桜の記憶
私の1作目の小説、「1ヶ月間、看護に向き合って感じたこと〜現役高校生の日記〜」の前に高校の課題で描いた小説です。
訳ありで、提出はしなかったので未公開です。
桜の記憶
桜の時期に降る雨を桜雨というらしい。その桜雨が降った後、雲一つない天気に変わったのは一時間前のことだ。
私はコンクリートの階段を駆け登るとわいわいとした一年前の今日と同じ声が聞こえてくるのを聞いた。
大学敷地内の象徴である大きな桜の木は今日も私たちを見守っていた。
去年と変わったことがあるとするならば、それは私の表情だ。一年前よりずっと自信に満ちた顔つきだった。
この一年は人生の中で、最も大変な時間だった。違う形ではあるもののこのN大学に再び戻ってこれたことが嬉しくて先程から私の胸の鼓動は収まらない。
首にかかったペンダントを手で握りしめ、深呼吸をすると私は人生で二度目の大学の入学式に向かった。
私の人生が百八十度変わったのは去年のことだ。全てはここから始まった。
大学受験で都内のN大学に合格した私は、地方を出て都内で一人暮らしをする道を選んだ。
私が四歳の時父親が病気で亡くなってからずっと母が私と妹を一人で育ててくれた。
なので母にこれ以上負担と迷惑をかけないために高校を卒業してから大きなスーツケースと共に東京に移り住んだ。
最近になってやっと東京での暮らしに慣れて来たところだ。つい先日も初めて外国人に道を聞かれ、案内することができて、一歩成長した感覚だった。
そうして今日は遠くから来てくれた母と共に入学式に向かった。
N大の象徴である大きな桜の木は私の入学式を待っていたと思わせるほど、完璧な満開の姿だった。
そこからの大学生活は楽しかった。
新しい友達が、次々とできて私もついに大学生になったんだと実感できるものだった。
しかし、この頃の私はまだ知らなかったのだ。この楽しい時間が長く続かないということを。
入学式の桜は緑の葉に移り変わり、あと一週間で大学が夏休みに突入するという時期に私は、大学を数日間連続で休んでいた。風邪だ。私は東京に住み始めてから病院に行ったこともなく、初めの方は市販の風邪薬や上京するときに持ってきた頭痛薬で対応していたが、一向に回復しない。それどころか前よりだるさ、頭痛がひどくなっている気がする。
私は決心を決めて近くの大学病院を受診することにした。
長い検査後告げられたのは脳腫瘍グレードⅢだった。
担当医からは何度も、「将来のために」や「将来を考え」というような言葉を聞かされたが私の心には全く響いて来なかった。
なぜなら、私には夢がなかったからだ。
大学を卒業したあとは、友達と同じような会社に就職をするのかな。と、なんとなく考えていた程度だった。
病院の封筒を手に、帰り道を歩いていた。病名がわかって頭の中は真っ白になるのにこの運命を自分が始めから知っていたようなくらい冷静であることが不思議だった。
もし、病気になったら旅をしたくなる。昔テレビで誰かが言っていたこの言葉は本当だった。
正確に言うと旅がしたいと言うよりも自分が今生きていることを確かめたい、自分の生きた軌跡をたどりたい、と言う表現の方が近い気がする。
また、病気のことを忘れてどこかに行きたいと言う思いもあった。将来に強い希望がない私は治療のやる気も前向きではなかった。とにかくここに居たくない。
現実から逃げ、旅の支度を始めるために東京に来た時以来のスーツケースを取り出した。
東京から電車を乗り継ぎ二時間。地元で一番大きなI駅に到着。そこから四十五分ほどの地元へ向かうため、再び乗り換え。
本日の天気は雲一つない晴れ。月曜日の午前十一時半の電車はがら空き。
地元に帰るのに病気のことを母に言いたくなくて私は実家に帰らないことにした。
駅から徒歩十分ほどのところにある旅館を一泊二日で予約した。私が知る限り最も高級な旅館だ。いつか泊まってみたいと思ったことはあったが、その、いつかがこんなに早く来るなんてその頃は思いもしなかった。たまたまスマホの広告にこの旅館の予約サイトが出てきたときは無意識に空き状況を確認していたほど迷うこともなくこの旅館に決めた。
この旅は過去の私を探す旅。行く前はもっと楽しみだったはずなのに目的地に近づいてくるたびにどんな軌跡を辿って今の自分があるのか知ることが怖かったが、過去の自分に対して自信が無かったのだ。
電車の角のボックス席で一人、駅弁を食べながら外の様子を伺っていた。
車内が混み始めた時、背の高い男性がボックス席に座ってきた。
私は食事をしていたので、すいませんと言うべく男性の顔を覗いた時、目を見開いた。この人だ。と心の中で私が言った。この人をずっと心の中で探していたようだった。過去にどこかで会ったことのある人ではないかと思ったが、違う。自分の目だけの情報ならば知らない人と判断するのに、心の奥底で知っている人だと認識するこの感覚。こんな事初めてだった。
私があまりにも見るのでその男性は「どうかされました?」と尋ねてきた。変な人と思われたかと心配になりそれからなるべく見ないように俯いた。
降りる駅になり、スーツケースを持って電車から降りようとした瞬間、ポケットから小さいものが飛び出した。私は急いで拾おうとした時先程の男性が「大丈夫ですか」と拾ってくれた。
それは、私の高校の校章バッジだった。今日は私の半年前まで通っていた高校に行くために担任だった先生に連絡をした。そのため、ポケットに校章を入れたことをすっかり忘れていた。急に電車のドアが閉まったので男性は駅のホームでバランスを崩して転んでしまった。
「すみません。大丈夫ですか」
男性の足に擦り傷ができているのを見て私はスーツケースから絆創膏を渡した。
「私のせいで本当にごめんなさい」
「大丈夫です。僕もこの駅で降りるところだだったので」
「もし、よろしかったらお詫びの印にどこかでご馳走させてもらえませんか」
時が止まったようだった。ダメもとでその男性を誘ったというよりかは、気づいたら声をかけていたという表現の方が正しい。
もちろん言葉通りお詫びの印として、という気持ちもあったが、それだけではない。この旅は過去の自分を探す旅。ならば、この男性も何か関係しているのではないかと思ったからだ。
男性は一瞬驚いた顔で私を見つめたものの、「では、お言葉に甘えて」と爽やかな笑顔で返事してくれた。
「急にお誘いしてすいません。私、中野莉々香と言います」
私たちは改札口を降りて少し歩いたところにある昔ながらの喫茶店に来ていた。
「僕はあきらと言います。よろしく」
コーヒーフロートを飲みながら晶が会話を続ける。
「莉々香。いい名前ですね」
「私の父がつけてくれた名前なんです」
莉々香という名前こそ、父が私に残してくれた、たった一つのプレゼントだった。
父親が居ない私たちの家族は苦労の連続だった。だから、父親のことを思い出す度に寂しいというよりかは、当時の苦労の方を思い出してしまう。
なのに私の目からは液体がポロポロと流れ落ちた。
私は自分が泣いていることをあきらの心配そうな表情で理解する。
「すいません。なんでだろ。父のこと思い出せないのに、、、」
「りり、おいで」
海辺で男性の影、私が胸に飛び込んでいるのを長い手を広げて待っている。今まで頑張って父を思い出そうと記憶の中から探し出してもここからの記憶がどうしても思い出せない。
向かい合わせに座っていたあきらが私の隣でハンカチを差し出してくれた。
「今日はご旅行ですか?」
私はあきらにこの旅について話した。
どうして、会ったばかりの男性に家族にもまだ話せてないことを言えたのかは分からない。
私が話している間、彼はずっと自分のことのように真剣に聞いてくれていることが伝わってきた。せっかくお礼として誘ったのにこんなに私の話ばかり聞いてもらって申し訳なくて誘ったことを後悔した。
「それで、軌跡を辿る旅ですか」
「はい、今まで将来のこととかあまり考えずに生きてきたので、病気だと分かっても現実逃避したい自分と、しっかり病気を治したいと思ってる自分がいて。それをはっきりさせたいんです」
それからあきらが何か考えたように顔を上げた。
「僕にもお手伝いさせてもらえませんか」
私は何を言われたのか分からなくて表情が固まった。それでも彼は続ける。
「興味あるんです。それに先ほどの校章、華里高校ですよね。僕の母校なんです。卒業してから一度も行ってなくて」
私とあきらは母校に向かった。海岸沿いを歩きながらあきらが私の年の二つ上であることを知った。背も高く大人オーラが出ていたのでてっきり五つほど上なのではないかと思っていたので驚いた。
けれどさらに驚いたのは私たちが同じ時期に同じ華里高校に通っていたということだ。
「私たち廊下とかで、すれ違ったりしていたかもしれませんね」
坂道を下ると半年ぶりながら、懐かしい風景が私のレンズに映し出された。
半年前まで毎日見ていた校舎が古くなったような気がして卒業すると見方が変わるものだなと感じる。
「梨々香、元気だったか」
門で私の高校三年生の時の担任の西山先生が出迎えてくれた。病気の事は秘密なので元気ですと嘘をついた。
「今日は好きなだけ見学して行ってくれ。じゃあ、俺は仕事があるから」
あきらを見る暇もないくらい急いで職員室の方に走って行ってしまった。後ろを振り返るとあきらがじっと遠くなる西山先生の影を見つめている。
「もしかしてあれって西山?」
驚いたような顔であきらが言う。
「そうです。あきらさん知ってるんですか」
「知ってるも何も担任でした。高一の時の。老けましたね。西山先生。特にこの辺り」
あきらが、にやっと自分の髪の毛を指さしながら言うので思わず声を出して笑ってしまった。
さっきまで大人っぽく見えていあきらが高校の男子達と同じように見えた。
「私高三の時あそこの教室だったんです」
私は校舎の五階の一番端の教室を指さしながら言った。
「奇遇ですね。僕もです。三年五組。懐かしいな」
広いグラウンドの真ん中に私たち二人だけなんて不思議だった。
高校生に戻ったようなこの感覚が青春なのだろうか。
私の高校時代は受験が中心の生活だった。
青春ということをしなかったので今の自分がドキドキしていることに気づいていなかった。
それから、私のかつての記憶と重ねながら窓の外から見える美術室や綺麗な音色が聞こえる音楽室を眺めた。
軌跡を辿るというのは過去の自分をイメージすること。あきらも会話を辞め、二人でイメージする。かつての高校生活を。
「今日はほんとにありがとうございました」
私はあきらと校門を出て、来た道を引き返していた。振り返るとあきらが立ち止まっていた。
「莉々香さん、もし良かったら明日の四時半に僕と会って貰えませんか?莉々香さんに見せたいものがあって。えっと、僕が旅館まで迎えに行くんで」
突然のお誘いと集合時間の早さに私は驚いてあきらの顔を見ると私たちは思わず顔を見合って笑ってしまった。
「分かりました。四時半ですね」
それから旅館に着くまで私は恥ずかしくなりあきらに声をかけることが出来なかった。
駅を通り過ぎて七、八分ほどで旅館にたどり着いた。
「わざわざ送ってもらってすいません」
顔を上げるとあきらの顔色が悪くなっていることに気づいて目を見開く。
「大丈夫ですか」
「久しぶりに沢山歩いたのでちょっと疲れただけです。今日はとても楽しかったです。では明日」
彼は莉々香に手を振ると、すたすたと歩き出したので私も旅館の入口に向かって歩き出した。
大きい自動ドアが開くと私は目を輝かせる。
さすが高級旅館。チェックインを済まして、若女将に案内してもらった部屋に入る。
「す、すごい」
思わず声が漏れた。小学生の頃に戻ったような気分で客室を見渡す。
シャワールーム、ジェットバス、大理石のキッチンなどなど。そればかりでなく歩き回る度、畳のいい香りがする。またベランダにはオーシャンビューな景色が広がっているのはもちろん、個室のサウナ室やひのきの露天風呂付き。
夕飯前に大浴場に入り、夜七時頃には日本食のコースを食べ、それから十一時頃まで静かに本を読んで過ごした。
たまに遠くを見つめながら夏休みに家族で行った旅行を思い出していた。枕投げをしたことや母が寝てしまったあと妹とこっそり隠れながらトランプをやったこと。その度に私の心に虚しい風が吹く。
それは私が病気を家族に打ち明けずに毎日を過ごしている罪悪感、治療にすぐ前向きになれない自分への戒めが関係している。
それにまだ実感が出来ないのだ。自分に残された時間は思っているほど少ないということ。何もしなければ私を支えている命の灯はどんどん弱くなっていく。十一時半過ぎに薬を飲んだ後、畳に敷いてもらったふかふかの布団で目を静かに閉じた。
スマートフォンの目覚ましで三時半に起床した。当たり前だが辺りは暗く静かな朝だ。
あきらが早朝に私を誘った理由は分からなかったが私は誘われたことが嬉しかった。
朝ごはんは昨日旅館の売店で買ってきたものでさっさと済ませ、着替えて身支度をし、只今の時刻は四時十五分。
旅館から出ると既にあきらが旅館の前に後ろ向きで立っていた。私に気づく気配は無かったので、
「おはようございます」と挨拶。
あきらはビクッと身体を震わせた。
「ビックリした。おはようございます。行きましょうか。」
「どこに行くんですか」
「海です。時間ないので急ぎましょう」
あきらは莉々香の手をそっと取るとゆっくりと走り出した。この状況が掴めなくて私は目を見開く。
それから私は彼と手を繋いだまま海へ向かった。
「間に合いました。莉々香さん、見てください」
あきらが立ち止まって言うので私は顔を上げた。
「すごい、すごい!」
海の奥にたった今地平線から昇ってきたばかりの太陽が波に反射して道筋を照らすような日の出の光景だった。
「僕は何か上手くいかないことがあると、ここでこの景色を見るようにしているんです。そうするとなぜか体に力が湧いてくる。頑張ろうと思えるんです」
あきらは海を見ながらそう言った。
「素敵ですね。私も近くに住んでいたのに知りませんでした。この景色がこんなに綺麗だったなんて」
それからどのくらいの時間が経ったのだろうか。私たちはゆっくりと上に昇っていく太陽を見上げていた。あきらの緊張している様子が手の振動で伝わってくる。
それが、嬉しくて私は笑顔であきらを見た。
しかし、彼の顔は先程とは明らかに異なって青白く、静かに涙が流れ落ちていた。
「あきらさん、どうされたんですか」
彼は涙を手で拭いてから言った。
「僕は莉々香さんと同じ病気で、もういつ死んでもおかしくない身体です」
彼はこんな大事なことなのに、にこっと笑った。
私は驚きで声も出なかった。それでも彼は話を続けた。
「僕は死ぬ前にふるさとを人目見たいと思ってここに戻ってきました。もちろんあなたにも病気の事は言わないつもりでした。でも、莉々香さんと話している間にもっと生きたいと思えて、こんなこと初めてで、嬉しくて」
この状況を頭で消費するのに、時間がかかった。その時初めて彼の背中が小さく見えた。
とっさに言葉を走らせる。
「あきらさんなら大丈夫ですよ、絶対」
私にはそれくらいの言葉しかかけられなくて私の目からも涙が止まらなくなった。そんな私の様子を見たあきらがまた話し始める。
「実はね、僕は三年後に医者になる予定でした。沢山の患者さんの治療をサポートして病気に対する精神的な負担を少しでも軽くしてあげたいというのが僕の夢でした。それが今だと、治療されている方です。どうですか。情けないでしょ?」
あきらは私を優しい笑顔で覗き込んで、笑った。私も涙を拭きながらそれでもまた涙を流しながらゆっくりと口角を上げた。
「病院にいると、僕は生きてる心地がしないんです。暗いことばかり考えてしまうから。ここ半年、僕は笑うことを忘れてました。でも、昨日は本当に心から笑うことが出来たんです」
私は顔を上げてあきらを見るが、彼はまっすぐ海を向いていた。
それから、決心したように大きな深呼吸をして今まで海に向けていた体を莉々香に向けた。
「莉々香さん。あなたは生きてください。どんなに辛いことがあっても決して諦めないでください、諦めなければ未来は変わりますから」
私はあきらの言葉で再び涙し、顔を見ることが出来なかった。それからあきらが自分の首元を触りながら言った。
「これ僕のペンダントです。どうか受け取ってください。もし、これから莉々香さんが辛いことに直面したら僕の言葉を思い出して欲しいだなんて、カッコつけすぎましたね」
あきらが私の首にかけてくれたペンダントは私が入学式に見た大きな桜の木が彫ってあった。
「ずっと大切にします。ありがとうございます」
あきらと私はにっこりと微笑み合った。
「僕はここで。今日は来てくれてありがとう。莉々香さん、どうかお元気で」
それから彼はゆっくり私から通さがる。あきらが遠くに行ってしまう。後悔したくない。私は今出せる最大の声で
「私はあなたが好きでした。あきらさんもお元気で」
こんなに大きな声を出したのはいつぶりだろう。
彼は一度だけ振り返り、手を振った。私も手を振り続け、あきらの姿が見えなくなると辺りが明るくなった海辺を歩き出した。
涙を流しながら静かに砂浜を歩く男性。彼は「りり、頑張れよ」と、つぶやくと彼の背中は太陽の光とともに小さくなって、ついに見えなくなった。
この出来事があってからだ。病気を必ず克服する。
そう思うことが出来た。
それだけじゃなく私は将来やりたい仕事を見つけることが出来た。
それは、あきらが夢見たような医者になること。
あのあと莉々香は旅館から出てまっすぐ実家に向かった。
自分の言葉で母に今の自分の状態とこれからの事を伝えるためだ。
普通の人は当たり前だと言うかもしれない。だけどこれは私にとって大きな決断だった。
私は深呼吸する。「頑張れ」とあきらが言ってくれたから今の私がいる。
だから、どんなに辛い未来が待っていても私は乗り越えられる。
諦めなければ未来は変えられる。
だから、私は馴染みのある玄関のチャイムを自信に満ちた笑顔で鳴らした。
あれから数日後、私と母は東京の病院に向かうため地元を離れた。
行きの新幹線の中で私は亡くなった父、中野晶が大学時代に友人からあきらと呼ばれていたことを初めて母から聞いた。
旅で出会ったあきらとは同じ高校、同じ大学。このことに意味が無いとは思えなかった。
あの旅で出会った、あきらが私の父だったのか、そしてこの旅が現実だったのかは未だに分からない。
でも、確かに私の首にはあきらからもらったペンダントが太陽の光で反射し、輝いているのだ。
そして、母が「晶さんと私は海が好きでね、よく海辺でデートをしたのよ」と懐かしそうに、そして嬉しそうに語っているのを聞いて私は想像する。
大学時代の若い父と話した、と母に言ったら何と言うだろう。私の父親は素晴らしい人だった。
あんなに大変な状態でも、父は生き続けた。母と結婚し、私が生まれた。父がすごく強い人だったことを知った。
私は、断言出来る。父の子供で良かった。
海辺で手を広げて私を待っている男性。
幼かった私が不安定な足取りで彼の胸に飛び込むと嬉しそうに歯を出して笑っているあの顔が見えた気がした。
これから私の人生は百八十度変わるだろう。
父が夢見たような医者になるために。
やりたいことが無かった私に夢を与えてくれた人。
だから、私はペンダントをギュッと握りしめる。
彼がずっといてくれるならば、私はこれから頑張れる気がする。
エピローグ
人生とはその人が動けばいつでもやり直すことが出来る。ただ、過去は変えられない。全てを一からやり直すことは出来ないが、唯一変えることのできる未来に向かって歩み出した彼女の顔は輝いて見えた。
夢を叶えるのに、遅いなんてことはありません。




