第2話 美濃泰啓
帰りの電車の席はほとんど埋まっていた。今日は十五駅ほど遠くから来たため、自宅の最寄り駅までこの混雑なら憂鬱だと思った。
三駅ほど進んだところで降りる人がいて、一席空いた。疲れきった体を、まだ生温かいロングシートに委ねる。
心地よい電車の揺れと暖かさに、眠気を誘われる。
***
辺りには何もない。地面も、壁も、空も。ふと顔を上げると、少女がいた。
「たいちゃん、つぎはなにしてあそぶ?」
その少女は僕、すなわち美濃泰啓に話しかけているようだった。
「どうしたの?」
少女はそう言った。状況がつかめない。この少女は誰なのだろうか。
「あなたは誰?」
言いかけて、自分の声がいつもより数オクターブ高いことに気づいた。声変わり前だろうか。そう思って、自分の体を見てみる。
小さい。そして肌が柔らかくて潤っている。これまで違和感がなかったから(この世界に何もないことの方が何倍もインパクトが強かったからかもしれない)気づかなかったが、今自分は幼児だったのだ。
「なにいってるの。ほら、あそぼうよ!」
少女は話に取り合ってくれない。
「君は誰なの?」
聞き返した。
***
夢を見ていた。気づくと、左手に長い髪の毛が絡まっていた。車内アナウンスとLED表示機が、最寄り駅にまもなく停車することを知らせた。改札を通り、駅を出ると全身が震えた。昼間より格段に気温が下がったようだ。
僕はまだその髪の毛を左手で強く握りしめていた。夢の内容はあまり覚えていないが、近所の女の子と遊んだ懐かしい記憶だった気がする。
家に着き、湯船に浸かりながら、「BRAIN GUESSER」の使い道を考えていた。スキャンした瞬間にその人と会話ができ、どこにいて、何を思っているのかを聞き出せる。妄想は膨らむが、僕にそんな馴れ馴れしく話をしてくれるほどの人は、そう多くいない。ましてや、その人のDNAが分かるものを手に入れることなど、この上なく困難である。買ったはいいものの、どう使おうか悩んでいた矢先、その髪の毛を握りしめていた。この髪の毛の主は誰なのだろうか。子供のような探求心と、好奇心に駆られる。
躍る心臓の鼓動を抑え、とりあえず今夜は眠ることにした。
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