プロローグ「10歳で流刑です。」
よろしくお願いします。
ある王宮の謁見の間で手枷を嵌められた、見るからに高貴な王子が跪いていた。
「我が弟を、謀反の罪で流刑に処す!」
「兄上!私は謀反など企ててはおりません!!何卒お考え直しを!!」
王冠と頭のサイズが合っていない、イキっているこの少年王は、フィリップ2世だ。
騎馬兵が屈強な事で知られているアビノ王国の国王だ。
最近、先王が崩御されわずか12歳で、戴冠した幼王である。
その側には、三代国王に仕えた老臣マーリン宰相が、長い白髭を撫でながら控えていた。
「テオ王弟殿下、私とてお心優しきテオ様が、先王に毒を盛ったなどという戯言を信じてはおりませぬ。」
「マーリンッ!!」
「しかし、この流言すでに、王都に広く広まりどうする事も叶いません。」
「そんな・・・」
「テオ様を処刑すれば、王家が流言を認めたことになってしまう。ですので、お命まではとりませぬ。どうか、王家のため犠牲になって頂きたい。熱りが冷めた後に、お迎えにあがりまする。」
後に、暴君としてその名を残すフィリップ2世は、自分よりも人望が熱い弟テオを恐れて根も葉も無い噂を広げた。
その効果は絶大で、テオは決して生きては帰れないとされている絶海の孤島へと追放された。
大海原を一艘の小舟が、帆を張り孤島を目指して進んでいた。
船員は、船頭、テオ、テオの近衛騎士1名、国王近衛騎士2名だ。
テオは、何かの卵を抱えている。
その卵はテオの顔よりも大きく、真っ青な鱗が卵を包むように生えていた。
「オルガ、君まで付いて来なくて良かったのに。」
「私はテオ殿下の近衛であり、貴方様に剣を捧げました。不肖オルガ、どこまでもお供させてください。」
真っ青な板金鎧に身を包む女騎士は、オルガ=バルターク。
代々王家の近衛騎士を輩出する名門バルターク家の三女である。
彼女は、実に美しい女性だった。
深紅の長髪は、薔薇よりも赤く炎のように燃える瞳は、テオへの絶対の忠誠を物語っている。
彼女は、5歳で騎士見習い、10歳で従士となり、王国最年少で14歳の時に騎士になった。
その翌年、2年に一度王国で開催される武闘大会で見事優勝し、褒美として王族の近衛騎士に昇格するほどの実力者であった。
「真面目は、時に損気だよ?はぁ。僕たちの命も後、数刻か。スカジも僕なんか見捨てて、兄様に面倒見て貰えばよかったのにさ。」
テオは、抱えている卵に向かってそういった。
スカジとは、神話に登場する氷の女神を意味している。
卵はしゃべれないため、強く発光して意思表示をした。
「もう、頑固なんだから!・・でも、嬉しかったな。結局僕について来てくれたのはスカジと、オルガだけだもんね。」
10歳のテオは、あどけない笑顔を浮かべた。
オルガは、その笑顔に射抜かれたように体をのけぞらせていた。
そして、テオには聞こえないように呟いた。
「悪魔の島に、まだ幼いテオ様お一人で放り出すなどできるはずがあろうか。あぁ、来て良かった。」
オルガはテオにゾッコンのようだ。
テオの抱く卵が光るのを見ている大人が二人いた。
刑の執行を見届ける為に付き添っているフィリップ2世の近衛騎士だ。
「わかってるな?」
「あぁ、あの龍の卵を持ち帰らなければ、我ら家族の命はない。」
「くそっ、あの卵が国王を選んでいれば俺たちがこんな貧乏籤を引くことも無かったんだ!」
「しっ、聞こえるぞ」
「知るかよ、聞こえていたところでなんだってんだ。どうせ、この下でウヨウヨしている海獣に見つかれば、いつ死んだっておかしくねぇんだぞ?!」
テオには、フィリップ二世の騎士の声がはっきり聞こえていたようで、彼らの気持ちを察して、申し訳なそうな表情を浮かべる。
オルガは、テオのその優しさに感激していた。
それと同時に、同じく近衛の二人には腹が立った。
「貴様ら!騎士としての誇りは無いのか!テオ様とて、好き好んでこのようなところにいる訳ではない!!それに船頭!小舟であれば、海獣に見つかる確率は低いのであろう?」
初老の船頭がこちらを振り向いて答える。
「へぇ、そうなんですがね。少し海の様子がおかしいんでさぁ。」
「おかしいとはどういうことだ?」
「いつもは襲われないにしても、海獣の気配や姿がちらつくはずなんですがね。今日は、それが一切ない。何かに怯えて、海獣がいなくなったみたいなんですわ。海が静かすぎるとは思いやせんか?」
「そうか。私は、海自体初めてなものでなよく分からないが・・確かに声がよく通るな。」
その時だった。
小舟が、海流の大きなうねりによって激しく揺れ始めた。
「わっ!!」
「テオ様、しっかり船にお捕まりください!!」
「う、うん!」
「か、海獣だ!きっと怪獣が俺たちを喰おうとしてんだ!!」
海上が激しく揺れる中、海底から大きな影が上がってきた。
その影は海面へと上がっていき、姿を表した。
船頭が呻き声とともに正体を漏らす。
「ぅうッ、ぬ、主が出た。海の主・・海竜様だ」
海竜は、大きな背鰭を陽光に反射させ、水掻きの付いた手で海上へと上がってきた。
不思議なことに、海竜は海面を大地のようにその足で掴み、海面上に浮いていた。
海竜は四足歩行で、海を走るようにして泳ぐと言われている。
その海竜は、驚くことにテオの乗る小舟に向かって跪き首を垂れたのだ。
海竜の鱗は、海の様々な青を宿していて、陽光の当たり具合で、青にも翡翠色にも見える程美しかった。
「いと高き龍王様の我が海へのご降臨、大変光栄なことと存じます。お迎えが遅くなった事、心よりお詫び申し上げまする。」
海竜は、とても深い声でそう言った。
それに答えるように、テオの抱いている卵が何度か淡く光り、最後に眩く光った。
「なんと、そこにいるお方が龍王様の親君でしたか!!これは大変なご無礼を、どうかご無礼お許しください!!」
海竜は一層深く首を垂れた。
その様子を見て、テオは卵に聞いた。
「龍王ってもしかして、スカジのこと?」
“ピカッ”
「スカジの親が僕?」
“ピカーッ!”
テオは、確認のために海竜にスカジの言っていることを訳して貰った。
「恐れながらお答えいたします。龍王様は全て肯定なさっておいでです。」
「そっか・・僕がスカジの親か。改めてそう言われると嬉しいよ、スカジ!」
“ピカッ!!ピカッ、ピカッ!”
「龍王様は、親君が私になんなりと命令しろと仰せです。」
「いいの?」
「勿論でございます。龍王様は、我ら竜を束ねる者。その親君であらされる貴方様は、この世の王でございます。何なりと御言いつけ下さい。」
「それは言いすぎだよ!僕は何もできないんだ。フィリップ兄様みたいに、剣も振るえないし。オルガみたいな勇気もない。僕一人じゃ何もできないのに・・王なんかじゃないよ。」
「・・・。」
「だから、僕は僕を愛してくれる人を大事にしたい。こんな僕を慕ってくれる皆を。ただそれだけなんだ。」
「流石龍王様の親君であられます。その慈悲深きお心に、感銘致しました。新参者ながら、私も配下の末席へ加わらせて頂きたい。」
「いいの?僕弱いよ?何もしてあげられないよ。」
「見返りが欲しいのではありません。龍王様が現れ、その主君に仕えることこそ我が誉なのでございます。」
テオは、オルガとスカジに確認を取った。
オルガは、強く頷き、スカジは優しく光った。
「わかったよ。海竜さん、お名前聞いていいかな?」
「我が名は、ラーンと申します。我が主人よ。」
「それじゃあ、ラーン。これからよろしくね。」
海竜ラーンは、短く了承の意を示した。
船頭は、その場で腰を抜かし、フィリップ2世の近衛はぽかーんと口を開けていた。
「早速だけど、ラーン。僕たちあそこに見える島に、行きたいんだけど連れってってくれる?」
「お安い御用です。」
ラーンがそういうと、海流がうねりをあげ、船が加速する。
海上の風が追い風となり、帆を目一杯膨らませて小舟は矢のように進んだ。
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