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月の隠れ家で会いましょう  作者: 麻路なぎ


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25/29

25 そして現実から切り離される

 二〇二四年十二月三十一日。

 今日で一年が終わる。

 テレビでは年末恒例の番組が始まった七時過ぎ。

 京介は今日も夜、外に出た。

 ここ一週間、夜の記憶がおぼろげだけど行かないいけない場所がある。

 その想いが京介を突き動かしていた。

 大晦日の夜。

 人通りも人の声も聞こえない夜の道を京介はまっすぐ歩いていた。

 目的地はわからない。けれど必ずそこにたどり着くはずだ。

 そう信じて京介は静かな通りを歩いていた。

 本当にあるかもわからない。あの灯りを捜しに。

 首に巻いたマフラーに、手首につけた腕時計。

 マフラーは去年恋人であるかのんに貰った物で、腕時計はルカの最後のプレゼント。

 白い息を吐きながら、京介はあてもなく道を歩いていた。

 このままさまよっていていいのだろうか。

 そんな不安が頭をよぎる。

 けれどそれでいいはずだ。

 だってたぶん、昨日も一昨日もこんな風にさまよっていた記憶があるから。


「かのん……ルカ……」


 立ち止まり、京介はマフラーに触れて今はもう戻らない恋人と友の名を呼ぶ。

 今でも覚えている血の記憶。

 だけど、確かに会っているはずだ。

 死んだはずの彼に。

 どれくらいさまよったのか。

 時計を見るとあと少しで零時を迎えようとしていた。どうやらもうすぐ年が明けるらしい。

 けれど、京介の心はずっと、十二月十二日で止まったままだ。

 あの時の痛みを思い出して、京介は胸を抑える。

 何度も思い出すあの日の出来事。きっと乗り越えられる日は来ないだろう。

 できるならもう一度ふたりに会いたい。

 そう願い顔を上げて、京介は目を見開く。


「あ……」


 いつの間にかそれが現れていた。

 住宅街の一画に不自然に存在するその灯り。

 京介は導かれるようにそれに向かって歩いて行く。


「あれだ」


 確証などない。

 だけどあの灯りは確かに知っている。

 この一週間ほど、見続けたはずのものだ。

 今日は大晦日。多くの飲食店は早く閉店するのに、開いている店は珍しいだろう。

 その店の前にはあの、「想い出に会えるカフェ」という看板が出ていた。

 間違いなくここだ。

 そう確信して、京介は焦げ茶色の扉をゆっくりと開いた。

 

「いらっしゃいませ」


 女性のマスターの声が聞こえ、京介はカウンターに目を向ける。

 黒いエプロンを身につけたその女性は、京介の顔を見て目を見開いた後、徐々に悲しげな顔になった。


「なぜ、貴方はいらしたのですか?」


「何故って……だってここに来れば会えるでしょう? 想い出に」


 そう京介が問いかけると、マスターは憐れむような目をしてゆっくりと頷いた。


「はい……そう、ですが……いいのですか?」


 いいのですか、の意味が分からず京介は首を傾げた。

 何を言いたいのか、何もわからない。


「何が起きるんですか? ここに通い続けると」


「貴方は多分、一週間ここに通い続けていますよね。そうなると現実と切り離されてしまいます。本当にそれでいいのですか?」


 現実と切り離される。

 その意味が京介にはわからなかった。

 でも。


「やあ京介」


 背後から声が聞こえ、京介はばっと振り返る。

 そこには大学生の姿をしたルカが立っていた。

 いつもと変わらない笑顔の彼は、にこっと笑いそこにいる。


「ルカ……」


 やはりルカには会えるのか。

 だけど。

 かのんには会えない。

 その事が京介の心に黒い影をおとした。


「今日でたぶん一週間だけど……なにか起こるのかな?」


 と、期待に満ちた声で言った。


「……よろしいのですか」


 マスターの、緊張した声が響く。

 その声に京介は振り返り言った。


「俺にはどうしても会いたい人がいる。その為なら現実と切り離されても構わない」


 そして、京介は一歩、踏み出す。

 するとマスターは諦めたように顔を伏せそして言った。


「そうですか。ならばきっと、この場所は貴方の希望に答えるでしょう。けれど代償を支払うことになります。その覚悟はあるのですよね」


 彼女は京介と、その後ろに立つルカを見ているようだった。

 京介はいい。

 そもそもかのんとルカを失った時点でこの世界に未練などとうに亡くなっているのだから。

 けれど、ルカはどうだろうか。

 今ここにいるルカは大学生のルカだ。

 京介の事を知らず、ただ京介の想いに引っ張られてきているだけのはずだ。

 京介はルカを振り返る。

 彼は笑っていた。

 いつもと同じ、いたずらっ子のような笑みを浮かべて。


「あれ京介。僕の事を気にしてるの? 大丈夫だよ。だって、絶対に経験できるはずのない事を経験できるんでしょ? そんな楽しいことはないよ」


 そうルカが言った時。

 マスターの声が響いた。


「そうですか。ならばきっと、その願いにここは答えるでしょう」


 その言葉のあと、視界がぐにゃり、と歪んだような気がした。


「ルカ」


 思わず手を伸ばし、彼の腕を掴む。


「京介?」


 彼の、不思議そうな声が聞こえる。

 こうしないと彼が消えてしまいそうで、とっさに京介は手を伸ばした。

 どれくらい時間が経ったのか。

 大して時間など経っていないのかもしれない。でも体感としてはかなりの時間が経ったようにも思う。

 京介の視界に映るもので確かなものはルカだけだ。

 そう思うほど、辺りの景色ははっきりしないものだった。

 

「あ……」


 目に映る景色がはっきりとしたとき。

 ふたりは見知らぬカフェに立っていた。

 ルカの腕を握ったまま、京介はあたりへと視線を巡らせた。


「誰も……いない……?」


 あの女性のマスターも、店内にいたはずの客の姿も見当たらない。

 それに、店内の様子も少し違うように思う。

 何が違うのか、と言われるとわからないが雰囲気が違うような気がした。


「ここはカフェ、だよね? でもさっきまでいたカフェじゃない」


 ルカが面白そうに言う。


「あぁ、たぶん違う場所みたいだけど……いったい何が……」


「さあ、でも。ねえ見てよカウンターを」


 ルカに言われて、京介はカウンターへと視線を向ける。

 カウンターの客席に置かれている一台のノートパソコン。

 そして、カウンターの中の壁にかかる、黒いエプロン。


「僕らには役割があるんじゃないかな」


「役割?」


 京介が声を上げてルカを見ると、彼は笑って頷いた。


「あぁ、うん。ねえ京介。僕は何か書かないといけないらしいよ。なんだかそう思うんだ」


「ルカ?」


「ねえ君はレストランで働いているんだろう? ってことは君がここのマスターになるんじゃないのかい?」


「いや、確かに働いているけど……俺にそんなことできるわけがない」

 

「そうなんだ。でも、『ここ』はそうなることを『望んでる』と思うんだ」


 そしてルカは京介からそっと離れてカウンターへと近づく。

 席に座り、彼はノートパソコンを開いた。


「ルカ」


「ねえ君には願いがあるんでしょ? 彼女に会うっていう」


 言いながらルカはパソコンを操作する。


「確かにそうだけど……ここにいたら会えると?」


「そうなんじゃないかな? 本当かどうかわからないけど。でも」


 ルカは顔を上げてこちらを見た。


「奇跡って、願うから叶うんだよ」


「奇跡……」


 そう呟き、京介はじっとルカを見る。

 本来なら二度と会えるはずのないルカがそこにいる。

 ならば。

 かのんにもいつか会えるのだろうか?

 そんな奇跡、本当に起こるのだろうか?

 京介はカウンターの中へと向かいエプロンを手にする。


「ひとりじゃないんだし、一緒にその奇跡を待とうじゃないか」


 そんなルカの明るい声に、京介は微笑み頷いた。

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