第五話「ヒルダの過去」
「のぅテオ、次はいつ妾に吸わせてくれるのじゃぁ?」
青白く透き通った手が、僕の赤みがかった頬を撫でた。
そこに鋼の剣が風を切り割って入った。
「貴様、隙あらばテオ様に不埒な真似をぉ!!テオ様!このような輩を配下となさるなど、やはり納得できかねます!!」
「あ、ははは、それはもう決まった事だから、ね?」
「うっ・・その上目遣いは反則です・・・。」
僕が困った時に、よく態度に出てしまう困り顔や懇願は、オルガにとって拒否できないものらしいんだよね。
それはそうと、ヒルダに血を吸われた日から一晩経った。
彼女は、僕の血が彼女の体内に残留している時に限って、無条件で僕の命令を聞いてくれる。
でも、彼女の体内に僕の血がない時は、彼女は自由の身らしい。
ヒルダ曰く、
「妾は仮にも、真祖の吸血鬼である。お主の血が、妾よりも高貴だったことは解せぬが努努傲るでない。」
と脅された。
この状況に至るまで正直大変だった。一体何があったかと言うと・・
前日の夜は、ヒルダは僕の言いなりだったから彼女の事について本人に聞いてみた。
「ねぇヒルダさん。」
「なんじゃ。」
「ヒルダさんの事、教えてよ。どこで生まれて、何でここにいるのか。」
「・・・面白くもない事よ。主人の時間が無駄になるだけだと思うがの。」
「ううん、聞きたいんだ。ヒルダさんは、どこか寂しそうだから。こんなに強いのに、何かが陰っている気がするんだ。初対面でこんなこと聞くのもあれだけど。よかったら聴かせてくれない?知りたいんだ。僕はなんだかヒルダさんの事が、ほっとけないんだよ。」
「この私が陰っている?」
「小僧っ!!貴血をいい事に、姫様を愚弄するなど許さんぞぉおおおお!!!」
地面に伏していたマチルダが、物凄い殺気を込めた瞳でこちらを睨み吠えた。
マチルダさん・・がこんなにヒルダさんのこと思っている根源って何なんだろう。でも、確かにこれほど自分を愛してくれている存在がいる人に向かって、陰ってるなんて言い方は無かったのかもね。
でも・・知りたいんだ。ヒルダさんは、何だかほっとけないんだ!!
・・僕と似ている。そんな気がするんだよ・・ごめんねマチルダさん。
「マチルダ。そう喚くでない、見苦しいぞ。」
「しかし、姫様!姫様が、下等生物にまで愚弄されるなど私にはとてもっ、とても耐えられないのです。」
「昔から妾を姫と呼んでくれたのは、其方だけであったなぁ。ふふふっ、可愛いやつじゃ。して主人よ。妾の話を聞いて、どうする気なのじゃ?いっその事、貴様の貴血が妾の体内にあるうちに自害を命令したらどうかの?」
「姫様!!?何を!!」
もしかしてヒルダさんは、死にたいのかな。アンデットなのに・・・やっぱりおかしいよ。
「友達になってよ。ヒルダさん」
「・・友達じゃと?」
「うん。だめかな。僕この島に来てまさか話し相手がいるとは思ってなかったからさ。一人は寂しいでしょ?」
「・・くっ、ふふっ、フハハハッ、アハハハハハハ。この妾が、ヒルダ・ドラキュラが人の子とお友達とな?!どこまで妾を愚弄する気か!!!?貴様ら人も、吸血鬼も皆が妾に後ろ指を刺して化け物扱いする!!なのに、貴様は妾と友達とやらになりたいだと?!反吐が出るわ!!!!」
「僕は・・ヒルダさんの事化け物だなんて思ってないよ?」
「世迷言をっ」
「さっき!!僕はヒルダさんに血を吸われた時に、あなたの感情も流れてきたんだよ!!!悦楽と快楽の影に見え隠れしたあなたの、心の叫びが!!本当は心の中で泣いている少女の嗚咽と悲痛が!!!見過ごせないよ!!あなたはとても綺麗で、妖艶で、凄い魅力的なんだ!!泣く必要なんかない!!」
嘘じゃない。さっきの強大な快楽は、壮絶なトラウマを隠すための薬だ。じゃなきゃあんな、悦楽は味わえない。後宮の母上と同じだ。一人の王の寵愛のため、命をかけた戦いがある。その戦果が僕なのだ。
母上も、良心を犠牲にして側室の座に座り僕を守ってくれた。
でも本当は、心を病んでおられたんだよ。そのせいで母上は死んでしまった。
「ヒルダさん。あなたはアンデット。死を望まず。不死を生者に与えるアンデットだ!!なのに、死を望んでいる。あたかも、僕たちが辛い目に遭うたびに、死にたいと思うように。それがあなたの影だ。あるはずのない影なんだ。だから、生者と友達になれると思うんだ。それでしかあなたは救えない。」
「・・・。」
「だから、教えて欲しいんだ。ヒルダさんは、一体何者なのか。主人である僕が聞きたいんだ。聞けるうちに」
ヒルダさんは、キョトンとした目をしていた。驚きではなく、己の中での悟りに近い表情。
そして、徐に答えてくれたんだ。
「妾は、人だったのじゃ。」
「・・え。」
始祖の吸血鬼が、人な訳がない。
マチルダは力強く瞳を閉じ、ヒルダの代わりに涙を流した。
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