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皇帝の愛したチェス盤

作者: 入多麗夜

実験的に書いた作品です。

「チェックメイトです。」


 梅雪(めいしぇ)の指先が、最後の駒を盤上に滑らせた。


 夜の静寂に包まれた宮殿では、外庭の竹林が風にそよぎ、月光が瓦屋根や朱塗りの柱を淡く照らし出している。夜露に濡れた石畳が光を反射し、まるで星が地上に降りたようだった。


 その中心にそびえる玉楼殿は荘厳で、重厚な木製の扉が静かに閉ざされ、守衛たちが昼夜を問わず配置されている。大広間を抜け、絢爛な廊下の先に皇帝の寝室が控えていた。


 寝室へ続く廊下には白磁の壺や絹製の掛け軸が並び、奥へ進むごとに静寂が深まり、周囲の音が遠ざかっていく。黒檀の扉を開くと、朱塗りの柱が天井まで伸び、壁には名画が飾られ、足音が消えるような分厚い絨毯が敷かれた広々とした部屋が広がっていた。


 窓際には精巧な竹細工の机と椅子が置かれ、皇帝はその傍らの寝台に静かに座していた。彼の端正な顔立ちと澄んだ瞳は、若さに似合わぬ冷静さを湛え、深紫と金の刺繍を施した衣装が、その若き皇帝の威厳を引き立てている。


 彼は寝台に寄りかかりながら、笑みを浮かべ、手を止めた。


 「まさか、ここまで追い詰められるとは思わなかった。流石だな、梅雪。」


 皇帝は軽く肩をすくめ、盤上の駒を見つめた。


 彼は軽く肩をすくめ、盤上の駒に目を落とす。王は彼女の巧妙な一手で完全に動きを封じられ、最後の駒も無力だった。ため息をつくと、そっと駒を倒し、敗北を認めた。


 「君は、ほんの少しの隙も見逃さなかったな……やはり、負けるべくして負けたか。」


 敗北を悔しがる様子もなく、むしろ彼女の判断力に驚嘆しているようだった。


 「私は、行商人の娘で、旅の途中で生まれた身です。チェスは、父から教わりました。」


 皇帝は微笑み、倒れた駒を指でなぞりながら静かに語った。「勝つために攻める者、慎重に守る者、先を読み策を巡らせる者――盤上の戦いには、そのすべてが反映される。」と。


 「陛下のおっしゃる通りです。チェスは私たちの生き方を映し出します。勝ち負けだけでなく、相手を理解し、自分を見つめ直すきっかけになります。」


 「チェスを持ち込んだ其方の父に感謝せねばな。」


 と皇帝は笑う。


 チェスは梅雪の父・柳清(りゅうせい)が持ち込んだもので、今や庶民から貴族まで広く親しまれていた。庶民には手軽な娯楽として、貴族には知性を磨く競技として受け入れられ、皇帝と梅雪の対局も、ただの遊戯ではなく互いの心を読み解く静かな戦いであった。


 梅雪と皇帝の対局もまた、ただの娯楽ではなかった。彼らにとって、それは知性と感情が盤上で静かに交錯する戦いであり、互いの心を読み解く心理戦であった。


 「次も楽しみしている。」


 梅雪は皇帝の言葉を受け、静かに頭を垂れた。


 「はい、陛下。」


 梅雪は皇帝の言葉に静かに頭を垂れ、駒を片付け始めた。彼女もまた、このゲームが宮廷内で重んじられていることに感慨を抱いていた。


 「その一手は、時に慎重であるべきだが、時には大胆な策を選ばねばならぬ。この国もまた、そうであるべきだろう。」


 皇帝は、チェス盤を見つめながら言う。その目は、帝国の未来と重ね合わせているようだった。


 梅雪はその言葉に耳を傾けながら、皇帝の真意を理解しつつあった。まるで皇帝はチェスを国の未来を見据えるための縮図のようなものと考えていたのだ。


「玉楼殿も、随分と変わったものだな…」


 皇帝はどこか懐かしさを帯びた声でつぶやいた。


「私がここに来たのは、まだ幼かった頃だ。父が急に崩御し、何の準備もなく帝位に就かざるを得なかった。振り返れば、本当に何もかもが急だった。」


「……左様ですか。」


 皇帝は知性と洞察力に優れ、冷静な決断力で評されていたが、その裏には若き王としての孤独と重責が常に付きまとっていた。


 玉楼殿には多くの侍女が集い、美しさと教養を磨き競い合っていたが、皇帝が誰かと共に過ごすことはなかった。彼の心は常にどこか冷めていた。


 梅雪は、行商人の娘として各地を旅し、異国の文化や習慣を学び多くの知識を得た。父からチェスを教わり、その戦略性と複雑さに魅了された。チェスは、商売や人間関係、戦争にも通じると父から教わった。


 そんな彼女が宮廷に召し抱えられたのは、献上したチェスが大いに気に入られたからだろう。梅雪は皇帝の侍女としてではなく、チェスの対局相手として特別な存在となっていた。


 しかし、梅雪にとって旅の生活は決して平坦ではなかった。行商人の娘として生まれた彼女は、常に不安定な生活を送り、安定した場所に根を下ろすことができなかった。父と共に歩む旅路は、厳しい自然や未知の土地、時には危険な道のりを越えるものでもあった。しかし、その過酷な経験こそが梅雪に強い意志と冷静な判断力を与え、彼女を成長させた。


 そんな彼女が宮廷に召し抱えられたのは、献上したチェスが大層気にいったからなのだろうか、宮中では梅雪はただの侍女としてではなく、皇帝とチェスの相手をする存在となっていた。






* * *






 宮殿の深奥、政務が執り行われる「朝議殿」。広大な空間には朱塗りの柱がそびえ、豪華な絨毯が敷かれ、天井には龍の文様が彫り込まれている。玉座の前に並ぶ官員たちが緊張感を漂わせながら整然と立っていた。


 この日、朝議殿には、皇帝と宰相・嵇廉(きれん)が向かい合っていた。嵇廉は一礼し、厳かな口調で口を開いた。


 「陛下、僭越ながら申し上げます。」


 殿内に響くその声に、他の官員たちは一斉に耳を傾けた。


 「どうしたのだ、嵇廉。」


  皇帝は問いかけ、嵇廉の目をじっと見つめた。


 「陛下、後宮の件に関し、一つご進言申し上げたいと存じます。」


 「後宮?何か問題か。」


 「陛下、あの梅雪という者をお側に置かれるのは、ご再考いただきたく存じます。彼女の身分はあまりに低く、後宮にふさわしくありません。」


 声を荒らげたのは、宰相・嵇廉だった。


 宰相・嵇廉は、端正でありながらどこか冷徹な印象を漂わせる男である。黒髪はきっちりと結い上げられており、几帳面さが見える。


 彼の顔立ちは細身で、頬骨が少し浮かび、どこか陰のある雰囲気を漂わせていた。深みのある色合いの衣装が重厚さを醸し出しつつも、派手さを抑えたデザインが、権力者としての威厳と品位を示している。


 彼は、皇帝の側近くに身分の低い者がいることが、後宮や皇帝の評判を損なうと考えていた。そして、彼の望みは娘の嵇雪(きせつ)を后妃の一人として迎え入れることであった。


 彼にとって、行商人の娘である梅雪が皇帝の寵愛を受けていることは計画の障害でしかなかった。


 しかし、皇帝は嵇廉の言葉を一蹴した。


 「嵇廉、私が誰を信頼し、誰を側に置くかを決めるのは、私の権限だ。そのことを忘れているのか?」


 「陛下、どうか御賢察ください。後宮には、陛下にふさわしい者たちが数多くおられます。そのような方々を差し置いて、あの者を特別視されるのは……」


 皇帝は嵇廉の言葉に耳を貸さず、不快感を抑えつつ朝議殿を後にした。広間には皇帝の足音が響き、他の官員たちは息を潜めて見守るばかりだった。嵇廉は屈辱に眉をひそめながらも、表情にはそれを表さなかった。


 嵇廉は深々と頭を垂れたまま、皇帝が去っていくのを待っていた。彼の表情には屈辱と焦燥が交錯していたが、それを表に出すことは無かった。


 殿の扉が閉まると同時に、朝議殿に重苦しい沈黙が訪れた。宰相は静かに顔を上げ、皇帝の背中が消えた方向を無言で見つめながら、内心の思惑を巡らせていた。


 皇帝は朝議殿を出て、廊下を一人で歩いていた。彼の足取りはどこか重いようであった。


 確かに、嵇廉のいう通りであった。皇帝はまだ若すぎる上に婚姻を結んでいなかった。政略結婚として誰かを迎え入れるのは、確かに国政を円滑にするための道筋かもしれない。


 しかし、それだけで本当に良いのか――それが、彼の望む未来なのか。


 皇帝は、最も親しい関係にあった梅雪の顔が自然と浮かんだ。


 梅雪はただの侍女であり、身分も決して高くはなかった。だが、彼女が持つ内面的な強さは、皇帝にとって強く印象に残っており、彼女がチェスを通じて見せた冷静な判断力、そして無駄な一手を打たないという彼女の考え方は、皇帝の心に響いていた。


 彼女をどうにか妃として迎え入れたい。


 初めて、その思いが皇帝の心に強く芽生えた。しかし、彼女の身分が低いため、臣下たちの反発は当然であった。臣下が黙っているはずがない。


 だが、皇帝はそれでも決意を固めた。梅雪のような賢く、芯の強い女性こそが、彼の側にいるべき人だと確信していた。






* * *






 夜、皇帝は玉楼殿の寝室へと戻ると、梅雪はいつものようにチェス盤に向かって座っていた。皇帝の訪れに気づくと、彼女は微笑んで頭を下げた。


 「陛下、ようこそお戻りで。」


 皇帝は彼女の前に腰を下ろし、無言で駒を並べ始めた。その様子を見て、梅雪は何か心配事があるのではないかと感じたが、あえて何も言わず、彼の動きを見守った。


 しばらくの沈黙の後、皇帝が口を開いた。


 「梅雪、そなたに相談したいことがある。」


 「私何かで良ければどうぞ、陛下。」


 皇帝は駒を一つ手に取り、それを見つめながら言葉を選んだ。


 「今、我が臣下と意見が対立しているのだ。彼らの解決策は私の考えと相容れぬ。」


 皇帝は、チェス盤に目を落としながら静かに語った。彼が直接「后妃」や「婚姻」を口にすることはなかった。


 しばらくの沈黙の後、梅雪が静かに口を開いた。


 「政治……ですか。私は政治に詳しくありませんが……陛下、もしチェスで決めたらどうでしょうか?」


 皇帝は少し驚いた様子で梅雪を見つめた。


 「チェスで決める、だと?」


 「はい。チェスは知恵と戦略を試す場です。勝者が進言の資格を得る、というのも一つの方法かと。」


 皇帝は梅雪の言葉を聞いてしばらく沈黙していたが、やがて微笑みを浮かべた。


 「チェスで国の問題を解決するか……それは面白い考えだな。」


 皇帝は微かに笑いながら、盤上の駒を見つめた。


 「良い策であるな。思わぬ所に良き知恵があるものだ。」


 皇帝は盤に手を伸ばし、駒を一つ動かす。


 「だが、現実は盤上の戦いほど明快ではない。敵も味方も、すべてが見えているわけではないのだ。」


 皇帝は駒に目を向けたまま、ふと真剣な表情を梅雪に向けた。


 「梅雪、もしそなたがこの国を導く立場にあったならば、どう戦う?」


 「ただの侍女に過ぎませんが、私なら……」


  梅雪はチェスの駒を1つ動かす。


「重要なのは、自らの駒を信じ、最善の策を選び抜くことが肝心かと存じます。」


「最善の一手か……梅雪らしい答えだ。」


 そして、二人は再びチェス盤に向き合い、静かな夜の中で駒を動かし続けた。時折、駒の音が小さく響く以外、言葉少なに対局が進んでいった。






* * *






 翌朝、朝議殿に入ると、臣下たちが整然と並び、皇帝の到着を待っていた。皇帝はいつものように玉座に座り、集まった官員たちに視線を向けた。


 「昨晩、私は一つの解決策を見出した。」


 静寂の中、全員の視線が皇帝に集中した。皇帝はしばし間を置き、言葉を続けた。


 「我が臣下よ、時に意見の対立は避けられぬ。しかし争いを続けるだけでは国は進まぬ。知恵と戦略で最も優れた者が進言する機会を得るべきだ。」


 臣下たちは驚いた表情を浮かべ、互いに顔を見合わせた。皇帝の提案は予想外のものであったが、彼の決意は揺るぎなかった。


 「チェスだ。」


 皇帝は穏やかな声で言った。


 「チェスで知恵と戦略を尽くし、最も優れた者に進言の資格を与える。」


 その言葉に、殿内は一瞬、静まり返った。臣下たちは驚きと戸惑いの表情を隠せなかったが、皇帝の言葉には力強さがあった。


 「もちろん、これは一つの案にすぎぬ。」


 殿内は再び静寂に包まれ、臣下たちは皇帝の言葉を慎重に考え始めた。嵇廉もまた、眉をひそめながらその提案の真意を探ろうとしていた。


 「チェスで国の運命を決めるなど、前代未聞のことではありますが……」と、一人の官員が恐る恐る声を上げた。


 「国の未来を見据え、知恵と戦略を尽くす者こそが、この国を導くにふさわしい。言葉ではなく、行動と知恵で証明せよ。来週、対局を始める。勝者は私と対局し、勝つことができれば、その者の進言を受け入れる。しかし私が勝てば、私の望みを聞き入れて貰おう。」


 皇帝の眼差しには確固たる意志が宿っていた。臣下たちは一様に口を閉ざす。嵇廉も、内心の反発を抑えながら一礼した。


 「陛下のお考え、しかと承りました。」


 殿内の空気が徐々に落ち着きを取り戻す中、皇帝は再び玉座に深く腰を下ろし、冷静な声で締めくくった。


 「国の未来は知恵と戦略で切り開く――その心を忘れることなく、各々、最善を尽くせ。」


 その後、朝議殿にいた臣下たちは皇帝の言葉を重く受け止め、静かにその場を去った。彼らの表情には驚きと戸惑いが入り混じっていたが、誰も口に出して反論する者はいなかった。


 朝議殿を出た一行は、無言のまま広い廊下を歩いていた。今だに重苦しい雰囲気が漂っており、誰もが自らの考えを胸に秘めていた。装飾の施された廊下には、重々しい足音だけが響き渡っている。


 やがて、宰相・嵇廉が足を止め、集まった臣下たちに振り返って鋭い声を放った。


 「陛下がチェスで国の行方を決めるだと? 一体何事だ! 誰がこのような愚策を唆したのか。」


 その言葉には、苛立ちを超えた強い不満が込められていた。彼は、他の臣下たちを鋭く見つめ、誰かが答えるのを待っているかのようだった。だが、誰もすぐには口を開かず、その場の空気は一層緊張を帯びていった。


 その沈黙を破ったのは、兵部尚書の范智(はんち)だった。


 彼は端正な顔立ちに整えられた短い髭を蓄え、鋭い眼差しで周囲を見渡していた。


 范智の姿勢は常に堂々としており、豪奢ではないが上質な装束を纏い、その立ち姿には自然と人を圧倒する威厳が感じられた。


 彼は嵇廉の背後で軽い笑い声をあげ、肩をすくめながら前へ進み出た。


 「何が面白いんだ、范智。」


 嵇廉が振り返り、苛立たしげに言い放った。しかし、范智はその怒りをまるで意に介さず、むしろ楽しんでいるような態度を見せた。


 「おやおや、宰相殿。そんなに苛立たれては、陛下に対しての不敬が伝わるやもしれませんな。」


 嵇廉は范智を睨みつける。他の臣下たちは、言葉を発することなく、ただ二人のやり取りを見守っていた。


 「范智、これは国政の問題だ。遊戯の話ではない。」


 嵇廉の声は冷え冷えとしていたが、范智はそれに対しても軽い笑みを浮かべ続けた。


 「遊戯? いやいや、皇帝陛下の仰る通りチェスは知恵と戦略を競うものだ。むしろ、国の行方を決めるにはぴったりではないか、宰相殿。」


 范智はさらに歩を進め、嵇廉に向かって言葉を重ねた。


 「策を練るのは宰相殿の得意分野だろう? むしろ、このような場でこそ力が発揮されるのではないかと私は思うがね。」


 范智は余裕のある笑みを浮かべる。


 兵部尚書の范智は、表向きは軽妙な態度を取ることが多かったが、実際には皇帝の忠臣であり、己の部下を巧みに操り、六部の中でも強い影響力を持っていた。彼は兵部を中心に、各部門の要職に自らの部下を配置し、その実力を持って六部全体を事実上支配しているかのようであった。


 范智の権力は、表向きには見えないが、その手中にある情報と人脈によって、他の臣下たちの動きを把握し、必要な時には即座に対処する力を備えていた。彼は、皇帝の信頼を得ているだけでなく、巧みに権力を行使し、皇帝のために働きながらも、自らの地位をさらに盤石なものにしていった。『宮内、范智無くして政治在らず』とまで言われていた。


 「まぁ、私は参加しませんがね。別件で皇帝陛下直々の命があるので。宰相殿は参加しないとまずいのでは?」


 その言葉に、嵇廉の眉がわずかに動いた


 「何を言っている。私は国政の責務を全うする立場だ。遊戯に興じている暇などない。」


 「ですが、宰相殿。これは皇帝陛下の『勅令』ですぞ。参加された方が良いのでは?それに勝者が進言する資格を得るとなれば、国の未来を左右するのは、その宰相殿が仰る遊戯の結果ということになります。今後の地位の為にも参加しないわけにはいかないでしょう?」


 「陛下のお考えがどこまで本気かはわからぬが……」


 嵇廉は言葉を濁したが、その声には明らかに焦りが滲んでいた。彼は内心、皇帝の意図を探りつつも、どう動くべきか決断しかねていた。


 范智はその様子を見て、愉快そうに小さく笑った。


 「まぁ、宰相殿のご判断次第ですが、時に賭けに出るのも悪くないかもしれませんよ。」


 范智は嵇廉の反応を見て、満足そうに笑みを浮かべると、軽く礼をしてからゆっくりとその場を去っていった。


 「范智め……好き勝手言いやがって……」


 范智が去った後も、嵇廉の拳は強く握られたままで、彼の心中に渦巻く苛立ちと焦燥が顔にはっきりと表れていた。






* * *






 皇帝は、今日も寝室で梅雪とチェスを指していた。


 だが、今夜の梅雪はどこか普段とは異なっていた。彼女の顔には異変があり、片側が腫れていて、表情もいつもの冷静さを欠いている。皇帝はその違和感にすぐに気づいたが、何も言わずに駒を動かし続けた。しかし、心の中では不安が次第に膨らんでいき、皇帝は耐えきれず声を出した。


 「梅雪、どうしたのだ?顔が腫れているようだが、誰かがやったのか?」


 彼はじっと梅雪の顔を見つめた。いつも冷静で毅然としている梅雪の、その変わり果てた表情に彼の胸は痛んだ。


 梅雪は一瞬視線を逸らし、軽く唇を噛みながら答えた。


 「……申し訳ございません、陛下。大したことではございません。」


 その声は落ち着いていたが、どこかに迷いが感じられた。皇帝はそれを見逃すことはなかった。彼は眉をひそめ、苛立ちを隠しきれないまま、さらに問い詰めた。


 「大したことではない?そのようなことがあるものか。チェスをやっていれば分かることだ。誰がやったのか、正直に言うのだ。」


 彼は立ち上がり、チェス盤を挟んで梅雪に近づいた。その眼差しには、梅雪を傷つけた者への激しい怒りが宿っていた。彼にとって、彼女はチェスを通して深い信頼を寄せる特別な存在であった。だから梅雪に手を出した者がいるならば、それは許すべきではない。


 しかし、梅雪は再び視線を落とし、静かに首を振った。


 「陛下、私は何も申し上げられません。どうかお許しください。」


 その言葉に、皇帝は一瞬言葉を失った。彼女がこれほどまでに拒む理由が理解できず、彼の中で怒りが再び燃え上がった。彼は一歩前に進み、声を荒げることなく、だが重々しく言った。


 「言えぬのなら、私がその者を探し出して罰するまでだ。私に何が起きたのか、真実を話すべきだ。」


 彼の声には、梅雪を守りたいという強い意志と、真実を知ることへの執念が込められていた。しかし、梅雪は皇帝の強い眼差しを受けながらも、その視線を避けるように静かに目を伏せた。


 「どうか、陛下…そのようなことはお控えくださいませ。」


 皇帝はため息をつきつつも、梅雪の言葉の裏に隠された覚悟と哀しみを感じ取っていた。彼女がなぜ真実を語ろうとしないのか、その理由が彼の胸に静かに重くのしかかってくる。


 「……そうか。」


 皇帝は再び椅子に腰を下ろし、静かにため息をついた。そして、チェス盤の上の駒を手に取りながら、再び考え込んだ。


 彼女に何が起きたのか。それは後宮内での熾烈なイジメであった。


 次の皇后の座を狙う者たちの対立が激化していた。その中で梅雪の存在が、彼女たちにとっては脅威となっていた。身分が低くても、皇帝の信頼を得ている梅雪は、後宮の中で特別な立ち位置にあった。その存在が、宰相・嵇廉の娘である嵇雪を中心に、他の侍女たちの嫉妬と敵意を招いていたのだ。


 嵇雪は梅雪を、後宮での自らの地位を脅かす存在として認識していた。皇帝の信頼を得ている梅雪が后候補となる可能性が浮上することは、嵇廉の計画にも支障を来す恐れがあった。彼女たちはその嫉妬心と恐れから、直接手を下すことなく、周囲の侍女たちに指示を出し、梅雪を精神的にも肉体的にも追い詰めていった。


 最初は、梅雪の身の回りの物がなくなる、衣服が切り裂かれるといった些細な嫌がらせが続いていた。しかし、それが徐々にエスカレートし、やがて彼女の食事に異物を混ぜるなど、危険な行為へと発展していった。さらには、梅雪が一人になると突き飛ばされたり、殴られたりと、彼女の体にも傷を残すような攻撃が加えられるようになった。


 しかし、梅雪は誰にもその事実を告げることなく、黙って耐え続けていた。


 「梅雪、少しの間、私のところに来るのを控えた方が良いだろう。後宮を離れ、兵部尚書の范智を頼りに身を隠しておけ。」


 梅雪はその言葉を聞いて一瞬驚き、しかしすぐに表情を引き締め、頭を下げた。


 「……陛下のお心遣い、感謝いたします。しかし、私をこうも特別扱いされても、かえって周囲の反発を招くのではないかと恐れます。」


 梅雪は、皇帝の言葉に込められた強い思いを感じ取り、心の中で複雑な感情が交錯していた。彼女を守ろうとする彼の真摯な気持ちが痛いほど伝わる一方で、低い身分の自分がこのように特別扱いされることで、皇帝に余計な重荷を背負わせてしまうのではないかという不安もあった。


 「そなたのことを守るためなのだ。」


 その一言に、梅雪の心は揺れた。皇帝の目には、決して揺らがぬ決意と、彼女を大切に思う強い感情が浮かんでいる。身分の違いを重んじてきた彼女にとって、皇帝がここまでしてくれることが信じられないと同時に、嬉しさと戸惑いが入り混じった複雑な思いが胸を締めつけていた。


 「陛下……私はただの侍女であり、身分の低い者です。私を守るために、このような犠牲を払わせるわけにはいきません。それでは、陛下にもご迷惑がかかるでしょう。」


 「迷惑など気にするな。今は一時の安全を確保しなければならない。後宮の他の者たちがどれほど陰湿であるか、そなたも十分に知っているだろう。」


 梅雪は一瞬言葉を失い、やがて静かに頭を下げた。


 「……畏まりました、陛下のご意志に従います。」






* * *






 数日後、梅雪は皇帝の指示に従い、ひとまず後宮を離れることになった。彼女は皇帝から身を隠すよう命じられ、兵部尚書・范智を頼りにへ身を寄せることとなった。


 「ありがとうございます。范智様……」


 「いえいえ、私は構いませんよ。しかし、皇帝がこのような方を選ぶとは……実に面白いですねぇ。」


 「陛下にとって私はただの侍女でしかありません。私のような者がこのような場に身を置くこと自体、畏れ多いことと承知しております。」


 范智は彼女を見つめ、柔らかい微笑みを浮かべた。


 「謙遜される必要はありませんよ、陛下があなたを選ばれたのは、ただの侍女であるからではない。むしろ、あなたの聡明さと強い意志が陛下の心に響いたのでしょう。」


 「……私にはもったいないお言葉です。」


 梅雪は静かに答えたが、その胸の内にはさまざまな感情が交錯していた。范智の言葉が心に深く刻まれ、皇帝に対する自らの想いが、改めて鮮明に浮かび上がる。しかし同時に、身分の低い自分がこの場にいることの儚さも強く感じた。


 「しかし、陛下がこのような形であなたを選択されたことには、やはり特別な意味があるはずですな。」


 皇帝が彼女を守るために選んだ道が、単なる配慮以上の意味を持つことを理解しつつも、彼女の心にはまだ揺るぎない確信には至らぬ不安が残っていた。范智が伝えようとする真意に戸惑いながらも、梅雪は感謝の念と共に深く頭を垂れた。


 「范智様、ご迷惑をおかけすることのないよう、ここでお世話になる間は心して務めます。」


 范智はその彼女の覚悟を汲み取り、静かにうなずいた。


 「まあまあ、梅雪殿。お茶でも飲んでおくつろぎください。これから先、色々と考える時間は長いでしょうから。」


 范智は穏やかに促し、梅雪のために静かに茶を注いだ。その仕草はどこか気遣いがあった。


 梅雪は、心を落ち着けようと茶を一口含んだ。


 しかし、どうしても心のざわめきが収まらない。彼女はそっと顔を上げ、ためらいながらも、自らの不安を口にした。


 「范智様、もし……私の身分が低いために周囲の者が陛下に対して反感を抱くようでしたら、やはり私は後宮に留まるべきではないのかもしれません。」


 「ふむ、そうでしょうかねえ。」


 范智は、静かに茶をすすりながら、梅雪の問いを少しも驚くことなく受け止めた。その目は穏やかで、どこか全てを見通しているような余裕があった。


 「人は皆、身分という殻に囚われやすいものですが、あなたが今ここにいるのは、何かを陛下が見出したからこそでしょう。まるで、磨いた石が宝になるように。」


 「陛下はただ、私のチェスの技量に関心をお持ちになられているだけかもしれません」


 范智は彼女の言葉に苦笑し、肩を軽くすくめた。


 「あまりに謙遜が過ぎますな。陛下が見ているのは、あなたのチェスの腕だけでなく、その先にある何かです。侍女以上のものを感じ取られているのでしょう。」


 「……では、もし私が皇帝陛下にとって特別な存在であったとして、それは……どうあるべきなのか、私にはわかりません。」


 范智は茶碗を置き、穏やかな口調で答えた。


 「その答えを見つけるのはあなた自身ですよ。そして、答えは決して急ぐものではないと思いますがね。今は皇帝の御心を思い、その信頼に応えることだけを考えるべきでしょう」


 梅雪はしばらくの間、静かに茶碗を見つめながら、范智の言葉の重みを噛み締めた。


 「まぁ、いずれ貴方が皇帝の后になった時には、どうか私のこともお忘れなく。」


 と范智は含み笑いを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。彼は軽く衣の裾を整え、余裕を漂わせながら静かに部屋を後にした。


 後に後宮では、梅雪の突然の失踪が密かな話題となっていた。彼女が何者かに誘拐されたのか、あるいは自ら後宮を去る決意をしたのか、真相は不明のままで、様々な憶測が飛び交っていた。


 一部の侍女たちは、梅雪の不在を案じ、日々の生活の中で淡い不安を抱きながら、彼女が戻ることを祈っていた。


 しかし一方で、梅雪が姿を消したことで、自分たちの地位や立場が脅かされることなく安泰であると、密かに安堵の息をつく者も少なからず存在した。


 そのような反応が交錯し、いつしかその話題は広がりに広がって、梅雪の失踪が何を意味するのか、噂は次第に後宮の隅々にまで行き渡っていった。





* * *






 一週間後、宮殿の大広間には、参加を決めた臣下たちが続々と集まり始めていた。この広間は通常、帝国の重要な行事や儀式が行われる場所であり、天井には繊細な彫刻が施され、龍や鳳凰の姿が豪華絢爛に描かれている。朱塗りの柱が堂々と立ち並び、その奥には黄金の刺繍が施された絹の掛け軸が飾られ、場に荘厳な雰囲気を漂わせていた。


 石畳に敷かれた厚手の絨毯は、静かに歩く者の足音を吸い込み、広間に漂う緊張感をさらに強調していた。部屋全体は高窓から差し込む朝の光で照らされており、神秘的な 輝きを放っていた。


 玉座には皇帝が既に座しており、その姿はまさに堂々たるものだった。皇帝の衣は紫の絹で仕立てられ、肩から胸元にかけて黄金の刺繍が施されている。その視線は集まった者たちを冷静に見下ろし、微かな笑みとともに確固たる意志を秘めていた。


 彼の一挙手一投足には、若き統治者としての威厳がにじみ出ており、臣下たちにとって畏怖の念を抱かせる存在であった。


 宮廷の重臣たちは、それぞれ席に座り、静かに息を潜めていた。


 兵部尚書の范智は余裕のある表情を浮かべ、他の臣下たちを一瞥しては、軽く肩をすくめていた。


 一方、宰相・嵇廉は少し緊張した面持ちで、鋭い目つきで広間を見渡しながら、いつでも動けるようにと背筋を伸ばしていた。


 その日、広間に用意されたのは、異国から持ち込まれた幾つものチェス盤だった。各チェス盤は職人の手によって精巧に作られたもので、黒檀や象牙を用いていた。駒の一つ一つは細やかな彫刻が施され、盤上に置かれるたびに光を反射してきらめいていた。


 皇帝は、広間に集まった臣下たちに厳かな視線を送り、重々しく口を開いた。


 「我が臣下たちよ、この対局で知恵と戦略を尽くし、我が国の未来を導く覚悟と誠意を示せ。ここに誓おう、試合を勝ち抜き、私を打ち負かす者の進言を必ず受け入れると。」


 広間は張り詰めた空気に包まれ、全員の視線が盤上に集中していた。開始の合図とともに、各々のチェス対局が静かに幕を開けた。


 各対局は次第に熱を帯び、駒を動かす音や、時折聞こえる静かなため息が交錯する。限られた時間の中で最善の一手を考え抜き、盤上に展開する戦略の緻密さは、まるで『小さな戦争』のようであった。


 皇帝はその光景を静かに見守っていた。広間には、静寂と緊張が漂い、ただ駒を動かす音とわずかな呼吸の乱れが響き渡っているだけだった。


 宰相・嵇廉は、今回の大会のために密かに周囲の重臣たちと徒党を組んでいた。彼はただ勝つことを目指すのではなく、己の影響力を盤上で確実なものとするために。


 嵇廉は時折、対局の合間に目を閉じ、自らの策が次第に形を成していくのを感じ取っていた。


 彼の目論見通りに事が進めば、嵇廉は皇帝との対局に臨み、勝利すれば、自身の影響力を確立し、帝国の中枢で揺るぎない地位を築く絶好の機会となるのだ。


 嵇廉の胸の内には、深い策謀が静かに燃えていた。彼が 望むのは、 嵇雪を皇帝に嫁がせ、そしてその間に子を産ませる事だった。次代の皇帝が彼の孫であるという事実は、誰もが嵇廉に逆らえぬ確固たる立場を築く。


 「今の皇帝をあくまで表向きに留め、その地位を守るふりをすればよい。時機を見て皇帝を消せば、残るは血を引く孫…」


 心の中で嵇廉は冷静に計算を繰り返していた。その子を傀儡として支配すれば、真の権力は嵇廉の手中にあり、誰もその支配を覆せぬと確信していた。


  ――後は、この対局で皇帝に勝つだけ。


 各対局が進む中、嵇廉は忠実な部下たちを巧妙に配置し、挑んだ者たちは次々と敗北を喫した。嵇廉の策は巧妙に働き、広間には最後に彼一人だけが残った。


 彼は冷静な表情の裏で静かに満足の笑みを浮かべ、確信していた。


 本当の勝利とは、盤上の駒ではなく人を動かすことにあると。嵇廉にとって、重臣たちがまるで自分の駒であるかのように動き、勝ち筋を譲らせていく様は計画通りの成果だった。


 皇帝は重々しく立ち上がり、審判を務めるべく范智に進み出るよう命じた。范智は一歩前に出て、両者に向き合い、静かに尋ねる。


 「陛下、宰相殿、双方の望みをここで明らかにしていただきましょう。」


 嵇廉は一歩前に進み、自信に満ちた表情で声高らかに宣言した。


 「私の望みはただ一つ。我が娘、嵇雪を后として迎え入れることです。」


 広間の一角に、嵇雪の姿があった。


 彼女は深紅の絹をまとい、その上には繊細な刺繍が施された薄い金糸の帯が巻かれていた。薄暗い光の中でも、絹の衣が柔らかな光沢を放つ。黒髪は美しく整えられ、玉簪が揺れるたびに、微かな音が響く。端正な顔立ちは何かを企んでいるかのように冷ややかで、眼差しには彼女の内に秘めた覚悟と野心がうかがえた。


 皇帝は嵇廉を見据えたまま宣言する。


 「私の望みもまた一つだ。梅雪を后にすることを皆に認めさせて貰おう。」


 梅雪は、広間の皆の背後から静かに現れた。その姿は誰にも気づかれぬようにしとやかで、まるでそっと忍び寄るようだった。


 その姿は、豪華な装飾に彩られた広間の中でもひときわ控えめで、彼女の持つ柔らかな美しさが際立っていた。彼女の衣装は、淡い藍色の絹で仕立てられ、袖や裾には繊細な刺繍が施されている。その刺繍はまるで夜空の星々のように、光を受けて細やかに輝いていた。


 「まさか、あの梅雪がここに現れるとは…」


 「皇帝のお気に入りと聞いてはいたが、正式な場に姿を見せるとは一体…」


重臣たちはざわめきを抑えきれず、互いに囁き合いながら目線を交わした。侍女たちも驚きと好奇の混ざった視線を梅雪に送り、広間の空気は次第に不穏さを帯び始めていた。しかし、梅雪は静かにその場に立ち尽くし、ざわめきに惑わされることなく、落ち着いた表情で前を見据えていた。


 范智は一歩前に進み、広間に響くようにゆっくりと手を掲げ、集まった者たちが静まり返るのを確認し宣言した。


 「これより、皇帝陛下と宰相・嵇廉の対局を始める。」


 彼の声は広間に響き渡り、緊張がさらに高まった。范智は冷静に両者を見渡し、深々と頷くと、静かに手を下ろして合図をした。


 対局が始まると、皇帝と嵇廉の間には緊迫した沈黙が広がった。広間の空気は凛と張り詰め、ただ駒を指す音だけが静かに響き渡る。皇帝は冷静な面持ちで盤上を見据え、一手一手慎重に駒を動かしていく。彼の目には王としての威厳が宿り、その手つきには決して焦りが見られなかった。


 一方、嵇廉は鋭い眼差しで盤面を睨みつけ、隙を狙うように次々と駒を繰り出していった。彼の手は巧妙でありながらもどこか強引さを伴い、相手の動きを封じようとする執念が垣間見えた。嵇廉は、周到に練り上げた策を駒に込め、皇帝を追い詰めようと動いていく。


 盤上には、次第に緻密な戦略が交錯し、二人の智略がぶつかり合う。臣下たちは息を潜め、わずかなミスも許されぬ対局の様子に目を見開き、皇帝と宰相の勝負の行方を見守っていた。


 対局が進むにつれ、皇帝と嵇廉の間には一層の緊張が漂い、互いの一手一手が試される真剣勝負の様相を呈していった。駒を動かすごとに、相手の手筋を読み取り、裏をかくべく鋭い駆け引きが繰り広げられる。


 皇帝は冷静に盤上を見つめ、少しの隙も見逃さぬよう慎重に駒を進めていく。


 「チェスは相手を理解するものだ…」皇帝は心の中で梅雪の言葉を復唱し、自分に言い聞かせるように改めて思い返した。


 嵇廉もまた、冷ややかな視線を落としつつ、勝利への執念を駒に込めていく。次々と大胆な戦略を繰り出し、皇帝を追い詰めようと攻めの姿勢を崩さなかった。彼の表情には決して引かぬ意志と、勝利を確信したかのような微かな笑みが浮かんでいた。


 対局は終盤へと差し掛かり、皇帝と嵇廉の間には静かな緊張がさらに高まっていた。盤上には駒が複雑に絡み合い、どちらが優勢とも言い難い状況が続いていた。


 最後の一手を待つ嵇廉は、自信に満ちた目で皇帝を見据え、勝利の瞬間を確信していたかのようだった。

 

 しかし、その瞬間、皇帝が静かに一つの駒を動かし、盤上の均衡が崩れた。その一手は、全ての手筋を読み尽くした、まさに決定的な一撃であった。


 皇帝の声が大広間に響き渡る。


「チェックメイトだ。」

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