レーモンクノー風 文体練習『診療所のリフレイン』
待合室に二人組の女性が入ってきた。母子とわかった。母親が問診票を書いているとき、「このペン、インク出ません」と神経質そうに言った。私はその口ぶりと成人の娘に付き添うことだけから母親の性格を推測った。別の患者がやってきて、問診票を書くとき、また「このペン、インク出ません」と言った。
病院で親子が入ってきたのよ、大学生の娘とその母親。付き添うか?普通。ただの風邪らしいのに母親がさ?そんで「このペン、インク出ません」とかいうのよ。嫌味ったらしくさ。ヤになったよね。でもね、後の人もそう言うんだよ。インク出ないって。それだけのことだけど、ちょっと俺は反省したね。
病院で待っていますと、二人、入ってきました。窓口での話ぶりから大学生の娘さんとお母さんだとわかりました。たまたまイラついていたのか、ペンのインクが出ないことについて、感情を抑えきれない様子で文句を言っていました。後の方が入ってこられて、同じ文句を言いましたが、今度は穏やかでした。
「このペン、インクが出ません」穏やかな声だった。病院の窓口。どうしてそのことが気になったかと言うと、直前に他の患者が同じセリフを言っていたからである。余分な抑揚のついた、責めるような声色で、対照的だった。それを発したのは、大学生の娘と中年の母親だった。受付との話ぶりからの類推だ。
コロナなのに診療所に人たくさんいてビビった。早く済ませて帰りたかったけど、なんか非常識な親子いてさあ、ペンがインク出ないって受付に文句言ってんの!ヤバくね?言い方が悪くてさ、マジでウザい言い方だった。その後の人はふつーに出ないって言ったのにさ!あ?受付の人、同じペン渡したのかな?
もう記憶の彼方なのだが、これだけは覚えている。「このペン、インク出ません」嫌味な言い方だった。しかし他の記憶が判然としない。それを言った女性は、どういう服装の娘を連れていたっけ。娘が大学生だと確信したのは覚えているのだが。あと、同じセリフを後から来た患者も言っていたんだ、確か…
明日あなたは診療所に行くことになります。そこでこういう台詞を耳にするでしょう。「このペン、インク出ません」。それを二回、耳にするでしょう。しかしそれぞれ別の人間が言います。全く同じ台詞を別の人間が、です。そしてそのことによってあなたは人生の一つの真理を掴む……ええ、確かですよ。
病院の待合室で大学生の娘を連れた女が言った。「このペン、インク出ません」受付の人が申し訳なさそうに頭を下げて謝った。もう一人別の人が来て「このペン、インク出ません」と言った。受付の人が笑顔で軽く謝った。私は二つの同じ台詞の違いについて考えて、スマホのメモ帳に出来事を書き留めた。
私、いつも町の小さな診療所の受付をしてるんですが、ある患者さんが、それまでちゃんと使えていたペンが使えないって言うんです。おかしいなと思って別のペンと交換したんですけど、使ってみたら普通に書けたんですよね。それで、次の患者さんも同じことを言うんです。別のペンなのにおかしいなって…
その日は診療所にいた。待合室で待っていた。二人の女が来た。話ぶりから親子だと思った。問診票を書いた。ペンが書けないと文句を言った。棘のある言い方だった。そして並んで座った。他の患者がやってきた。また問診票を書いた。またインクが出ないと言った。同じ台詞だった。しかし優しい口調だった
「このペン、インク出ません」
ーーその台詞は診療所に二度響いたーー
葛藤が見受けられる親子、コロナ下の待合室、何故かどれもこれも書くことができないペン、張り詰めた空気……
あなたはこのシーンから何を掴む?
北條カズマレ最新作
『診療所のリフレイン』
診療所の自動ドアガラー!二人の女性がトコトコ!問診票カキカキ!ペンがインク出なくてムキー!受付の看護師さんペコリー!もう一人来院者自動ドアガラー!問診票カキカキ!ペンがインク出なくてアラアラ!受付の看護師さんアハー!座ってたさっきの人プンスカ!ワタクシ出来事をカキトメー!
診療所。これは駅前の小さな町のお医者さん。
来院女性。少々イラついている様子。
ペン。女性に渡されるも、インクが出ないとの抗議を受け突っ返される。
もう一人来院者。これも女性。上品そうな印象。
ペン。前の物とは別。しかしまた書けない。
和気藹々とした会話。受付と来院者の間で交わされる
たしかに胃痛の症状を見てもらいに行きましたよ。駅前の診療所です。たしかにその女性を見ましたな。えらく急いでいるんだか、わかりませんが、書けないペンを渡されたことにもいちいち皮肉めいた物言いで受付に抗議してましたよ。後に来た人はペンが書けなくても普通にやりとりしてましたけどねえ。
お医者さんにお腹が痛いのを見てもらった。待合室で座っていると、女性が二人入ってきて、問診票を書くんだ。でもインクが出なかったらしくて、受付に不満げな様子でペンを渡した。それで次の患者さんが書くんだけど、別なペンなのに、やっぱりインクが出ないんだ。でも、今度は喧嘩にならずに済んだよ