第三話「貴血」
突如として、スカジから放たれた蒼き閃光は、その空間を支配した。
うわっ!まぶし・・くない?
ヒルダさんの吸血発言の後、スカジが物凄い光を発したけどその中にあって、僕は眩しくなかった。
僕にとっては優しい光。
きっとスカジは、僕を守ってくれているんだね。
光の中心にあって、テオは周りの状況を冷静に観察していた。
この場にある、調度品や窓ガラスは粉々になっていく。
目の前のヒルダさんは、あっという間に黒い塵になっちゃった。
あれ?執事さんがいない・・避難したのかな?
それにしたって、これは・・
「スカジ!ストップ!!やり過ぎ!!やり過ぎだよ!!!」
スカジは、僕の声に反応してなのか、それとも力尽きたのかは分からないけど、蒼い閃光が絶え絶えとなって途切れた。
改めて、テオがあたりを見渡すと、一階も含めてひどい惨状である。
「あちゃ〜、これ弁償だよね?」
そんな呑気なことを考えていると、怒気を含んだ声が響いた。
「当たり前であろう!妾の城でこれほどの狼藉、如何とも許し難いわ!」
声がする方を注視すると、壊れた窓から大勢の蝙蝠が侵入してきた。
「うわぁ!!」
思わずしゃがみ込んじゃった!
でも・・僕に何かするわけじゃ・・ないんだ?
蝙蝠たちは、テオを襲う訳でもなく部屋中をぐるぐると激しく飛び回った。
最終的にテオの目の前で黒い塊を形成、みるみるうちに傷だらけのヒルダが姿を現した。
ヒルダの真っ白なシャツは切り刻まれ、豊かな胸から蒼い血が流れている。
黒いパンツも、所々破れて地肌が見えていた。
ヒルダの口から、一筋の血が流れ出る。
「すごい・・本当に吸血鬼何だ。かっこいい・・。」
「そのような世辞が何になる?死ぬか?貴様・・。」
そうだよね・・怒るのは当然だよ。
スカジは僕の子供、親である僕が責任を取らなければいけない。
テオは、しゃがんだままに床に己の額をごつんとこすりつけた。
胸に抱えた卵は、ピクリとも光らない。
「何の真似か?」
ヒルダの恐ろしく冷たい視線が、幼いテオに突き刺さる。
「僕が払える代償であれば、どのようなものでもお支払いします。ですから、どうかスカジだけは、お許しくださいっ!!」
床に強く擦り付けたテオの額から、赤い血が滲んだ。
その血の香りが、風に漂いヒルダの鼻をくすぐる。
その瞬間、空気が変わり、ヒルダの殺気が息を潜めた。
「すぅ・・・何と甘い香りなのか。これはまるで・・穢れ無い、無垢な赤子の匂い。これすなわち最上の馳走。」
口上が続けば続くほどに、ヒルダの目は見開かれ、熱気で彼女はのぼせていく。
青白い顔は不気味に赤く染まり、その吐息は荒くなった。
そして遂に、霰もなく魅惑的な唇から、彼女のよだれが迸る。
「・・・っ。」
な、何だろう?!お、悪寒が止まらないよぉ〜〜!!?
「其方の血・・それが此度の代償。妾に吸わせよ、貴血の子。」
「貴血の・・子?」
僕は思わず聞きなれない言葉を聞いて、顔をあげてしまった。
「そうじゃ、其方は貴血の持ち主。吸血鬼が獲物として最上とする人間。貴様を啜ること叶えば、妾は至上の快楽を得られよう。」
要するに・・僕の血がすごく美味しそうって事なのかな?
なら、血を吸わせてあげれば許してもらえる。
でも、問題がある。
吸血鬼に血を吸われた人間は・・
「僕は、アンデッドとして死ぬわけにはいかないんだ。」
「くくくっ、安心せい。貴血を一吸いで枯らしてしまうほど、妾は愚かではない。貴様の寿命が尽きるまで、妾が其方を人間として飼ってやろう。」
「・・・。」
アンデットになれば、オルガが必ず悲しむよね。
僕たち生者は、アンデッドを必ず闇に葬り去る。
なぜなら、彼らは意思を持たずに悪戯に生者を嫌う存在。
この世を彷徨う穢れとなってしまった僕を必ず、オルガはその手で地獄に帰すだろう。
それは、彼女にとって忠義であり正義だ。
でも彼女は、その騎士道によって心を壊されてしまう、彼女は優しいから。
そんな事をさせる主人は、オルガの主人失格だ。
けれど、アンデッドにしないと、目の前の吸血鬼が言うのならば、躊躇いはないよ。
「僕の血で事を収めてくれるのであれば、喜んでお吸い下さい。」
僕は、にっこりと笑った。
ヒルダの興奮が絶頂に達する気配を感じた。
肉を前にした、飢餓状態の野犬が解き離たれる、そんな様子。
僕は、目を閉じてその時を待った。
「なりませぬ!!ヒルダ様!!どうかご再考を!!!」
ヒルダを何者かが止めたようだった。
そーっと目を開くと、執事が全身全霊でヒルダを食い止めていた。
「離せっ!!離さんかっマチルダぁぁぁああああ!!妾の食事を邪魔だてするかぁ!!?」
執事の女性はマチルダさん、て言うのか。
マチルダさんとヒルダさんの押し相撲は、明らかにヒルダさんの優勢。
マチルダさんの足が地面にめり込みながら、こちらに押し出され始めていた。
ヒルダさんは、狂った獣のように顔を歪め、彼女をその鋭い爪で引き裂いていた。
マチルダさんの蒼い血が、床の大理石に容赦なくこぼれ落ちる。
「無礼は承知!!されど、貴血は一歩間違えば貴方様が、隷属されてしまうのですよ!!」
「其方はっ!!そこの人の子が、妾より高貴な存在だとでも申すかっ!!?真祖の血を引く姫である妾の血がっ!!血がぁっ!!人の子より下賤であると申すかぁぁああ!!!」
僕には、この状況をどうする事もできない。
彼女たちのやり取りは、人外の境地。
僕はただ眺めていた。
そして、運命が動き出す。
マチルダさんの力が尽き、膝が折れた。
「うっ?!!うぅぅっ...」
ヒルダさんの牙は、僕の細く白い首筋に容赦無く突き立った。
最初から、膝をついていて良かった。
もし立ったまま、血を吸われていたらその場で膝を屈して、衝撃で動脈が傷つき死に至ったかもしれない。
ヒルダさんは、獣が久しぶりの獲物にありついた時のように、喉を鳴らしながら、僕の血を啜った。
不思議なことに、僕は快楽の中に居た。
ヒルダさんに血を吸われている感触は、女性に恋をしているときと同じだ。
死を感じながらも、僕の陰茎はそそり立った。
初めての体験だった。
「貴様ぁぁああ!!テオ様から離れろぉぉおおお!!!!」
戦姫一閃、オルガがヒルダさんを僕から切り離した。
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