27 カフェで待つ
外を闇が包み、カフェ「月の隠れ家」は開店の時間を迎える。
京介はひとり、新聞記事の切り抜きを見つめていた。
彼が見ているのは二〇二四年十二月十二日、駅前で起きた無差別殺人事件の記事だ。
京介の恋人だったかのんと、友人のルカが死んだ日。
あの日からずっと、京介の時間は止まったままだ。
ルカが書いている小説によると、もう五年、このカフェで過ごしているらしい。それまでいったい何人の客がこのカフェを訪れたのだろうか。
色んな時間軸の、色んな人々がただ一度の奇跡に出会うためにこのカフェを訪れる。
そして客は、ここであった出来事を忘れ、明日を迎える。
けれど京介に明日は来るのだろうか。
このカフェだけが、ずっと時間の交差点にいて、人々を引き合わせていく。
今日は、いったいいつだろうか。
そんな概念すら意味のないこのカフェで、京介は待ち続ける。
――かのんは無事、十二月十二日を超えたのだろうか?
「京介、どうしたんだい」
耳慣れた調子のいい声に顔を上げると、カウンターの向こう側、いつもの端の席にルカが座っていた。
いつもと同じ黒の上下を着て、ノートパソコンを目の前にしている。
「ルカ」
「何、京介」
「君が書く物語は、終わるのか?」
そう問いかけると、ルカはカウンターに肘をつき、首を傾げて言った。
「そうだな、うん。もうすぐきっと終わるよ。そんな気がするんだ」
そしてルカは、パソコンに向かいカタカタとキーボードを叩く。
「ルカ、今は誰の話を書いているの」
「かのん。彼女の話を僕はずっと書いているよ」
画面から目を離さず、ルカが答える。
ルカが書くのはこのカフェを訪れる客の物語。
かんもまた、ここの客であるからだろうか。
「京介さん!」
声と共に、勢いよく扉が開く音がした。
そこにいたのは、見覚えのある茶色のコートを着た、かのんの姿だった。
ドクン……と、京介の心臓が大きく音を立てる。
なぜならその服は、最後に京介が見た、かのんの服装と同じだったからだ。
彼女は、京介がいらっしゃい、を言う間もなくカウンターに近づき、そして、息を切らせて言った。
「大変だったの!」
「あれ、いらっしゃい、何が大変だったの?」
慌てた様子のかのんとは対照的に、いつもと同じ調子でルカが言う。
かのんはルカと京介の顔を交互に見て言った。
「駅前で通り魔事件があったの!」
「通り魔?」
ルカが驚きの声を上げ、京介はただ目を見開きかのんを見た。
「今日、十二月十二日でしょ? 駅前が危険って言ってたの、もしかしてこれのこと?」
言いながら、かのんはスマホの画面を見せてくる。
それは、駅前で通り魔事件があり複数のけが人がでた、というニュース記事だった。
「けが人……」
「そうなの! 私、居合わせちゃったんだけどすぐ犯人取り押さえられて。すっごいこわかったんだから!」
と言い、かのんは涙目になる。
京介が知る、二〇二四年十二月十二日にあった駅前の事件では死者が出た。
かのんもそのひとりだったが、どうやらいま目の前にいるかのんは、事件を避けることができたらしい。
京介は新聞記事をそっと置き、カウンターの向こうにいるかのんの首に手を伸ばした。
「きゃっ……」
耳元に、かのんの驚いた声が響く。
「よかった……」
「え、あ……え?」
「よかったねー、怪我しなくて。もしかしたら君は殺されていたかもしれないわけだ」
ルカがいつもの調子で言うと、かのんが震えた声で答える。
「そ、そうですよね? もうびっくりして……なんで京介さん、わかったんですか? 駅前に行くなって言っていたの、あの事件があるってわかってたってことですよね?」
その通りではある。だけどそうではないともいえる。
京介が知るかのんとルカはとうにその日に死んでしまっているから。
だからせめて、いまここにいるかのんは生き延びてほしいと願っていた。
どうやらそれは叶ったらしい。
「君が……その日を生き延びることが俺の望み、だったから」
涙で歪む視界。涙でよどむ声。
かのんは驚いたように息をのむ音が聞こえる。
「え……あ……京介、さん?」
京介は大きく息を吐き、かのんからゆっくりと離れる。
そして涙をハンカチでぬぐい、ふたりに笑いかけた。
「約束通り、俺が知るこのカフェの事を話すよ」
そう告げると、かのんは大きく目を見開いた。
「お願いします!」




