表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

女上司シリーズ

女上司が職場の飲み会に俺だけ誘ってくれない

作者: 墨江夢

『昨夜は同僚と、ちょっとお高いお店で飲み会を! しかもお代は全部課長持ち! 課長、ご馳走様でした〜!』


 以上は、同僚のSNSの投稿である。

 投稿時間は今朝。つまり飲み会は、昨日の夜行われたことになる。


 彼女の投稿には飲みの席で撮られたであろう写真も添付されていて、そこには飲み会に参加したメンバーが全員写っていた。


 ひーふーみー…………。

 俺は写っている同僚の人数を数える。

 職場で働いている人数と比較すると、一人だけ足りない。


 一体誰が除け者にされているのか? 写真に写っている人間と職場の人間を一人一人照らし合わせていけば自ずと答えは導き出されるのだけど、今回に関してはそんなことする必要はない。

 なぜなら……飲み会に参加していない一人とは、他ならぬ俺・更科薫(さらしなかおる)だからだ。


 ウチの職場は、女性の割合が高い。

 特に20代が多く、毎回飲み会の席は盛り上がるらしい。

 男性社員による「お持ち帰り」も、稀に発生するとか。


 だから是非とも、職場の飲み会に参加してみたいんだけど……飲み会の主催者である沢北(さわきた)課長は、どういうわけか一度も俺を誘ってくれないのだ。


 沢北課長は、俺を嫌っているのだろうか? そんな風に考えた時もあったけど、結構な頻度で話しかけてくる(それも仕事に関係のない雑談だ)あたり俺を嫌っているわけではないらしい。


 それじゃあ、何で? どうして課長は、俺だけ飲み会に誘ってくれないの?


 自分だけハブられる。そんな状態が、いつまでも続くなんてゴメンだ。

 ノー残業デーの今日を利用して、俺は沢北課長に「なぜ俺だけ飲み会に誘わないのか?」尋ねてみることにした。


「沢北課長、今夜って空いてますか?」

「今夜? ちょっと待ってね」


 沢北課長がスケジュール帳を開き、予定を確認する。

 偶然スケジュール帳の中身が見えてしまったのだが……残念なことに、課長の今夜の予定は既に埋まっていた。

 どうやら先約があったようだ。


 ノー残業デーであることは数日前からわかっていたことだし、そりゃあ予定くらい立てているよな。

 今度は事前に、沢北課長を誘っておくとするか。

 一先ず今夜は諦めようとすると、


「空いてるわよ」

「え? 本当ですか?」


 予想外の返答に、俺は思わず聞き返す。

 

「嘘をついてどうするのよ。それとも、何? 単に好奇心で予定を聞いただけなの?」


 言いながら、課長はスケジュール帳の今日の欄に大きくバツ印を書く。

 もしかして……俺の為に、予定をキャンセルしてくれたのか?


 ……って、そんなわけないよな。きっと大して重要じゃない予定で、日にちをズラすことが可能だっただけだろう。

 うん。きっとそうに違いない。


「たまには飲みに行くのとかどうかなーって思いまして。ほら、俺って課長とあまり飲んだことありませんし」


 付け加えた一文は、勿論皮肉だ。「課長って、俺だけ飲みに誘いませんよね?」という意味が暗に含まれている。


 しかしそんな皮肉も、課長には通じなかった。


「その飲みって……二人きり? それとも、他と人もいるの?」

「二人きりのつもりですが……もし嫌なら、他に誰か誘いますけど?」

「いいえ! 誘わなくて良いわ!」


 勢いよく立ち上がりながら、沢北課長は言う。……そんなに身を乗り出さなくても、聞こえているって。


 周りの社員もいきなり立ち上がり声を上げた課長を見ている。

 衆目に晒された課長は、コホンと一つ咳払いをしてから、椅子に座り直した。


「たまには更科くんとサシ飲みするのも悪くないわね。……良いでしょう。付き合ってあげます」


 どうして他の人を誘うことをあれほどまでに拒否したのかとか、なぜそんなに上から目線なのかとか。気になることは多々あるけれど、取り敢えず課長を飲みに誘うという第一関門は突破したようだ。


 今夜のサシ飲みで、どうして俺だけ職場の飲み会に誘わないのか、課長に吐かせてやる。

 意気込みながら、俺は行きつけの居酒屋の予約を入れるのだった。





 定時になると、「待ってました」と言わんばかりに皆退勤し始める。

 5分後には、職場内には俺と沢北課長だけになっていた。


「それじゃあ、課長。行きましょうか」

「ごめんなさい。少し待ってて貰えるかしら?」

「別に構いませんけど……」


 俺に断りを入れてから、沢北課長はお手洗いに向かう。

 待つこと数分。ようやく課長は出てきた。


「お待たせ」と言う課長に、「大きい方だったんですか?」なんてセクハラ発言はしない。

 それに彼女がお手洗いで数分かけて何をしていたのかは、塗り直されたファンデーションや口紅を見れば一目瞭然だった。


 会社を出て、駅近くの居酒屋に移動した俺たちは、事前に予約しておいた個室席に案内される。

 

 まずはビールと焼き鳥の盛り合わせを注文して。「お疲れ様」と、俺たちは乾杯をした。


「で、今日はどうして私を誘ってくれたのよ?」

「それはですね、えーと……」


 本題を切り出すのは、もうちょっと酒が回ってからの方が良い。その方が、課長もポロッと本音をこぼすかもしれない。


 一先ずは、もっともらしい理由を口にして俺の真意を悟られないようにしなくては。

 悩んだ俺は、異性とのサシ飲みにピッタリの質問をすることにした。


「沢北課長って、彼氏とかいるのかなーって思いまして」

「……何でそんなことを聞くのよ?」


 課長は何やら期待のこもった眼差しを俺に向ける。


「何でって……実は俺の同期で、課長に興味を持っている奴がいまして。課長に今彼氏がいるのか聞いてくるよう、そいつに頼まれたんですよ」


 勿論、真っ赤な嘘である。

 

 課長は美人だし、もしかしたら本当に同期の中で彼女に好意を寄せている奴がいるかもしれないが、少なくとも俺はそんな情報を持ち合わせていない。  


「ふーん、そうなの。因みに、彼氏ならいないから」


 課長の瞳の色が、スッと変化したような気がした。その変化を喩えるならば、さながら闇堕ちだ。

 

 彼氏がいないことを気にしているのか、一瞬で不機嫌になる課長。

 これはマズいと判断した俺は、本来の目的を忘れ、ひたすら沢北課長のご機嫌を取ることに努めていた。


 サシ飲みは、午後10時頃終了となった。

 半ば酔い潰れていた俺は、沢北課長の肩を借りながら居酒屋を出る。


「迷惑かけてしまいすみません、課長」

「別に良いわよ。……ただその代わり、また私を飲みに誘ってくれるかしら?」

「……また誘っても、良いんですか?」

「えぇ。いつでも誘ってちょうだい」


 微笑む課長を見て、酔い潰れていないもう半分の俺が、「今だ!」と叫ぶ。

 俺は続け様に、課長に言った。


「じゃあ課長は、俺を職場の飲み会に誘って下さい」

「それはダメ」


 えっ、何で!?


「どうして職場の飲み会に、俺だけ誘ってくれないんですか?」

「それがわからないうちは、絶対に誘ってあげない」


 どうしてかなんて、皆目見当がつかない。

 どうやら俺が職場の飲み会に行けるようになるのは、当分先の話みたいだ。




 

 翌朝。

 目が覚めると、俺の隣で沢北課長が寝ていた。……えっ、何で?


 俺は昨夜の記憶を思い出す。

 昨日俺は沢北課長を飲みに誘って、だけど目的である俺だけ飲み会に誘わない理由を聞き出すことは出来なくて、結局普通に飲んで普通に酔っ払って、それで……あれ? その後どうなったんだっけ?


 考え込んでいると、隣で寝ていた課長を目を覚ました。


「んん……。あら。おはよう、更科くん」

「おはようございます、課長。……ここって、どこですか?」

「どこって……私の家に決まってるじゃない」

「成る程。課長の家ですか。……何で?」


 俺が尋ねると、課長は「全く、しょうがないわね」と言いながら溜息を吐いた。


「あなたが酔っ払って家に帰れそうになかったから、私の家に泊めたのよ」

「……そうだったんですか」


 どうしよう。一切記憶がない。


「どうせ覚えていないと思っていたけどね。寝る直前も、「どうして課長は課長なんですかー?」とかわけのわからないこと言っていたし」

「それは……ご迷惑をおかけしました」


 謝罪をしてから、俺は一番大事なことを確認する。


「念の為聞きますけど……俺たち、何もなかったですよね?」

「……さあ、どうかしら? その辺の記憶は、私も曖昧だわ」


 嘘つけ。不敵に笑う課長を見て、俺は思った。

 まぁ殴られたり通報されたりしていないあたり、何もなかったと考えるべきだろう。


「だけど正直、意外でした。課長って、あまり男を家に泊めるタイプには思えなかったので」

「あなたが酔い潰れるのが悪いんでしょうに。……それに、あなたじゃなかったら泊めていないわよ。ビジネスホテルの一室にでも突っ込んでおくって」


 俺じゃなかったら泊めないって……それはどういう意味なのだろうか?

 俺なら身の危険を感じないから? 襲われる心配がないから? それとも――


 飲みの席で、「同期に課長のことを好きな奴がいる」と言ったら、彼女は不機嫌になった。

 好意を向けられているのに、どうして課長はそんな態度を取ったのか? 考えられる理由としては……「好意を向けられた相手が、自分の好きな相手と合致していなかったから」。


 要するに、両想いでないと確信したからである。


 そして直前まで課長の機嫌が良かったことやわざわざ俺とのサシ飲みの為にスケジュールを空けたこと、こうして俺を自宅に泊めていることも考慮すると……凄く自分にとって都合の良い希望的観測だが、もしかして、課長は俺のことが好きなんじゃないだろうか?


 状況証拠はいくつかある。しかしそれでも断言出来ないのは、やはり課長が俺だけ職場の飲み会に誘ってくれないからだ。


 二人きりのこの時間は、きっと千載一遇のチャンスだ。

 俺はパズルの最後のピースを埋めるべく、課長に尋ねる。


「課長、もう一度聞きます。……どうして俺だけ飲み会に誘ってくれないんですか? 俺のこと嫌いだからですか?」

「……その理由がわからないうちは、誘ってあげないって言ったでしょ?」

「……そうでしたね。じゃあ、最後にもう一つだけ。俺のこと、実は好きだったりします?」


 ここで「は? 何言ってんの?」と言われたら、凄え恥ずかしい。

 きっと転職を考えるレベルの赤っ恥だ。


 しかし課長の言う「理由」として考えるられるのは、あとそれくらいしかなかった。


「……えぇ、好きよ。だからあなたを飲み会に誘わないの」


 そしてダメ元で上げたその可能性が、正解だったりする。

 

 課長の気持ちを言い当てた俺へのご褒美として、彼女は最大の謎であった「どうして俺だけ職場の飲み会に誘わないのか?」について語り始めた。


「更科くんを飲み会に誘わない理由を聞きたがっていたわよね? その理由はね、ウチの部署は可愛い女の子ばかりいるからよ」

「……すみません、どういうことですか?」

「だから! ……お酒の勢いで年下の女の子に取られたら、我慢ならないじゃない」


 職場の飲み会に誘わないくせに、どうして俺とのサシ飲みは大歓迎なのか? あれだけ俺を悩ませていた謎の真実は、至ってシンプルで。

 単なる課長の独占欲だった。


 俺だけ除け者にされていると不満に思っていたわけだけど、課長の気持ちを知った今では特別扱いされていることを嬉しく思っている。


「……理由を言い当てたことですし、今後はきちんと飲み会に誘ってくれますよね?」

「そういう約束だものね。だけど、一つ条件があります。……若い子に迫られても、目移りしない? 私のことだけ見てくれるって、約束出来る?」

「はい、勿論」

「だったら、それを証明して」


 生憎今、愛を証明出来るような物はない。だけど課長だって、物証なんて求めていないわけで。


 俺と沢北課長は、唇を重ねる。

 思い出のファーストキスは、昨日二人で飲んだハイボールの味がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ