23 ルカでありルカではない
今、京介の目の前にルカがいる。
子供の頃からの友人だから見間違えるわけがない。
けれど、彼は京介を知らないようだった。
「大学生、なんだよね?」
戸惑いを覚えつつルカに問いかけると、彼は頷く。
「そうだよ。今は冬休み中だけどね」
確かにクリスマスを過ぎた頃、大学は休みだったように思う。
その辺は京介の記憶と合致するのに彼は京介を知らない。
ということは、彼はきっと、京介とは知り合わない世界の人間なのだろう。という予測を立てる。
想い出に出会える場所だと、あのマスターは言っていた。
確かにルカは京介にとって想い出の相手だ。再び会いたいと願いていた相手のひとりだ。
でも。
ひとり足りない。
京介が会いたい相手はもうひとりいる。
恋人であるかのん。
彼女はここに現れていない。
なぜいない? ルカがいるのに。
それが京介の心に暗い影を落とした。
その様子に気が付いたのか、ルカが首を傾げて言った。
「どうしたんだい、京介? 浮かない顔をしているけれど」
「いや……それが……」
と言い、京介は言い淀む。
彼は、かのんを知っているんだろうか?
京介を知らないのだから、かのんも知らないのだろか。
そう思いつつも京介はぽつぽつ、と話し始めた。
「俺には会いたい人がもうひとりいるんだ。お前だけじゃなくってもうひとり」
「へえ、それは興味深い。カフェのマスターは、ここに来られるのも一度だと言っていたと思うけど。そうなると君の願いはかなわない、のかな?」
言いながら、ルカはテーブルに肘をついて手を組む。
ルカの言う通りなのかもしれない。
このカフェがいったい何なのかは何にもわかっていないが、想い出に出会えるカフェならばかのんにも会えるのではないだろうか?
けれど京介はここに二度、きている。ならばもしかしたらかのんにも会えるのではないだろうか?
「一度だけ、って言っていたけど……俺がここに来るのは二度目だ。お前だってそうだろう?」
そう問いかけると、ルカは下を俯いた後頷き言った。
「そうだねぇ。正直うろ覚えではあるんだけど……飲んだ記憶のないお茶の味は覚えていて不思議に思っていたんだ」
「俺もだ。飲んだ記憶のないラベンダーティーの味を覚えていた」
京介の言葉に、ルカはぱっと笑顔になり頷いた。
「そうそう、そうなんだよ、京介。匂いっていうのはね記憶と直結するんだよ。だから記憶そのものを忘れていても味の記憶までは消せないんだろうね」
匂いと記憶は直結する。その説明に京介は納得しかなかった。
「さっき、あのカフェのマスターは俺が昨日もここに来たと告げたら渋い顔をしていた」
「ああ、聞いていたよ。『現実から切り離されてしまいますのでお気をつけて』って。それってどういう意味なんだろう」
言いながらルカは首を傾げた。
マスターが言っていたことは余りにも哲学的すぎる気がする。
現実から切り離される。
SF的にもみえるが、そういう意味なのか全く予想ができない。
「でも……ルカに会えたんだ。かのんにも会えるかもしれない」
そう京介が告げると、ルカは微笑み頷く。
「そうだねぇ。ここにはなにやら一定のルールが存在するみたいだけど……もしかしたらそのルールを捻じ曲げる方法、あるのかもね」
そこに飲み物が運ばれてくる。
ルカが頼んだのはレモングラス。京介が頼んだのはカモミールだ。
マスターが去る前に、京介は彼女に声をかけた。
「すみません」
「はい、何でしょうか?」
彼女は微笑み言った。
「ここにこられるのは一度、だけなんですよね?」
京介の問に、マスターは神妙な顔になり頷く。
「そうです。ここに来られるのは一度だけ。会える相手もひとり。だけど……すべてがそのルールの中で動くとは限らない」
と言った。
ということは、例外はある、ということだろう。
「あの、ここに通い続けると現実から切り離される、と言ってましたけど、それってどういう意味ですか?」
京介が問いかけると、彼女は首を振り言った。
「そのままの意味ですよ。ここに通い続けたら現実から存在が消えて、別の世界に旅立つことになります。ルールを捻じ曲げれば、それなりの代償を支払うことになるのですよ」
ルールを捻じ曲げた代償。
それがどういう意味なのか、京介には全くわからなかった。
けれど……その代償を支払えばルカだけではなくかのんにも会える、のだろうか?
京介の胸に希望の花が咲こうとしていた。




