侵略-3:重大な欠陥 (前編)
「サンディエ様、今度こそ僕のアサルト、作ってくれるよね?早くあの生意気な白黒コンビ、殺したいんだ。」
「それは構いませんが…もう少し、お待ち頂けませんか、ウィンダート男爵。」
「何で?」
今日も今日とて、ウィンダートがサンディエに自分の刺客を作れと強請っている。
…第1号アサルトがやられてから早1週間が経過しているにも関わらず、その後サンディエがアサルトを作ったという話は聞かない。
…彼なりに、何か思う所でもあるのだろう。ウィンダートは納得していないようだが。
しかし…我々には時間が無いというのに、何故次を作らないのかと言う疑問もある。彼にも私達の世界が置かれている状況は、理解できているはずだ。
思いながら、2人のやり取りを溜息混じりに見ていたその時、フレイルがそれはもう上機嫌な顔でひょいと顔を出した。
「こんにちは、公。本日もご機嫌麗しゅう。」
「これっぽっちも麗しくありませんが、こんにちはフレイル。貴方は随分と上機嫌ですね。」
私としては最高の度合いで冷たい視線をこの底抜けに明るい「伯爵」に送ってやるのだが、当の本人は全く気にした様子も見せずににっこりと微笑むと、今度はサンディエとウィンダートの方に向き直った。
「すまないな、ウィン。既に俺のアサルトが動いている。」
……何ですって?「既に動いている」…?
「何で!?今回こそ僕だと思ったのに!」
いや、突っ込む所はそこじゃないでしょうウィンダート。
「いつの間に作ったのですか。」
「4日程前です。サンディは渋ってたんですけどね、俺がどうしても、と伯爵権限を発動させて、無理矢理。」
にっこりと笑って言うこの男に、私はもの凄まじい疲労感を覚えつつ、ちらりとサンディエの方を見ると…申し訳無さそうに彼は軽く首を横に振った。
「伯爵」と「子爵」では、「伯爵」の方が上の地位にある。フレイルに命令されれば、サンディエも拒めなかったのだろう。
厄介な所で権力を使う…狡賢いと言うか、何と言うか。
いや、だが…刺客達は、バリアを解除しなければこのシュラーフェスの外に出る事は出来ないはず。しかしフレイルが「既に動いている」と言った事を考えると、フレイルが命令して作ったというアサルトは、既にバリアの外で働いている事になる。
「……バリアを解除した覚えはありませんが。」
「そこも、1人出入りするくらいの穴を開けまして。この世界の住人を殺しながら、セイバーナイツの動きを探らせています。」
「勝手に穴を開けるなど、随分と勝手な真似をしたな、フレイル伯爵。」
「そう仰らないで下さいな、侯爵。ちょっとした実験ですよ。」
にやりと悪役その物の笑みを浮かべ、フレイルはグラヴィの言葉にそう返す。
…実験とは、一体何を……?
そんな私の疑問が顔に出ていたのか、フレイルはにっこりと私に向かって笑いかけると、軽く一礼して説明を開始した。
「今まで、刺客を放ってからセイバーナイツが現れるまで、10分程度でした。」
「…そうでしたね。まるでこちらが、刺客を放った事が分かっているかのようでした。」
「そうなのです、公。実は俺もそれを考えまして。考えられるのは2つ。1つは、刺客そのものを探知できる『何か』を、あの連中が持っている事。もう1つは…」
「成程、このシュラーフェスのバリアの解除を、感知している…と言う事ですね。」
確かに、そう考えれば辻褄は合う。いやむしろ、そうとしか考えられない。
それで、バリアを解除せず、部分的に穴を開けて刺客を放った事で、連中がこちらに気付く理由を、探っていたと言う訳か…
それも、この世界の人間を間引きながら。
「結果、この4日間、セイバーナイツが動いた様子は無い。つまり、あの連中はバリアの解除を、何らかの方法で感知していると言う事です。」
私の与り知らぬ所で事が動いていたのは、非常に腹立たしいが、今回は功績も大きい事だし、不問に処そう。
「さて、今回の刺客…いえ、アサルトですが、カラスと言う物を用いてみました。」
「カラス?」
「ええ。この近辺でも見かけるでしょう?あの真っ黒い羽の鳥です。」
にこやかな笑みと共にフレイルがパチンと指を鳴らすと、1羽の鳥がホログラフに映し出される。
つややかな漆黒の羽を持ち、目はくりくりとしていて愛らしい。しかし、あまり強そうと言うイメージは湧かないのだが……
フレイルが刺客に用いる生物は、基本的に鳥類だ。それも、かなり危険度の高い物を選ぶ傾向にある。
このカラスと言う鳥も、見た目で判断してはいけないと言う事か……
「カラスと言う生き物は非常に頭が良い。攻撃されれば、その相手の顔を覚え、逆襲します。それに、今回は肉食傾向の強い、ハシブトガラスと言うものを用いました。」
その言葉と同時に映し出されたのは、フレイルが放ったらしきカラス型アサルトが、この世界の人間を無残にも切り刻み、その骸を咥えて飛び去る姿。
「…なお、今回はこの世界の住人をこの様に切り刻み、近隣の田畑に『肥料』として撒かせております。アスファルトの上では、折角の亡骸も土に還らず勿体無いですからね。」
確かに、それは思う。
この世界は…少なくとも我々が拠点に選んだこの国は、道と言う道をアスファルトで舗装されているように見受けられる。
それでは、土に還らないではないか。人の亡骸を「肥料」と称するのは些か気が引けるが、放置しておくよりは余程良い。
「しかし、そろそろセイバーナイツが気付く頃でしょう。」
フレイルが言うと同時に、カラス型アサルトにつき従っているピートが持つカメラから、こちらに映像が流される。
しかもタイミング良く、セイバーナイツが現れたところらしい。
「さて、このフレイル監修、サンディエ作のアサルト相手に、彼らはどんな戦いを見せてくれるかなぁ?」
わくわくと言う擬音が聞こえてきそうな表情で、フレイルは始まった戦いをじっと見つめる。
フレイルの放った刺客は軽やかに宙を舞い、セイバーナイツを翻弄するような動きで、その漆黒の翼で相手を打ち据える。
…どうやら彼らは、空中戦は苦手分野らしい。何とカラス型アサルトの攻撃をかわしているが、攻撃には転じられていないようだ。
「つまんないなぁ、何か、勝てそうな感じじゃない?」
「そうだと、良いのですがね…」
ん?
ウィンダートの、心底つまらなそうな…だけど、セイバーナイツを倒せるかもしれないと言う期待も含んだ言葉に対し、あのアサルトを作ったはずのサンディエは、何処となく否定的な言葉を返した。
状況は、こちらの方が有利に見える。だが、サンディエの目にはそうは映っていないらしい。一層高く舞い上がるアサルトに、とても厳しい視線を向けている。
そして…バサリと言う羽音と共に、アサルトは一直線にセイバーライトニングの腹部目掛けて突進する。降下による加速と、自身の羽…恐らくは刃物のようになっているであろうそれを用い、相手に穴を開ける攻撃か。
確かに、素早い。当たれば、確実に一撃必殺の強力な攻撃となるだろう。ただ、突進攻撃は直線的な動きであるが故に、その軌道が読みやすい。
事実、セイバーライトニングはギリギリの距離でその突進をかわした。
目標を失ったアサルトは、そのままの勢いで彼らの背後にあった建物に突撃、綺麗な円形の穴を開ける。
すぐに第2撃にかかれば良い物を、アサルトは全く動く気配が無い。一体、何をしていると言うのか。あれ程圧倒的優位に立っていながら、慢心した?
ようやく現れた、と思ったら、アサルトはちぃと、こちらにまで聞こえる程大きな舌打ちをして…
「もう夕暮れか…命拾いしたな、セイバーナイツ!」
そう言い残すと、悔しげな顔でどこかへ…恐らくはこの要塞へ…飛び去っていった。
「…どう言う事ですか、フレイル?」
「いや、まぁ…元が鳥ですからねぇ。鳥目なんですよ。」
……それ位は、改善しておきなさい!
心の中でのみそんなツッコミを入れ…私は軽く1つ溜息を吐くと、自室へと戻って行く。
ああ…一体いつになったら、この侵略は上手くいくのだろうか……