板挟み
春の湿地は、まだ霧に覆われている。
顕微鏡の前に座るラヴランとドラン。
小瓶の中の球体は、変化のピークに達していた。
決定的瞬間の破裂はすでに観察済みだ。
しかし、軍の監視は依然として厳しい。
正式に論文を発表すれば、軍は反発する可能性がある。
外部に知られれば、駐屯地の評判や安全管理に影響を与えるかもしれない。
その日、ラヴランはドランに低く言う。
「国際学会への報告は可能だ。
だが、慎重にならねばならない」
ドランは顕微鏡を見つめ、呼吸を整える。
「ここまで来たのに、止める理由があるんですか?」
ラヴランは視線を外す。
「制度は科学に従わない。
発表すれば軍の圧力は強まるだろう。
だが、真実を封じることは、科学者として許されない」
二人の間に静かな緊張が走る。
喜びと恐怖、誇りと責任が同居する瞬間だ。
夜。
ラヴランは記録帳を開き、慎重に文章を整える。
ドランは横でデータを整理し、図表を描く。
微小体の動き、球体の変化、時間経過後の再現性——
全てが論文化の材料になる。
しかし、頭の片隅で軍の監査官の顔がちらつく。
もし、勝手に発表したと知れれば、処分は免れない。
二人は言葉にせずとも、この板挟みを理解していた。
翌日、軍医局から再度の警告文。
「研究の範囲を逸脱するな。学外発表は禁ずる」
ラヴランは微かに息をつく。
「……やるしかない」
ドランが言う。
「危険です。ですが、正しいことを証明するには必要です」
二人は小瓶の前に座り、観察を再確認する。
顕微鏡の視野で微小体が分裂を繰り返す。
その確実な動きが、科学的承認への切符である。
真実は、制度の外にある
しかし、守るべきものもある
ラヴランはペンを持つ手を止める。
「発表は慎重に。だが、遅すぎてもいけない」
ドランはうなずき、慎重に文書をまとめ始める。
夜明け前、二人は窓の外を見た。
湿地の霧が薄れ、陽光が水面を照らす。
羽音は微かだ。
しかし、顕微鏡の中では、微小体が確実に次の世代を準備している。
科学的承認への道は、まだ遠い。
だが、一歩ずつ確かに進んでいることは分かる。
その緊張が、静かに二人を支えていた。
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