III.I need you
・・・私・・・ずっと一緒だから・・・。
・・・大丈夫・・・泣かないで・・・。
・・・きっと・・・いつか、きっと・・・。
・・・キミは・・・帰れるから・・・。
「夢?んだよ、それ」
放課後の帰り道、智哉と二人で歩いていた。
授業中に見た、あの“クジラ”の夢について、智哉に話していた。
「そう。夢の中で“クジラ”を見たんだ。哀しそうだった」
「はぁ・・・もうお前ら、意味わかんねーよ。」
頭を掻きながら、嫌そうな顔をしていた。
最初から、理解してもらえるとは、思っていない。
今だって、俺もよくわかんないんだから。
「俺だってわかんないから」
「どうだか」
ふて腐れたように言ってきた智哉は、口を尖らせていた。
「どうした、何怒ってんだよ?」
「別に・・・」
訊いても答えない。
過ぎゆく登校中の生徒たちを尻目に、気まずい空気に苦痛を感じた。
どうして、そんな怖い顔をするのだろうか。
そう思ったその時だった。
「はぁ」と一回、ため息をつくと、嫌そうに話してくれた。
「心配なんだっつの。お前が」
「はぁっ!?」
突然、何を気持ち悪いことを・・・。
俺が軽く引いていると、両肩に手を乗せて、迫るように睨みつけてきた。
「変な意味はねーよっ!!・・・神谷、変わってんだろ?だから、お前が厄介事に巻き込まれんじゃねーかって、心配してんだっつの」
すっかり日は暮れた下校道で、こんな熱い展開はどうかと思うけど、不思議と嬉しかった。
「そっか・・・サンキュな」
「おう」
「ただいまー」
「あら、遅かったじゃない」
「ちょっとなー」
家に帰れば、母さんの声が出迎えてくれる。
父さんは、まだ帰ってきていない。
「晩ご飯、とっくにできてるわよ」
テレビを見ている母さんは、振り返りながらそう言った。
「わかった」
俺は荷物を部屋に置き、晩ご飯を食べ、部屋に戻った。
ベッドに倒れこめば、そっと睡魔が俺に囁く。
しかし、風呂に入るのを忘れていたことに気づき、体を起こし、風呂場へ向かった。
服を脱ぎ、シャワーで体を洗い、湯船に浸かれば、自然と嗚咽がこぼれる。
「・・・心配、か」
智哉の言葉を思い出せば、少し申し訳なくなってきた。
手ですくった湯で、顔を洗った。
そして、風呂からあがり、すぐ部屋へ戻る。
すっかりもう夜中だった。
長風呂だったのか、入るのが遅かったのか。
何にせよ、母さんはもうすでに寝ていた。
ふと、玄関の扉が開く音がした。
父さんが帰ってきた。
「おかえり」
頭を拭きながら声をかければ、「起きてたのか」と驚きながら笑顔で応えた。
「じゃあ、おやすみ。父さん」
「あぁ、おやすみ」
俺は部屋に戻って、ベッドにまた飛び込む。
何の気兼ねもなく、すぐに眠りについた。
・・・“クジラ”を助けて・・・。
「これは、神谷さんが見ているの?それとも、俺に見せてるの?」
・・・ごめんなさい・・・わからない・・・。
「・・・ここはどこ?」
・・・記憶の海・・・夢の奥深く・・・。
「“クジラ”って?」
・・・夢の始まり・・・最後の記憶・・・。
「俺に、何ができるっていうんだよ?」
・・・あなたにしか、できないこと・・・。
「・・・キミは、どうしてここに?」
・・・“クジラ”との約束・・・。
目の前に、立っていたはずの彼女は、もうすでにいなかった。
さらに、気づけば足は空を踏んでいて、見上げれば砂浜があった。
ちょうど真上に、二つの足跡が、寂しげに小さく沈んでいた。
そこから生えているように伸びる、黒い影を見れば、自分は今“そこ”にいるんだと気づく。
俺は真上に向かって、手を伸ばした。
“そこ”にいる、“俺”に向かって。
何か、掴んだ気がした。
その手を広げれば、白い羽根のネックレスが、静かに優しく佇んでいた。
見ているだけで、俺も、神谷さんも、“クジラ”も、救われるような気がした。
ネックレスを、首にかけた。
すると、俺は空に落ちていった。
薄暗い中を見回せば、俺の部屋だった。
時計に視線を送り、すぐその重い瞼をまたおろした。
「マジかよ・・・」
少しばかり、早く起きすぎてしまったようだった。