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Dragon Sword Saga8『古代の魔法』  作者: かがみ透
第 Ⅳ 話 勇気をもって
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勇気をもって 2

 窓から差し込む月明かりだけが、部屋を照らす。


 隅に立つダグトが、じろりと冷たい目で、戸口に向かい、剣を引きずるミュミュを見下ろしていた。


 その威圧感は、普段とは比較にならないほどだった。


 ミュミュは、途端に震え上がり、身動きが出来なくなってしまった。


「羽を取ってしまえば、何も出来まいと思っていたが、この俺の部屋に忍び込み、このようなことをしていたとは……! 帰る途中、どうも屋敷の様子がおかしいと思えば……! 」


 恐怖のあまり、声も出せないでいるミュミュは、扉を挟んですぐ側にいるラン・ファを、呼ぶことも出来ないでいた。

 ただ、口を開け、ダグトを見つめているばかりだ。


「おのれ、ラン・ファの入れ知恵だな? あの女……! 」


 ダグトが、口の中で、歯をきしませた。


「ラン・ファと共謀し、俺を油断させて、ここを出るつもりだったのだろうが、残念だったな。俺を侮った罰として、ヴァルドリューズを始末する前に、まずは、貴様を片付けてやる! 」


 ダグトの腕が上がり、ミュミュに向けられた。


 ミュミュがかたく目を閉じ、ダグトから顔を背けたと同時に、彼のてのひらから、黒い闇の球が現れた。


 球は黒く放電しながら、ミュミュに向かって発射された。


 だが、ミュミュには、何も起こらなかった。


 まったく何も起こらなかったわけではない。誰かが、ふわりと、自分に触れたのはわかった。


 ミュミュが、うっすら瞼を開けてみると、ラン・ファの胸に抱えられていた。


「ふう、間に合ったわ! 」


 ラン・ファが額の汗を拭う。


 ミュミュを抱えていない方の手には、赤い石の付いた剣が握られている。

 まさに、ミュミュが苦労して運んでいた剣そのものだ。


「ダグトの気配がしたから、帰って来たのはわかっていたわ。勘付かれたなら、結界に触れてももう関係ない。ミュミュちゃんが扉の側まで運んできてくれてたから、間に合ったのよ。私ひとりで、この部屋に入ったら、いくら、この至近距離でも、剣を手にする前に、ダグトに勘付かれてしまうところだったわ。あなたの勇気のおかげよ、ミュミュちゃん! ありがとう! 」


 ラン・ファが笑顔で、ミュミュにウィンクした。


 ダグトがミュミュに魔法を放つ直前に、部屋に転がり込み、剣をつかむと、ミュミュを庇い、ダグトの黒い電光球を弾き飛ばしたのだった。

 その際、掠ったせいで、ミュミュを抱えている方の腕には、赤く炎症している部分があった。


「おねえちゃん、ケガしてるのっ!? 」


 ミュミュが驚き、心配そうにラン・ファを見上げた。


 ラン・ファはミュミュを安心させるように微笑んでから、ダグトを見据えた。


「首飾りは見つけることは出来なかったけど、こうして、剣さえ戻ってくれば、今までのようには行かないわよ」


 ラン・ファは、ダグトに剣を構えてみせ、挑発するように微笑んでみせた。


「ラン・ファ! お前は、なぜ、俺の気持ちがわからんのだ!? 素直に、俺と暮らすことを選んでいれば、一生、お前の好きに、生きさせてやったものを……! 」


 ダグトの顔には、一層、怒りが浮かぶ。


「いくら言っても、ホントにわからないのね!? 私は、あなたといるだけで、好きには生きられないのよ。自由になるには、あなたから離れるしかないの。あなたと戦って、例え、命を落としたとしてもね! 」


 ラン・ファは剣を下ろすことなく、剣先をダグトに向けた。


「なぜ、そこまで、俺を拒むのだ!? なぜ、その妖精に微笑むように、この俺には微笑まぬのだ? 素直に従えば、俺だって、お前をひどい目に合わせることはないのだぞ! 」


「人の心に命令なんて出来ないのよ。私があなたを拒むのは、あなた自身がそうさせているの。それがわからない人と一緒にいても、辛いだけだわ」


「これ以上、俺に楯突くというのなら、手加減はしないぞ! 」


「そんなの、覚悟の上だわ」


 忌々しそうにラン・ファを睨んだダグトは、両手を持ち上げ、呪文を唱え始めた。


 首飾りで魔法能力の向上したラン・ファであれば、上級魔道士と対等に渡り合えただろう。


 そのことは、ラン・ファ自身も、よくわかっていた。


 魔力増強首飾りを取り戻せなかった彼女は、覚悟を決めていた。


 倒すことは出来ないかも知れない。

 ならば、せめて、ミュミュだけでも逃がさなくては、と決心していることは、彼女の瞳を見れば、明らかだった。


「やめてーっ! 」


 突然、ミュミュが泣き叫んだ。


 涙がぽろぽろと、頬に流れ、ダグトを強く見据えている。


「おじちゃんは、ラン・ファおねえちゃんのこと、好きなんじゃないの? 好きなのに、なんで、ひどいこと出来るの!? 」


 ダグトの瞳が、ピクッと、ひそめられた。


 小さな妖精の、涙に濡れた顔をも、忌々しげに睨む。


「小娘、貴様の知ったことか! 」


 ミュミュを自分の肩の上に乗せたラン・ファは、ダグトの放つ、更に巨大な電撃球を、剣を両手に持ち変え、払い飛ばした。


 かなりの衝撃であったが、僅かに顔を歪めただけで、すぐに剣を構え直した彼女は、ダグトから、視線を反らさずに言った。


「ミュミュちゃん、こいつは、私のこと、本当に好きなんじゃないの。こいつが好きなのは、自分よ。自分の力を見せつけて、誇示して、ただ満足していたいだけ。そんな人が、人を愛せると思う? 自分のことも、よくわかってはいない。人のこともわからない。自分のことだけを必死に守って、誰のことも愛せない、悲しいヤツなのよ」


 ラン・ファの言葉に、ダグトの目が、なおも吊り上がっていく。

 顔は上気し、怒りが心頭に達しているのは、一目でわかる。

 拳をわなわなと震わせ、憎悪に燃えた瞳を、ラン・ファにぶつけた。


「黙れ! 俺を侮辱することは許さん! ラン・ファ、例え、お前であろうとな! 」


 部屋の中で、ダグトの周りにだけ、風が起きた。

 風はすぐに勢いを増していき、勢いよく窓を押し開け、部屋の中を吹き荒れた。


 ラン・ファもミュミュも、ダグトのパワーを、びりびりと、全身に感じていた。

 巨大な魔力を解き放とうとするダグトにも、ラン・ファは、片方の手をつき出し、ミュミュを抱く自分の周りに、結界を張った。


 暴風は、部屋中のものを吹き飛ばして行った。

 窓は割れ、水晶球も床に落ちて割れる。

 部屋の外に蠢くモンスターたちまでが、風で飛んで行った。


「無駄なことだ。ここは、俺の部屋。もともと、俺の結界の中なのだ。首飾りのないお前如きが、結界を張ったところで、何の意味もない」


 ラン・ファの体が、風に押され、後退していく。

 一層、結界に力をそそぐが、それでも、風に押されるばかりであった。


「どうした? 減らず口さえも、きけなくなってきたか? 俺を侮辱した罰だ。それを償うには、高い代償を払ってもらうぞ! 」


 にやりと笑ったダグトの目が、引き締まると、腕を振り上げた。


 その途端、暴風はラン・ファ目がけ、叩き付けるように吹いたのだった。


「ああっ! 」


 ラン・ファの結界は通じず、剣で振り払うことも出来ずに、ラン・ファの身体は、部屋の外まで吹き飛ばされた。


 さびれた回廊の壁に、容赦なく、彼女の身体が叩き付けられるーー! 


 ラン・ファは、瞬時に、ミュミュだけを結界で包んだ。


 叩き付けられる衝撃に、ミュミュは、おそらく耐えられないと思い、反射的に、そうしたのだった。小さく張った結界ならば、大きな結界よりも防御力を強化することが出来る。


 シャボン玉のような結界にくるまれたミュミュは、暴風の中でも、ふわりと浮くことが出来た。


 自分の結界を解いたラン・ファが、じきに壁に激突することは、目に見えていた。


 ダグトは、その様子を、悦に入ったように、目を細めて眺めていた。


 いくら、鍛えていた彼女の身体であっても、その衝撃には、無事では済まされないであろうことは、ミュミュでもわかる。


「おねえちゃん! よけてー! 」


 ミュミュが、泣き叫んだ


 ラン・ファは、剣で向かい風を(さえぎ)るのが精一杯だ。身体は、高速で、壁に向かう。


 次の瞬間、ダグトの目が見開かれた。


 彼女が壁に激突する前に、壁が、ガラガラと崩れ落ちたのだった。


 ラン・ファは、自分の身体が、しっかりと抱きとめられたのを感じ、目を開いた。


 壁が崩れたところから現れた人物が、彼女を抱きとめていた。


 ラン・ファの瞳は、その人物を目にした途端、大きく見開かれた。


 肩まで伸びた黒い髪、浅黒い肌に、整った顔立ち、黒いマント姿ーー彼女の記憶、そのままの男であった。


 男も、彼女を見て、驚きを隠せなかった。


 普段のように、表情には現れにくいまでも、僅かに動揺した様子が、切れ長の、碧い瞳に浮かぶ。


「……まさか、こんなところで……! 」


 思わず、男の口から、そんな言葉が洩れた。


 それまで、ラン・ファの中で、張りつめていたものが、一気に弾き飛んだ。


「フェイ・ロン……! 」


 東洋の発音だった。


 黒曜石の瞳が潤むと、ラン・ファは、男の胸にしがみつき、思わず顔をうずめた。

 腕の中の彼女を、男は見つめていた。


「どうして、俺の後を、ついて来られた? 」


 ダグトが冷淡な表情で、問う。

 表情とは裏腹に、瞳は、憤っている。


「同じヘマはしない。それだけだ」


 男は冷静に返した。


「ヴァルのおにいちゃん! 」


 結界の中のミュミュが、泣きながら、ぷわぷわと浮かび、近付いた。


「ミュミュ……! 無事だったか? 」


 結界を引き寄せるように、てのひらに乗せて初めて、男はーーヴァルドリューズは、ハッとした。


 ミュミュの背に生えていたはずの、二対の羽が、なかったことに。


 ミュミュの身体には、包帯が巻かれていた。


 状況を察した彼の瞳には、これまで見せることのなかった怒りが、徐々に現れていった。


 ヴァルドリューズの、ラン・ファを抱く腕に、力がこもった。


「ダグト、やはり、貴様には、手加減は無用のようだ」


 その何の感情もこもっていないような口調に、ラン・ファが顔を上げる。


 明らかに、彼のいつもの口調であって、そうでない。


 それは、ラン・ファだけではなく、ミュミュにも、ダグトにも、伝わっていた。


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