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Dragon Sword Saga8『古代の魔法』  作者: かがみ透
第 Ⅵ 話 領域の番人
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黒い狼ーーダーク・ウルフーー

「魔力を増強するこのネックレスさえあれば、俺の魔法能力は、お前並みか、それ以上となる。毒攻撃を受けたお前は、回復に、少々時間がかかる。その間に、俺は、得意の召喚魔法を、じっくり唱えることが出来るってわけだ。戦っている相手には、下手に同情なんてするもんじゃねえなあ。なあ、ヴァルドリューズ? 」


 ダグトが、笑い声を張り上げた。


 毒の攻撃を受け、紫色の混じった血液が、流れ出る脇腹を押さえながら、ヴァルドリューズは、ダグトを見据える。

 全快するには、まだ時間がかかる。


「俺は、相手に同情なんてしないんでな。遠慮なく、唱えさせてもらうぜ」


 ダグトが言い終わるとともに、ヴァルドリューズは大きく飛び、距離を取った。


 ぼやぼやと、ダグトの頭上に、暗雲が立ちこめる。

 黒い、邪悪な気配を漂わせる不吉な雲は、膨れ上がると、徐々に、四つ足の獣ような形を帯びていき、大きなウシほどもある黒い生物へと変化していった。


 全身を真っ黒な長い毛に覆われ、獰猛な牙を剥き出し、燃えるような赤くつり上がった目が、らんらんと輝いている。


黒狼(ダーク・ウルフ)か」


 ヴァルドリューズが、呟いた。


 ダグトは薄笑いを浮かべた。


「魔界の狼だ。死肉が好きだというのは、ただの伝説であって、本来は、生きた肉の方を好むようだ。こいつに対する恐怖心だけで、死んでいった人間もいるほどとは、貴様も知っていよう」


 狼の狂犬めいた、血走った目が、ヴァルドリューズを、じっととらえている。


「さあ、行け、ダーク・ウルフ! 存分に、ヤツを甚振(いたぶ)ってくるがいい! 」


 ダグトが手を振り上げると同時に、黒狼が駆け出した。


 一瞬にして移動し、ヴァルドリューズに食いつこうと牙を突き立てるが、直前に彼の姿が消え、離れたところに現れる。


 だが、狼の数倍も鼻の効くダーク・ウルフは、彼の逃げる方向へ、ひょん、ひょんと、姿を消しては現れながら移動し、獲物を追跡する。


「はっはっはっ! どうしたヴァルドリューズ? 傷はまだ回復しないか? ヤツは、お前の血の匂いを追って行ったぞ。貴様ですら、その『イヌ』の恐怖の前には、逃げるしかないのか? 」


 ダグトは、満足そうに笑った。




「……ここは、いったい……? 」


 痩せて、年老いた執事は、目を覚ました。

 館の調理場と思えるところに、給仕と一緒に、縛られているのに気が付く。

 丸々と太った給仕の男も目醒め、辺りをきょろきょろと見回した。


 調理場の景色は、まったく変わり果てていた。

 壁はボロボロに崩れ、天井は吹き飛んでしまったのか、そこは、闇夜の中の廃墟である。


 辺りは、激しい戦闘の跡となっていた。


 二人は、自分たちを縛っている縄を解くと、立ち上がり、ぼう然と立ち尽くした。


 ガルルルルル……! 


 獣の唸り声に振り返ると、二人は悲鳴を上げた。


 ヒトよりも大きく、ウシほどもある巨大な黒い狼が、鋭い牙を剥き出し、唾液を垂らし、恨みのこもったような赤い眼で、二人を見ていたのだった。


「うわああああ! 」


 給仕が小さな目を、これ以上開かないほどに見開き、恐怖のあまり逃げ出した。

 巨大狼が瞬時にして飛び上がり、丸々太った足に喰わえ付く。


「ギャアアアアアア! 」


 給仕は気も狂わんばかりに、叫び続けていた。


 狼は、彼の膝の裏を押さえつけると、ふくらはぎに、がぶりと深く牙を食い込ませ、肉を(えぐ)った。


 給仕の絶叫が、屋敷を通り越し、森にまで届くほど、鳴り響いた。


「……あ、あわわわ……! 」


 執事は、腰を抜かしてしまい、冷静な判断など出来る状態ではなかった。


 自分の身を守ることすら思い付かないらしく、ただただ目の前の恐怖に身体がすくんでしまった。


 狼は、給仕の片足を食いちぎると、ペタンと座り込んでしまった執事へと、目を向けた。


 『次は、お前がこうなる番だ。逃げるのではないぞ』と脅しているように、執事には思えた。


 給仕は、激痛と恐怖の中を彷徨(さまよ)っていた。


 仰向けにされると、黒狼に腹を悔い破られ、自分の内蔵までもが、引っ張り出され、食われていくのを目の当たりにするはめとなった。


 人の体内に、これほどまでの血液が流れていたのかと驚くほど、辺りは錆びたような、生臭い血の海となっていた。


 狼の口の周りや、鋭い足の爪も、牙も、給仕の血で、赤黒く染まっていく。


 給仕は息も絶え絶えに、思わず呟いた。


「……なんで俺が、こんな目に……? こいつは、いったい……」


 それが、彼の最期の言葉であった。

 狼が、心臓に食いついたのだった。


 大柄な男の身体は、あっという間に肉を削られていき、無惨な屍となった。


 それを、目を反らすことも出来ずに、見ていた執事は、突然、苦し気に、胸を押さえ、ばたっと倒れた。


 狼が、くんくん匂いを嗅ぎながら近寄るが、執事は、ピクリとも動かない。

 恐怖のあまり、心臓が停止し、そのまま息絶えてしまったのだった。


 死んだ人間には興味がない狼は、給仕の剥き出した骨をバキンと折り、二本の前足で抱えて、しゃぶり出した。あたかも、食後のデザートのように。




「ちっ、ヴァルドリューズよりも、美味そうなヤツを見付けちまったか」


 現れたダグトが、舌打ちする。それほど、悔やんだ様子はなく、むしろ、満足気に、ダーク・ウルフを眺めていた。


「ダーク・ウルフ、もういいだろう。早く、空間に逃げ込んだヴァルドリューズを探せ! 」


 ダグトが、すーっと、ウルフの目の前に降り、腕を組んで見下ろす。


 ウルフは、ピクッと耳を立て、気配を探っている。

 そのうち「ウウウ……! 」と唸り声を出して、宙へ飛び上がり、姿を消した。


「ヤツは空間も自由に行き来出来る。逃げても無駄だぞ、ヴァルドリューズ。ヤツはお前を食うまで追うのを諦めないハイエナだ。フハハハハハハ! 」


 ダグトが高笑いしていたその時、


「ギャン! 」


 奇妙な悲鳴とともに、気配を感じたダグトの顔色が、さっと変わった。


「……くっ! 」


 ダグトはマントに身を包むと、素早く飛んで移動した。

 そこへは、何もない空間から、黒い塊が、ぼたっと落ちたのだった。


「ギャワワワアアアン! 」


 それは、銀色の炎に全身を焼かれている、黒い巨大狼であった。


 その背後に、ヴァルドリューズが姿を現し、何の感情も浮かんではいない瞳で、静かに見下ろしていた。


 狼は悶え苦しみ、地面でのたうち回るが、炎を消すことも、振り払うことも出来ずに、しばらくすると、炎ごと、シュボンと消滅してしまったのだった。


 ダグトが、ギリギリと奥歯を噛む。


「貴様……! 」


 ヴァルドリューズは平然と、ダグトを見る。


「私がグルーヌ・ルーの知識を得て編み出した銀の炎は、闇の使者を容赦なく、焼き尽くす。魔界の生き物を召喚しても、私には効かぬ」


 全快した彼は、もう脇を押さえてはいない。


 ダグトは悔しさに、奥歯が割れるほど噛み締めていた。


(やはり、こいつを倒すには、ただの召喚魔法じゃだめた! 古代魔法しか……! )


 だが、実のところ、ダグトも古代魔法のことを、詳しく知るわけではなかった。


 白いゴーレムを呼び出すことは出来たが、それが、もともとは、何のためのものか、魔道士の塔でもわかってはいない。


 だが、彼は、白いゴーレムを召喚することが出来た。出来てしまったため、古代魔法を使う特権を授かったようにも思っている。


 未知の領域ではあったが、どんな結果になろうと、彼は、この魔法で、ヴァルドリューズを倒す以外はないと思った。


 ダグトは目を閉じ、精神を集中させた。


 ヴァルドリューズの方も、彼がいよいよ古代魔法を使うことは予想でき、その様子をじっと見据える。


 戦い始めは、ダグトに古代魔法の呪文を唱えさせないよう、絶え間ない攻撃を仕掛けていたヴァルドリューズでもあったが、彼も、自分の回復と銀の炎の攻撃で、魔力を消耗している。


 吟遊詩人から授かった、彼の髪で作られたブレスレットが、古代魔法からヴァルドリューズを守っていたことを頼りに、ダグトが召喚する間の僅かな時間であっても、自分の魔力の回復に当てようと判断したようであった。


 呪文を唱え終えたダグトが、叫ぶ。


()でよ、ホワイト・シャドウよ! 」


 ダグトの姿が、ゆらっと、蜃気楼のように揺れた。彼の前に、透明の物体が出現したとわかる。


 白いゴーレムではなかった。

 透明のものは、ゆらゆらと動いていたが、そのうち、白い半透明の布のように、一纏(ひとまと)まりになり、ひらひらと舞う。それが実態であるようだ。


 古代の魔法は、やはり、ヴァルドリューズのように、魔物と戦ってきた者でも、目にしたことのないものだった。


 ダグトは、白い大きな霧の集合体を、ヴァルドリューズに向かわせた。


 白い霧は、ヴァルドリューズを包む。

 手で払おうと、呪文を使おうと、追い払うことは出来ない。


 だが、ヴァルドリューズの左手首にはめたブレスレットのせいか、霧の方も、完全に、彼のことを飲み込むことはなく、戸惑うよいに、周りをうろうろしているだけだった。


「ちっ。やっぱり、効かねえか」


 ダグトが、憎々し気に舌打ちし、別の魔法を唱える。


 白いゴーレム、白い霧を始め、白くても魔物めいたものが、次々とヴァルドリューズを襲う。

 が、はやり、効果は同じだった。


(ちくしょう! どうあっても、俺には、貴様を倒すことは、出来ないのか!? )


 ダグトの心の中には、再び、焦りや悔しさが渦巻いてきていた。


 一方、ヴァルドリューズの方は、ダグトの攻撃の中にあっても、ブレスレットに守られながら、古代魔法とは、そして、その古代魔法を躱してしまう、あの吟遊詩人の正体とは何か、を考えていた。


 人間ではないと、彼は言っていた。

 それでは、古代魔法は、人間ではないものには、効果がないのか? 


 周りに漂っている、古代魔法によって召喚されたものたちは、魔界から呼び出されたものたちと違い、邪悪な気配が感じられない。魔の世界に引きずり込もうという情念が感じられないからこそ、恐怖感も、また違ったものとなる。


 この白いものたちには、異物を追い払おうとする念は感じられても、相手の滅亡までは、望んではいないように思える。


 ヴァルドリューズには、ただそのように感じられた。


 そして、吟遊詩人ーー


 吟遊詩人を名乗るわりには、吟遊詩人とは程遠い身なりであった。

 華奢で、中性的な雰囲気をまとう男、薄い衣をはおり、茶色の皮紐を巻き付けたサンダルを履いていた。


 マリスの話にも聞いたことがあった。獣神サンダガーが、彼女の意識の中に現れる時に、そのようなスタイルであったと。


 人間からすると、言い伝えにある、神話に登場する神々のイメージだったが、どことなく、ミュミュの衣とも共通しているようにも見えた。


 彼の記憶では、妖精、特に、ニンフは、人間と共存することもあるが、時には、神とも接点がある。限りなく、神話に近い話であったが。


 彼は、吟遊詩人を、神か、その一種ーーそのような類のものだろうと、仮定した。


 そのなりからだけではなく、彼の使う回復魔法も、普通の白魔法とは違う感触であり、もしかしたら、自分たちの使う魔法と、原理が違うのかも知れないと考えたからであった。


 ダグトは、使える古代魔法は、ほとんど試してみたものの、一向に、ヴァルドリューズに効く様子はない。


 焦った彼は、最後の手段として取っておいた、四つ目の魔法に、挑戦するしかなくなった。


 それは、魔道士の塔も解読途中のものであり、まだあやふやな部分が多い。召喚魔法であるのか、攻撃魔法であるのかも、わからない。ダグト本人も、試したことのない魔法であった。


「だが、やるしかあるまい。ヤツを倒すには……! 」


 ダグトは、覚悟を決めると、呪文を唱える。


 ヴァルドリューズの冷静な瞳が、じっと見据えている。


 呪文を唱えるダグトの周りに、透明な風が起こった。

 それが、徐々に勢いを増していき、規模も膨張していく。

 はっと、ダグトの目が見開かれた。


「……おかしい。今までと、何かが違う!? 」


 困惑したダグトの表情を、吹き荒れる風の中から、垣間見たヴァルドリューズの目が、細められる。


 風は、ダグトの周りだけでなく、範囲を広げ、巻き込み、ぐるぐると舞っている。

 葉や木の枝、崩れた壁の破片なども舞い上がっていった。


「……う、……うわあああ! 」


 とうとうダグトの身体までもが、宙に舞い上げられた。


 ダグトは、完全に術の制御が出来なくなっていた。


 ヴァルドリューズは、一瞬考えてから、飛び上がり、ダグトを包む風の中へ、突入していった。


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