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星に願う  作者: 美影
9/9

星見さんの誕生日

1月23日は星見さんの誕生日!

 いつもより多くの荷物を持って職場を出る。いつ知るのか。同じ課の女性たちが、毎年同じ日に包装紙に包まれた物を渡してくる。経理課全員のその日を把握していて、毎年欠かさず言葉を掛けてくる彼女たち。もらうばかりではと、男性たちも連携して何がしか贈るのだが、女性陣の気配りに勝るものは返せていない気がする。そのやりとりを見た他の課からは、仲の良い職場だと羨ましがられることもあった。

 今日が星見の番だったというだけ。少し重い腕に、紙袋の擦れ合う音に、どこかむず痒く思いながら、歩を進める。

 革靴が床を叩く音が、慌ただしく聞こえてくる。

「経理さん!」

 その音は星見を捉え、近づき、振り向かせた。

「このあとの時間を、俺にください!」

 ロビーに響き渡る声。集まる視線。

 目の前の遅刻魔は何も学んでいない。

 星見は額を押さえ、溜息を吐いた。

 ああ、やってしまった。という彼の顔。一応反省はしているようだが。掴まれた手が放される気配はない。

「君は、私が予定を入れている可能性は考えなかったのか?」

「ハッ!考えていませんでした…」

 本当に頭になかったようだ。あからさまに表情が暗くなる。星見のてを掴んでいたそれも、力なくぶら下がった。こちらに非があるわけではないのに、罪悪感を抱かせるほどの落ち込みようだ。

「二十二時だ」

「へ?」

 聞こえないように、小さく息を吐く。なんとなく顔を逸らす。

「二十二時までに、私が自宅に帰れるなら。それまでの時間をやらないでもない」

 眼だけで見やったその顔が、喜びに満ちていた。

「ごはん行きましょう!」

 帰宅は遅くなるが。まあ。

 今日くらいはいいだろう。


 高い天井。天窓からは、太陽が沈んだばかりの空が見える。多くの荷物を持った人が行き交う。黒や金の髪、茶や青の瞳、言葉でさえ、様々な言語が入り混じって雑音になっている。

 電車に揺られてさ約三十分。田中に導かれて羽田空港に来ていた。しかも国際線ターミナルに。

 なぜ空港なんだ。

 上りのエレベーターに乗りながら、人々の動向を見下ろしながら思う。

「あとちょっとで着きます」

 一段上から、わざわざ振り向いて報告してくる。こういった気遣いが、きっと営業では重宝されるのだろう。

 マスコットの立つアーケードを潜る。空港だというのに、テーマパークのようだ。

「ここです」

 某有名コーヒー店。看板が宇宙ステーションを彷彿とさせる。だがそれだけで、内装はいたって普通の店舗だ。

 彼が店員と二、三言葉を交わすと、店員に中へと案内される。店の奥のさらに奥。カーテンの引かれた中へ。ドーム状の天井にシックなデザインの丸テーブル。それぞれシェードランプが置かれ、夕方の雰囲気を醸し出している。中央に見慣れた投影機。

 なるほど。彼がここに連れてきた意図がようやく理解できた。

 ここは、プラネタリウムだ。

「この間の出張の帰りにこっちに寄った時に見つけまして。その時は、こっちの席じゃなかったんですけど。星見さんとぜひ来たいなと思いまして。今日誘っちゃいました」

 いきなりですみません。

 言いながらメニューをこちらに差し出してくる、飲み物だけでなく、きちんと食事もできるらしい。薄暗いためペンライトで照らしながらメニューを二人で覗き込む。コーヒー店というだけあって、パスタメニューが充実していた。星をモチーフにしたカクテルが売りのようだったが、翌日も仕事で、二人とも酒に強くないため断念した。星見はナスとベーコンのトマトソースとコーヒーを、田中はエビとアボカドのバジルソースとカフェオレを注文した。

 程なくして、薄くあった照明も消されてしまった。

 天井に夜空が映し出される。

 海外までの航路で見られる空、就航都市の星空、海と星空の景色のプログラムは、空港ならではだろう。他にも、冬の星座を見つける定番のものもショートプログラムとして組み込まれていた。合間に運ばれてくる食事や飲み物を味わいながら、星空を楽しめた。

 星見は、こういった場所を他にも知っていたが、ここのようにしっかり食事ができるのは初めてだった。プログラムの内容も空港という立地に合わせたもので興味深かった。

十分に満喫した。お互いがそう思って、レジに向かった。支払いを進める彼の手を見て、慌てて止める。

「待て、なぜ君が私の分まで払おうとしている」

「え、なぜってほら、お誕生日のお祝いですから」

「…誕生日」

「はい。経理さん、今日が誕生日ですよね」

「…ただ食事がしたかっただけではなかったのか」

「そんな!食事だけのためにここまでお連れしませんよ!まさかわかってなかったんですか」

 目を丸くして驚かれた。何も言わず連れてきたのだ。理解できていなくても不思議ではないだろう。心外だ。

「あと、この前、一緒に旅行に行ってくれたじゃないですか。そのお礼も兼ねてるんです」

 だから、今回は大人しく奢られてください。

 そう言われてしまうと、断れるはずもない。わかったと頷いてみせると、彼は満足げに笑った。


 良い店を紹介され、食事を奢られてしまった。誕生日祝いと旅行の礼にしては、もらいすぎなのではないだろうか。

 足を止めて心の中で唸る。

「来い」

 田中が頭上に疑問符を浮かべるのを無視して、バス停や電車とは違う方へ足を向ける。

 風で押されて重たい扉を開く。デッキに出た。寒く冷たい風が吹き付けるせいで、ほとんど人がいない。滑走路には灯りが等間隔でぽつりぽつりと点けられている。異なる色で区別されたそれを目印に、飛行機が進む。一際強い風が吹く。後ろから間抜けな声が聞こえた。

「風強いですねー」

「ん」

「海が近いからですかねー」

「ああ。だからこそ、よく見える」

 上を指さす。今日の星空が広がっている。星見の指につられて顔を上げた田中から、感嘆の声が漏れた。

「あちらの空に二つ、大きく光るのが金星と木星だ。今日の明け方には最接近したのが観測できた。今は少し離れ始めている。その左上にさそり座のアンタレスも含めて眺めることができる。月が明るくてもあの星たちは見ることができた。最近の月が明るく見えるのは満月だったのもあるが、月との距離が近いからだ」

「そうだったんですか。って、俺、今日はまだ何も質問してないですよ。どうしたんですか」

「さっきの礼だ」

「いやそんな礼だなんて」

「うるさい。私がしたいんだ。大人しく聞け」

「あ、はい」

あれが冬の大三角形。おおいぬ座のシリウス、オリオン座のリゲル、おうし座のアルデバラン、ぎょしょ座のカペラ、ふたご座のポルックス、こいぬ座のプロキオン。この六つの一等星を結んでできるのが冬のダイヤモンド。

 オリオン座は知ってます。あそこに見えますよね。

 ああ、そうだ。

 あ、星見さん。

「お誕生日おめでとうございます」

「…ああ、ありがとう」


 陽も昇らぬ早朝。ベランダへ続く窓を開ける。凍えそうなほど冷たい空気。負けじと厚手の毛布を羽織り直す。

 南東の空。眩く輝く星が二つ。昨夜より距離は離れてしまったけれど。未だ寄り添うように瞬いている。

 手に持つコーヒーを見る。そこにも、小さな星が浮かんでいた。

『金平糖、みたいなんですけど、別物らしくて。中はあられになっているんです。お湯とかコーヒーとかに入れると、回りのコーティングが溶けて、ただのお湯でも甘くなったり、香りが出るんです。この前の出張先で見つけたんですけど、いろんな味があっておもしろかったので、プレゼントです。お土産みたいになっちゃいましたけど』

 そう言って追加された贈り物。今入れたのは、ミルク味。コーヒーの熱で溶けた様は、流れ星のよう。

 一口飲んでみる。いつもの苦味が、ほんのり柔らかい。

「悪くない」

 見上げた空は、このコーヒーのようだった。


このお店は実際にあるみたいです。いつか行ってみたい。

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