第七話「真祖の吸血鬼姫 封印された記憶」
テオの接吻にも似た、口移しの血はヒルダの口を濡らし、その奥に流れ込んでいく。
甘い・・なんと甘いのじゃ・・。
それはヒルダの幼少の記憶。
真祖の吸血鬼が、美しい人間の女と、その二人に面影を見ることができる少女が笑い合っている情景だ。
漆黒の髪の毛に真っ赤な瞳、生気を感じない青白い肌を持った長身の男が窓辺に立っていた。その側には、プラチナブロンドを月明かりに晒す女性が、ヒルダを抱いていた。
「伯爵様、抱いてあげてください。あなたのお子でもあるのです。」
「うっ、うむ。」
ドラキュラ伯爵は、困ったような顔を浮かべて、頬を”ぽりぽり”とかきながら差し出された、幼いヒルダをぎこちない手付きで抱いた。
「こ、こうか?こ、こら髪を引っ張るな。」
「ふふっ、天下の伯爵様もヒルダには敵いませんね。」
「う、うるさい!私は、吸血鬼の子でも抱いたことがないのだ。」
全く一体なんなんだ。吸血鬼の王でもこの俺が、何故この女の前ではこうも形なしなのだ。それに、初めて我が子に興味を持った。今までは、子が生まれても気づけば大きくなっていたからな。
ヒルダは、笑いながら伯爵に小さな手を伸ばしていた。
「父上、高い高い!して〜!」
「むっ、・・仕方あるまい。少し行ってくる。」
「はい。あ、お待ちになって。」
「なんだ。」
姫は、マフラーを手に取り伯爵の首にかける。そして、ヒルダにも。
「今日は冷えますから。」
「俺はアンデットだ。寒さは感じない。」
姫は、少し笑うだけだった。
伯爵は、その顔を少し眺めたあと勢いよく窓を開けて、翼を広げ満月の空を舞った。ヒルダはひどく喜び、”きゃっ、きゃ”と喜んでいる。
一体なんなのだ。あの女が笑うたびに、ないはずの心臓に何かが染みる。伯爵は胸に手を当てて、止まっているとヒルダがマフラーを触って
「父上!母上のくださったマフラーあったかいですね!!」
「・・・そうか、良かったな。」
「はい!!」
この幼な子も、アンデットのはずであるはずだ。我が瞳を受け継ぎ、真祖の吸血鬼に名を連ねる者のはずなのに・・暖かさを感じるのか。・・ふっ、もしや貴様は人として生きれるのやも知れぬな。
ヒルダにテオの血がさらに流れ込むと、思い出の情景が変わった。
ベッド上で、息絶えている金髪の姫、その側でうずくまっているヒルダ。窓辺から物音がした。
「ち、父上・・。」
伯爵は、金髪の髪を愛おしそうに持ち上げると、静かに額にキスをした。
「約束だからな。お前を吸血鬼にはしまい。・・ヒルダよ、貴様は人として生きよ。父のことは忘れよ。念のためだ、私の記憶を封印する。」
伯爵は、長い人差し指をヒルダの額に差した。すると、長く鋭い爪さきに紫色の魔法陣が現れて発動した。ヒルダの真っ赤な瞳が、金色へとかわった。
伯爵は、姫を抱えて夜空に飛び立ち、ヒルダだけが廃城と化した一室に取り残されて意識を失った。
ヒルダは全てを思い出した。彼女の父親との失われた幸せを。
”あぁ、父上。貴方が私から幸せな記憶を奪ったのですね。私を人と暮らさせるために。あなたに愛されたことなんて一度も無いと・・。それだけで、憎しみを糧にここまで生きてきたと言うのに・・”
テオは熱い涙を、ヒルダが流し始めたのを感じて、長く深い接吻をやめた。
”ぷはっ”
「「はぁ、はぁ///。」」
なんて熱いんだ。ヒルダに直接血を吸われてたわけでも無いのに、鼓動が早くなって、身体中が熱気を帯びてもう・・・。
テオはその場に腰が砕けたようにヘタレこんだ。
「テオ様!!大丈夫ですか?!」
オルガがすかさずテオを支えた。