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Dragon Sword Saga8『古代の魔法』  作者: かがみ透
第 Ⅱ 話 さかさまの森
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白いゴーレム

 さかさまの森の住民たちは、唐突なモンスターの襲来に戸惑い、混乱し、逃げ回っていた。


 どれほどヴァルドリューズが、素早くモンスターを消し去ろうと、どこからともなく湧いてくるため、きりがなかった。


「一体、どうしたことだね!? この森では、迷い込んだ人間どもが、勝手に死んでゆくことはあっても、それ以外は平和だった。それが、どうして、いきなり別の次元に棲むこんなモンスターどもが、現れるんだい!? 」


 ヴァルドリューズの側を飛び回っている逆さコウモリが喚く。


「おそらく、ダグトの仕業だ」


 抑揚のない口調で、ヴァルドリューズが答える。

 その間にも、黒いオオトカゲを数頭倒し、次のモンスターへと光速で向かう。


「ダグトって……、ああ、そう言えば、ひとりだけ、ここを行き来できる人間がいたのを思い出したよ! そいつのことかい? 」


「おそらく」


「あの人間は特殊だよ。なにか、護符(アミュレット)のようなものを持っているのかも知れないね! 」


 コウモリは、一声鳴いてから続けた。


「そいつが、いったい、なんだって、この森に、モンスターを仕向けたんだい? ワシらは、あやつには、なんにもしてないじゃないか」


「お前たちにというよりも、ヤツの狙いは、この私だ。このように、モンスターを仕掛けて、私の魔力を減らそうというのだろう」


「ギエーッ! 」


 背後から、コウモリにかじりついた、鋭い牙を持つ魔ガラスを、ヴァルドリューズの放った光線が、撃ち落とす。


「ああ、あんた、助かったよ! 」


 礼を言うコウモリには見向きもせず、ヴァルドリューズは、モンスター退治を続けた。


「なあ、あんた、そのダグトってやつが、あんたの魔力を減らすために、こんなことをしてるんだとしら、あんた、それがわかってて、なんでわざわざ、こんな魔力を消耗させるようなことをしてんのさ? 」


 コウモリは、ヴァルドリューズの速度に、なんとか遅れをとらないよう、ついていく。


「奴は、私が『ここ』から抜け出せない限り、このようにモンスターを送り続けることだろう。残念ながら、今はまだ抜け出す方法は見つからない。魔力が消耗するのがわかっていても、私が原因で、本来関係のないここの住民が巻き込まれ、虐殺されるのを、黙って見ているわけにはいかないだろう」


 ダグトは、きっと、自分を弱らせてから、強力なモンスターを送り込んでくるに違いない。そして、とどめは、対抗呪文のない、古代魔法とやらをぶつけてくるのだろう。


 そう推測する彼であったが、何の感情も現れていない表情で、ひたすらモンスターたちを消滅させていった。




「相変わらず、涼し気な顔しやがって」


 ふん、とダグトは、鼻で笑った。


 水晶球には、さかさまの森でモンスターを次々と倒していくヴァルドリューズが映っていた。


「奴の呪文の発動の速さからすると、唱えなくともできる魔法は、かなり多い。悔しいが、それは、俺以上かも知れない」


 暗闇の中で、水晶球に近付くダグトの顔が、青白く照らされる。


「だが、貴様は、俺には勝てん。勝てぬのだ! 」


 ダグトが球を囲む仕草をし、呪文を唱え終えてから、言った。


「白き古代のゴーレムよ、さかさまの森へ、向かうがいい」


 水晶球全体が、白く光った。


 ダグトの小さな笑いは、大きく、豪快な笑いへと転じていった。




 さかさまの森は、燃えていた。モンスターの吐く炎によって。


 ヴァルドリューズは火を消しながら、湧き、溢れる魔物を、消滅させる。


 その近くには、逆さまのコウモリが、ずっとついてきていた。


「まったく、キリがないね! 」


 コウモリが喚く。

 ヴァルドリューズは冷静な表情のまま、モンスターを攻撃し続ける。


「ダグトが何か送ってくるとすれば、そろそろだろう」

「なんで、そんなことが、わかるんだい? 」

「奴とは、付き合いが長いのでな」


 ヴァルドリューズの目の前のモンスターが燃え、消滅すると、前方に景色の歪みが起こった。


 布を中央でひねり、よじれたところから、割れたガラスを通して見たように、向こう側の景色は歪んで見える。


 そのようにして起こった空間のひずみから、透明の風が吹き込むと、それが徐々に、倍ほどもある人間の形を帯びていった。


(やはり、古代魔法で来たか)


 碧い、切れ長の瞳は、細められた。


(一か八か、試してみるか)


 ヴァルドリューズは、すでに呪文を唱えていた。


 前方にいる透明な物体は、彼の予測通りの白いゴーレムへと、変貌していく。


「うわあ! 今までと違うヤツが出て来たよ! 」


 コウモリが、ギャーギャー叫びながら言った。


 ゴーレムの動き出すのと、彼の呪文の発動は、同時だった。


 突き出された彼のてのひらからは、銀色の炎が噴き出した。


 それは、彼が、魔神グルーヌ・ルーの知識を得て編み出した、邪悪なものに致命傷を与える力を持つ、銀の炎ーーシルバー・フレアーーであった。


「グウウウウ……! 」


 銀の炎の衝撃に押し出されたゴーレムが、呻き声のようなものを上げるが、炎は、ゴーレムの身体を素通りしてしまったように、白い怪物には、穴ひとつ開いてはいないのだった。


(効かぬか……! )


 普通の人間であれば、この場合、舌打ちや、落胆などの反応を見せるところだったが、例の如く、彼の表情は、一向に変わってはいない。


 ゴーレムは、彼に向かい、走り出した。


 石で出来た人形の見た目からは、想像もつかないほど、素早い動きだ。


 ふいっと、ヴァルドリューズが移動し、ゴーレムとは離れたところに現れる。

 ゴーレムは方向を変えるが、捕まえる寸前で、彼の姿は移動するのだった。


「あ、あんた、どこに行くんだね!? 」


 コウモリが必死に付いて行こうと、翼をばさばさ言わせているが、


「ついて来るな」


 ヴァルドリューズの返事に、その場に留まり、どうしていいかわからず、おたおたとしていた。


 もっとも被害の少なそうな場所を、探りながら、ゴーレムを自分に引き付けているヴァルドリューズの姿は、すぐにコウモリの視界から消えた。




「ふふん、そうやって、少しでも時間を稼ぎ、対策を練ってるってわけか。体力と魔力の消耗を早めるだけだというのに」


 暗闇で水晶球を覗き込む、青白い顔は、にやにや笑っていた。


「お前の黒魔法は、そのゴーレムには効かんのだ。それがわかった時でも、そんな涼しい顔は、していられるか? 」


 ダグトの脳裏には、故郷にあるラータン・マオの宮廷が、浮かんだ。


 宮廷魔道士たちが、一丸となって、ヴァルドリューズを襲った時、彼は、まったくの無抵抗であった。


「あの時ですら、お前は、苦しさに(もだ)えたりはしなかった。死を覚悟した、安らかな表情さえ、見せていた」


 ダグトは奥歯を噛み締めると、再び、水晶球を見る。


「俺は、そんなものが見たいわけではない。ただでは殺さん。お前には、人としての尊厳など、最後まで与えぬわ! 」


 残忍な輝きを放つ瞳が、暗がりの部屋の中で、鋭く光った。




 さかさまの住民のいない場所へ来たものの、ゴーレムの攻撃を防ぐ手立ては、ヴァルドリューズにはなかった。

 ただひたすらよけているのみである。


(呪文が効かないとなると、後は、グルーヌ・ルーを召喚するしか……! )


 それは、最も危険な方法であった。


 彼が、これまで魔神を召喚したのは、知識を得るのみであった。魔神そのものを召喚し、暴走させずに、思い通りに操ることは、誰にも不可能であった。


 ふいに、ゴーレムの姿が消えた。

 ヴァルドリューズが気配を察し、よけた時には、遅かった。

 ゴーレムの石の腕に、がっしりと捕まっていた。


「くっ……! 」


 碧い瞳が、僅かに歪む。


 冷たい石の腕が、ヴァルドリューズの身体をしめつける。

 骨が軋むのを感じる。


 だが、どの呪文も、ゴーレムには効き目がない。

 ましてや、力でかなうわけはなく、振り解こうにも、びくともしない。


 ごきん、と軋みを上げていた、どこかの骨が、とうとう折れた。

 さすがに、ヴァルドリューズの瞳が、僅かに苦痛に歪む。額からは、冷や汗が流れ出した。

 さっそく回復を試みるが、不思議なことに、自分にかけた回復呪文すら効かない。


(ゴーレムによる傷さえも、回復不可能か)


 もう手立てはない。

 危険ではあるが、魔神を召喚するしかない。

 そうヴァルドリューズが覚悟した時であった。


「それは、やめた方がいい」


 どこからか、声が聞こえて来たと思うと、しめつけていた石の腕の感触が、急激に解け、彼の身体は、どさっと地面に落ちた。


 苦痛の中、片方の目だけで、辺りを見回すと、ゴーレムが離れたところに見える。


 いったい何が起こったのか。


 魔神を召喚してはいない。それどころか、何の呪文も唱えては、いないはずであった。


 ヴァルドリューズにはわからなかった。それは、ゴーレム自身もそうであったのか、瞬時に逃がしてしまった獲物を探しているのか、戸惑った様子が見えた。


 起き上がろうとするが、身体が言うことをきかない。


 やがで、ゴーレムが離れた地面に横たわるヴァルドリューズを見付け、喰らいつくような勢いで迫る。


 次は、このように運良く逃げられる気はしなかったヴァルドリューズが、覚悟を決めた時だった。


 ゴーレムの動きが止まった。


 ヴァルドリューズとゴーレムとの間に、何かが突然現れたのだった。


 白い衣を羽織った、華奢な男だった。

 男というには、語弊(ごへい)があるほど、(なまめ)かしい姿だ。

 ヴァルドリューズの聞いた声は、この人物だと、彼は直感した。


 肩まで伸ばした薄い茶色の髪と同じ色の瞳が、ゴーレムに、にやりと笑いかけた。


「おや、この僕を攻撃しようというのかい? お前ごときが、そんなことしていいのか? 」


 まだ二〇歳にも満たないほどに見えるその少年は、腕を組み、石の人形を見据えた。


 ゴーレムは、戸惑った様子を見せていたが、突き出した両腕をだらりと下げ、動かなくなった。


「さ、お前には、用はないよ。もうお帰り」


 少年がそう言うと、ゴーレムの姿は、ぼやぼやと消えていき、完全に景色の中に溶け込んでしまった。


 少年は、即座にヴァルドリューズを抱えると、一瞬にして消えた。




畜生(ちくしょう)! もう少しというところで……! いったい、何者なんだ、あいつは! 」


 水晶球を覗いていたダグトは、怒りをあらわにして喚いた。


「俺の呼び出したゴーレムを、簡単に引っ込めやがった! 魔道士の塔には、あんなヤツはいなかったはずだ。おのれ……、どこの魔道士だ!? 」


 ダグトは、悔しさに、思わず拳を握り締め、地団駄を踏んだ。




 空間を渡り、ヴァルドリューズと少年は、とある野原に来ていた。


「……お前は……」

「シッ、喋らないで」


 呻くように尋ねたヴァルドリューズを、少年は草むらに横たえると、てのひらを向けた。


 白っぽい穏やかな光線が、ヴァルドリューズの身体全体に行き渡る。


(回復魔法とは、少し違う……? )


 しばらくすると、ヴァルドリューズの身体は、もとの通りに復活していた。


「危ないところだったね。間に合って、良かったよ」


 少年は、にっこり笑った。

 ゆっくり起き上がると、ヴァルドリューズは、改めて、彼を見た。


 年の頃は、十五、六であろうか。白く透き通る肌に、チェリー色の唇、薄茶色(ライトブラウン)の髪ーーどれを取っても、全体の色素が薄く、身体付きも華奢である。


 一緒に旅をしてきたマリスと、なんとなく似た、中性的な感じもある。


 だが、マリスの方は、王女であった割りには、もう少し頑丈そうに見え、彼と並べれば、マリスの方が、よほど強そうに見えてしまうほどだと、ヴァルドリューズは思った。


「お前は、何者だ? 」

「きみの味方だよ」


 そのいたずらっぽい中にも、少々コケティッシュな趣のある微笑み方も、彼には、マリスを連想させた。


「あのゴーレムは、古代魔法によるものだった。現在の魔道では対抗するすべはまだ見つからないと聞いていたが、なぜお前には、封じることが出来たのだ? 」


 少年は、ひょいっと、近くの岩に腰かけて、足を組んだ。


「『古代から呼び覚まされたもの』だったからこそ、あのゴーレムには、僕のオーラがはっきりとわかった、とも言えるね。わかれば、ゴーレムは、僕には逆らえない。彼には、自分を召喚した主人よりも、僕の存在の方が大きかったんだよ。なぜか、わかるかい? 」


 少年は、人差し指を立て、真顔になった。


「僕はね、……人間じゃないんだよ」


 ヴァルドリューズの表情は、特には、変わらなかった。


「あれ? 今、僕、とっても重大なことを打ち明けたんだけど、……全然驚いてないんだね? 」


 拍子抜けした少年は、まばたきをした。


「さかさまの森から他の次元に移動する抗体を、人間は持ち合わせてはいないと聞いていたのでな」


 ヴァルドリューズの口調は、普段の抑揚のないものだった。


「そ、それにしたってさ、もうちょっと驚いてもいいんじゃない? だって、人間じゃないってことはさ、いろんなことが考えられるじゃないか。ああ、かと言って、魔族じゃないからね」


 少々プライドが傷付いたのか、幾分、少年はむきになっていた。対するヴァルドリューズは、冷静なままであった。


「この世には、人間の形をしてはいても、そうでないものも多い。私の周りには、妖精や、魔界の王子もいたのでな」


「そっか。それじゃあ、僕のことも、そんなに不思議ではなかったんだね」


 女性的な少年は、改めて、ヴァルドリューズを見直した。


「実はね、きみに、お願いがあるんだよ」


「聞いている暇はない」


 にべもなく断られた少年が、苦笑する。


「ずいぶんなことを言うねえ。僕は今、きみの命を助けてあげたんだよ? その命の恩人の頼みが、きけないって言うのかい? 」


「悪いが、そういうことだ。助けてもらったことには、感謝はしているが」


「感謝しているようには見えないなぁ」


 少年は、からかうような瞳を向け、岩の上で、脚をぶらぶらさせた。


「とっても困っている人たちが、いるんだけどなぁ。きみなら、そんなに時間はかからないと思うんだけど、ダメかなぁ」


「だめだ。悪いが、他を当たってくれ」


「そんな……聞くだけ聞いてくれたって、いいじゃないか」


「本当に時間が惜しいのだ。どうしてもというなら、私の方の用事が済んでからにしてもらいたい」


 少年は肩をすくめた。


「そんなに急がなくても、あの妖精のお嬢ちゃんは大丈夫だよ。とって喰われたりなんかしないってば」


 ぎらり、と静かに、ヴァルドリューズの目が光った。


「そんな怖い顔しないでよ。僕は、何でも知ってるんだってば。だから、僕の頼みさえ聞いてくれれば、あのとらわれの妖精のいる場所まで、連れていってあげるからさぁ」


 ヴァルドリューズの瞳が油断なく、少年を見つめる。


「まだ僕を信用しないの? しょうがないなぁ」


 少年は、ぴょんと岩から降り、真面目な表情になった。


「今言ったことは本当だよ。すべての魔力を支配する神ジャスティニアスの名において、誓うよ」


「……!? 」


 ヴァルドリューズの瞳が、見開かれた。


 彼なりにも、衝撃を受けたようであった。


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