侵略-2:強襲型、始動 (前編)
「ちょっとサンディエ様!いつの間に新しい刺客なんか作ったのさ!?」
朝早くから、広間からウィンダートの怒鳴り声が聞こえる。
…髪が櫛に絡まって困っている時に、大声で怒鳴るのはやめて欲しい。グラヴィ候辺りが止めてくれるとは思うが、その場に私がいないとなると、ウィンダートの怒りの矛先が、間違いなく私に向くだろうから急ぎたいのだけど…
曲がりなりにも「貴族」と呼ばれる存在。まして私はその最上位である「公爵」。身嗜みはきちんとしておかないと。
「ウィンダート男爵のお怒りはごもっともですが…何しろ今回は殲滅型では無く強襲型。不確定要素が多すぎる第1号は、私のピートを用いて作らせて頂きました。」
「それとこれと、どんな関係があるの!?僕の刺客であいつ等を殺す気だったのに!」
「…何分にも強襲型の刺客を送るのは初の試み。自らの力に耐え切れず、途中で動けなくなる可能性もございます。そうなれば葬られるのは連中ではなく刺客の方。それは…男爵には、耐え難き屈辱なのでは?」
何とか絡まった髪を解き終わり、服装を整えていた頃には、サンディエが上手い具合にウィンダートを宥めていた。
不確定要素の多い物を、他人にさせる気は無い…実に科学者らしい発言で丸め込んだものね。
まあ…いざとなったら、爵位を持ち出して黙らせたでしょうけれど。
ちなみに、私達「貴族」の序列は上から、「公爵」、「侯爵」、「伯爵」、「子爵」、「男爵」となっている。基本的に、上位の者の命令に従うように躾けられてもいる。
そういう意味では、ウィンダートは私達の中でも最も下位に属する者。癇癪を起こした所で、序列が変わらない限り、彼は私達の命令には逆らえない。
「うぅぅ。分かったよぉ。」
ぷぅと頬を膨らませ、ウィンダートはふてくされたようにそっぽを向く。
…そう言う所は、まだまだ子供だと思うと同時に、とても微笑ましい。
「おや、おはようございます、公。本日もご機嫌麗しゅう。」
「おはよう、サンディエ、ウィンダート。今日も良い天気ですね。」
私の存在に気付いたサンディエに、とりあえず当たり障りの無い挨拶を返しながら、横目でちらりとウィンダートの様子を見ると…まだ少し拗ねているのか、一瞬だけ私を見ると、すぐにそっぽを向いてしまう。
ウィンダートのこう言う態度には、慣れているから別に良いのだけれど。
正直に言ってしまえば、私もウィンダートの残虐性は不愉快だし。「子供だから」と言う言い訳で何とかなる年齢でもないのだから、少しは節度を弁えて欲しいとさえ思う。
「朝から元気だねぇお2人さん。あ、公も、おはようございます。」
「…まるで私がついでみたいな物言いですね、フレイル伯?」
「怖い怖い怖いっ!睨まないで下さいよ、公。しょうがないじゃないですか、そこの2人の声に叩き起こされたようなものなんですから。」
寝起きらしい、まだ眠たそうな目をこすりながら言うフレイル。こんな顔、「伯爵」の威厳も何もあった物ではない。
それでも、私に向かって跪き、手をとってその甲に口付ける様は、それなりに気品ある様に見えるのだから恐ろしい。
それも、「貴族」である所以なのか。何となく、貴族と言うよりは「騎士」に近いような印象を受けはするけれど。
いや、そもそも私の手にキスをする必要は何処にも無いでしょうに。
「そうでなきゃ、真っ先に声をかけてますよ。我が愛しの公爵閣下。」
「馬鹿にされてる。」
「してない!いや、してないです!」
ひょいと出てきたタメ口を敬語に戻し、彼は心外と言わんばかりの表情で軽く首を横に振る。
ああ、何でこの男はこんなに軽いのだろう。昔から……共に「王子」のお世話をしていた頃からそうだ。どこかふざけているような印象を持たせるくせに、おいしい所はさらりと持っていく。
小さく溜息を吐く私に気付かぬまま、フレイルはくるりとサンディエの方に向き直り…
「で?今回はどんな生き物の細胞を用いたんだ?サンディ?」
「はい。この世界の魚類の中でも、少々変わった形の物を。」
フレイルの問いに答えるように言ったサンディエが、パチンと指を鳴らした瞬間。宙に、今回用いられた魚と思しきホログラムが映し出される。
ちなみに、サンディエは「刺客」に用いるこの世界の生物の細胞に、魚類と昆虫を用いる事が多い。
魚類の時はともかくとして、昆虫を用いた時の「刺客」の姿はあまりにも…何と言うか、グロテスクだ。
……しかし、確かに今回はちょっと変わっているかも知れない。見た目は、間違いなく魚だろう。尾鰭も背鰭も胸鰭もあるが、腹鰭と鱗は無い。目は大きめで、体色は基本的に黒い。
ただ…顔の部分。鼻と呼んでも差し支えないような、細長く尖った吻を持っている。まるで、槍のようだ。下手をすると体より長いかもしれない。
「…何、この訳わかんない魚。」
「メカジキと呼称される魚類ですよ、ウィンダート男爵。ちなみに、この世界では食用として重宝されております。」
「食べられるの、これ!?こんな吻が尖がった魚!?」
びっしとホログラムに映し出された魚を指差しながら、心底不審そうに言うウィンダート。確かに…普通に見る分には、食べられるのかどうか、疑問は残るのだが…サンディエが言うのだ、多分、間違いない。
「勿論です。体は大きいので、食べられる部分はそう少なくありません。」
「信じらんない…」
今回ばかりは、きゅうっと眉を顰めるウィンダートに、激しく同意したい。こんな変わった形の魚など、捕らえる事すら苦労しそうな気がする。
下手をすれば、釣り上げた時に刺さると思うのだけれど。
「ああ、ちなみに刺客の作成に使わなかった部分は、この世界のレシピに従って唐揚げに致しました。よろしければ、お召し上がり下さい。本日水揚げされたばかりの新鮮な一品です。」
「凄いな…公、後でサンディが作った唐揚げ、一緒に食べません?」
「…セイバーナイツを倒すのが先です。」
「もぉ~息抜きは必要ですよ?そんな風に仕事に打ち込みすぎてたら、婚期を逃してしまいますよ?」
サンディエ、唐揚げなんか作っている暇があるのなら、セイバーナイツの弱点の解明でもしていなさい。
そしてフレイル、人の頬をぷにぷにと突きながら、乙女の心を踏みにじる様な事を言わないで。割と気にしている事なのだから。
「巨大なお世話です。それで、サンディエ。この魚を用いた理由を聞かせて下さい。」
「承知いたしました、閣下。」
半ば睨みつけるような目の私に気付いたのか、サンディエは真面目な表情になると、恭しく一礼をし…ホログラムに映ったメカジキとやらの持つ特性を説明しだす。
まるで、研究の成果を発表するかのように。
「この魚、見た目通りの『槍』を持ち、性格も獰猛。船舶や鯨と言った、自分より大きな相手にも突撃する事もございます。肉食と言う点も、侮りがたい。成魚になれば、歯こそ失いますが、それを補って余りある吻の槍による攻撃性と勇敢さを持つ。以上の点より、今回、強襲型としては申し分無いかと。」
一息に言い切り、彼は私に向かって勝ち誇ったようにも、誉められるのを期待している子供のようにも見える視線を送る。
成程、今回は獰猛さや勇敢さから、この生物を選んだと言う事か。
「…分かりました。あの忌々しき戦士達を倒せるよう、願っています。」
「最善を尽くします、ブリザラ公。」
「では…我らが忠実なる部下達よ!出撃せよ!」
私の声が、シュラーフェス内に響き渡ると同時に、この要塞を取り囲んでいたバリアは一瞬だけ消え、数多のピートと、サンディエの生み出した強襲型の刺客が、街中へと出撃する。
バリアは、外からの攻撃を完璧に防ぐが、裏を返せば内側からは何も出来ないどころか、外にすら出られない。
間抜けな印象を受けるかもしれないが、外の攻撃を跳ね返し、内側からは攻撃できるなんて、そんな都合の良いバリアなんかある訳が無いのだ。
……私達には、時間が無い。…手段を選んでなどいられない。だから…
「ここで倒れろ…セイバーナイツ……!」