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クジラノハネ  作者: 大苗 のなめ
4/9

IV.why do you cry ?

「ふぁ〜・・・ねむい」

「どうした?寝不足か?」

智哉が、俺の頭をわしゃわしゃと弄る。

その手を払ってから、「まぁな」と答え、大きな欠伸をもう一つした。

朝の教室は、周りがどんなにうるさくても、眠れそうだ。

ふと、あることを思い出して、まどろむ目を擦った。

「なぁ、智哉?」

「んだよ?」

「神谷さんって、何組か知ってる?」

智哉の動きが、止まった。

そして、少ししてから「おう」と呟いた。

「神谷なら、5組だぜ」

ちなみに、俺たちは1組で、上の階に5組のクラスがある。

「・・・んなこと聞いて、どうすんだよ?」

「いろいろ訊いてみる。“クジラ”のこと」

そう言うと、一瞬嫌そうに眉間に皺をよせ、すぐニヤリと笑みを浮かべた。

「おっしゃ。んじゃ、俺も行く」

一瞬、断ろうかと思った。

しかし、智哉のあの言葉を思い出すと、どうにも首は縦にしか振れなかった。

「だな。来てくれ」

「んじゃ、昼休みな?」

思わず、笑顔で頷いた。






授業中、いつものように寝ようと思った。

机に伏せて、目を瞑った。

先生に「寝るなよー、慎ー」と声をかけられた。

思わず「すいません」と言ったものの、寝ていなかった。

正確には、眠れない。

夢を拒絶していた。

仕方なく、ため息をついてから、先生に指示された場所の問題を、黙々と解き始めた。

気づけば、チャイムは鳴っていた。

無論、目の前には、パンを頬張った智哉が立っていた。

「ふぁあくふぃこうふぇ」

「わかってるって」

智哉の言っていることが、何となくわかっていた。

コンビニで、あらかじめ買っておいたカレーパンの袋を破り、俺もパンにかぶりついた。






「ふぁふぃやふぁんふぃる?」

「あの・・・飲みこんでから話してください」

5組の教室までやってきたけど、パンでなかなかうまく話せない。

すると、すでにパンを飲みこんだ智哉が代弁してくれた。

「神谷いるか?」

「あ、はい。それなら奥の席にいます」

そう言って、指さした先には、退屈そうに頬杖をついて外を眺める【神谷 海咲】がいた。

俺はパンをすぐ飲みこみ、彼女の席の隣までやってきた。

周りは、ざわついていた。

「また告白かな?」

「どうせシカトされんでしょ」

そんな声が、聞こえてきた。

関係ない。

そんなこと。

「なぁ、神谷さ―――」

「・・・来ると思った・・・」

彼女は、まっすぐと俺を見つめていた。

すると、周りのざわつきが、突然聞こえなくなった。

辺りは色を失い、モノクロの壁、床、机、そして人。

二人だけの世界。

そう言うのが、正しいと思った。

しかし、実際は智哉の声が聞こえた。

驚いていると、智哉は心配そうに、俺の肩を揺すった。

「おい、どうした?」

「大丈夫。それより、神谷さん」

彼女は席から立ち上がって、俺の胸に手を当てていた。

驚きすぎて一瞬、何をしているのか、わからなかったけど、彼女の手を目で追っていたらわかった。

俺の胸に手を当てているのではなく、羽根を掴もうとしている。

羽根をYシャツから出すと、彼女はそれを優しく掴んだ。

彼女は俺の胸の中で、小さくなっていた。

すぐにわかった。

Yシャツが、涙でぬれていた。

「神谷さん・・・」

俺はただ、立ち尽くしていた。






「なぁ、慎・・・」

「ん?」

「俺ら、悪かねーよな?」

「神谷さんなら平気だって」

放課後の智哉は、どうも落ち着きがなかった。

無論、彼の心に、神谷さんの泣き顔が残っているからだ。

変にトキメイているのか、ただ純粋に優しいのか。

俺には、智哉らしくないように思えた。

いや、もしかしたら、こういうやつなのかもしれない。

「にしてもよ、放課後、体育館裏に呼び出しなんて、もしかしたらお前・・・告られたりしてな?」

「・・・違うと思うよ」

すごいニヤニヤと笑っていて、嬉しそうなのは伝わってくるけど、残念ながら違う。

そう言いきれる自信があった。

神谷さんは、いつだって泣いてた。

“クジラ”のかわりに・・・。

体育館裏まで来ると、先に来ていた神谷 海咲は、俯いていた顔をあげた。

「・・・来てくれると思った・・・」

「そっか」

智哉はここで、突然俺の背中を押してきた。

「んじゃ、そこで待ってる。結果楽しみにしてっからなー」

そして、手をひらひらさせて、早歩きで去って行った。






二人きりの体育館裏。

この静けさが、なぜか妙に心を揺さぶる。

どうして、こんなに緊張するんだろう?

「・・・ねぇ・・・」

静寂を破ったのは、神谷さんの一言だった。

「・・・“クジラ”を、助けて・・・」

「えっ?」

彼女は視線を落とし、俺の胸にとびこんできた。

「・・・今でも“クジラ”は、苦しんでるっ・・・涙がっ、止まらないっ・・・」

「・・・」

俺は彼女の両肩を掴み、距離を置き、まっすぐ見つめた。

涙で濡れた瞳が、揺らいでいた。

「教えてくれ。“クジラ”は、俺に何を望んでるの?何を苦しんでる?」

すると、切なそうに呟いた。

「・・・帰りたがってる・・・」

「帰る?“クジラ”は、どこに帰ろうとしてるの?」

そこで、また視線を落とす。

触れている肩が、さらに小さく感じた。

「・・・お願い・・・」

「えっ・・・―――っ!?」

気づけば、涙で真っ赤の頬をした、神谷 海咲の顔が、目の前まで来ていて・・・。

彼女の温もりが、俺の唇に触れていた。






“クジラ”だ。

俺のことを、見ている。

その目は、涙で濡れていた。

見たことのある、瞳だった。


・・・助ケテ・・・。


突然、頭の中に、言葉が響いた。

どこか儚くて、切なくて、声が震えていた。

「俺は、何をすればいいっ!?」

“クジラ”に向かって、俺は叫んだ。


・・・帰リタイ・・・。


“クジラ”は、クオォンと低い鳴き声をあげた。

その鳴き声が哀しくて、また大声を出すと崩れていってしまいそうだった。

「どこに?」

“クジラ”は、天高く見上げていた。


・・・空ノ向コウ・・・ズット遠クニアル場所・・・。


俺も一緒になって、空を仰いだ。

わた雲が小さな群れを作って、いくつもふわふわと浮いていた。

さらに高くなると、雲ひとつない、蒼天がどこまでも続いていた。

“クジラ”は、あの向こうに帰りたがっている。

「俺に、何ができるんだ?」


・・・帰るために、大切なモノを見つけて・・・。


そのとき、“クジラ”の本当の声が聞こえた気がした。

それは、俺がもっと小さかった頃に聞いたことのある、思い出の声だった。

そういえば、あれは誰だったろうか?


「・・・キミが、“クジラ”?」


“クジラ”は、そっと頷いた。

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