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Dragon Sword Saga8『古代の魔法』  作者: かがみ透
第 Ⅲ 話 廃墟のアジト
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人質生活

「お食事の時間です」


 生気のない、ミイラのように痩せこけた老人が、呼び鈴を鳴らして告げた。

 食事と聞いて、ミュミュの表情が、パッと華やいだが、老人は付け加えた。


「お食事は、ラン・ファ様の分しか、ございません」


 途端に、がっかりして、ミュミュはうなだれた。


「私の分をわけてあげるわ。ミュミュちゃん、一緒に行きましょう」


 ダグトに背中の羽をむしり取られてしまった妖精は、飛ぶことも出来ないので、ラン・ファに手伝ってもらいながら、嬉しそうに、彼女の肩に乗った。


 さびれた廊下を、老人の後をついて進んでいくと、灯りのもれた部屋に着く。


 部屋には、既に、ダグトが来ていた。


 ラン・ファの豪華な部屋とはほど遠く、そこは何の飾りもなく、ただ長いテーブルがひとつあるだけだった。


 テーブルの上には、ダグト用の燭台、距離を隔てて向かい側には、ラン・ファ用にもう一台、燭台が置いてある。


 長いテーブルの端と端に、向かい合って、ダグトとラン・ファが食事を始める。

 ダグトの皿には、ごく少量の食べ物しかなかった。代わりに、小さな飴のような、黒い錠剤が、杯に数粒あった。


 魔道士の中には食事を摂らず、栄養分や魔力を高める効果のある、このような錠剤で済ませてしまう者も多い。魔法道具を扱う正規の魔導士協会でも、売られていた。


 そして、その横にある杯には、魔道士が飲むのを許された唯一の酒、薄めのカシス酒が注がれていた。


 比べて、ラン・ファの食事は、豪勢なものであった。

 トリを丸ごと香草で焼いたもの、いろいろな果物や木の実をふんだんに使ったサラダ、黄金豆のスープなど、まるで、貴族の食卓のようであった。


「すごぉ〜い! こんなにすごい食べ物、ミュミュ、アストーレに行った時以来だよー! 」


 ミュミュは目をきらきらさせて、テーブルの上を、ちょろちょろと歩き回り、皿の中のものを覗き込んでいた。


「ちっ。まったく下品な妖精だ。それは、ラン・ファのために作らせた食事だ。お前の分はないと、何度言えばわかるのだ」


 ダグトが睨む。


 ミュミュは、びくびくと恐れをなして、ラン・ファの腕の後ろに隠れてしまった。


「毎日毎日、こんな豪勢な食事をさせられ続けたら、ブタになっちゃうわ。私を太らせる気? ミュミュちゃん、良かったら食べて」


 ラン・ファはダグトに軽く悪態をつくと、ミュミュにも食べ易いように、肉や野菜を切り分けた。


 彼女に勧められるまま、ミュミュは、そろそろと食べ物に手を伸ばすが、やはり、ダグトを恐れているのか、視線を気にしながら、テーブルの上の、ラン・ファの胸元近くで脚を伸ばして座り、遠慮しがちに食べ始めた。


「おいしい? 」

 ラン・ファが尋ねる。


「うん、おいしい! 」

 ミュミュが答えると、ラン・ファは、にっこり微笑んだ。


 この三日間は、常に、このような調子であった。

 ラン・ファについていこうとする度に、ミュミュは追い払われそうになるのだが、そんな時は、決まってラン・ファが助けるので、ミュミュはラン・ファの行くところには、どこにでもくっついてまわり、そのおかげで、食事にも入浴にも(あずか)ることができたのだった。


 始めのうちは、邪険にしていたダグトも、自分には決して見せることのないラン・ファのやさしい笑顔が、垣間見られることから、ミュミュがそこにいることも、さほど悪くはないと思うようになっていったのだが、根がひねくれていたため、常にミュミュに意地悪をしてしまうのは、仕方がなかった。


 ミュミュの方も、この三日間、ダグトや外のモンスターたちに怯えながらも、楽しく過ごしていた。


 異次元に飛ばされてしまった、ヴァルドリューズのことも気がかりではあったが、きっとなんとかしてくれるだろうと、彼を信じてもいれば、時々淋しくなることがあっても、ラン・ファが慰めてくれ、それまで旅したいろいろな国のことや、東洋に伝わる子供向けの物語など、ミュミュの知らない珍しい話をして、楽しませてくれたので、ミュミュはすぐにラン・ファが大好きになったのだった。


「ミュミュちゃんは、中原のアストーレにも、行ったことがあるの? 」


 ラン・ファが尋ねると、ミュミュは、嬉しそうな顔になった。


「うん! ちょうどお祭りやってたんだよー。カイルと一緒に見に行ったんだけど、町娘がワラワラいっぱい寄ってきて、カイルは、そっちと遊びに行っちゃったから、ミュミュね、つまんなくなっちゃって、ひとりでプラプラしてたの。そしたらね、ケインとクレアがデートしててね、ネックレスを買ってあげてたから、ミュミュにもちょうだいって言って、アンクレット買ってもらったのー」


 ミュミュは、左の足首にはめた、人間の小指用に作られた、銀色の指輪を、自慢げに指さしてみせた。


「素敵じゃない! いいものをもらって、良かったわね」


 ラン・ファが微笑む。


「ほしい? 」


「あら、ミュミュちゃんが、ケインくんからもらった大事なものなんでしょう? 私がもらうわけには、いかないわ」


 ミュミュは首を横に振った。


「別にいいよ」


「でも、ミュミュちゃんは、ケインくんにとって、大事なヒトなんじゃなかったの? この間、そう言ってたじゃない? 」


「でもね、それはね、ミュミュが妖精だから。妖精は、勇者に付くものなんだって。ミュミュ、ケインのことも好きだけど、一番好きなのは、ヴァルのおにいちゃん! 」


「まあ! そうだったの? 」


 ラン・ファが驚いてみせた。


 すると、いきなりダグトが音を立てて椅子から立ったので、ミュミュがびっくりして、ラン・ファの胸の中に駆け込んでしまった。


 ダグトは、ぎらぎらした目で、ミュミュを睨んでいたが、何も言わなかった。


「どうしたのよ、ダグト? いきなり立ち上がったりして。ミュミュちゃんが怖がっちゃったじゃないの」


 何事もなかったように、そのまま食事を続けるラン・ファをも、じろりと睨む。


 ダグトは、三日前に消息を絶ったヴァルドリューズの行方を、未だ見つけられないでいることに、苛立っていた。その時、彼をさかさまの森から連れ出した、謎の少年にもである。


 この休養期間中に見つけられなかったのは、かなり手痛いことであった。

 予定では、とうにヴァルドリューズを倒してしまっていたはずなのだから。


 今日から、またしばらくは魔道士の塔に勤務しなければならず、そうなると、これまでのようにヴァルドリューズの探索には、なかなか時間を割いてはいられないのだった。


「くだらないことばっかりペラペラ喋りやがって、このうるさいお喋りなチビが! 見ろ、もう時間になってしまったじゃないか! 」


 ダグトは、ひとりで腹を立てて、部屋を出ていった。


 執事の痩せた老人が、出口まで見送りについて行くが、その老人にまで怒鳴り散らしている声が、ドア越しに聞こえてきていた。


「……ふ、ふ、……ふえ〜ん! 」


 ミュミュが泣き出した。


「よしよし。怖かったわよね。可哀想に」


 ラン・ファは服の中に隠れているミュミュを手に乗せ、やさしく撫でた。


「多分、あいつは、ヴァルドリューズを見つけられなくて、イライラしてるんだと思うわ。それに、しばらくは、魔道士の塔に通う日が続くわ。それは、こっちにとって好都合よ」


「う、……うん、うん」


 ミュミュは泣き止み、ラン・ファに何度も頷いた。


「給仕と執事は魔物じゃなくて、普通の人間を、ダグトが魔法で洗脳したの。多分、普通の黒魔法で。給仕は二日に一回買い出しに、町まで行くから、その時がチャンスよ。脱出の下準備が出来るかも」


 ラン・ファの予想通り、給仕のまるまる太った、執事とは正反対の男が、館を出て行くのが窓から見えた。


 ラン・ファは部屋を出ると、調理室を通り抜け、忍び足で回廊に出た。ミュミュは、ラン・ファの肩の上に、ちょこんと座っている。


『確か、そこの部屋だったわ、以前、首飾りがしまってあったのは。もう少しというところで、ダグトに見つかってしまったけど』


 ラン・ファは、ミュミュにしか聞こえないよう、黒魔法の『心話』で話しかけた。


 昼の間は、差し込む光によって、館の中も、多少は明るい。銅でできた数ある扉には、それぞれ違った模様が刻印されていた。


 冠の柄が彫られた扉の鍵穴から、ラン・ファが室内を覗いてみる。


 古びた椅子の上に、無造作に、布がかけられ、ちょっとした装飾の小箱が置かれている。小箱からは、連なった青い石が、はみ出していた。


 ラン・ファは、その青い石を見つめると、部屋から離れ、今度は、水瓶の柄の部屋を覗く。


 呪術道具がいくつか並べられ、奥の壁には、赤い玉石と装飾のある剣が、立て掛けられていた。


 その後、何事もなかったような顔で回廊を進み、再び調理室を通って、ラン・ファは、自分の部屋へ戻っていった。


「見たでしょう、ミュミュちゃん。冠の部屋の宝石箱には、私のネックレスが、水瓶の部屋には、剣があるのよ」


「うん。ミュミュも見たよ」


 ラン・ファは、少し真面目な顔になって、ささやいた。


「あの二つさえあれば、ミュミュちゃんの羽が治らないうちでも、なんとかここを脱出できるわ」


「じゃあ、今、取りに行くの? 」


「いいえ、まだだめだわ。あの二つの部屋の扉には、ダグトの結界が張ってあるの。触れただけで、探知されちゃうわ」


 ダグトと聞いて、ミュミュは、ぶるっと身体を震わせた。


「じゃあ、どうすればいいの? 」


「それはね……」


 ラン・ファが言いかけた時であった。


「ラン・ファ様、湯浴みの支度が整いました」


 執事の声が、部屋の外から聞こえる。


「まったく、朝と夜に湯浴みなんて……。優遇してくれるのは有り難いけど、なんか押し付けがましくてね。ダグト本人も、一日二回も湯浴みをするのよ。あの潔癖性には、時々うんざりしちゃう」


 ラン・ファが本当にうんざりした顔で、ミュミュに肩をすくめてみせた。


「その割りには、このおうち、古くて汚いよね。さっきの宝物のお部屋とか、ろうかとかには、クモの巣だってあったし。おねえちゃんの部屋と、ごはん食べるところと、お風呂は綺麗なのにね」


 ミュミュが執事に聞こえないよう、ラン・ファの耳元で、こっそり言った。

 ラン・ファも、こっそり、ミュミュの耳に返した。


「ここは単なる廃墟だったんだと思うわ。モンスターのいる森の近くに住むなんて、普通はイヤよね? この館は、あいつの病んだ精神の現れなのよ。だから、ボロボロなの」


「きゃははは! 」


 ミュミュは腹を抱えて笑っていた。


 執事は振り返りもせずに、そのままゆっくりと浴室へと、二人を案内していった。


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