第八話「血の契約」
ヒルダさんに僕の血を飲ませたのは、賭けだった。
最初にヒルダさんに僕の血を吸われた時、彼女を支配していくような錯覚に陥った。なんて言うんだろう・・僕の血が彼女を犯していくような、浸透して上書きしていくような・・
そんな中で、彼女の体内の何かが激しく抵抗していた。ヒルダさんのものではない、故意的に仕掛けられた異物・・そう、まるで丈夫な鍵だ。でも、その抵抗は弱まった感じがした。
もしかしたら、それがヒルダさんを開放するきっかけになるんじゃないかと思ったんだ。
僕はオルガの鎧で硬い胸に寄りかかって、逆上せて乱れた呼吸を整えた。鎧・・ひんやりして気持ちい。
「だ、大丈夫だよオルガ。僕は何もされていないから、落ち着いて。・・ね?」
う、上目遣いのテオ様キャ、きゃわいい///!!
「は、はい!テオ様!」
「姫!なんとおいたわしや。貴血をこんな短時間に大量にお呑みになられてしまうとは・・。」
「・・っ、ハァ、アッ//、っ〜〜〜〜、今の、妾に・・決して触れるでない・・ぞっ?ンンンンッ///」
ただでさえ、主人の血を呑んで頭がボ〜っとしてるというに、父上のかけた封印が溶けて、妾の冷たく止まっていた心臓が動き出したせいで・・もう何が何だかわからぬではないか!!!
いま、ヒルダさんは困惑しているはずだ。正直、ここでヒルダさんを逃がして正気に戻られて、僕たちに敵対されたら太刀打ちできない。スカジもまだ眠っているし、オルガはヒルダさんとの戦闘で一方的に消耗している。
ヒルダさんも驚異的なスピードで回復してるけど、本調子じゃない。
「て、テオ様?まだ動かれてはなりません。」
オルガが立ち上がろうとした僕を、止めようとする。
「オルガ、邪魔しないで。」
僕はトーンを変えた。彼女の主人たる威厳を持って、僕がまだ王子であった頃に身につけた支配術で悟らせた。
「はっ。」
僕はヒルダさんの元へと向かう、彼女は椅子から崩れ落ち女の子座りで、湧き上がる快感と解放された幸せな記憶で、悶えそうになっているところを必死に押さえ込んでいた。
「貴様!ヒルダ様に近づくな!これ以上の、無礼をこの私が見過ごすと思うな人間!!」
「オルガ。」
「はい、テオ様!」
未だ下半身が動かないマチルダさんなら、オルガでも時間は稼げるはずだよ。
僕は、まだ熱っぽい吐息を荒げている、ヒルダさんの太ももの上に騎乗した。
ヒルダさんの動揺と期待が混じっている瞳が、僕をチラチラと見ている。
「・・主人、これ以上妾にどのような悪戯をする気なのじゃ。」
「我は問う。人外の子、ヒルダ・アルフ・ドラキュラ汝は我に何を望む。」
ヒルダの心臓の前に、赤い魔法陣が展開した。それを見て最初に反応したのは、マチルダさんだった。
「下郎!!!まさか、虫けらの分際で姫様を貴様の下僕とする気かーーーっ!!!」
そう、僕がやろうとして居るのは、アンデットを支配下に置き使役する”血の魔術・血に追従する者”である。血の魔術は、魔力が乏しくとも血を捧げることで発動する魔術。幼い僕でも使える一番拘束力の強い魔術だ。この魔術で相手が僕の支配下に下るかどうかは、生命力の強さと血の力が対象より上回っている必要がある。
「・・わ、妾の、望むもの・・・。」
「そうだよ、ヒルダさんが僕に望むものを教えて欲しいんだ。」
「だ、駄目です、姫!!答えてはなりません!!答えてしまっては、その下郎の思う壺でございます!!」
血の魔術において、対象が自分より上位の存在の場合。相手の望むものを提供しなければならない。これは身の丈に合わない契約の犠牲である。
「妾は、愛。母上がくれた、胸の疼きをもう一度味わいたい。其方にそれが出来るのか?」
「・・良かった!心臓とか、両目とか言われたらどうしようかと思ってたんだよ?ヒルダさんあのね、僕は正直ヒルダさんのことが気になってしょうがないんだ。・・うん。大好きだよ。君を愛そうヒルダ。これから僕は君の心臓を動かす、唯一の主人として生涯君を手放したりしない。」
”ドクンッ”止まっていたヒルダの心臓が動き出した。
あははは、参ったのぅ。人間の小童に妾の心臓が盗まれてしまった。
”ちゅっ”『誓いのキス』
対象の願いに応じた、契約の儀を終えれば二人は結ばれる。
マチルダの抵抗も虚しく、この日ヒルダ・アルフ・ドラキュラはテオの手中に堕ち・・・
ヒルダの瞳がまた、金色に輝き出したのである。