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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 雷霆の誓い
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第九話 闇の神殿

 

 ぴちゃん、と水の滴る音で、リリアは目覚めた。

 瞼が震え、水晶を思わせる白い瞳が虚空を映す。


「ここは……」


 自分は一体どうなったんだろう。

 直前までの記憶を思い出し、リリアは弾かれたように身体を起こした。


「そうだ、わたしたち、確か何かに引きずり込まれて……!」


 慌てて周りを見る。

 カレンやオズ、ルージュが近くに倒れており、透明な氷の結界が四人を包み込んでいる。

 神殿にある回廊のような空間だ。左右には川が流れている。


「ここは……この瘴気は……まさか未踏破領域の、最奥?」

【ダーッハハハハ! さすがアウロラの天使。現状認識が早いな】

「……!」


 高笑いが聞こえ、慌てて振り向いた。


【天使がこの場を訪れたのは初めてだ。存分に抱いてやるから覚悟しろ?】


 鍛え上げた上半身を露出した、筋骨隆々の男だ。

 黒髪の長髪、肌は褐色で、雰囲気は軽薄そのもの。

 だが彼の纏う空気は、常人のそれとは一線を画している。


「……神霊……それも、受肉体ですか」

【いかにも! 我が名は闇の神ダルカナス! 我が領域へようこそだ。それでーー】


 ダルカナスは立ち上がり、ゆらりと手を伸ばした。


【そろそろ抱きたいのだが、いい加減にこれを解いてくれないか?】

「……っ!」


 怖気が立つほどの魔力がダルカナスの全身から立ち上る。

 指先から迸る力の奔流が、リリアの周囲に展開する結界に触れた。


 ーー……バシィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!


 ビリビリと甲高い音が響き渡り、結界に皹が入った。

 ふむ、とダルカナスは顎に手を当てる。


【さすがは熾天使(セラフィム)……神の眷属。神霊の身では一撃で壊れんか】

(凄まじい魔力……! いえ、そもそもこの結界は……わたしが?)


 周囲を囲む結界にはリリアの魔力が含まれている。

 恐らく、無意識のうちに瘴気から身を守るための結界を張っていたのだろう。

 そのおかげで助かったとも言えるが……。


「このままじゃ不味いね」

「ルージュ、目が覚めたんですね。体調は?」

「もーまんたい。でも、アレはさすがに予想外かなぁ……」


 目覚めたルージュはリリアの羽に隠れつつダルカナスを見た。

 闇の神は輝かしい笑顔を見せて、


【おぉ、貴様も起きたか吸血鬼の娘よ。さぁ、我と愛を深めようではないか!】

「めっちゃ気持ち悪い。何アレ。今まで出会ったどんな存在より、ぶっちぎりで気持ち悪いんだけど」

「闇の神ダルカナスですわね。『春の乙女と紅の英雄』に出てくる存在ですわ」

「カレンさん」


 今の衝撃でカレンやオズワンも目覚めたようだ。

 深刻な顔をしたカレンが頷き、厳しい目をダルカナスに向けた。


「古の英雄ファウザーの恋人を奪い、冥界に連れ去った間男。気持ち悪くて当然でしょう」

「ハッ! 女を奪う事で快感を感じる変態野郎ってェ事かよ」

【ダッハハハハ! ひどい言われようだ。最も、我は何も悪いコトをしているとは思っておらんがな!】

「あぁん!?」

【惚れた女を奪って何が悪い? この世に数多の女がいれど、惚れた女は一人きりだ。それが既に誰かのものになっているとして、少しぐらい共有してくれていてもいいではないか? そもそも、その女を生涯独り占めして枯らしていく方がもったいないとは思わないか? うむ、やはり我は正しい!】


 オズワンは舌打ちした。


「ハッ、正直、何が何だか分かんねぇが、テメェが気色悪いって事だけは分かったぜ」

【そうつれないことを言うな。抱きたくなってしまうではないか】

「は、ハァ!? 何言ってやがるッ、おれは男だぞッ!」

【男でも女でも関係あるまい。貴様はよい魂の色をしている。我は気に入った! さぁ共に寝よう!】

「お断りだクソボケがぁッ!」


 オズワンが唾を吐くが、ダルカナスは気にした風もない。

 神々に男色家は珍しくないとはいえ、オズワンにそういう毛色はないのだが。


【ッフ。気の強い男は好きだぞ? 屈服させたくなる】

「いい加減黙れや、クソがッ、自分より弱いやつしか抱けねぇクソ神がッ」

【……】


 ダルカナスの眉がぴくりと震えた。

 オズワンは強気で叫ぶ。


「違うのか、お? ジークの野郎がここに居ないって事は、あいつからおれたちを引き離したかったんだろ? つまり、テメェはあいつに勝てないって自分から認めてるって事だろうがよッ!」

(この愚弟は本当に時々核心を突きますね……それが良い事がどうかはさておき)


 カレンの複雑そうな顔をよそに、ダルカナスはゆらりと動いた。

 ベッドのような場所から腰を上げ、皮肉げに顔を歪める。


【ま、アレが厄介なのは認めよう。なにせヴェヌリスが認めた男だ。神霊体である我が勝てるかは微妙なところ。だがまぁ、心を折れば問題あるまい?】

「……!」


 再び、ダルカナスの魔力が結界を襲った。

 波濤のように襲いくる魔力の波が結界を軋ませ、ひび割れを加速させる。


(やはり、このままでは持たない……!)

【貴様らを我のモノにして、奴の前に晒してくれる。ふふっ、心が躍るな?】

「みなさん、合図で動いてください。三、二、一……散開!」


 リリアの掛け声と同時、結界が粉々に砕け散った。

 瞬時に飛び退くルージュ、リリア、オズワン、カレン。

 かろうじて神霊の攻撃を避けた四人に、ダルカナスは凄惨に顔を歪めた。


【無駄な抵抗を。お前たちが我に敵うと思っているのか?】

「神霊ごときに遅れを取ろうものなら、彼の隣に立つ資格はないでしょう」


 しゃらん、と錫杖を鳴らし、リリアは翼を広げる。

 空間に満ちる瘴気を祓うような神聖な光が四人を包み込んだ。


「わたしたちはジークの仲間です。彼が居なくても戦えると証明して見せます」

「ハッ! それでこそだぜ」

「確かに、ジーク様におんぶに抱っこでは仲間の意味がありません」

「神霊倒したよ、ってお兄ちゃんに自慢しないとね」


 リリアが、オズワンが、カレンが、ルージュが構える。

 彼らが纏う気の質が常人と一線を画することを、ダルカナスは見抜いた。


(こやつら一人一人が一騎当千の猛者。さすが運命の子の仲間か)

【まぁいいだろう。相手になってやる。簡単に抱けるものほどつまらないものはないからな!】

「とりあえずその口、永遠に閉じてほしいんだけど」


 その言葉が開戦の合図だった。

 ルージュが影を伸ばし、ダルカナスの喉を音もなく貫いた。

 血飛沫を上げたダルカナスの肉体はどろりと崩れ、闇に溶ける。


【話には聞いていたがな。メネスの魔力を拒絶した悪魔。珍妙なものだ】

「……!」

「避けろ、吸血女!」


 背後に現れたダルカナスにオズワンが剛腕を振るう。

 一瞬前までルージュの頭があった場所を穿った拳を、ダルカナスは魔力の障壁で受け止める。口元を歪ませた神霊は、障壁を魔力に変え、闇で拳を包み込もうとした。


【獣人のお前なら、腕の一本くらい無くても平気だな?】

「……っ、ゴリラ、お姉ちゃん!」


 顔色を変えたルージュが影の触手を伸ばしてオズワンを引き寄せる。

 続けてリリアが牽制の氷矢を放ち、同時に足元を凍らせた。

 完全に動きが止まった神霊の頭上から巨大な土柱が落下。


 ーー……ドッゴォン!!


 戦塵があたりに立ち込める。

 地下全体が揺らぐほどの衝撃、足元がグラグラと揺れる。

 常人なら死んで当然の連続攻撃だが、


「『虚無の光(オーバーレイ)』!」


 続けて追撃。情け容赦なく、ルージュの技が炸裂する。

 あらゆるものを滅殺する黒き光は、ダルカナスの体を包み込んだ。

 そのはずだった。


【なかなかに良き攻撃だ。褒めてやるぞ?】

『な…っ!』


 戦塵の中から現れたダルカナスは傷一つ負っていなかった。

 それどころか、先ほどよりも魔力が増しているように見える。

 ダルカナスの全身から立ちのぼる魔力を見て、ルージュが顔色を変えた。


「……っ、ごめん。やっちゃった」

「……なるほど。ルージュの魔力を吸い取ったんですね。第六使徒の権能と同じ」

【ダハハッ! これも瞬時に見抜くか! いかにも。キアーデは我が眷属であり女であったからな。力を求めるあの女が大嫌いな俺に腰を振るところはなかなかに愉快だったぞ? 貴様らもそうなるのだ】

『くたばれ、クソ神』


 四人の言葉がシンクロした。

 再び高笑いを上げる神を警戒しつつ、リリアが息を吐く。


「切り替えましょう。魔力による攻撃は無意味と思うべきです」

「ていうかあいつ、絶対に潰れてたよね。でも再生してる様子ないよ。受肉体なら実体があるはずだよね?」

「そのはずですが……エルダーに受肉している訳でもなさそうですね」

「あの闇、触れたらヤバいぞ。おれの鱗が震えやがる」


 四人の連携攻撃は決して甘くはなかった。

 付け焼き刃ではあるが、特級相手にも通じるとテレサから太鼓判を押されていたくらいだ。ルージュの『虚無の光』は魔力攻撃のため、魔力として吸われてもおかしくはないが……。


(わたしやカレンさんの攻撃は実体があった。なのになんで、)


【考える時間をやるほど、我はお人好しではないぞ?】


 その瞬間、リリアたちの足元から闇の粒子が這い寄ってきた。

 避けられずに触れた瞬間、リリア、オズワン、カレンの膝が崩れ落ちる。


「……っ、力がっ!」

【あまねく場所に闇は存在する。闇は時に惑わし、乱す。我が権能『真なる深淵』の前に、立てる者はなし……と、カッコつけたい所だったのだがな】


 ダルカナスが振り返りざまに手刀を振り抜いた。

 ガキンっ! と背後から迫ったルージュの剣とぶつかり合う。


【貴様は例外というわけか、吸血鬼の娘よ!】

「……っ、気づかなくていいのにさぁ。ほんと気持ちわるい」

「ルージュ……!」


 冥王の支配下から逃れているとはいえ、ルージュは悪魔だ。

 体内に流れている魔力も陰の気が強く、ダルカナスの闇を中和したのだろう。

 魔力の攻撃をやめ、近接戦へと持ち込んだルージュが激しい火花を散らす。


「こ、の……!」

【ほう。存外にやる。貴様、どこの誰に教わった?】

「不撓不屈の鬼教官とか、類を見ない剣術バカに、ちょっとね!」


 互いに位置を入れ替えながら剣戟を散らす神霊と悪魔。

 鮮血が舞い、剣戟の火花が鼻先を掠め、呼吸が乱れる。

 魂の泉で鍛え上げた近接戦闘力がルージュの命を繋いでいた。


(こいつ、めちゃくちゃ気持ち悪いけど……!)


 避ける、斬る、避ける、避ける、斬る、

 フェイント、空ぶり、脇に隙が、いや違う、


 ーー後ろだ。


「……っ」

【どうした、もう終わりか? もっと踊って見せろ!】


 ガキン、と衝撃音。

 再び、二人は剣を交える。


 ーー目まぐるしい思考の連続でルージュの頭は煮え立っていた。


 ほんの一瞬油断すればやられる、そう悟らせる『圧』がある。


 どれだけ気持ち悪くても、相手は神霊。神の使い魔。

 特級悪魔とは次元が違うことを、ルージュは肌で感じていた。


 ーーそれでも!


「誰がお前なんかと躍るか。あたしの身体はお兄ちゃんのものだ!」


 叫び、ルージュは神霊に真っ向から斬りかかった。

 迷うことなき一直線の攻撃。だが、それゆえに読みやすい。

 ダルカナスの瞳に失望の色が広がった。


(所詮はこの程度か。ならこれで……いや違う!)


 ダルカナスが顔色を変えるが、もう遅い。


「『緋撃爪・荊ブラッディ・ローズレイン』!」。


 戦闘の最中、地面に散っていたルージュの血が鋭利な爪と化す。

 噴水のように飛び出した血の爪が、ダルカナスの全身を貫いた!


【…………っ!】


 それだけではない。

 神霊体内部に侵入した爪は縦横無尽に荒れ狂った。

 嵐のごとく体内を蹂躙した爪が神霊体をバラバラに切り裂き、空中に散った肉体は、重力による圧縮で粉々に潰していく。ダルカナスの姿は見る間に塵へと変わった。


(魔力での攻撃が無意味なら、物理攻撃。さっきみたいに霧で視界が塞がれている状況じゃない。ここまで身体をバラバラにすれば、いくら神霊だって倒せるはず)


 最初からルージュは近接戦闘で勝つつもりはなかった。

 元より体格や魔力で劣る自分が真っ向勝負をするのは無謀。

 暗殺と奇襲が自分の戦闘スタイルだ。そこに相手を引きずり込めば。


「これで、」

【勝った、と思ったか?】

「……っ!」


 鮮血が迸った。

 ルージュの腕がくるくると空を舞い、ぼとりと地面に落ちる。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

「ルージュっ!!」


 声にならない絶叫をあげたルージュに、ダルカナスが迫る!

 その唇を我が物にせんと、顎を持ち上げた神霊が口を近づけて、


「わたしの妹から離れなさい、この下郎ッ!!」


 リリアの氷壁が二人の間に突き立った。

 一瞬の隙を狙ったオズワンの豪脚が大気を切り裂いて直撃し、吹き飛ばされたダルカナスは【ちっ】と不満げに、


【もう少しで我が伴侶とさせてやったものを。何が不満なのだ、何が】

「あなたの全てが不満です。消えてください」

【フン。いつまでそんな口がきけるか楽しみだ】


 ダルカナスは不敵な笑みを浮かべる。

 それもそのはずだ。リリアは奥歯を噛み締めた。


「はぁ、はぁ、クソ。あの野郎、硬すぎるぞ、オイ」

「……えぇ、ふぅ。確かに、難儀ですわね……」


 オズワンとカレンの疲労が濃い。

 深淵領域の最奥、この場所に渦巻く瘴気が二人を侵しているのだ。

 リリアの光で多少は守ってやれるが、闇の力が強すぎて焼け石に水。

 このまま戦闘が長期化すれば、遠からず動けなくなるだろう。


「ぜぇ、ぜぇ、ごめん、お姉ちゃん、仕留め、切れなかった」

「謝らないでください。むしろありがとうございます、ルージュ」


 腕を切り落とされたルージュも魔力の消耗が激しい。

 幸いにも腕は再生できたようだが、あまりこんな怪我が続けば魔力を消耗し、冥王の支配を拒絶できなくなる。そうなれば彼女は自我を失い、味方を襲う鬼となってしまうだろう。


「魔力攻撃も無駄、殴っても効きやしねぇ。こんなのどうやって……!」

「ーーいいえ。活路はあります」


 泣き言を呟いたオズワンに、リリアがはっきりと断言する。

 迷いのない口調にダルカナスが眉を上げ、ルージュは目を見開いた。


「お姉ちゃん、もしかして」

「はい」


 リリアは頷いて、


「ルージュのおかげで分かりましたよ、あれの倒し方が」



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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりみんな強いですね笑!ジークが来なくても神霊を倒せるところを楽しみにしてます! [一言] 今回もめっちゃ面白かったです! 次回も楽しみにしています。頑張ってください! あと相手の神霊…
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