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Dragon Sword Saga8『古代の魔法』  作者: かがみ透
第 Ⅰ 話 魔道士の塔本部
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甦る古代魔法

 ヴァルドリューズが、東へと飛ぶ。

 あまりの早さに、魔道用語では『光速』と呼ぶ。


 だが、いくらも行かないうちに、彼は、進むのをやめなければならなかった。


 魔道士の塔から、少し離れた森の上であった。


 背後に気配を感じた彼は、振り向きもせずに、口を開いた。


「来たか」


 その一言は、背後の人物を言い当てていた。


 まさしく、彼の探し求めるダグト本人に違いなかった。


「くっくっく……。まさか、本当に、魔道士の塔まで来るとはな。自分の立場がわかっていないのか、それとも、そんな判断も出来ないほど、動揺してるのか」


 ヴァルドリューズは、その声に、ゆっくりと振り向いた。


 何の感情も映し出してはいない碧い瞳が、古くからの知人をとらえる。


 東洋を思わせる顔立ち、酷薄そうな細い瞳、こけた頬をした、痩せた背の高い男は、嫌味な笑い方をした。


 そのダグトの横には、二人の魔道士がいた。

 二人は、警戒しているように、油断なく、ヴァルドリューズを睨んでいる。


 彼ら三人は、ヤミ魔道士を取り締まっている最中だと、ヴァルドリューズは推測した。


「ミュミュは、どうした」


 表情を変えることなく、ヴァルドリューズが、ダグトに尋ねる。


「そんなに、あの妖精が大事かね。あんな、なんの役にも立たない、無力な生き物が」


 腕を組んだダグトが、ヴァルドリューズを、(さげす)んで笑う。


「私は約束通り、お前との過去の因縁に決着をつけるために、こうして来た。もうミュミュを人質に取る必要はないだろう。早く自由にしてやれ」


 ダグトは、細い目を一層細めた。


「珍しく、感情的になってるじゃねえか。天才魔道士ヴァルドリューズ殿ともあろうお方がよぉ。俺は、正々堂々と、お前と勝負する気はない。お前の苦痛に歪む顔さえ見られれば、それでいいんだからな」


 ダグトは、笑い声を立てた。


 ヴァルドリューズは何も言わずに、ダグトを見つめ、僅かに眉が動いた。


 (はた)から見れば、ヴァルドリューズは冷静そのものであるのだが、昔から彼をよく知るダグトには、彼の心情を、少なくとも、他の人間よりは、感じられていた。


 残りの二人は、どうしたものかと、顔を見合わせていたが、ヴァルドリューズを捕えるには、今がチャンスと目配せをし、呪文を唱え始めた。


「おっと、お前たちは、もう用なしだ」


 ダグトの声に、二人は驚いた。


「なぜだ、ダグト! 」

「ヤミ魔道士は捕えよとの上からの命令ではなかったか! 」


 ダグトの視線は、冷たく、彼らに注がれる。


「俺が、必ず、ヴァルドリューズを突き出してやる。だから、お前たちは、こいつを見なかったことにしておけ」


「なにを言うのだ、ダグト。上の命令は、絶対のはずだ。勝手なことは許されぬ。みすみすヴァルドリューズのような大物を逃したとあれば、お前にも処罰が待っているのだぞ! 」


「だから、絶対に、こいつを逃がしたりはしないって、言ってんだろ? こっちには、切り札があるんだからよ。ただ突き出して、罰するだけじゃ面白くねえ。もっとも、『魔神グルーヌ・ルー』を呼び出せる貴様は、単なる処罰では、済まされないことは、わかっているが」


 ダグトの、ヴァルドリューズを見つめる瞳が、ぎらっと光る。


「ついてこい、ヴァルドリューズ。長年に渡る貴様への恨み、一気に、はらしてやる」


 ヴァルドリューズの碧い瞳も、鋭くダグトに向く。


「お前には、特に恨みはなかったが、ミュミュを巻き込んでしまったことは、私にも責任はある。ミュミュの様子によっては、手加減はしない」


 ダグトが、忌々しいそうに言った。


「俺に恨みはないだと? 手加減はしないだと? お前は、ああまでした俺のことを、恨みもしなければ、本当の実力を見せたことはないとも言うのか? てめえ、どこまでも、俺をバカにしやがって……! いいだろう、貴様のその思い上がりを、なし崩してやるぜ! 」


 ダグトの姿は瞬時に消えた。

 後を追うヴァルドリューズも消える。


 取り残された魔道士たちは、どうすることもできず、しばらく二人の消えた後を見つめていた。




 ヘイドの言っていた通り、ダグトの影は、東の方向へ向かっていた。

 その後に、ヴァルドリューズが、ぴったりとついていく。


「この辺がいいだろう」


 ダグトが突然止まった。

 ヴァルドリューズも止まると、そこは、まだ空間の中であり、景色は奇妙な色合いを見せたままである。


「ここが、どうかしたのか、ダグト。お前のアジトではないはず」


「まあ、そう慌てるなよ」


 ダグトは腕を組み、ヴァルドリューズから視線を反らすと、遠くを見つめた。


「魔道ってのは、いったい、誰がどうやって編み出し、何を目的としたのか、お前は考えたことがあるか? 」


 ヴァルドリューズの返事などは待たずに、ダグトは続けた。


「俺は魔道士になり、お前の後を追うようにしてきた。その時、ふと考えた。一番始めに考えついたやつのことを。もしかしたら、思い付いたのは、人間ではなく、別の種族から教わったのかも知れない……とかな。最近になって知ったんだが、魔道士の塔本部には、魔道の(いしずえ)とも思われるものが、ずっと保管されていたんだ。魔道士の塔は、所属している魔道士にさえ、秘密にしておく事柄が多いのは、お前も知っているだろう。上層部の人間ばかりが、情報を独り占めしてやがるんだ」


 ダグトは、ちらっとヴァルドリューズに目をやるが、反応がないのがわかると、面白くなさそうに、口の中で舌打ちした。


「俺は、そんな面白そうな情報を、秘密にしてるなんて、もったいない話だと思った。俺たちの、日頃、何の意識もせずに使っている魔法の原点とも言えるものが、発見されてるんだぜ。せめて、本部の人間にだけは、それを公表する義務があるんじゃねえか? オイシイとこは、上が独り占めだぜ。それじゃあ、俺たちが、いくら上級ランクになろうが、差がつくじゃねえか」


「それが、『使えるもの』であるとわかれば、公表するだろう。上層部では、まだ対処の仕方がわからぬだけだろう」


 平静なヴァルドリューズに、ダグトは、ますます面白くなさそうに、顔を歪めた。


「お前は、ベーシル・ヘイドに可愛がられてたから、上層部贔屓なんだろうけどよ、あいつらだって、何を考えてるか、わかりゃしない。それこそ、『そいつ』を使って、世界を制するつもりかも知れない。そうなりゃ、いつまでたっても、俺たちの時代なんて、来るわけがねえ。だから、俺は、こっそり手に入れてやったのさ。『そいつ』の一部をな」


 ダグトが、にやっと笑った瞬間だった。


 ハッと、ヴァルドリューズが顔色を変えて飛び退き、ダグトと、大きく距離を取る。


 ぼわぁっ! 


 二人の間の空気が揺れた。


 ヴァルドリューズには、何も見えなかった。

 ただ透明な影が、すぐそこに現れ、それに呑まれると危険な気がしたのだ。


「さすがに、勘がいいな」


 くっくっくと、ダグトが笑う。


 彼の手には、いつの間にか、宝玉のついた木の杖が握られている。


「ダグト、何を……! 」


 ヴァルドリューズが、見上げる。


 ダグトは、にやにやしながら答えた。


「どうやら、貴様ですら、まだ知らなかったようだな。古代魔法の威力を」


「古代魔法……!? 」


 ヴァルドリューズの頭の中に、ベーシル・ヘイドの言葉が甦る。


「まさか、ダグト……! 」


 僅かに困惑した様子のヴァルドリューズを見て、ダグトは、満足気に笑う。


「眠らせたままでは、宝の持ち腐れだから、この俺が、甦らせてやるのさ。究極の魔法をな! 」


 ダグトは杖を大きく振るい、何かの呪文を唱えた。


 ヴァルドリューズの知らない呪文だ。


 突如、杖から、透明の何かが噴き出した。


 それは、次第に巨大なヒトのような形を作っていく。


(これは、まさか……ゴーレム!? )


 ヴァルドリューズが、さっとてのひらをかざし、結界を張るが、その巨大な透明のゴーレムは、結界に触れても、何も感じなかったらしく、彼の身体を一瞬で覆い尽くしたのだった。


(呪文が効かない!? )


 透明のゴーレムは、ヴァルドリューズの全身を覆うと、真っ白に染まり、彼の姿は、外からは、まったく見えなくなった。


「ふはははは! どうやら、お前の力を持ってしても、古代魔法には及ばないらしい。もっとも、現在の魔法とは、原理も異なるらしいから、対抗できるはずもないのだが」


 ダグトは腕を組み、悦に入った様子で、白い巨大な人形の、丸まって、びくともしない背を、見下ろした。


「さて、お前の探していた妖精だがーー」


 ダグトは、懐に、手を入れた。


 ちょうど、てのひらに乗るくらいの、羽を生やした小さな人間のような少女が、周りを薄い膜ででも出来たような球の形に覆われ、ふわふわと浮かび上がった。


「ここにいるが、その様子では、見て確かめることも出来まい」


 おかしそうにダグトが笑う横では、球の中の妖精は、びくびくした態度で、その光景を見た。


「ふん。恐ろしくて、声も出ないか。あれが、お前を助けに来た魔道士のなれの果てだ。まったく口ほどにもない奴だ」


 ダグトが笑うのが聞こえると、妖精は、固まっている白いものを、じっと見つめた。


「……お兄ちゃん? 」


 怯えながら、声をかける。


「ミュミュ、……ミュミュか? ……無事か? 」


 白い塊から聞こえたのは、確かに、妖精の聞き慣れた声である。


「お兄ちゃん? ヴァルのお兄ちゃんなの!? ミュミュを助けに来てくれたの? お兄ちゃーん、お兄ちゃーん! 」


 だが、必死に抜け出そうとするヴァルドリューズの意志に反して、白い個体は、ますます彼の身体をしめつけた。


「どうしたの? お兄ちゃんなら、そんな石の人形なんか、やっつけられるでしょう? どうしたの? 」


「はっはっはっ、チビ、あれは、ただの魔物などではないのだ。魔道士の使う魔法などは、まったく効かないのだ」


 ミュミュは驚いて飛び上がると、自分を包んでいる球の膜を破ろうと、懸命に手で押すが、膜は破れそうもない。


「お兄ちゃん、大丈夫? 大丈夫? 頑張って! なんとか、ゴーレムをやっつけて! 」


 ヴァルドリューズを必死に励ますミュミュだが、ダグトの言う通り、彼がいくら呪文を唱えようが、発動した魔法は、まるで、すべてゴーレムの身体に吸収されていくように、効果はなかったのだった。


「貴様は、もうおしまいだ。残念だったな、ヴァルドリューズ。だが、せめて、もう少しだけ、寿命は与えてやる。貴様が苦しみ、俺に呪いの言葉を吐きながら、どうすることも出来ずに、みっともなく死んでいくのを、たっぷり観賞させてもらうとしよう」


 そのダグトに対し、ミュミュが、球の中で飛び上がった。


「なんてこと言うの!? ヴァルのお兄ちゃんと、勝負するんじゃなかったの? ずるいよー! ちゃんと魔法で、対決しなよー! そうしたら、ヴァルのお兄ちゃんが、あんたなんかに負けるわけないんだからねっ! 」


「やかましい妖精だ」


 ダグトは、面倒臭そうにそう言うと、ミュミュの入った球を、一撫でするような仕草をした。


 途端に、ミュミュの音声だけが途絶え、口をパクパクさせて、膜を叩いているだけとなった。


 ダグトの声が、かろうじて耳に届いていたヴァルドリューズは、もがきながら、呻くように言った。


「ミュミュを……ミュミュを、放して、やれ……! 」


 彼をしめつける白い人形ごと、ダグトは冷たい目で見下ろした。


「こんな妖精がどうなろうと、知ったことではないだろう。どうせ、貴様は、死ぬしかないのだ」


 そう呟くと、ダグトは、ミュミュを懐にしまい、杖をもう一振りした。


 白い塊ごと、ヴァルドリューズの姿は、あえなく、そこから、ふっと消えた。


「ざまあ見ろ、ヴァルドリューズ! 」


 勝ち誇ったようなダグトの笑い声は、いつまでも、空間の中に、響いていた。


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