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クジラノハネ  作者: 大苗 のなめ
7/9

VII.the world end

朝、それは今日の始まり。

俺にとっては、もうどうでもいい、この世界の終わりに思えた。

夏休み明けだというのに、残暑がたまらず熱い。

やる気が起きなかった。

それでも、制服に着替え、鞄を持ち、学校へ向かった。

自転車をこぎ、正門を抜け、昇降口を過ぎていく。

そして、職員室へ向かい、担任の教師に話しかける。

「あー、キミが桐ヶ谷 慎くんね?じゃあ、ちょっと待っててー」

「はい」

しばらくして、先生は俺を教室に連れて行った。

その途中の廊下は、しっかりと記憶に残っていた。

教室の前まで来ると、俺はこう言われるんだ。

『ここで待っててね』

そして、教室の中でいろいろ話してから、先生は『はいってきてー』と言う。

俺は教室の中に入り、生徒たちを見渡す。

俺に向けられるこの視線が、どうにも虚しい。

黒板に名前を書き、振り返り、適当に自己紹介を言う。

「【桐ヶ谷 慎】です。よろしく」

そこで、しばらく静寂が俺に突き刺さる。

俺は指示されるであろう席に、足を運んだ。

鞄を机に置き、静かに席に腰を下ろした。

周りは、しばらく唖然としていたが、ひそひそと話し始めた。

何て言われても、気にならなかった。

ふと、少し離れた席に、視線を送った。

そこには、少しご機嫌そうな智哉がいた。

俺は、なぜだか安心できた。

気づくと、HRは終わっていた。






「お前、結構やるなっ!!」

HRが終わってすぐ、智哉は俺のところにやってきた。

「それはどうも」

ヘヘッと笑い、智哉は俺の机に腰掛けた。

「これからは、よろしくなっ?俺は―――」

「【久瀬 智哉】。最初に声をかけてくれたやつの名前くらい、忘れてないよ・・・なんてな」

俺がそう言うと、智哉は唖然としていた。

それは驚くだろう。

“初対面”の人に、名前で呼ばれたんだから。

「なんで、俺の名前知ってんの?」

「んー・・・“クジラ”に聞いたから、かな?」

俺がそういうと、智哉は突然ふきだした。

「ぶっ・・・くっはっはっはっ!!お前、ちょー意味わかんねーっつの」

「ほっとけっ」

俺たちは笑いあった。

あの頃と同じように、変わらない笑顔で。

何が起きても、何が起こるとしても、智哉はやはり変わらなかった。

せっかくなら、また殴られてみたいとも思う。

いや、今はまだ遠慮させてもらおう。

時が来れば、殴られるだろう。

その時は、俺も殴り返してやろう。

「待ってるからな」

「お前、何一人で暴走してんだっつの」

智哉はまた、嬉しそうに笑った。






昼休みになった。

俺はこの時が、気になって仕方がなかった。

智哉が俺の席まできた。

「なぁ、智哉?」

「んだよ?」

「学校を案内してくれよ」

智哉はめんどくさそうな顔をしていたが、少し考えると、ため息をついてから頷いた。

「しゃあないな」

そう言った智哉の顔には、笑顔が浮かんでいた。

「サンキュ」

そして、あの時と変わらない道を、全く同じように歩いた。

図書室、保健室、屋上など・・・。

そして、ついに裏庭にきた。

並木に沿って佇むベンチ。

青々しい葉が、風に揺られて、カサカサと音をたてていた。

何も変わらない景色に見えて、大切なものが欠けていることは、目に見えていた事実だった。

「・・・海咲が、いない・・・」

智哉は不思議そうに尋ねてきた。

「誰だ、それ?」

「いや・・・こっちの話」

あの時くらい仲が良ければ、すでに俺の顔面は智哉の拳に捉えられていたことだろう。

しかし、今は「そっか」としか言われなかった。

虚しかった。

どうして、こんなことになってしまったのだろうか・・・。

そんなことを言っても、仕方がないとわかっていても、どうも切なかった。






“クジラ”は言っていた。


・・・私は、約束を守れない・・・と。


しかし、俺は諦めなかった。


“クジラ”を助けようと思った。


俺は、世界を犠牲にしてでも、“クジラ”の願いを叶えるために、忘れていた“うみ”との想い出を探した。


そして、俺は“うみ”の願いを叶えた。


終わってしまった、この世界。


あの頃と、何も変わらないようで、大切なモノが欠けていた。


それは、目に見えるモノではないけれど、見えなくてもわかる。


なぜなら、心でいつも触れているモノだったから。


しかし、仕方がない。


俺が決めたことだから。


“クジラ”を助けるために・・・。






・・・だめ・・・。


「えっ?」

「んっ、どした?」

気がつくと、茜色に照らされた教室に、俺はいた。

机に伏せて、あの時のように眠っていたようだ。

智哉は、突然起きたことに驚いたようで、唖然とした様子で俺を見ていた。

「あ・・・いや、別に」

「そうかよ。んじゃ、とっとと帰ろうぜ?」

「うん」

鞄を持って、智哉と俺は教室を出た。

俺らは特に話さなかった。

まだ、今日初めて出逢ったばかりなのだから。

俺はもう、智哉のことを知っているのに・・・。

帰り道の静寂、俺はさっきの声を考えていた。

聞こえるはずのない声が、さっき聞こえた気がした。

この世界は、終わってしまった世界。

何も変わらないし、何も生まれない。

ただ、そこに鏡が置いてあって、映しだされているだけ。

この世界に、“クジラ”はいない。

じゃあ、さっきの声は・・・?

俺はもう、わけがわからなくなり、頭を強く掻いた。

「ん?何してんだ、お前?」

「別に」

「あっそ」

俺はなぜか悔しくて、ため息を溢した。

ごめん、智哉・・・。

心の中で、そう呟いた。






・・・だめだよ・・・。


「どうして、キミが・・・」


声はするが、真っ暗で誰も見えない。

そういえば、家に帰って、すぐ俺は寝たんだ。

ここは世界の狭間、記憶の海、“クジラ”の居場所。


・・・“クジラ”は、こんなこと望んでない・・・。


「えっ・・・キミは“クジラ”じゃないの?」


一瞬、声は沈黙した。

間が空いて、また話し始めたが、質問に答えてはくれなかった。


・・・約束した、あの日を思い出して・・・。


「・・・約束・・・俺が引っ越してしまった、前の日のこと?」


・・・あの日・・・あなたは引っ越していない・・・。


俺は声を詰まらせた。

頭が真っ白になり、混乱し、苛々してくる。

意味がわからない。


「何が・・・言いたいんだよっ」


・・・“うみ”は―――・・・。


俺はこの時、この声の主が誰だか、わかったような気がした。

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