21 喪失
逮捕された犯人は、二十代の男だった。
誰でもよかった。
というわりには被害者の多くは女性で、明らかに弱いものをねらった無差別殺傷事件だ。
しばらくの間、新聞もテレビもその事件をセンセーショナルに伝えた。
最初、被害者の名前は伏せられていたが、結局名前は広まってしまい、遺族の元にはマスコミが殺到。
葬式にも姿を現し、カメラを回す姿を京介も目撃した。
あの日。時計が欲しいなんて言わなければルカは生きられた?
あの日。映画を見に行かなければ、かのんは死ななかった?
何度も繰り返した疑問に、答えなんて出るわけもない。
ふたりが死んだ事実は変わらない。
いくら願っても戻らない。
それでも。
一週間仕事を休んだ後なんとか復帰をしたものの、心に空いた穴を埋めるすべはない。
クリスマス。
レストランでの仕事を忙しく過ごし、夜の町をとぼとぼと歩く。
京介の腕には、あの日、ルカからもらった腕時計が巻かれている。
その時計を見つめ、京介は呟く。
「ルカ……かのん……」
いくら名を呼んでも返事などあるわけがない。
死んだ者は決して帰ってこないのだから。
顔をあげ、アパートへと向かっているとある灯りが目に付く。
住宅街の一画に店がある。
あんなところに店があっただろうか?
不思議に思っていると、背後から女性の声が聞こえた。
「あぁ……やっと見つけた」
驚いて振り返ると、スマホを握りしめた四十過ぎと思われる女性が、そこに立っていた。
その女性に京介ははっとする。
その人は、あの事件の被害者の遺族だ。
テレビで見た記憶がある。
十九歳の娘を失った母親だったと思う。
彼女はそのカフェを見つめ、ぼんやりと呟く。
「これで、娘に会えるのね」
そして女性は、おぼつかない足取りでその店へと向かう。
「ちょ、ちょっと……」
娘に会う?
彼女の娘は殺されたはずなのになぜ?
そう思い京介は彼女の跡を追いかける。
近づいてわかったが、その店はカフェであるらしい。
『想い出に出会えるカフェ』
そう書かれた看板が目に映る。
女性が入っていくのを見て、京介もつられるように中に入る。
店内ではオルガンと思われる音楽が流れていた。たぶん讃美歌だろう。
クリスマスの時期によく聞くメロディーだ。
「いらっしゃいませ」
「すみません、連れが、あとから来ます」
そう言って女性はテーブル席に腰かける。
マスターと思われる女性は、京介の方を見て言った。
「いらっしゃいませ。待ち合わせですか?」
「え? いや……」
そう答えたとき。
背後から扉が開く音がした。
「こんばんは」
聞きなれた、青年の声に京介は振り返りそして、目を見開く。
「ルカ……?」
そこにいたのは、間違いなくあの日に死んだルカの姿だった。
いいや、正確にはもっと前。大学時代の彼の姿だろうか。
彼は京介を見ると、微笑み言った。
「やあこんばんは。僕をここに呼んだのは君?」
その問いに京介は呆然となりつつ頷いた。
死んだはずのルカが、目の前にいる。
何が起きているのかわからないまま、京介はルカと席に着く。
するとすぐに注文を取りに来て、京介はラベンダーティーを注文した。
「僕はレモングラスを」
「かしこまりました」
注文し終えたあと、京介は辺りを見回す。
ここはいったいなんなんだろうか。
いる客のほとんどは世代がバラバラだ。
老人と青年。中年女性と小さな子供。
先程の女性もいつの間にか小学生位の女の子と会っている。
あの女性、連れはあとから来ると言っていたが、あんな子供と待ち合わせていたのか?
とてもではないが、こんな夜の九時過ぎに子供が出歩くなんておかしくないか?
いいや一番おかしいのは今目の前にいる人物だ。
どう見ても、京介が知る双葉流風だ。
けれど彼は死んだはずだ。
なのになぜ、ルカはここにいる?
「君も想い出に会いに来たの?」
そう、ルカに問いかけられてなんといっていいかわからず、京介は曖昧に頷く。
「た、たぶん……」
「そうなんだ。僕はどうやら君に会うために来たらしい」
「君はルカ、なのか?」
「え? うん。僕は双葉流風だよ。君は?」
「京介……神里、京介」
呆然と答えると、ルカはにこっと微笑み言った。
「京介ね。覚えておくよ」
その笑顔も、話し方もルカそのものだった。だけど違和感がある。彼は京介を知っている様子がない。
まるで初めまして、のような対応をしている。
「君は……何歳なんだ?」
「え? えーと……二十一歳だよ」
と、笑顔で答える。
そこに飲み物が運ばれてきた。
「お待たせいたしました」
京介とルカの前に、濃い青のマグカップが置かれる。
京介が頼んだのはラベンダーティーで、ルカが頼んだのはカモミールだ。
京介は、お茶を運んできた女性に声をかけた。
「すみません」
「はい、何でしょうか?」
彼女は微笑み京介を見つめる。
「ここは、いったい何なんですか?」
「ここは『想い出に出会えるカフェ』ですよ。貴方も出会いたい人がいるから来たのでは?」
そう言われ、京介は黙り込む。
確かに会いたい人たちがいる。
ルカと、かのんと。
でも彼らは死んだ。
なのになぜ、死んだはずのルカが目の前にいる?
しかも年齢が違う。ということは過去の彼なのかと思ったが、今目の前にいるルカは、京介の事を知らなかった。ということは、違うルカ。
京介と出会わない世界のルカ、なのだろうかと思い至る。
「ここは想い出に出会い、明日を生きるための場所。でもね、時おりそれすらも放棄してしまう方もいます。ここに来られるのは一度だけですが、もし毎日通うようなことがあれば、現実から切り離されてしまいますのでお気をつけて」
意味深なことを言い、女性は頭を下げて去っていく。
ここに来られるのは一度だけ。という言葉が重くのしかかる。
ルカに会えてもかのんには会えないのだろうか?
あの時、会話すらできず彼女は息絶えてしまった。
「どうしたの、京介」
「い、いや……なんでもない」
ぎこちなく笑って答えて、京介は首を振りマグカップを手にした。




