破裂
深夜。
灯油ランプの光が机の上の標本にかすかに反射する。
ドランは椅子に座り、息を整える。
三日前に捕らえた蚊。
腹部には、時間経過により増えた球体。
小瓶は揺れない。
外の風も、音もない。
世界は静止しているかのようだ。
「……来るかもしれない」
ドランは心の中でつぶやく。
慎重に、焦らず、眼を顕微鏡に近づける。
倍率を上げる。
球体の輪郭が、昼間よりはっきりと見える。
内部に微細な構造。
まるで血中で見た輪状体が、ここで別の形態へ移行しているかのようだ。
ラヴランも隣で、静かに呼吸を整える。
言葉は交わさない。
二人の視線だけが標本に集中している。
数分が過ぎた。
球体は膨張し、壁面がわずかに張り出す。
ドランは息を止める。
焦点を少しずらすと、球体内部の微細構造が、確かに動いた。
細胞のように見える小さな粒子が、互いに分かれ、位置を変える。
「……動いた」
ラヴランは口をつぐんだまま、手を震わせないように机を押さえる。
そして瞬間が訪れる。
球体の表面がぱっと光を反射し、細かく裂ける。
内部の構造は外へ放たれる。
微小な体が、透明な液体の中で規則的に浮遊する。
顕微鏡の視野全体に、無数の微小な動きが広がる。
血中で見た輪状体の分裂像と、驚くほど一致する。
ドランは手を止め、言葉を失う。
ラヴランも静かに息をつく。
「これが……そうなのか」
二人の間に、沈黙と理解が同時に流れる。
言葉は不要だった。
科学者の直感が、確信へ変わった瞬間。
ドランは素早く記録を始める。
動いた数、位置、分裂の様子。
一度きりの現象かもしれない。
だからこそ、慎重に、正確に。
ラヴランは隣で、顕微鏡を微調整しながら記録を確認する。
「再現性……次があるかどうかは運次第だ」
彼は低くつぶやく。
だが二人は知っていた。
目の前の現象が、偶然ではないことを。
血中で見た寄生体が、ついに昆虫体内で次の段階へ移行したのだ。
夜は深く、湿地の闇が標本室まで忍び込む。
羽音は遠く、今は無意味だ。
だが、顕微鏡の中では、微小な生命が確かに、規則正しく動き、分裂を始めている。
「命令には従った。
だが、これだけは止められなかった」
ラヴランは小さくつぶやく。
ドランはうなずき、記録帳にペンを走らせる。
球体破裂。
微小体の放出確認。
昆虫体内で血中寄生体が次段階へ移行する証拠。
再現可能性あり。
この夜、二人の研究は、ついに歴史的瞬間を迎えた。
静かな感動。
しかし歓喜よりも、科学者としての緊張が勝る。
破裂の瞬間は、彼らに確信を与えた。
だが証明は、まだ広く認められるまでは続く。
外の世界はまだ無関心で、命令は存在する。
それでも、血の中と翅の内側で、
新しい理解が確かに芽吹いたのだ。
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