
「細かいことはいいじゃないですかお嬢様」
「それでですね、病弱で肌の白い男の子が倒れているところを助けたり……」
「わかったからもういいわ」
「いえいえお嬢様。ほかにもまだ二十パターンほどありますわ」
全て聞くまで眠れないと決まったようだ・・・。
***
とある王太子様の話
メリル アルヴィナ伯爵は王都においてとても悪い人物だと言われている。
調べてみるまで全く知らなかった。
調べてくれた宰相は夜会の間、近づかない方が良いと言っていたが、あまり噂に踊らされるのもどうかと思う。。少なくとも話してみた限り、麗しく、理知的で、格好良く、頭脳明晰で、きれいで、言いたいことをきちんと言え、美しく、何より俺を王太子殿下様ではなく個人としてみてくれた。
そんな人物だった。
やはり噂は出鱈目だった。
次の日にはダンスに誘ってみたがきっぱりと断られてしまった。少し申し訳なさそうなところがまた可愛らしかった。
だが王太子でない俺には魅力がないのだろうか?近づいてくる人は皆、俺が王太子だからなのだろうか?
でも、それくらい想定済みだ。
そうだ、想、定ず、みだ。
自分で言っていて悲しくなってきた。
これくらいで、めげてなるものか!
その翌日もダンスに誘ってみた。そして当然のごとく断られた。そして俺は初日のセリフを思い出し、お互いの事を知るためにという口実で話そうというと、許可をくれたきちんと理由があればいいんだな。きちんと筋が通っている。流石だ。
俺の政治の話についてきている。それどころか良い意見さえ出してくれる同じレベルで話せる人間がいるといい刺激になる。
悩んでいた問題も解決できた。たくさん話すこともできた。
名前で呼ぶこともできたし
全てがうまくいっていた――はずだった。
話していたらいきなり彼女が逃げ出した。なんかデリカシーに欠けていたのだろうか?
そして彼女の事を目で追っているとなんと彼女は自分の道にいた奴隷を蹴り飛ばした。
噂は本当だったのか。
目の前が暗くなったような気がする。
それでも……。