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Dragon Sword Saga8『古代の魔法』  作者: かがみ透
第 Ⅵ 話 領域の番人
16/19

宿命の魔道対決

 館の中を、冷たい風が吹き抜けていく。

 二人の魔道士は、その場で、睨み合ったままだった。


 先に口を開いたのは、ヴァルドリューズの方だった。


「お前が人質としていた妖精とラン・ファは、もういない。切り札とやらの古代魔法も、私には通じぬ。私を苦しめるには、お前の実力のみとなる」


 ダグトは、けっと唾を吐いた。


「貴様にしては、珍しく挑発してくるじゃねえか。人質や古代魔法がなくたって、俺には、まだ切り札がある」


 そう不気味な笑いを浮かべるダグトが、でまかせを言っているとは、ヴァルドリューズは取らなかった。一層、油断のない目で、彼を見据える。


 その視線が、絡み合った時だった。


 二人は飛び退き、距離を取ると、呪文の詠唱に入る。


 接近戦の剣士たちと違い、魔道士の戦いは、遠距離となる。


 ダグトからは、赤い光が放たれ、ヴァルドリューズは青い光で、それを弾き飛ばす。


 幾度か互いの攻撃を(かわ)し合った後、二人は、宙へ飛び上がった。

 上級魔道士特有の、空中戦に入る。

 並の人間の肉眼では、見極めるのは難しい。


 二人の技は、一般の魔道士の使う基本的な火・水・雷・風・地等の術とは違っていた。否、それらを、より発展させたものであったかも知れない。


 ダグトは、先ほどと同じく、宝玉のついた杖を、いつの間にか手にしている。

 対するヴァルドリューズは、素手のままである。


 どちらが優勢かは、まだわからない。


 戦いは、更に勢いを増していき、とうとう二人の姿は、その場から消えた。


 空間を移動しながらの戦いに入ったのだった。

 こうなると、肉眼で見ることは不可能だった。


 (はた)からは、空気のぶつかり合いのようなものが、方々で起きているだろう程度にしか見られない。


 実際には、二人の放つ凄まじい魔法エネルギーがぶつかり、飛び散り、またぶつかるを繰り返しているのだ。


 ダグトは戦いの中で、楽しみを覚えていた。


 ヴァルドリューズの放つエネルギーが大きければ大きいほど、満足する。あの冷静な魔道士が、自分に対し、こんなにも本気になっていることに。


 かつて、誰が、これほどまでに、彼の実力を引き出させることに成功しただろうか? 


 ダグトは、自分がその最初の人間なのではないかと考えると、優越感さえ覚えていた。


 ヴァルドリューズの方は、相変わらず、何を考えているかは、表面からは、一向に伺い知ることは出来ない。黙々と、技を発動させているだけに見える。


 だが、彼の方も、魔物との戦い以外に、ここまで大きなエネルギーを放つようなことがあっただろうか? 


 自分の中に、これほどまでの熱いものが流れていることに、どこか驚いていたに違いない。

 冷静ではあっても、無気力とも思える昔の自分とは、やはりどこか変化しているのだ。


 といって、この戦いに、ダグトのように楽しさを感じているわけではなかった。


 戦い自体は、何の意味もない。ただ、ダグトの相手をするしかない方向へ、導かれたに過ぎない。


 だが、確かに、熱い感覚がある。


 それは、ラン・ファやミュミュを、愛する者たちを守りたいというだけでは、なかっただろう。


 彼自身、強大な敵に遭遇した時、大きな魔法を放つことがある。

 一見、普段の冷静でスマートな彼であっても、攻撃は大胆だった。


 そんな時は、一緒に旅を続けているマリスから、よく言われていた。


『あなたも、たまには発散したくなるでしょ、ヴァル? 』


 いたずらっぽい、くるくるした紫色の愛らしい瞳で、彼女はよくヴァルドリューズをからかっていた。


(お前の言う通りかも知れないな、マリス)


 ヴァルドリューズの口の端が少しだけほころんだ。


 彼の中に流れる代々格闘家の血が、このような時に現れるものなのか、普段、感情をあまり表に出さない分、戦いの時に爆発するものなのか、彼自身もよくはわかっていないが、確かに、力を出し切るのも、心地の悪いものではないとは、感じているようであった。


 ダグトの赤い炎が、勢いよくやってくる。


 ヴァルドリューズは、それを難なくよけ、間髪入れずに青い炎を送る。


 ダグトの姿は消え、回避した。


 先に、ダグトの魔法で、過去の映像を見せられた時から、ヴァルドリューズ自身も、少し考えていた。

 相手の攻撃を躱し、反撃しながら、それが頭をかすめる。


 確かに、昔自分はなにも考えてはいなかったのかも知れない。

 ダグトはひねくれてはいたが、彼なりの目標があったのだと知った。自分を倒すという目標を。


 対する自分は、居心地の悪い家にいながら、何がしたいのかもわからず、才能がある、神童だと言われるままに育っていくうちに、なるようになってしまった。

 魔道士になったのも、郷里の宮廷魔道士になることを選んだのも、たいした選択ではなかった。なるようになっただけのことであった。


 だから、自分は苦しんだことがなかったのだと気が付いた。

 ダグトのように、あがいたこともない。

 一族とは違う自分の姿を呪ったこともあったが、そんなことは、たいしたことではないように思える。


 ダグトと戦っている間に、ヴァルドリューズが感じたものーー淋しさ、憎悪、執着、伸し上がろうとする強い力ーーすべて、自分がこれまで感じたことのないものばかりである。


 ヴァルドリューズは器用過ぎたのだった。その器用さが、このような災いを招くとは、思いもよらなかった。


 ダグトは明らかに自分の知っていた頃に比べ、実力を付けていた。

 その背景にあったことを想像すると、不思議と、ヴァルドリューズは、彼を認めるような気持ちになっていたのだった。


 自分にはない熱いものを、彼は昔から持っていたのだと。その結果、ひねくれ、悪に走ったとしても。


 そう、ヴァルドリューズは、あまりにも、人間というものを知らなかったのだった。


 マリスと旅をし、半年ほど前から、旅の仲間が増えた。

 個性的な者たちの中で、彼が特に目を留めたのは、伝説の剣を持つ戦士ケインであった。

 ケインは常に練習熱心で、誠実な青年だった。生粋の武道家であり、仲間とも楽しくやってきた、純粋で健全な若者だった。


 自分とは違う人種のように思えたケインであったが、なぜか、ヴァルドリューズは彼に注目した。

 素直に感情を表に出す彼に、好感を持った。

 それは、実は、密かに、そのような人間になりたかったという彼自身の願望であったのかも知れなかった。


 ケインが、彼を疑っていたこともあった。魔道士という存在を、うさん臭く思ってもいたようである。それを、堂々と、彼にぶつけてきたこともあった。

 誤解されていたにもかかわらず、ヴァルドリューズは、悪い気はしなかった。

 それは、ケインが、本音でぶつかってきたのが、彼としては、ケインを信じられる人物だと確信した時でもあった。


 それ以来、ケインも彼を信用してくれている。

 二人は、互いを認め合っていた。


 だが、今、ヴァルドリューズは、そのように正しい人間だけを認めるのではなく、ダグトのように、曲がった人間もまた愛おしい、と思うようになっていた。


 それは、彼の中での、非常に大きな変化であり、彼自身も驚いていたことだろう。


 そもそも、人を愛おしいなどと思ったことは、皆無に等しかったであろう。


 ラン・ファと出会った時、彼の凍りついた心は、次第に解かされていった。

 ラン・ファは、言葉ではうまく自分を表現できない彼の思っていることを、よく汲み取ってくれていた。彼女には、早い時点で、心が開いていくのを覚えた。


 そして、それは、幼い頃、よく自分の周りに集まって来ていた動物たちに感じた、やすらぎのようなものに、不思議なことに、非常に似ていたと思うのだった。


 ミュミュに対しても、同じであった。か弱いものには、以前から、愛しさを感じていた。それを、人間に感じたのは、ラン・ファが最初だった。

 ラン・ファは、か弱い生き物とは違うが、彼女の持つ強さの中にあるやさしさに、動物たちと同じやすらぎが感じられたのだ。


『あなたは、今まで気を張りつめて来すぎたのよ。幼い頃から魔道の勉強を押し付けられ、一流の魔道士になったらなったで、責任のある極秘任務を押し付けられ、挙げ句の果てには、ゴールダヌスの大それた計画を受け継ぐハメにもなってしまい、なかなか完成しない魔法に、突飛な行動を取るマリスにも手を焼き、すべてのことに、疲れ果ててしまったんだわ。あなたの心と身体は、やすらぎとぬくもりを求めていたのよ』


『もうちょっと肩の力を抜いていいのよ、フェイ・ロン。あなたの本来の名前が意味

しているように、あなたのしたいように、大空を我がものとして、自由に飛び回る

龍のようにね』


 ラン・ファの瞳がやさしく輝き、しっとりと包み込むように、彼を抱いていた。

 それによって、どのくらい救われただろうか。

 自分の気持ちも、はっきりとはわかっていなかった彼に、ラン・ファが気付かせてくれ、そして、温かく受け止めてくれた。


 そのことは、今でも忘れることはなかった。


 ラン・ファによってほぐされた心は、きかん坊のようなマリスをも愛しいと思えるようになり、現在旅をしている全員に対しても、それぞれにそのような感情が芽生えているのだった。


 彼は、少しずつ、自分が人間になっていくのを、心地よく感じていたのかも知れなかった。




 激しい魔法エネルギーの衝突は、続いていた。

 互いに神経を尖らせ、相手の間髪入れない攻撃を読み、隙を探し出し、そこへまた攻撃する。

 実際には、僅かな時間しか経っていないが、魔力の消耗とともに、精神力の限界をも近付いていた。


 ダグトは楽しみを覚えていた戦闘から、次第に真剣になっていった。真剣にならざるを得なくなったのだ。


 ヴァルドリューズの苦しみに歪む顔を見たかったがために仕掛けた戦いではあったが、彼の表情が一向に変わることがなく、対する自分の方に、精神的な疲労を感じていた。


(野郎、まだ涼しい顔してやがる! てめえは、いったい、どんな精神力してやがんだ? )


 ここまでの実力をださなくてはならない敵になど、ぶつかったことはない。ここまで神経を張りつめた戦いを、持続させたことなど、なかった。


(古代魔法さえ使えりゃあ、もっと早く片付いたものを……)


 彼のシナリオとは、大分違う戦いとなっていた。


 召喚魔法を得意とする彼は、例え古代魔法が使えなくとも、召喚魔法で対抗することも予定にはあったが、こう立て続けに魔法攻撃が来るのでは、呼び出すのに時間のかかる召喚魔法は唱える時間がない。


 それも、もしかすると、ヴァルドリューズの狙いでもあったのかも知れないと、彼は考えた。


(なんてヤツだ、ヴァルドリューズ! そこまで、計算していたとは……! )


 ヴァルドリューズの放った蜃気楼のように揺れる、白みがかった透明な波を、なんとか躱しながら、焦り始めていたダグトの額に、うっすら汗が滲み出る。


 それでも、彼の目から見て、ヴァルドリューズは、未だ大技を放ってはいない。

 まだなにか隠している技でもあるのだろうか? 


 呪文を唱えずに、または短い呪文のみで発動させられる技は、明らかにヴァルドリューズの方が多い。

 召喚魔法が使えないのでは、大いに自分の方が不利だと、どうすれば彼に勝つことができるものかと、ダグトは考えた。


「はっ!? 」


 ダグトが、そのように思考をめぐらせていた時、大きなエネルギーを感じてよけようとするが、間に合わない。


 青い光が、ダグト目がけ、襲いかかっていった。


「ぐわっ! 」


 ダグトは呻き声を上げ、落下した。


 色が混ざり合っていた空間の中とは一変し、もとの世界へと景色が移る。


 落下したダグトの身体は、勢いよく地面に叩き付けられるかに見えたが、直前に、ふわりと浮き上がった。


 空間の中からヴァルドリューズが現れ、立ち塞がる。そこは、ダグトの家から森までの中間だった。


 攻撃を受けた腕を庇いながら、冷や汗の浮かんだ顔で、憎々し気に睨むダグトを、ヴァルドリューズは、冷ややかに見下ろした。


「……どうした? ……なぜ、とどめを刺さねぇ? 」


 呻きながらダグトが尋ねるが、ヴァルドリューズは、それ以上、一歩も動こうとはしなかった。


「お前は、先程、私たちに映像を見せた。その時、消耗した魔力の分、回復する時間をやる。そうでなくては、フェアではないだろう」


 無表情な碧い瞳を、ダグトが見つめる。


「てめえ、俺に、情けをかけようってのか? 」

「情けではない。当然のことだ」


 ダグトの片方の眉が、ピクンと動く。


「まだそんな余裕があったとは。だがな……! 」


 ぎらっと、ダグトの目が光ると、

「……! 」

 ヴァルドリューズが、さっとマントで防ぎ、大きく横に飛ぶと、よろけた。


 ダグトの顔が、にやりと、皮肉な笑顔となった。


 代わりに、ヴァルドリューズの瞳が、僅かに、苦痛に歪む。


 マントが風であおられると、ヴァルドリューズの脇腹から出血しているのが見られた。紫色の液体も混ざっている。


「……ダグト、毒を……」


 片手で、負傷した脇腹を押さえる。その掌からは、早くも、緑色の光線が、傷を回復している。


「はーっはっはっは! 俺を甘く見るんじゃねーぜ、ヴァルドリューズ! 俺には、切り札があると言っただろう! 」


 回復の終わったダグトが、勝ち誇ったように、笑い、立ち上がる。


 ダグトが、マントの首の部分から、青い石の連なった首飾りを取り出して、見せた。

 ひとつひとつに、まじないの刻印がされたものーーそれこそは、ラン・ファとミュミュが探していた、魔法力をアップさせるアイテムに違いなかった。


 ヴァルドリューズの瞳が、見開かれる。


「それは、ラン・ファの……! 」


「そうだ。俺が取り上げて、ずっと隠し持っていたのだ。剣の方は、取り返されてしまったがな」


 ダグトは、ふふんと、横目でヴァルドリューズを見て、笑っていた。


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