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Dragon Sword Saga8『古代の魔法』  作者: かがみ透
第 Ⅰ 話 魔道士の塔本部
2/19

ダグトの行方

Dragon Sword Saga5の終わりからつながってます。

外伝『光の王女』も受けてます。


右に行けば、左に、

地を這えば、空を飛び、

入れるが、出られない。


今日で、何日が経つだろう。

ここには、私の他、人間はいない。

長い間、外の者が来る様子もなく、

いるのは、ここの住人だけ。


言葉は通じぬ。

見たことのない奇妙な生き物。



抜け殻の身体を

誰が見つけてくれるだろうか


私は、そう、もう生きてはいない

永遠に出られぬまま……



ーーさかさまの森に迷い込んだある魔道士の手記より




プロローグ



 そこは、この世の見慣れた景色ではなかった。


 さまざまな色合いをし、時間の流れも特別であり、だだっ広いようでも、極端に狭いようでもある。どこまでいってもつかみどころのない感覚が、漠然とつきまとう。


 時空の歪みの中であった。


 人間界の裏ともいうべきその空間を、自在に行き来することができるのは、魔界の住人であるモンスターを始めとする魔族や、特殊な生き物、または人間でも極僅かの限られた者ーーすなわち、上級魔道士と呼ばれる者たちであった。


 それらのように、この世の魔の力をコントロール出来る者のみ、自ら渡ることが可能であった。


 そこを、ひとりの男が通っていく。黒いフード付きマントをはおった長身の、一見して人間の魔道士であることがわかる。


 空間を渡るときの魔道士たちは、決して足で歩く動作はしない。身体を動かさずに、すーっと空中を移動する。


 男も、例外ではなかった。


 男の浅黒い顔は、いたって無表情であり、その整った顔立ちも、切れ長の碧眼も、肩まで伸びた黒い艶やかな髪も、すべてが冷たく、夜を思わせる。そのような外見からは、とても彼の心情を読み取ることはできない。


(……もうすぐか)


 男は進路を変えて、そのまま進み続ける。目的地を目前として、男の脳裏には、つい先の出来事が浮かび上がって来ていた。


 小さな球の結界に閉じ込められた妖精が、泣きながら助けを求めている。


 その球を手にしているのは、彼のよく知る人物であり、その顔は、酷薄な笑いを浮かべていた。


 その男ーーダグトのもう片方の腕には、暁のようなオレンジ色に輝く長い髪を束ねた少女が抱えられている。

 凛とした紫の瞳が、彼女を抱えている男の顔を睨みつける。


『ほう。どうやら、この妖精の方が、貴様には大事だったらしいな』


 ダグトは、いきなり少女を自分の結界から突き落とした。


『きゃああっ! 何すんのよー! 』


 少女は、みるみる暗闇へ吸い込まれるようにして、落ちて行く。


『ヴァル! ミュミュを頼む! 』


 そう言い残し、隣の青年戦士が、少女を追い、落下していく。

 酷薄な魔道士は、妖精を手に、笑いながら姿を消した。


(マリス……、ミュミュ……)


 歪みの中を移動する魔道士の男の目が、微かに歪められた。


 突き落とされた少女とは、はや一年旅を続けていた。

 彼の額に授けられた紅玉(ルビー)は、彼女を護る使命の証である。


 そうであるにもかかわらず、その彼女を助けるよりも妖精を助けるべく、そして、過去の因縁に決着を着けるべく、彼は、ダグトを追っていた。


 しかし、彼の空間を通った痕跡が、ぷっつりと、途絶えてしまった。


 男は、一度、仲間のところへ戻り、少女戦士たちの無事を確かめると、再び、空間の(ひず)みに戻った。


 敵の目指す場所は、見当が付いていた。


 魔道士の塔本部ーー以前、彼が属していたところである。


(……魔道士の塔は、すぐそこだ)


 男はーーヴァルドリューズは、ようやく歪みの外へ出た。



   Ⅰ.『魔道士の塔本部』(1)ダグトの行方



 炎天下ーー日差しが強く照りつける中、人々は、石畳を往来している。


 誰もが暑さを(うと)む挨拶を交わす中、黒いマントをはおったヴァルドリューズが、表情を変えることなく平然と通り抜けて行く。


 その街では、そのような魔道士の姿は珍しくなかったため、特に彼に目を留める者もいなかった。


 街を抜けると、一変して、さびれた風景が広がった。


 荒れ果てた野原の先に、天まで伸びた、筒のような、古い大きな塔だけが見える。


 それが、魔道士の塔であった。


 五〇〇年前に設立されたこの組織では、ひとつ間違えれば大惨事が起こってしまう魔法というものを扱う者たちの間に、戒律を定めた。


 それに従わない者、登録せず、正規の魔道士である証明をされていない者などをヤミ魔道士といい、近日になって、それらを本格的に取り締まることになった。


 ヴァルドリューズは、塔の先端を見つめると、再び歩き出した。


 塔に近付くにつれ、建物の周りが、霧がかったようにかすんで行く。


 魔道の力による結界であった。その霧が探知したものは、塔の中にいる魔道士たちに、自動的に伝わる仕組みとなる。


 ヴァルドリューズは霧の手前で足を止めた。


 過去に勤めていたことはあっても、今の彼は、その場所を懐かしく尋ねるわけにはいかない理由があった。


 ここで勤務した後、生まれ故郷である東洋の大国ラータン・マオの宮廷魔道士となった彼が、正規の魔道士と認められていたのは、二年以上も前であった。


 彼は、ラータンで極秘任務を強いられていた。

 それが、魔道士の塔の戒律に触れる禁呪であるにもかかわらず、自国の皇帝の命令であったため、彼と同じく他の幾人かの魔道士たちも、その研究に日々を費やしていた。


 その中に、ダグトの姿もあった。彼らは、同郷の出身であった。


 極秘命令である東洋で生まれた魔神ーー通称『黒い魔神』の召喚に成功したのは、ヴァルドリューズただひとりであった。


 東洋の者ならば、誰でも知っているという、その魔神による悲劇の伝説が、再び起こるのを恐れた、古くからいる宮廷魔道士たちは、いざ魔神の召喚に成功した人物がいると知るや否や、その力を思いのままに操ろうと考えていた皇帝を説き伏せ、召喚に成功したヴァルドリューズを、天才魔道士と称えることさえなく、危険人物とみなし、彼を、この世から葬り去ろうとしたのだった。


 それを率先していたのが、ダグトであった。


『おにいちゃん、こわいよー! 』


 妖精のミュミュは、ダグトに捕まり、泣きわめいていた。


 ヴァルドリューズは、その場面を思い出すたびに、普段は無表情な両の碧眼に、()る瀬なさを映す。


 マリスがダグトに捕まった時も、ダグトがどのような人間か知っている彼の中では、小さな動揺が起こっていたのだが、マリスならば自力でなんとかできる可能性もあると判断し、表情にまでは動揺が現れることもなかった。


 だが、ミュミュとなると別である。


 小さなもの、力の弱いものが痛めつけられるのは、彼に取って、自分を痛めつけられることよりも辛いことであった。


 そのか弱い者を無事奪い返すために、昔からの知人と、避けて来た戦いをせねばならない。


 ヴァルドリューズに迷いはなかった。


 ミュミュを連れ攫われた時点で、覚悟は出来ていた。


 今たったひとりで、魔道士の塔に足を踏み入れるということは、彼を要注意人物として捕えようとしている巨大な組織の中を、何の武器も持たずに適地へ赴くに等しく、自殺行為そのものであると言えた。


 それでも、彼は、行かねばならなかった。

 ミュミュを、なんとか無事に助けたかった。

 かよわい者だからというだけでなく、これまで一緒に旅を続けている、伝説の剣を持った戦士ケインにとっても、ミュミュは必要な存在だと、彼は感じ取ってもいたからであった。


 そのヴァルドリューズが、霧の中へと、一歩踏み出した途端であった。


「何者だ」


 二人の黒いフードを被った魔道士が、突然、目の前に姿を現した。

 上級の魔道士の使う、空間を移動する術によって。


 無言のヴァルドリューズを一目見て、二人の顔色が変わる。


「貴様は、……ヴァルドリューズ!? 」


 二人の魔道士は驚愕し、思わず一歩退くが、ヴァルドリューズ本人は表情も変えることなく、そのまま、無言で彼らを見つめている。


「……そうか。ヤミ魔道士狩りの噂を聞いて、自ら名乗り出て来たというわけか」


「貴様は、『グルーヌ・ルー』の召喚が出来るのだったな。ただのヤミ魔道士とは違う厳重な処罰が待っている。覚悟しておくのだな」


 二人の魔道士は、ヴァルドリューズに向かい、足を踏み出した。


「私は、ダグトに会いに来ただけだ。彼の居所を教えてもらいたい」


 抑揚のない平坦な言葉が、ヴァルドリューズの口から出る。


「なにぃ? ダグトだと? 貴様、ヤミ魔道士の分際で、何を言う」

「貴様には、我々に指図する権利はないのだ」


 魔道士二人は、両手を彼に向けた。それらのてのひらからは、薄い膜が飛び出して行き、彼を捕獲するように、広がった。


 だが……、


 ヴァルドリューズが、片方の手のひらを向けると、膜は効力をなくし、しゅんと消えた。


「結界が……! 」

「我らの結界が、効かぬのか……!? 」


 魔道士たちの身体に、冷や汗が流れた。


 そんな馬鹿な。自分たちは、決して下級の魔道士などではない。どんな侵入者でも、必ず捕えることが出来たからこそ、長年このように、塔の門番を預かっているのだ。


 二人の魔道士は、噂に聞いていたヴァルドリューズの能力の高さに、一瞬で、恐怖さえ覚えた。


「ダグトの居場所さえ教えて頂ければ、私も、これ以上、ここに迷惑をかけることはしない。教えてもらえぬか? 」


 平坦な口調のまま、ヴァルドリューズは静かな眼を、魔道士たちに向けている。

 彼らは、そのヴァルドリューズの言葉になど、耳を傾けてはいなかった。

 なんとしてでも捕えなくては、自分たちの沽券(こけん)にかかわるのだ。


「生かして捕えよとの命令であったが、致し方ない」

「多少の怪我は、覚悟してもらおう」


 魔道士二人は(てのひら)(かざ)し、口の中で、それぞれ呪文を唱えた。


 ヴァルドリューズの目が、僅かに細められた。


 その呪文が発動しようという時、彼らの後ろで、ある風圧が起こった。


 魔道士たちの手は止まり、驚いた表情で、自分たちの後ろにいる者に、目を留めた。


「ベーシル・ヘイド殿!? 」


 門番たちが慌てて道を開け、(ひざまず)く。


 彼らの後ろに立っていた者は、銀髪のせいで、一見初老に見えてしまうが、まだ中年程度の、痩せた男であった。


 青い厳かな瞳で、目の前の若い黒髪の魔道士を見つめていた。


「これは、珍しいところで再会したものだな」


 銀髪の男ベーシル・ヘイドは、門番を下がらせると、厳かな瞳を、少しだけ和らげた。


「お久しぶりでございます、ベーシル・ヘイド殿」


 ヴァルドリューズは深々と頭を下げた。

 その様子には、明らかに、位の上の者に対する尊敬の意が込められていた。


「もうお前たちは下がってよいぞ」

「で、ですが……」

「ここは、私に任せるがよい。上層部には、私から説明をしておく」


 威厳ある、黒いフードの魔道士に、門番たちは顔を見合わせながらも従い、そこから、フッと姿を消した。


「さて、ダグトを探しているのだったな。あやつは、ここにはおらんぞ」


 ヴァルドリューズは、黙ったまま、ヘイドの顔を見つめた。


「私も、お前に少々話があったので、ちょうどよい。急いでいるようだが、少しだけ、時間を()いてはもらえぬか? 」


 ヴァルドリューズが、ゆっくり頷いた。


「ほかならぬ、あなたのお話であれば」


「では、場所を移そう」


 ヘイドが掌で円を描くような仕草をすると、彼とヴァルドリューズの姿は、霧の中へ、溶け込んでいった。




 石造りの部屋ーーヘイドの自宅であった。


 赤いビロードの敷物、壁には、ところどころに燭台があり、部屋の中を、ぼうっと照らしている。奥の窓際には、古く、値打ちのあるがっしりとした石造りの机があり、その上には、羽ペンや、羊皮紙ではない紙などの筆記具が、整頓されて並んでいた。


「以前お邪魔した時と、お変わりありませんね」


 部屋を見渡すと、ヴァルドリューズは、少しだけ懐かしい顔になった。


「もうどのくらいになるかの? 」

「私がラータンの宮廷に仕える前ですから、四年ほど前かと」

「そうであったか……。私には、つい昨日のことのように思える。魔道を極めた者の寿命からすれば、四年など、その程度のものだな」


 ヘイドは軽く笑ってから、切り出した。


「古代魔法というのを、聞いたことがあるか? 」


 ヴァルドリューズは、首を横に振る。


「そうか……」


 机のすぐ横にある星球儀に手をかけ、ヘイドは語り始めた。


「この世界は、このような球の形をしており、球の中心では、あらゆる力が混合し、それが世界を造っている。私たちの使う魔道も、その不思議な力のうちのひとつであると言われている」


 ヴァルドリューズが静かに頷くのを見届けると、ヘイドは話を続けた。


「魔道とは、誰が、いつ、どのように造り上げたものかはわからぬ。気が付くと伝承され、今日まで至っている。魔道士の塔が設立されてからは、魔道の研究が成されるようになったため、呪文や呪術道具も増えていった。魔道士の数も増え、現時点では、正規の魔道士の人数は、過去最高となった。同じくして、その神秘なる魔の力を、神の為に使う神官の数も、最高となると聞く。そして、世界中に沸き出した魔物の数、これもまた、魔道士の塔の調べによると、過去最高なのだ。そこで言えることは……」


 ヘイドは言葉を区切り、真っ直ぐに、ヴァルドリューズの目を見つめた。


「『魔族の間に伝わる予言』だ」


 その言葉を耳にしたヴァルドリューズの瞳に、さっと緊張が走った。


 それは、ヘイドでなければわからなかったほど、傍目には、それほどの変化ではなかった。


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