26 かのん
――二〇二四年十二月十二日。
今日、かのんは仕事が休みであるため、昼前まで寝ていようと決めていた。それにかのんの頭の中には京介の言葉があった。
駅前には近づくな。
という言葉がずっと、かのんの中に残っている。
京介の言葉に強制力などない。
けれど、その言葉がかのんの心を縛るには充分なほど、おかしなことが起きていた。
誰の記憶にも残らない女性。子供に会いたいと望んだ親。
あのカフェはいったい何なんだろうか。
なぜ、かのんはあのカフェに呼び寄せられたのか。
ずっとわからないままだけれど、もうすぐわかるのだろうか。
そう思いつつ迎えたその日、かのんはスマホの着信音に起こされた。
マナーモードにしていたはずなのに、なぜ音が鳴るのだろうか。
そう思いつつ、かのんは目を細めてスマホに手を伸ばした。
どうやら誰かからメッセージが届いたらしい。
一瞬無視しようかと思ったが、送信者が友人であることに気が付きかのんはスマホを触り内容を確認した。
『ねえねえ、今日休みでしょ? ランチ、行かない?』
という、友達の誘いだった。
『おはよう。ランチってどこ?』
『えーとね、ここ!』
と、お店の情報が送られてくる。
駅の少し手前にあるお店らしい。
駅には近づかないし、それならいいか。
と思い、かのんはオッケー、というスタンプを送り返す。
『わかった、じゃあ十一時にショッピングモールで! ついでに買い物行こうよ』
ショッピングモールは、駅の近くにある。
駅前じゃなければ大丈夫だろうか。
そう思いつつかのんはわかった、と返信し、大きな欠伸をして起き上がった。
化粧と着替えを済ませて家を出ると、十時を過ぎていた。
びゅうっと凍てつく風が吹き、かのんはぶるり、と震えてアパートの鍵をかけてコートのポケットに手を突っ込む。
マフラーもしているし、手袋もしている。けれど寒いものはさむい。
「あれ、そういえば京介さん、時間、なんか言っていたっけ?」
そう思いながら通りを歩く。
平日の日中。歩く人の姿はまばらだった。
言っていたかもしれない。けれども全然思い出せず、かのんは歩きながら首を傾げた。
途中、カフェがあるはずの場所で足を止め、辺りを見回す。
だけれどカフェは見当たらなかった。
「不思議よね。昼間にはあのカフェ、見つからないの」
いくら見ても、住宅街が広がるだけで店らしきものは見つからない。
毎日夢を見ているんじゃないかと思ったこともあったけれど、でもあれは現実、なのだろう。
かのんは、ショルダーバッグの紐を握り、駅前のショッピングモールへと向かった。
駅が近づくにつれて人通りが増えてくる。
もうすぐクリスマス。
街路樹にはイルミネーションの飾りがついている。
店の前を通ると、僅かにクリスマスソングが流れてきて、かのんは何とも言えない気持ちになった。
クリスマスは繁忙期。
最近疲れて、ご飯を食べて寝るだけの日々を送っている。
「でも、京介さんとルカさんと会って話すの、苦じゃないのよね」
カフェに行くのはいつも仕事帰りだ。
疲れているのに足はしぜんとカフェに向き、ご飯を食べて話をして、ボードゲームをして帰ってくる。
何となく充実している日々だ。
「変な感じ」
まるでカフェに呼ばれているみたいだ。
たぶん、実際そうなのだろう。
カフェは、あいたい人と会える場所だと言っていた。
かのんはきっと、ルカや京介の会いたい人、なのだろう。だけれどかのんはふたりとも知らない人だ。
どこかで会ったのかもしれないと何度もスマホの写真ロールを見たけれど、ぜんぜん記録にはなかった。
「そんな不思議体験、することがあるなんて思わなかったな」
そう思いつつ、かのんはスマホを見て時間を確認する。
時刻は十時四十分を過ぎていた。まだ待ち合わせまで時間がある。
駅前のショッピングモール近くまで来たものの、まだ時間がある。
駅やショッピングモールは人がひっきりなしに人が出入りしている。
まだ友人の姿はない。
かのんどうしようか、と思いスマホを握りしめた。
その時だった。
「わぁーーー!」
辺りが騒然とし、かのんは驚き辺りを見回す。
道路の向こう側、交番の目の前で人が倒れ、逃げ惑う姿が目に映る。
何が起きているのか把握する間もないまま、かのんはその場から走り出した。




