初めに
メリル アルヴィナ伯爵令嬢の話をしよう。
彼女について彼女の父のユーク アルヴィナが管理するアルヴィナ伯爵領の民に尋ねてみる。
「あんなに天使様のような方は見たことない。ただの平民であるわし等にさえ、手を振り、微笑みなさったのだ。あの時、この方に、この方の父君であるユーク様に仕えられることを心から嬉しく思ったものだ」
と、ほとんど全ての民が同じように言った。
それだけならば、彼女は優しい、貴族としてあるべき矜持を持った、得難い素晴らしき人物だといえる。
しかしそんな簡単ならば、彼女はここで話題には上がらない。
彼女は王のいる都、王都の貴族の間では、では史上最悪の悪女、貴族社会が生んだ膿、およそ人に対する最低な名で呼ばれていた。
目の前に奴隷が居れば蹴り飛ばし、平民が貴族の居住区に入れば、無理やりにでも追い出す。
貴族の夜会でダンスに誘えばお呼びじゃないとその手を振り払う。
それを見た王都の平民は、彼女の天使のような見た目とのギャップから貴族社会が生んだ膿と言い、それを見た王都の貴族は身分の低い貴族に興味のない様子から、史上最悪の悪女と言った。
一体彼女の本質はどっちなのだろうか?
王室直属地方調査員の報告書より引用
* * *
今年も憂鬱な時期がやってきた。
言わずとも知れた、夜会の時期だ。
私、メリル アルヴィナ伯爵令嬢は初めて出た去年の夜会で盛大に失敗してしまったから、今年の夜会には行きたくない。
全てイリスのせいだ。
私は私の侍女をにらみつけてみるが本人は素知らぬ顔で紅茶を入れている。文句を言おうにも、今入れている紅茶は私の物なので何も言えない。
イリスは夜会がいかに素晴らしいかを小さいころから話してくれたけど、いきなり中年の太った侯爵様に手を取られるなんて思わないもの。
「夜会で一人で歩いていると、若くてかっこいい殿方が私の手をとり、Shall we danceってさそってくれるのです」
イリスはそう言ったのに、実際手をとったのは若くもかっこよくもない侯爵様。理想と現実に差がありすぎて頭の中が真っ白になって何を言ったのかは覚えてないけど、手を振り払って逃げちゃった。
そのせいで私の悪口が流れちゃったし、侯爵様の顔をつぶしちゃったから、お父様にも叱られちゃった。
侯爵様の怒りはお父様が何とかしてくれたけど、私の悪口は残ったままだし。なぜか私が侯爵様の手を振り払ったのは、嫁ぎ先が侯爵家じゃ、私にふさわしくないって思っているからだって言われているし。
明日から七日間続く、夜会に憂鬱さを感じながらも今年こそかっこいい殿方に会えることを期待しながら眠りについた。




