侵略-5:植物(?)の脅威 (後編)
森に出た瞬間、フライアーガは自分の頭…笠の部分をボンボンと叩いていた。
「何をしているのです?」
「あぁ、閣下。お出になられては危険ですよぉ?」
私が隣に立っている事に心底驚いたような顔をして、フライアーガはぐいぐいと私の体をシュラーフェスのバリアの中へと戻そうと押す。
細い腕なのに、随分と力がある。見た目で判断して、痛い目を見るタイプだ。
「何が、危険だと?」
「今は、おじさんの胞子をばら撒いているんですよぉ…」
「胞子…ですか?」
言われて見れば、確かにフライアーガの笠からは黄色っぽい粉がブワリと宙を舞っている。
…胞子…の割には粒径が大きい気がするのだが、気のせいだろうか?
「ベニテングタケの毒性を持った、胞子です。卑怯ではありますが、セイバーナイツを弱体化できれば御の字かと。おじさん、やる気の無い中年親父ですからねー。」
あははと笑いながらも、フライアーガは私をバリアの中に押し込めると…
「やる気が無いながらも、閣下への忠誠は果たしてみせますよー。だから、シュラーフェスから出ないで下さいねー。」
そう言って、気だるそうな中年男性の顔を付けた忠実なる部下は、ボフボフと胞子を森中に撒き散らしながら、セイバーナイツを迎え撃つべくその場を去った。
……それが、ほんの10分程前の出来事。
どうやらフライアーガの目論みは当たったらしい。セイバーナイツとの戦闘開始からそれ程経たなかったその時、2人の戦士はその場で膝をつき、苦しげに肩を振るわせだした。
ベニテングタケの毒は、嘔吐や下痢。それに…呼吸困難も稀に引き起こすと、先程サンディエから聞いた。
恐らく、セイバーナイツ達を襲っているのは、その毒だろう。
そうでなくとも有利に進んでいた戦いが、更にこちらに有利な方向へと向いていく。
多少…いやかなり卑怯な手であるような気もするが、時間が無いのだ。
「ああ、簡単すぎると、本当にやる気出ないなぁ~。もういっそ、この猛毒胞子で死んでもらおうか。」
ふう、と溜息混じりに言うと同時に、フライアーガは再びボフボフと自分の笠を叩き出す。
だが…そこから出てきたのは、先程見た黄色っぽい胞子では無い。むしろ、毒々しいまでに濃い紫色をしている。
…そもそも、あれを胞子と呼んで良いのだろうかか。何しろ、「胞子」の大きさはソフトボールくらいある。あそこまで行くと、ただの粉の塊のような気がしなくも無いのだが…
「冗談だろう?あんな巨大胞子、毒にやられる前に窒息する!」
何とかその「胞子」を避けたセイバーダークネスが、律儀にもその攻撃に突っ込んでくれる。いや、まあ…確かに、あれは毒として吸うよりは、窒息目当てのような気も…
しかしかわされた事に対して、さほど驚いていないのか、フライアーガはやる気の無さそうな顔のまま、どこか楽しそうな声を出し…
「おやおや。危機回避能力は高いんだねぇ。おじさんちょっと感動。」
「お前に感動されても…嬉しくないな。」
「同感。」
ぐぐ、力尽くで自身の体を起こしながら、セイバーナイツの2人は、再び剣を構えた。
たいした精神力を持っている。敵にしておくには、少々惜しいとさえ思える。
あの不利な状況の中、あそこまで必死な姿で戦うのは、戦士としては誇り高いと言える。
伊達や酔狂で、「守護騎士」を名乗っている訳では無いという事か。…面白い。
「成程、気力で立ち上がるか。」
「悪いね。こっちだって、世界を守るって言う大義名分があるんだ。」
「貴様らのような侵略者に、負ける訳には行かないんでな!」
怒鳴るようにそう言うと、2人の「守護騎士」は、毒の影響など微塵も感じさせない剣捌きを見せ、フライアーガに向かって見事な連携で切りかかる。
普段から息を合わせていないと、こうは上手く戦えない。
そう言う意味では、本当にこの2人を敵にしておくのはつくづく惜しい。
「セイバーナイツ…『光と闇の守護騎士』、ね…」
「サンディエ?」
「…いえ、何でもありませんよ、閣下。」
何か思うところがあったのか、サンディエは珍しく真剣その物の顔をしていたが…すぐに、元の何考えているのかさっぱりな顔に戻ってしまう。
…我が兄ながら、何を考えているのやら…
そう思っている間にも、相手の剣は、フライアーガの体を軽く薙ぎ、笠の部分を僅かに断ち切る。
…精神の高揚が、体の不調を吹き飛ばしたか。
今までやる気の無さそうだったフライアーガの顔も、どこか生き生きと楽しそうに見える。生粋の戦士特有の…戦いを楽しむ顔だ。
こういう人間を、私は何度も見てきている。まさか、自分のアサルトがそう言うタイプだとは思わなかったが。
「楽しいねぇ。おじさんはこう言う奴と戦いたかったんだよ。」
「俺達は…」
「全っ然楽しくないけどね!」
言うが早いか、2人の騎士はXを描くようにフライアーガの体…キノコで言えば柄の部分…をざっくりと切り裂いた。
低く呻き、細い腕でその傷を押さえるが…元がキノコであるせいなのか血のような体液が流れ出る気配は無い。
それが、妙に現実味を無くしていて…まるで、作られた物語のようだと思えてしまった。実際に、自分の部下が、命を賭して戦っていると言うのに。
「終わりにさせてもらうぞ、フライアーガっ!」
白き戦士、セイバーライトニングが怒鳴ると同時に、半ば見慣れた光が生まれる。
黒き戦士もそれに合わせる様に闇の糸を紡ぎ出し…その糸が、まるで意志ある物のようにフライアーガの体を捕らえ、その動きを制限する。
瞬間。彼は悟ったらしい。
自らの、敗北を。
「公爵閣下。あなたの配下として戦えた事、誇りに思います。」
『トワイライト・クロス!』
穏やかな表情で紡がれた言葉は、白と黒の戦士の斬撃に僅かにかき消されたが…私の耳には、しっかりと届いた。
気高き僕の、最後の言葉が。
「無様にも敗北を喫した事…誠に…申し、訳……」
ただ、最後まで言い切る事のできぬまま…彼は、その身を私の配下たる証である「青」の粉となって、自らの胞子と共に宙へと霧散した。
何故、彼は最後に手を抜いたのだろうか。
あのまま行けば、間違いなくセイバーナイツを葬る事が出来ただろうに。
「…公、次は我のアサルトを出撃させたいと思うのだが。」
「え?グラヴィ様の!?うわぁ、楽しみ!」
唐突に出されたグラヴィの提案に、ウィンダートがはしゃぐようにその場を飛び跳ねる。
最強の戦士と謳われる、グラヴィの配下…か。ならば…
「どんな物が出来上がるのか…楽しみにしていますよ、グラヴィ。」
次回予告
「狼…既にこの国にはいないとされた生物だ。」
「その牙で噛み千切っちゃえばいいのに。…あの人の喉笛をさ。」
「…俺、ちょっと出かけてきますんで~。」
「公爵閣下は、迷っておいでですか?」
「全ては…王のために。」
次回、侵略-6:我が王への忠誠
私達の「正義」とお前達の「正義」…賭けてみるか?