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クジラノハネ  作者: 大苗 のなめ
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I .start or end

“クジラ”は、気まぐれで海からとびあがる。



届くはずのない、あの蒼天の彼方へ向かって。



それは、“クジラ”の願いなのかもしれない。



空を飛びたいのか、ただ少しでも近づこうとしているのか。



それは、“クジラ”にしかわからない・・・。






・・・・・・【クジラノハネ】・・・・・・






朝、それは今日の始まり。

俺にとっては、新たな高校生活の始まりでもあった。

夏休み明けだというのに、残暑はたまらず熱かったが、それでも清々しい気分だった。

家から自転車をこぎ、校門を過ぎ、自転車を止めれば、昇降口へと足を急がせた。

下駄箱も用意されていて、上履きに履き替えるだけで、ほんの少し嬉しくなった。

職員室に入り、担任の先生と顔を合わせ、教室へと向かった。

廊下にて「ここで待っててね?」と言われると、途端に緊張してきたけど、一息ついて心臓を落ち着かせる。

教室の中から、担任の話や、生徒の話し声が聞こえてくる。

自己紹介の言葉は、一応考えてきていて、準備は万端のつもりだ。

しばらくして、その時はきた。

「入ってきてー」

その声で、俺は教室の扉をゆっくりと開く。

すると、生徒たちの視線が集まり、静寂に包まれる。

教卓の前に立ち、俺は黒板に名前を書き、振り返る。

「【桐ヶ谷(きりがや) (しん)】って言います。趣味は昼寝です。どうかよろしくお願いします」

言い終わると、生徒から社交辞令とも言える拍手が聞こえてくる。

それが妙に虚しく思えたけど、先生に席を教えてもらった時は、少しながら嬉しく思えた。

「みんな仲良くしてあげてねー。じゃあ、桐ヶ谷君は窓側の一番後ろの席に座ってね」

「はい」

俺は指示された席に座り、荷物を机の上に置いた。

小学生ではないけど、友達ができるか心配だった。






「おい、起きろよ」

気まぐれの睡魔から俺を救ってくれたのは、肩を揺するその手と声の主だった。

顔を起こし、気づかれないように、垂れかけの涎を啜った。

「ん、何?」

彼の名前は確か・・・忘れた。

「というか、誰だっけ?」

「忘れてるし・・・【久瀬(くぜ) 智哉(ともや)】。最初に声をかけてくれたやつくらい覚えとけよ」

そういえば、そうだった。

「ごめん。ちょっと寝ぼけてて」

「ったく・・・んなことより、もう昼休みだぞ?飯どうすんの?」

それはもちろん購買で買うか、食堂で食べるつもり。

しかし、場所もわからないし、何か今日は食欲もない。

「放課後、コンビニで何か買うよ」

「昼休みの話だっつのっ!!」

「じゃあ、案内してくれよ。どこに何があるのか、よくわかんないし」

久瀬は一回、小さくため息をつくと、俺の肩に腕をまわし、「しゃあないな」と笑って見せた。

「サンキュ」






「んで、ここが食堂。そこに購買あるから」

「ふーん」

退屈だけど、いろいろな場所があることはわかった。

そして、ちょうど裏庭を通りかかった時、いいものが目に入った。

並木に沿って佇んでいる、木製のありふれたベンチ。

購買でパンが買えれば、今度からあそこで食べよう。

そう思った時だった。

「ん?」

ただ、風が流れた。

切なげに吹いた風は、視界に映る女の子の髪を、微かに揺らしていた。

あの女の子は誰だろう?

俺がそう思ったのは、なぜだろう?

ただ、彼女は青空を、哀しそうに見上げていた。

「おい、慎。どうかしたかよ?」

「いや、あの女子は―――ん?」

気づくと、もうそこには誰もいなかった。

ただ、葉の擦れる音と、残暑が漂っていた。






気づけば、夕陽が窓から射し込んでいた。

また、授業を寝過してしまった。

「あ〜、何してんだ俺は〜っ」

頭をボリボリと掻きむしっていると、窓辺にふと人の気配を感じた。

見れば、茜色の光に照らされた、一人の少女が外を眺めていた。

俺が発した奇声に、全く反応をすることなく、ただ哀しげだった。

「君は、誰?」

とっさに呟いた一言が、これだった。

彼女は表情も変えずに、遠くを見つめたまま、そっと口を動かした。

「・・・【神谷(かみや) 海咲(みさき)】・・・」

「俺は【桐ヶ谷 慎】。よろしく」

「・・・うん・・・」

優しくて、切ない。

それが神谷 海咲という女の子の声を聞いて、何より感じたことだった。

しかし、顔をこちらに向けると、その瞳はどこか遠くを見つめていて、何か大切なモノが、今にも消えてなくなってしまいそうだった。

「ねぇ、神谷さん」

「・・・何・・・?」

この時、聞いてはいけないような気はしたけど、不思議と躊躇しなかった。

「どうして、そんな哀しそうにしてんの?」

すると、神谷さんは、また窓の外を見つめた。

何を見ているのか、それはわからなかったけど、窓に触れている手のひらが、何かを掴もうとしているように見えて、とても切なかった。

彼女はゆっくりと、確かに口を動かした。

消え入りそうな、小さな声で言った


「・・・“クジラ”が・・・ぃるの・・・」


「えっ?」

この時、訊き返さないほうが、よかったかもしれない。

理由は特にないけれど、ただ何となく、そう思いたかった。


「・・・“クジラ”が、泣いているの・・・」


この先の未来、自分はこの日をどう思うのか。

それは、その時の自分にしかわからない。

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