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Dragon Sword Saga8『古代の魔法』  作者: かがみ透
第 Ⅱ 話 さかさまの森
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さかさまの民

 ダグトは空間を渡っていた。してやったり、という笑みを浮かべて。


 懐から、取り出したのは、丸い結界の中に閉じ込めた妖精であった。


「ヴァルドリューズのヤツは、別の次元に飛ばしてやった。それくらいでは、死にはしないだろうが、二度と抜け出すことの出来ないところにだ。安心したか? 」


 意地の悪い男の声に、中の妖精は、噛み付くように(まく)し立てるが、声はもれていない。


 ダグトは妖精を再び懐に入れ、飛ぶ速度を上げた。


 それから、降り立ったのは、ある暗い建物の中であった。

 重々しい鉄の扉を開け、カビ臭い回廊を通っていく。

 まるで、廃墟の中だ。

 数ある扉が、回廊の両側に並ぶ。


 奥に、うっすらと、灯りがこぼれている部屋があった。

 その部屋に入り、扉を閉める。


 部屋の入り口には何もないが、さびれた館からは想像もつかないほど、そこは、綺麗に整えられた、まるで貴族の住む部屋であった。


 再び、懐から、妖精の入った球を取り出す。


 指を鳴らすと、妖精を囲んでいた膜は消えた。


 ミュミュは、きょろきょろと辺りを見渡した。


「……ここ、どこ? 」


 か細い声で、尋ねる。


「俺の屋敷だ。貴様は、ここで暮らすのだ」

「暮らす……って? 」

「ヴァルドリューズが生きてあの次元から出ることは、容易ではない。しばらくは、ここで暮らせ。永遠に……かも知れぬがな」


 くっくっくっと笑いを押し殺すダグトを、ミュミュが、キッと睨みつける。


「だっ、だれが、あんたみたいな悪い魔道士なんかと、一緒に住むもんか! バカッ! 変態! ロリコン! 」


 あらゆる罵詈雑言で罵倒するミュミュを無視し、ダグトが、いきなりミュミュの背にある羽を、二つとも掴んだ。


「なっ、なにするのっ!? 放してー! 」


 じたばた暴れるミュミュの身体を、ダグトは、もう片方の手で捕まえる。

 彼の手は、何のためらいもなく、掴んでいたミュミュの羽を引きちぎった。


「ぎゃーっ! 」


 ミュミュが泣き叫んだ。


「痛いじゃないのさーっ! いきなり、なにすんのーっ! 」


「これで、空間を渡ることは出来まい」


 じろっと一睨みひたダグトは、ミュミュを鷲掴(わしづか)みのまま、部屋の奥へずかずかと進んでいくが、掴まれているミュミュにしてみれば、たまったものではなかった。


「うわ~ん! そのまま歩くなーっ! 放せ、バカー! 」


 ミュミュにとっては、ものすごい振動であった。

 頭はガンガン響き、目は回り、それでも、泣きながら、罵ることはやめなかった。


「おとなしくしてろ。まったく、やかましい妖精だ」


 うんざりしたようなダグトは、更に奥の扉を開ける。


「ここにいろ」


 ミュミュを扉近くにあったサイドボードに放ると、ダグトは、扉を閉め、もと来た方へと戻っていった。


「うっ、うっ……、ヴァルのお兄ちゃん、ケイン、……カイル、……クレア、……マリス……」


 背中の痛みは当然、不安に押しつぶされそうになったミュミュは、しくしくと泣きながら、旅の仲間たちの名前を呼び、俯せていた。


「……誰? ……誰かいるの? 」


 部屋の奥から、声がする。

 ミュミュは顔を上げ、手で目をこすりながら、声のした方を見つめた。


 布が床にこすれて、引き摺るような音がする。

 壁の向こうから現れたのは、人間の女であった。


 女は、浅黒い肌をしていた。長いウェーブしたつややかな黒髪、黒い宝石のような、切れ長の瞳。

 胸元の開いた白いドレスを着ているが、貴族の姫君という感じではなく、やさしい雰囲気の中に、凛々しさも兼ね備えていた。


 ミュミュの良く知るマリスやクレアとは違う人種であった。

 どちらかというと、ダグトやヴァルドリューズのような、東洋系の人間であり、年齢も、彼女たちよりも上に見える。


 ミュミュは背中の痛みも忘れ、その女の神秘的とも言える不思議な美しさに、しばらくみとれていた。


 一方、女も、妖精などという馴染(なじ)みのないものに、出会ってしまい、言葉を失っていた。

 だが、次第に、ミュミュを無害な妖精であると判断したのか、にっこりと微笑んだのだった。


「どうしたの? どうやって、ここへ来たの? 」


 やさしく言いかけて、女は、すぐに口を噤んだ。

 ミュミュの背の、羽のあったあたりからは、透明の体液が流れていたのだった。

 女には、なんとなく状況がつかめた。


「ダグトね? まったく、ひどいことするわね」


 独り言のように呟いた彼女は、気の毒そうに、ミュミュを見た。


「こっちへ、いらっしゃい。傷の手当をしましょう」


 女は、ミュミュの乗っているボードに、そうっと、てのひらを上に向けて、近付けた。


 ミュミュは、どこかまだ警戒している様子だったが、女が安心させるように微笑んでいるのを見ると、そろり、そろりと、差し出されたてのひらに乗った。


 女は、ミュミュを大事そうに抱えると、部屋の奥へと、連れていった。




 ヴァルドリューズは立ち上がり、辺りを見回した。


 白いゴーレムの姿は、そこにはないが、その場所も普通ではないことが一目瞭然であったため、安心するわけにもいかない。


 足元には、木の根と思われるものが、うねうねと押しのけ合いながら、地面を覆い尽くす。

 ひっきりなしに生えている樹木は、すべて地を這う。

 葉も枝も、何もかもが、地面の上にあり、歩きにくい。


 魔道士であるヴァルドリューズには、飛んでしまえば関係のないことであったが、得体の知れない場所では、いつ敵に出くわしてもいいよう、なるべく魔力を消耗させずに歩く方が得策だ。


 試しに、時空を移動する時の呪文を唱えるが、何も起こらない。

 『光速』の呪文は通用し、少しだけ飛んでみた彼だが、どこまで行っても同じような景色ばかりで、果ては見えない。


 魔力を無駄に使うことをやめた彼は、この場所が、いったい何であるのかと、出口を探しに歩くことにしたのだった。


 進めば進むほど、ここがおかしなところだということがわかる。


 地面に向かっているのは、植物ばかりではなく、時折見かける小動物までが、奇妙な格好でいるのだった。


 トカゲのような、尾の長い、足の生えた動物は、なぜか腹を上に向け、ひっくり返った格好で歩いていた。


 毛の生えた動物たちも、下の方に頭部があり、その上に胴体があり、手足が何本もあった。逆立ちをしているかのようだ。


 このような中に長時間いれば、自分の方が逆さになってしまったような感覚を覚えることだろう。


「お前さん、人間かい? 」


 振り向くと、大きなコウモリが、逆さになって、飛んでいた。


 ヴァルドリューズが黙っていると、コウモリが口を開けた。


「お前さんに聞いてるんだよ。あんたは、人間なのかい? 」


 しわがれた、人間の年寄りのような声で、コウモリは再び尋ねる。


「そうだ。人間だ」


 ヴァルドリューズは、どことなく、人間界で見るものとは違う造りのコウモリを、観察した。


「気を付けなよ。生身の人間で、この森に迷い込み、生きてここから出られた者は、滅多にいないんだからね」


「ここには、魔物でも出るというのか? 」

「キエーッ」


 コウモリは、一声鳴くと、大きな折れ曲がった黒い羽を、バタバタと振り、答えた。


「ここには、魔物なんていやしない。だけど、あれをご覧」


 コウモリが顎で指した方向には、白骨が生々しく転がっていた。

 明らかに、人間の骨である。


 このような場所に足を踏み入れる可能性があるのは、空間移動の術を使えるほどの上級魔道士である。白骨化した死体は、まぎれもなく、自分と同等の魔道士であったと、彼にはわかった。


「……お前さん、あんまり怖がってないみたいだね」


 コウモリは、不思議そうに、ヴァルドリューズを見上げた。


「知っていたら教えて欲しいのだが、『ここ』の出口はどこだ? 」


 彼の静かな青い瞳を見つめてから、コウモリは答えた。


「ないよ。あったとしても、人間には、通り抜けられないね」


「なぜだ? 」


「なんというのかね……、人間には、この『さかさまの森』から抜け出す抗体みたいなものはないんだよ」


「入ることは可能でもか? 」


「人間からすると、理不尽なことかも知れないが、ここでは、ごく当たり前のこと。その証拠に、我々ここの住人は、ここから別の次元に行くことはできない。世の中には、不思議な世界もあるもんだ」


 人間の年寄りのようなコウモリの口調には、親しみ易さも感じられるが、それを気に留める間もなく、彼の頭の中では、あらゆる思いが行き交っていた。


(さかさまの森ーーここが、ヘイド殿の言っておられた迷いの森か。ダグトは、私を永遠に、死ぬまで、この森に閉じ込めておこうというのか? )


(ミュミュは大丈夫だろうか? 泣いていた。ダグトにいたぶられていなければいいが……)


 そして、彼は、ずっと旅を続けている紫色の瞳を持つ少女を、ふと思い浮かべた。


(マリス……、元気でいるだろうか? お前を守ってやらねばならないというのに、私は、このようなところにまで来てしまった。帰るには、思ったよりも時間がかかってしまいそうだ。私のいない間に、無茶をしていなければいいが……)


(ケインがいれば、残された彼らは、きっと大丈夫だろう。今は、なんとしても、ここから脱出し、ミュミュを救出しなくては)


 ヴァルドリューズは地面にあぐらをかいて座ると、目を閉じた。


「おいおい、お前さん。どうしちゃったのかね? 」


 コウモリが驚いている。


「無駄に魔力を使うわけにはいかない。今のうちに、魔力を高めておくのだ」


 コウモリは、一声鳴いた。


「へーっ、随分落ち着いてるんだねぇ。だけど、それもほんとに今のうちだけだよ。白骨があるのは、ここだけじゃない。あっちの方にもいっぱいあるんだからね。皆、あんたと同じような格好をした人たちで、中には、あんたのように、そうやって座りこんでた人もいたけど、そのうち、発狂してしまったんだよ。ああ、発狂してしまうのは勝手だけどね、その時に、人間の使う妙な術を乱発しないでもらいたいね。よくいるんだよ。手から火を出したり、雷を出したり。あんたは、死ぬ時は、ひとりで、ひっそりと死んでおくれよ」


 コウモリの声も、もう耳に入らないのか、ヴァルドリューズの瞑想は、既に始まっていた。




「ふん、さすがに、この程度では、あまり動揺していないか」


 真っ暗な部屋の中で、酷薄な細い目が笑う。

 ダグトの自室である。

 覗いている水晶球に移ったのは、さかさまの森にいるヴァルドリューズであった。


「あそこを自由に行き来できるのは、人間では俺だけだ。このまま、あそこで発狂させてやってもいいが、ヤツの精神力では、それもいつのことになるかわからん。俺は気の短い方なんでな。悪く思わないでくれよ、ヴァルドリューズ」


 くっくっくっと笑い声をもらすと、彼は水晶球に向けたてのひらに、ある念を送った。




「ギャーッ! ギャーッ! 」

「グオオオオオオッ! 」


 遠くから聞こえる、さかさまの森の住人たちの、尋常でない叫び声に、ヴァルドリューズは目を開けると、すぐさま、飛び立った。


 まず、彼の見たものは、地面に点在する、動物の死骸であった。

 巨大なものに踏み付けられたように、奇妙な格好でつぶれている。

 その死骸の転がった先には、人間の背丈ほどもある、黒い獣のような毛を生やした、丸い球が、浮かんでいた。


「モンスターか。このようなところで」


 ヴァルドリューズは、目を細めた。


「おお、あんた、来たのかね! 」


 横には、さきほど話をした逆さのコウモリが、バタバタと羽を羽ばたかせ、血相を抱えている。


「ここには、モンスターは、いないはずではなかったのか」


 コウモリには見向きもせず、毛で出来ているかのようなモンスターから、目を離さずに、彼が尋ねた。


「そうなんだけどさ、あいつは、突然現れたんだよ! みるみるうちに、動物達に体当たりしていきやがったんだ! 」


 キエーッと、コウモリが悲鳴のような声を上げる。


「ここでは、魔法がどこまで効くかはわからぬが、試してみるか」


 ヴァルドリューズの身体が、ふわっと浮き上がり、黒い球のモンスターの前に、舞い降りた。


 モンスターの正面には、大きな紅いひとつ目があった。その周りから全体に、黒く長い毛をなびかせている。


 その瞳が、まばたきをするように、一瞬閉じてから、開いた時であった。


 目の玉からは、赤い業火が、ヴァルドリューズ目がけて飛び出した。


「ギエーッ! 」


 さかさまコウモリが叫ぶ。

 だが、炎が消えると、何事もなかったような、無表情なヴァルドリューズが現れたことにますます驚き、何度もまばたきをした。


「どうやら、ただのモンスターのようだ」


 ヴァルドリューズは静かに言うと、片方の手を挙げた。

 そこから、ひゅうっと、何かの矢が飛び出し、モンスターを貫いた。

 目玉モンスターは絶叫すると、墜落し、しゅぼんと消えた。


「ああっ、あんたっ! こっちにも来たよっ! 」


 コウモリの甲高い声に、ゆっくりと振り返ると、後方には、人の倍もある半獣人の姿があった。


 頭の両側に角の生えた獣の顔と、足の間にある胴体は、人間のようだ。


 半獣人は、発達した筋肉の手腕を、力任せに振り回し、さかさまの動物たちを襲う。


 ヴァルドリューズは高速で移動し、モンスターの目の前に現れ、掌を向けた。


 ガオオオオオオ!


 一声嘶(いなな)くと、半獣人の身体は、こなごなに吹き飛んだ。


 モンスターは、他の場所でも次々と現れては、無抵抗な動物たちを(なぶ)り、木々を引きちぎるなどして暴れていた。


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