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月の隠れ家で会いましょう  作者: 麻路なぎ
5/25

5 仕事帰り

 夜の九時。仕事を終えたかのんはロッカーで着替えをして慌ただしく廊下を歩く。

 すると、学生のアルバイトが声をかけてきた。


「あ、大河さん、ご飯一緒に……」


「ありがとう、でも今日は用事があるんだ!」


 笑顔でその誘いを断り、かのんはいそいそと職場を出て駅へと向かう。

 昨日の夜見つけたカフェ。

 変な噂があるカフェ。

 今朝、ここに来る途中見つけることができなかったカフェは本当に、夜だけ営業しているのだろうか。

 会いたい人がいるのならマップアプリが案内してくれるというが、でもかのんにはそんな相手、いない。

 ではなぜかのんはあの店を見つけられたのか?

 

「でも、そんなことあるわけないよね。だって死者に出会えるカフェなんてそんなの、嘘に決まっている」


 電車に揺られてかのんは最寄駅へとつく。

 昨日と同じ時間、かのんは駅を出て足早にアパートへと続く道を歩く。

 九時半を過ぎているので人通りはやはり少ない。

 ときおり車が通るだけの道を歩きそして、住宅街の細い道を行く。

 もう少し行くと、あのカフェを見つけた場所にたどり着く。

 そう思うとかのんの足はどんどん早くなっていく。

 角を曲がり、あのカフェが見えるはずの通りへと出たときだった。

 暗い住宅街の中にぼうっとしたオレンジ色の明かりを見つけて、かのんは思わず足を止めた。

 

「あ……」


 その灯りを見て、思わずかのんは足を止めた。

 夜なので外観はよくわからない。だけど、その建物の前に見覚えのある形の看板が立っている。

 かのんはゆっくりとそこに近づきそして、看板を見つめた。


「思い出に出会えるカフェ、月の隠れ家」


 そう、確かに書かれている。


「これ、昨日と同じ言葉……」


 そう呟き、かのんは看板から目を離し、入り口のドアを見つめる。

 このドアもたぶん昨日と同じだろう。

 昨夜は老齢の女性が一緒で、彼女が扉を開いたものだからちゃんと見てはいなかったけれど、ドアを照らす淡いオレンジ色の灯火は覚えている。


「なんで昼は見つけられなかったんだろう?」


 顔を歪ませかのんは首を傾げ、店の扉のノブに手をかけてゆっくりと開いた。

 扉を開けると、昨日と同じオルゴールのような音楽が聞こえてくる。

 それに、数組の客。

 昨日とは顔ぶれが違うかと思ったが、一組だけ知っている顔があった。

 昨日の女性が、昨日と同じ青年と談笑しているのが見える。

 かのんが見たブログが本当であるなら、二度目にここを訪れることはできないはずだ。なのにかのんも、あの女性もここを訪れることができた。

 そもそもかのんに会いたい人はいないし、アプリも使っていない。ならばあれは怪しい噂なのだろう。

 そも自分を納得させて、かのんは店内に足を踏み入れた。


「……いらっしゃいませ」


 マスターである京介が、昨日と同じ服装でカウンター内から出てくる。


「おひとり、ですか?」


 言葉をかみしめるように、こちらの様子を伺う様な目でかのんを見つめ、京介が問いかけてくる。


「はい、そうです」


「……そう、ですか。ではあいている席にどうぞ」


 そう淡々に告げ、京介はカウンターに戻っていく。

 なんだろうか、あの態度は。まるで、かのんが現れたのが不思議であるかのような反応だ。

 かのんは店内をみまわしそして、カウンターの隅に座るルカの姿をみとめる。

 彼は今日も、パソコンに向かって作業をしているようだった。

 連れがいるわけではないので、かのんは昨日と同じ席に着く。ルカと、ひとつ席を空けた椅子に腰かけそして、メニューを開く。

 勢いで入ってしまったものの、二日続けて夕食に千円以上かけてはいられない。

 非正規のパートに、千円の出費は痛すぎる。

 とはいえ来てしまったし、なにも頼まないわけにはいかない。それに腹は減っている。


「ご注文が決まりましたらお声をかけてください」


「あ、決まってます。あの、夜空のカルボナーラとカフェオレをください」


 そうかのんが言うと、京介はエプロンのポケットから伝票を取り出し、そこにさらさらと書いていく。

 彼はふっと顔をあげて、どこか懐かしそうな表情を浮かべた後、


「かしこまりました」

 

 と言い、かのんに背を向け奥へと消えていった。

 なんだろうか、あの顔は。不思議に思うけれど確認することもできないので、かのんは水が入ったコップを手にした。 


「あれ、今夜も来たのかい?」


 楽しそうな声が隣の隣からかかり、かのんは顔をそちらに向ける。

 口もとに笑みを浮かべたルカが、頬杖をついてこちらを見ていた。


「こ、こんばんは。あの、はい。ちょっと気になってしまって」


 そう答えてかのんは曖昧に笑う。さすがにあのブログの事は話せない。あんなのきっと噂だから。


「そうなんだ。珍しいよ、二度も来る人は」


 そう、無邪気に笑いながら言われた言葉に、かのんは思わず目を見開く。

 二度、来る人は珍しい。


「え?」


「うん、珍しいよ。たぶん、ふつうは一度しか来ないからね。あの老女も昨日きていたと思うけど、ふたりもそんな人が現れるのは本当に珍しいよ」


 そしてルカは、あの老女の方をちらり、と見た。

 彼女は相変わらず、楽しそうに青年と話をしていた。まるで、恋人といるかのように頬を染めて。


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