20 最初の物語
二〇二四年十二月。
これは、京介とルカ、かのんの物語。
『あぁ、京介。この間やっと印税が入ったんだ』
電話の向こうのルカが、嬉しそうに語る。
彼が初めての本を出したのは何か月も前だ。
「よかったじゃないか、おめでとう、ルカ」
『あはは、ありがとう。それで京介。クリスマスも近いし、君にプレゼントをあげたいと思うんだけどどうだろう?』
「そんなのいいよ。自分のために使えよ」
そう京介が答えると、ルカは間髪入れず答える。
『いいや、そういうわけにもいかないよ。クリスマスは毎年プレゼントを買っているだろう? だからいつもと同じように希望の品を言えばいいよ』
「そうだなぁ……」
そんなことを言われてもすぐには思いつかない。
「あ……腕時計。使っていたやつがベルト壊れて。新しいのを買うか悩んでいたんだけど」
大学生の入学祝で親に買ってもらったもので、思い入れもあるしどうしようかと悩んでいた。
『あぁ、それはいいね。アナログ? デジタル?』
「こだわりはないけど、電波時計がいいな」
『わかったよ、京介。で、僕の希望だけど、ケーキがいいなぁ』
「価格差大きくないか?」
呆れて言うと、電話の向こうのルカは笑う。
『あはは、そうかもね。でも僕はケーキがあれば幸せだからね』
「わかったよ。一ホール用意しようか」
『じゃあ一緒に食べようか。かのんちゃんも一緒に』
「そうだな」
『じゃあ明日……木曜日に買いに行ってくるよ』
「わかった、楽しみにしてる」
そして電話を切った。
京介がルカに会ったのは小学生の時だ。
中学と高校は違ったが、ずっと縁は切れず、同じ大学に通い、卒業した後もずっと縁が続いている。
明日、一二月一二日は京介も出かける約束をしていた。
高校時代の、ひとつ下の後輩であり、彼女であるかのんとデートだ。
彼女は就職したもののパワハラにあってしまい仕事を辞め、今は駅前の家電量販店で働いている。
京介もレストランで働いているため、デートは平日であることが多かった。
スマホを見れば、とうのかのんからメッセージが届いていた。
『京介! 明日なんだけど、十一時に駅のところのコンビニだよね』
『あぁ、そうだよ。早めのお昼食べて、映画館行く。映画、ちょうどいいのが一時前しかなかったから』
明日はかのんと一緒に映画を見に行く約束をしている。
ルカと電話で話す前に席は確保した。
『そっかー。わかった。明日、また!』
『あぁ、明日』
そう返して、スマホを閉じる。
そしてやってきた、十二月十二日木曜日――
電車の都合上、十時四十分ごろに京介は約束の場所に着いた。
平日の昼間だが、それなりに人通りがある。
きっと、かのんはぎりぎりに着くだろう。そう思い、京介はコンビニに入り飲み物を購入し、それを飲みつつコンビニの前に立つ。
屋根があるとはいえ、吹く風は冷たい。
かのんが来るまであと十分少々はかかるだろう。
その時だった。
どこからか悲鳴が響き、駅の交番に駆け込む人の姿が目に映る。
「きゃー!」
「包丁だ!」
なんていう叫びが遠くから聞こえてくる。
何が起きているのか把握する間もなく呆然としていると、人々が走って逃げてくるのが映る。
京介は走ってきた人に声をかけ、何が起きているのかたずねた。
白い顔をした男は、震えた声で答える。
「む、向こうで包丁を持った男が……ひ、人が、刺されて……」
そしてその男は足早に逃げていく。
交番から警官が走っていくのが見える。
「……かのん……」
呟き京介は、震える手でスマホを取り出し、彼女に電話をかける。
でない。
何度コールをしても出ない。
嫌な予感がする。
心臓が早鐘をうち、心がぎゅっと痛くなってくる。
京介は人々が逃げてきた方向へと走っていった。
「犯人捕まったぞ!」
そんな声が響いてる。
それにサイレンの音が遠くから聞こえてくる。
刺された人は大丈夫だろうか。
途中、うずくまる女性と、その女性に泣きそうな声で声をかける女性の姿が視界に映った。
駅近くのショッピングモール。その前で悲劇は起きたらしい。
漂う血の匂いと、うずくまったり、倒れてる人たち。
のちにショッピングモール前無差別殺傷事件と呼ばれるこの事件で、五人が死に、十人以上のけが人が出た。
京介は倒れる人々の間を歩き、かのんの姿を探す。けれど彼女の姿はない。
そのわかり、見つめたのは仰向けに倒れるルカの姿だった。
いったい何か所刺されたのか。とくとくと流れる血の量から死、という言葉が頭をよぎる。
「……ルカ……?」
呆然と彼の名を呼び、京介は彼へと近づく。
見間違いだと思いたかった。けれどその顔は間違いなくルカだった。
明るい茶色のコートは、何度も見たことがあるものだ。
彼はうっすらと目を開き、いつもの何を考えているのかわからない笑みを浮かべて言った。
「あぁ……幻かと思ったら……京介」
息も絶え絶えに言い、彼はコートのポケットに手を突っ込む。
そして取り出した青い包み紙で包まれた箱を、京介に差し出した。
「よかった……君に会えて」
「ルカ……? なんで……」
言いたいことはたくさんあるのに、言葉にならない。
「あぁ……クリスマスは、迎えられそうにないからでも、これは君にあげられる」
と言い、彼は京介にその箱を押し付ける。
「ルカ……ルカ!」
なんとかその箱を受け取り、京介はルカの手を掴む。
血にまみれた手から、徐々に体温が失われていくのが嫌でもわかる。
「……かのん、見かけたから……彼女の、そばに……」
それだけ言い、ルカは目を閉じてしまう。
「ルカ……」
呼びかけても彼は動かない。
流れていく血液と、冷たくなっていく身体。
京介はルカから受け取った箱を握りしめ、かのんの姿を探す。
まさか……この中にいるのだろうか。
近づくサイレンの音。駅近くの病院の人だろうか。看護師や医師らしき人たちの姿が見える。
「かのん!」
声を上げても彼女の返事はない。
どれだけ動き回っただろうか。
駅から一番離れた場所に倒れる、見覚えのある黒いコートの女性を見つけた。
「かのん……?」
おぼつかない足取りで、ひとりうつ伏せに倒れる彼女に近づく。
黒いコートを着ているせいでけがの状態はわからない。だけど、倒れているし辺りが血がこぼれていることから、彼女が重傷である、という事だけはわかる。
「かのん!」
彼女の身体を抱え上げると、かのんはゆっくりと目を開く。
「きょう……すけ……?」
呻くようにかのんが名前を呼ぶ。
「かのん」
彼女は何かを言いたそうに唇を動かすけれどすっと目を閉じそして、ぐったりとしてしまった。
いったい何を言おうとしたのだろうか。
「かのん」
呼びかけても返事がない。
そこへ救急隊員がやってきて、
「すみません、見せてください」
と声をかけてくる。
京介はそっと彼女の身体を下ろすと、その救急隊員は彼女の身体に触れる。
そしてその手首に何かを巻いた。
それは黒い紙だった。
その意味は京介だって知っている。だけど理解したくなかった。
トリアージ。こういうたくさんの被害者がいる現場では当たり前のものだ。
黒は確か、回復の見込みがない、助からない者。
次々と救急車が来て、人々を手当てしていく。
その様子をなにもできずただ、京介は見つめていた。




