表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の隠れ家で会いましょう  作者: 麻路なぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/29

21 喪失

 逮捕された犯人は、二十代の男だった。

 誰でもよかった。

 というわりには被害者の多くは女性で、明らかに弱いものをねらった無差別殺傷事件だ。

 しばらくの間、新聞もテレビもその事件をセンセーショナルに伝えた。

 最初、被害者の名前は伏せられていたが、結局名前は広まってしまい、遺族の元にはマスコミが殺到。

 葬式にも姿を現し、カメラを回す姿を京介も目撃した。

 あの日。時計が欲しいなんて言わなければルカは生きられた?

 あの日。映画を見に行かなければ、かのんは死ななかった?

 何度も繰り返した疑問に、答えなんて出るわけもない。

 ふたりが死んだ事実は変わらない。

 いくら願っても戻らない。

 それでも。

 一週間仕事を休んだ後なんとか復帰をしたものの、心に空いた穴を埋めるすべはない。

 クリスマス。

 レストランでの仕事を忙しく過ごし、夜の町をとぼとぼと歩く。

 京介の腕には、あの日、ルカからもらった腕時計が巻かれている。

 その時計を見つめ、京介は呟く。


「ルカ……かのん……」


 いくら名を呼んでも返事などあるわけがない。

 死んだ者は決して帰ってこないのだから。

 顔をあげ、アパートへと向かっているとある灯りが目に付く。

 住宅街の一画に店がある。

 あんなところに店があっただろうか?

 不思議に思っていると、背後から女性の声が聞こえた。


「あぁ……やっと見つけた」


 驚いて振り返ると、スマホを握りしめた四十過ぎと思われる女性が、そこに立っていた。

 その女性に京介ははっとする。

 その人は、あの事件の被害者の遺族だ。

 テレビで見た記憶がある。

 十九歳の娘を失った母親だったと思う。

 彼女はそのカフェを見つめ、ぼんやりと呟く。


「これで、娘に会えるのね」


 そして女性は、おぼつかない足取りでその店へと向かう。


「ちょ、ちょっと……」


 娘に会う?

 彼女の娘は殺されたはずなのになぜ?

 そう思い京介は彼女の跡を追いかける。

 近づいてわかったが、その店はカフェであるらしい。

 

『想い出に出会えるカフェ』


 そう書かれた看板が目に映る。

 女性が入っていくのを見て、京介もつられるように中に入る。

 店内ではオルガンと思われる音楽が流れていた。たぶん讃美歌だろう。

 クリスマスの時期によく聞くメロディーだ。

 

「いらっしゃいませ」


「すみません、連れが、あとから来ます」


 そう言って女性はテーブル席に腰かける。

 マスターと思われる女性は、京介の方を見て言った。


「いらっしゃいませ。待ち合わせですか?」


「え? いや……」


 そう答えたとき。

 背後から扉が開く音がした。


「こんばんは」


 聞きなれた、青年の声に京介は振り返りそして、目を見開く。


「ルカ……?」


 そこにいたのは、間違いなくあの日に死んだルカの姿だった。

 いいや、正確にはもっと前。大学時代の彼の姿だろうか。

 彼は京介を見ると、微笑み言った。


「やあこんばんは。僕をここに呼んだのは君?」


 その問いに京介は呆然となりつつ頷いた。

 死んだはずのルカが、目の前にいる。

 何が起きているのかわからないまま、京介はルカと席に着く。

 するとすぐに注文を取りに来て、京介はラベンダーティーを注文した。


「僕はレモングラスを」


「かしこまりました」


 注文し終えたあと、京介は辺りを見回す。

 ここはいったいなんなんだろうか。

 いる客のほとんどは世代がバラバラだ。

 老人と青年。中年女性と小さな子供。

 先程の女性もいつの間にか小学生位の女の子と会っている。

 あの女性、連れはあとから来ると言っていたが、あんな子供と待ち合わせていたのか?

 とてもではないが、こんな夜の九時過ぎに子供が出歩くなんておかしくないか?

 いいや一番おかしいのは今目の前にいる人物だ。

 どう見ても、京介が知る双葉流風だ。

 けれど彼は死んだはずだ。

 なのになぜ、ルカはここにいる?


「君も想い出に会いに来たの?」


 そう、ルカに問いかけられてなんといっていいかわからず、京介は曖昧に頷く。


「た、たぶん……」


「そうなんだ。僕はどうやら君に会うために来たらしい」


「君はルカ、なのか?」


「え? うん。僕は双葉流風だよ。君は?」


「京介……神里、京介」


 呆然と答えると、ルカはにこっと微笑み言った。


「京介ね。覚えておくよ」


 その笑顔も、話し方もルカそのものだった。だけど違和感がある。彼は京介を知っている様子がない。

 まるで初めまして、のような対応をしている。


「君は……何歳なんだ?」


「え? えーと……二十一歳だよ」


 と、笑顔で答える。

 そこに飲み物が運ばれてきた。


「お待たせいたしました」


 京介とルカの前に、濃い青のマグカップが置かれる。

 京介が頼んだのはラベンダーティーで、ルカが頼んだのはカモミールだ。

 京介は、お茶を運んできた女性に声をかけた。


「すみません」


「はい、何でしょうか?」


 彼女は微笑み京介を見つめる。


「ここは、いったい何なんですか?」


「ここは『想い出に出会えるカフェ』ですよ。貴方も出会いたい人がいるから来たのでは?」


 そう言われ、京介は黙り込む。

 確かに会いたい人たちがいる。

 ルカと、かのんと。

 でも彼らは死んだ。

 なのになぜ、死んだはずのルカが目の前にいる?

 しかも年齢が違う。ということは過去の彼なのかと思ったが、今目の前にいるルカは、京介の事を知らなかった。ということは、違うルカ。

 京介と出会わない世界のルカ、なのだろうかと思い至る。


「ここは想い出に出会い、明日を生きるための場所。でもね、時おりそれすらも放棄してしまう方もいます。ここに来られるのは一度だけですが、もし毎日通うようなことがあれば、現実から切り離されてしまいますのでお気をつけて」


 意味深なことを言い、女性は頭を下げて去っていく。

 ここに来られるのは一度だけ。という言葉が重くのしかかる。

 ルカに会えてもかのんには会えないのだろうか?

 あの時、会話すらできず彼女は息絶えてしまった。

 

「どうしたの、京介」


「い、いや……なんでもない」


 ぎこちなく笑って答えて、京介は首を振りマグカップを手にした。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ