生の欲望
戦が人の命を消していく。
それは、時期を経るごとに次第にはげしくなっていた。
ここは戦場は、次の瞬間には隣にいた人間が死んでいることもある。
「防壁が破られる!」
誰かが叫んだ。
早くここから撤退しなければならない。
俺達は、とある拠点を守っていたが、これ以上防衛網の維持はできなさそうだった。
「ここは放棄だ!」
リーダーが叫んだ。
けれど、それより先にもう皆逃げ出している。
これは負け戦。
僕達は、ひどい被害を受けていて、だから規律なんてとっくの昔に崩壊していた。
それでも、一部の者達は残って、これ以上進行されないために踏ん張っていた。
けれどそれもここまでだ。
背後を振り返って、一瞬だけ見つめる。
もうじきこの場所は占領される。
取り戻すのは、いつになるのだろう。
ここは思い出の場所だったから、守りたかった。
きっと数時間後には、敵の国になる。
悲しいけれど。
でも、思い出のために死ぬ事はできないから、ここから逃げるしかない。
「おいっ、お前も早くこい!」
リーダーに声をかけられてはっとする。
僕は急いでその場を後にした。
数秒後、敵兵がその場になだれ込んできた。
大国の人々を悲しませる戦。
それが始まったのはいまから数年前だ。
多くの者達は、当時信じられない気持ちでいたのだろう。
どこどこの国の兵士が、自分達の国になだれ込んできたのを見ても、それでも信じられなかったに違いない。
平和な時間が長すぎたのだ。
最初の戦いは、戦いと呼べるような代物ではなかった。
無抵抗の市民達が一方的に虐殺されただけ。
こちらの戦果は、大切な物達を殺されて、頭に血が上った何人かが、敵の首を一つか二つとったくらい。
当然、目も当てられない大惨劇が起こった。
敵は、その勢いを忘れずに、どんどんこの国を侵略していった。
平穏にひたりきったこの国の重役たちは、最初の防衛をしくじった。
またたくまに国の三分の一が占領され、自軍の兵器を奪われ、戦力がそがれていった。
敗戦の色が濃くなる要素ばかりなのに、上の者達のプライドと見栄が降伏を許さなかった。
そして、犠牲は増え続けるばかりだ。
撤退後、俺達は別の拠点まで戻った。
やるべき事はたくさんだ。けが人の手当てで走り回った。
引きずるようにして連れてきたものの、中には先の知れた者もいて、「無駄な」手当てをする事が出来ない場合があったのが辛い。
武器も、医薬品も、食料も、何もかも足りてない。
補給の部隊を最後に見たのは、一体いつだったか。
ひょっとしたら、来るはずだった者達はどこかで襲撃をうけて全滅しているかもしれない。
自分達は頑張っても生きられない日々の中、ただ苦しみを長引かせているだけなのかもしれない。
上の者から渡された道具を使って今ここで自爆すれば、待ち構えている地獄のような日々を少なくできるだろう。
敵の捕虜になって、拷問を受けたり、味方の足を引っ張る事もない。
けれど。
「ひどい顔色だぞ。休んだらどうだ」
「リーダー。ちょっと一人にさせてください」
できなかった。
生きたい。
十中八九、この先も辛い目に遭うにきまっている。
それでも、生き延びたい。
まだ、正確にはこれから何が起きるのか分からない。
だから頑張れる。
まだ絶望的とは決まってない。
まだ一パーセントでも生存の希望が残されているかもしれない。
一人になった後、その道具を握った手は震えていた。
自爆はできなかった。
死を選ぶよりも生を選ぶメリットの方がわずかに多くて、まだ自分の中に生存に対する欲求が残っていることにも安堵した。