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星に願う  作者: 美影
8/9

年明け

星見と田中、それぞれの旧友との年越し話です。


『今、時刻は零時を回りました。新年の始まりです』

 画面の中のアナウンサーが時を告げる。重みのある鐘の音が、画面越しに聞こえてくる。それをぼんやりと、炬燵でぬくもりながら星見は聞いていた。

 ああ、年を越したのか。

 この歳になると、もうただの通過点でしかない。一時は盛り上がるが、数日後にはまたあの日常が戻ってくる。合法的に休みになる期間でしかない。ならば、この時間を有意義に穏やかに過ごすべきだ。

「炬燵で寝たらえぐねぇよ」

 あけましておめでとう。と、母が言う。

 おめでとうございます。と、星見は返す。

 さて、新年の挨拶も済ませたことだ。湯たんぽで温めておいた布団に入るか。

 微睡みから、少しの間抜け出そうとした時、電話が鳴る。

彗山晴斗ほうきやまはれと』の名前を見て星見は眉を顰めるも、応答のボタンをタップする。耳に当てる間もなく相手の声が流れ出した。

『やあ、学!あけましておめでとう!初詣行こう!』

「うるさい、晴斗」

 スピーカーにしていただろうかと画面を確認するが、そんなことはなかった。

『新年の第一声がそれ?!ひどいやつだね』

「第一声は母と交わした挨拶だ」

『ぼ・く・と・の、第一声だよ!わかってないねぇ』

「………」

 切っていいだろうか。

『あ、お前切ろうとしてるでしょ。やめてよー』

「…初詣は昼に行く。お前とは行かない。以上」

『僕は学と行くよ。何も今からとは言ってないでしょ』

 ああ、うるさい。

『五時半にあの神社の鳥居集合ね!じゃ!』

 私は行かないぞ。寝て、ゆっくりお節を食べるんだ。


「あー、年越したなー…」

 田中翔太がカウンターに頰を付けて言う。

 彼は今、幼馴染みの店にいた。

「しみじみ言うなよー。おっさんみたいだぞー」

 田中の隣で頬杖を付きながら、高橋辰巳が言う。

「オレから見ると、二人とも社会に疲れたおっさんだぞ」

 店内のテレビを二人越しに見ながら、この店の息子である鈴木三郎が言う。

「いやー、またこの面子で年越しそば食べてるなって思ってー」

「年越しラーメンだけどな」

「それも去年言ってたさ」

「そうだっけ?」

「覚えてないわー」

 はー、と三人同時に息を吐いた。

「なら、いつもとは違うことしちゃう?」

 鈴木が提案する。

「「いつもと違うこと?」」

 訝しげに見る二人に、鈴木はニッと笑って見せた。


 ゆらゆら。ゆらゆら。揺れる。

 遠くの方が揺れている。と思えば、揺れていたのは自分だった。母に肩を揺すられていた。

「学、起ぎれえ」

 どうやら炬燵で寝てしまったらしい。布団に入って寝直すか。湯たんぽも冷めただろうか。

「ほら、準備しな。初詣行ぐんだべ?」

 は?

 もうそんな時間なのだろうか。

 時計を見る。

 針は4と6を指していた。

「何故この時間?」

「彗山くんと約束してたべ?」

 承諾していないが。

「着物出しておいだからね」

「え」

「早ぐ着替えれ」

 一方的に言ってきたあれは約束ではない。私は行かないぞ。

 母の顔を見ると、そうは言えなかった。


 5時半。星見は神社の鳥居の前に立っていた。

 寒い。何故、私は外にいる。

 白い息を吐く。

 約束を押し付けた本人はまだ来ない。

 人が時折、鳥居を潜っていく。家族、友人、恋人。誰かと連れだって入っていく。その表情は、どの人も明るい。

「お待たせ」

 斜め上から声が掛かる。眠そうに見える眼の、待っていた顔が立っていた。

 呼び出した相手を待たせるとは何事だ。

 恨みを込めて睨み付ける。

「学も帰省してたこと思い出したら電話しちゃった」

 今年もよろしく。

 全く悪びれていない笑顔だ。

「誰に聞いた」

「学のお母さま」

 お袋め。晴斗は同じ都内に住んでいるのだから、態々帰省先で会う必要もないと言うのに。

「同じ都内でも最近は連絡してなかったからねー。元気だった?」

 確かに。ここ最近はお互いに忙しかった。しかし、そうだとしても。寧静に過ごす計画を取り止めたくはなかった。

 つい眉間に力が入る。

「なにこわい顔してんの、新年早々。だめだべー」

 その眉間をつつかれる。

 鬱陶しい。

 私がこんな顔をしているのは自分のせいだと分かっていながら言うのだ。誠に腹立たしい。

「さ、行こう」

 背中をそっと押される。

 そうされると進むしかなくなるではないか。全く腹の立つ男だ。

 溜め息を一つ零して、参拝者の中に、加わっていった。


「ほら、テメェら。オレに金よこしな」

 くっくっく、と鈴木が悪い笑顔を浮かべる。

「くっそ…」

「サブこの野郎…。『子どもが生まれた』んだから嬉しげに言えよ!」

 田中と高橋が金に見立てた紙を鈴木に投げつけた。最も、紙なので全く勢いはなく、ひらひらと舞うだけだが。

「いやー、悪いなー、祝い金ばっかもらっちゃってぇ」

 三人の前には、スゴロクを人生に例えたボードゲームが広げられていた。鈴木が自分の駒である車に、男の子のパーツを刺している。子どものパーツが他に二つも刺さっていた。

「お、給料日来たー!」

 高橋が銀行からたくさんの紙幣を受け取る。彼の職業はタレントである。

「イエー!かっねもちー!」

「次、ショウの番」

「うーい」

 勢いよくルーレットを回す。くるくると回ったそれは、『5』で止まった。

「『バナナの皮でハデに転んだ。生命保険を払わなければならない。40,000ドルはらう』!?ええ!?」

 腹を抱えて二人が笑う。

「なんだよそのマス!」

「はーい田中さん、銀行に支払ってくださーい」

 一万紙幣を差し出す田中の顔からは、悔しさが溢れている。その顔を見て二人はさらに笑う。

「次オレー!『通勤のためフルマラソンの距離を毎日往復。8,000ドルもらう』〜」

「…『高速道路で渋滞にはまる。一回休み』」

 再び二人が笑い出す。

 結局、このゲームは鈴木、高橋、田中の順位で終わった。

「つかさ、ショウはなんで二回やって二回ともビジネスマンなの?そういう星に生まれたの?」

「こっちが聞きたいさ」

 高橋は田中の最終金額を聞いてから、未だに笑い続けている。そのまま笑い死ねと田中は思った。

「まだ時間あるな」

 鈴木が時計を見て言う。

「今年はどこにする?」

「いややっぱりあそこでしょ」

「俺も賛成」

「よっしいくぞ」

 さいしょはぐー、じゃんけんぽん!

「なんっでまた俺…!」

「ここまでくるとかわいそうだな」

 憐れむ鈴木の横で、高橋は床を叩いていた。


 特設された椅子に腰掛け、星見と彗山は、神社で振舞われている甘酒を飲んでいる。

「あったまるねぇ」

「ん」

 子どもでも飲めるそれは、ほんのり甘く、まったりと口に馴染んでいる。一口含めば、じわじわと温かさが広がっていく。吐く息もどことなく温かい。

「あとでおみくじ引こっか」

「ん」

 六角形の筒を振る。木の棒が転がる音。出てきた番号を巫女に告げ、おみくじを受け取った。星見は『吉』、彗山は『小吉』だった。彗山が渋い顔をする。願い事はどうだった。仕事がこうだったと逐一読み上げるのを聞き流す。

 今年は西が吉か。

 天体観測に良い場所に想いを馳せ、一礼して鳥居を潜った。

 さあ用は済んだ。それではと、家に向かう星見の方が掴まれる。

「はーい、まだ帰りませーん!」

 そのまま肩を抱えられて、彗山の車に放り込まれた。

 シートベルトまで着けられた無駄な周到さ。運転席に回る奴を睨む。

 今年はどこへ連れ去る気だ。

「ナイショ」

 ああ、頭にくる顔だ。


「はぁ…極楽極楽〜」

「タツおっさんくさ!」

「うるせ!」

 やはり温泉に入ってその反応はおっさんくさいのか。いつかの自分を省みる田中。

 三人は今、地元に近い温泉に来ている。普段はこんな早朝から開いていないのだが、今日だけは、営業している。そして、ここの露天風呂は東向きだ。

「ここを見つけて何年だ?」

「たしかー…3?」

「そーだいね」

「もうそんな経つかー」

 はあー。三人が吐いた息は、湯気に紛れて昇っていく。何か重たいものまで昇華していくような。胸が軽くなるような。そんな感覚。

「あー酒がほしいー」

「わかるー」

「酒飲みながらとか最高だよな」

「翔ちゃんが飲んだら帰れないじゃん」

「帰りも俺かよ」

 たわいもないやりとりを繰り返す。時には他の人も交えながら、皆一様に時を待つ。

「お、そろそろじゃね」

 空が白み始めた。


 雲が浮かんでいる。星が空に消えていく。山の木々が形を現す。

 星見はそれを、展望台から眺めていた。

 何を思うでもなく、ただただ、眺めていた。

 吐く息も景色に解けていく。

「はい」

 差し出された缶コーヒー。熱が指から浸透していく。

 彗山が隣で手すりに背からもたれかかる。蓋を開ける音。コーヒーの香りが漂ってくる。

 ぼんやりと街を眺める眼に、チカリと、光が煌めいた。

「来るぞ」

 地球から最も眩しく見える天体が、地平線を越えてくる。

 始まりの朝が来た。


今年ものんびり書いていきます。

よろしくお願いします。

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