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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 雷霆の誓い
93/231

第三話 大姫との謁見

 


「つ、疲れた……ただ歩いているだけなのに、めっちゃ疲れたよ……」

「お疲れさまでした、ジーク」


 中央通りを直進して、しばらく。

 ようやく人気が少なくなってきた通りを歩きながら、ジークは脱力していた。


『聖なる地』は外側から三層構造になっており、大きく『住居区画』『神殿区画』『統治区画』と分かれている。最も広大で人口の多い住居区画は先ほどの演説で人が殺到してきたし、神殿区画ではリリアと同じ天使が居て天使側が驚くなどの事があったのだが……さすがに『統治区画』の門をくぐると人通りはまばらで、こちらに向けられる視線も少なくなっていた。


「ほんと、勘弁してほしいよ、英雄なんて……」

「あんたが決めた選択の結果が今の人生を形作ってる。仕方ないね。諦めな」

「自業自得ってことですか……僕、あの人たちの為に戦ったわけじゃないのに」

「何が真実かは、情報を受け取った奴が決めることだからね」


 テレサは達観した様子でジークを諭してくる。

 さすがに異端討滅機構の統治区画にもなると彼女も酒を断っているようだ。


「なるほど。これが年のこへびゃ!?」

「なんだって? 殴るよ?」

「もう殴ってるじゃないですかぁ!」


 痛む頭を抑えながら抗議するジーク。

 けらけらと笑う師の姿を、リリアたちは微笑まし気に見守っていた。


「おい、あれ放っておいていいのか?」

「アレはお師匠様なりにジークの緊張をほぐしてるんですよ」

「まじかよ……分かりにくすぎるだろ」

「美しい師弟愛ではないですか。それぐらい察しなさい。愚弟」


 そう、彼らがやり取りを交わした時だった。


「ーーあ、来た来た! やっほー、ジっくん! こっちこっち!」

「「「ジっくん?」」」


 やけに陽気な声が、一行の頭上から降り注ぐ。

 見れば、城壁の上に立っていた女が飛び降りてきたところだった。


「やっ! さっきぶりだね、ジっくん!」

「あなたは……イズナさん、でしたっけ?」

「お、覚えてくれたんだ? 嬉しいなー!」


 猫耳を可愛らしく動かし、上機嫌に尻尾を揺らした女が近づいてくる。

 ジークは警戒交じりに、


「何ですか……またどこかで映像を撮ってるんですか?」

「んん? そりゃあ異端討滅機構本部だから監視カメラはあるだろうけど、さっきみたいなのはしないよ?」

「どうだか……」

「ありゃりゃ。嫌われちゃったかにゃ? ジっくん機嫌治してよー! 任務だったんだよぅ」 

「近いです」


 魔剣の柄でイズナを追い返すジーク。

 邪険にされているにもかかわらず、彼女の尻尾は上機嫌に揺れていた。


「ふふー♪ 照れてる姿も可愛いなぁ」

「可愛くないですし、僕はあなたが苦手です。あとジっくん呼びはやめてください」

「ジっくんはジっくんだよ。徐々に仲良くなってこ? イズナちゃんの可愛さでメロメロにしてあげるから♪」

(お兄ちゃん、この女危険だよ。殺しちゃっていい?)

(ダメに決まってるでしょ!?)


 ぞっとするほど冷たい声を届けたルージュを慌てて制止する。

 先ほどまでと違ってなぜか不機嫌だ。妙な真似は絶対にしないように言い添える。


「それで……何の用で来たんだい、あんたは」

「はいな♪ 実はジっくんの案内役を頼まれ…………」


 イズナがテレサの方に向いたその瞬間だった。


「………………………………………………………ほえ」


 ポカン、とイズナの口が開いた。


 沈黙する事数秒、彼女の硬直が解け、


「げぇぇえええ! てててて、テレサ・シンケライザ様ぁああああああ!?」

「やっと気づいたのかい。この頭からっぽ娘は」

「にゃんでこんなところに!? 鬼ババアが聖地に何の用だってんですにゃ!?」

「誰がババアだッ!」


 がっこんッ! と小気味よいほどの音が響き、イズナは殴り飛ばされた。

 水切り石のように飛んだ彼女は「にゃ、にゃ~」と目を回している。


「こ、このキレ具合……間違いなく鬼バ……じゃなかった。クソバ……じゃない、麗しきテレサ様ですぅ」

「気持ち悪い声出すんじゃないよ、全く」

「…………あの、お師匠様、お知り合いですか?」

「あー、残念ながらね」

「それはこっちの台詞ですよ!」

「あぁ?」

「再会できて光栄であります!」


 ビシッ、と敬礼を決めるイズナ。

 アイドルとして立体映像に映っていた時とまるで違う様子に、ジークたちは戸惑いを隠せない。


「えっと、どういう知り合いなので?」

「かなり昔に世話したことがあってね。弟子みたいなもんだ」

「つまりキミたちはイズナちゃんの弟妹弟子になるってことだよ、ジっくん。リったん!」

「り、リったん……」


 リリアは頬をひきつらせてジークの袖を掴んだ。

 イズナは親しげに二人の所に近寄り、くんくん、と匂いを嗅ぎ、耳をぴこぴこ。


「天使と半魔の組み合わせかー。うん、よい匂いしてるね♪ はふー……」

「……よぉ姉貴、これが変態って奴か」

「しっ、見てはいけません、オズ。ああいった手合いは無視するに限ります」

「おーい、そこ、聞こえてるんですけどー?」


 尻尾をゆらゆらと動かすイズナ。

 ぴょん、と跳ねるように移動し、彼女は言った。


「じゃ、ジっくん以外はちょっとのお別れね。姫様が呼んでるから♪」

「……! わたしたちは姫に謁見は出来ないという事ですね」

「まー、リったんは申請すれば出来なくはないかもだけど。今呼ばれてるのはジっくんだけだからにゃん」

「……そうですか」


『聖なる地』カルナックの姫は『神の巫女』と呼ばれる特別な存在だ。

 その存在は異端討滅機構において重要な存在であると聞く。

 通常の王国における姫とは立ち位置が違うから、余計に厳しい基準になるのだろう。


「気を付けてくださいね、ジーク」

「うん。リリアたちも」

「しっかりやれよォ。おれぁ尻ぬぐいはごめんだぜ」

「いってらっしゃいませ。ジーク様」

「ありがと」


 ジークはテレサに振り返って、


「じゃあ行ってきます、師匠」

「ん」


 カオナシからイズナに護送を引き継がれたジーク。

 二人はリリアたちと分かれ、城の中へ入った。

 城の中には警備中と思われる葬送官たちが多くいて、彼らのほとんどがジークを見定めるように視線を送っていた。ジークもまた、彼らの中に警戒に値する者がいるかどうか見つつ、


(やっぱり本部となるとレベルが高い……サンテレーゼとは大違いだ)


 最も、冥王と対峙したジークにとっていずれも脅威にはなり得ない。

 ただ……加護の相性によっては実力差なんてひっくり返ることを彼は知っている。

 だから油断しないでおこう、とジークが思った時だった。


「と、こ、ろ、で~、ジっくん?」

「はい?」


 イズナはジークの耳元に口を近づけて、


「キミ、()()()()()()()()()()()()()()()()

「………………!」

「おっと動かないでね? 不審な動きしたら、みんな見てるからさ」


 弾かれるように顔を上げたジークの耳元に、囁かれる声。

 ドクンッ、ドクンッ、と心臓の音が早くなっていく。


「……いつからですか?」

「キミを最初に見た時に怪しいって思ったんだけどさー。半魔の気配かな? って思ったんだよね。でも違った。こうして正面から見ると……匂っちゃうんだよね。隠し切れない悪魔の匂いが。イズナちゃん、感知担当だからにゃー。そういうのに敏感なのです」

「…………」


 ジークは高速で思考する。


(どうする? 戦うか? 今この場で暴れてこの人を倒せる? たぶん、いける。でも、)


 そうすればリリアたちに迷惑をかけることになる。

 何より葬送官本部で暴れれば、ジークたちの居場所は世界から奪われるだろう。

 自分一人なら、それでもいい。

 最終手段がそれしかないならジークも迷わなかったが、


「あぁ、勘違いしないで? 手を出す気はないよ?」

「……ほんとですか?」

「うん。あの鬼バ……テレサ様が気づいてないわけないだろうし、訳ありなんだよね?」

「……まぁ、そうです」

「なら、いいよ。イズナちゃんは姉弟子として、ジっくんを信じるよ」


 そう言って、イズナはすたすたと歩きだす。

 緊張が解け、ジークは深く長い息を吐いた。


(……とりあえず、問題なかったみたいだね、お兄ちゃん)

(そうだね……でも、あの人でも気づくって事は)

(他の人も気付く可能性があるって事……感知担当って、あの人は言ってたけど)


 その真意を知らず、のうのうと「はいそうですか」と受け入れられない。

 慌てて後を追いかけ、ジークはたまらず問いかけた。


「あの、どうして……?」

「んー? ほら、演説の時にも言ったでしょ」


 イズナは尻尾をご機嫌に動かして、


「第六死徒キアーデ・ベルクを倒したジっくんは、イズナちゃんの想いを遂げてくれたのさ」

「……じゃあ、イズナさんの故郷は」

「うん。みーんな、あいつに殺されちゃった。通り道に邪魔だからっていう理由で……」


 イズナの顔は見えないが、その背中に漂う寂寥感にはジークも覚えがある。

 突然の理不尽で全てを失ってしまった人が纏う空気。

 どう声をかけていいか分からないジークに、彼女はあっけからんと笑う。


「だから、キミは恩人なのさ。イズナちゃんだけなら、倒せなかっただろうからにゃん」

「……そう、ですか」

「その代わり、おイタをしたら容赦しないかんね? そこはしっかりしてよー、ジっくん?」

「はい」


(ひとまず信じてよさそう、かな)


 距離感が近すぎて警戒していたジークは、ほっと胸を撫でおろした。

 苦手な部類だが、どうしても彼女が悪い人だとは思えなかったし、あのテレサの弟子なのだ。きっと悪いようにはしないだろう。たぶん、きっと。


「ところでさー。ジっくんはどうしてあの鬼ババアの弟子になったわけ? ぶっちゃけ修業きついっしょー?」

「あの、イズナさん。打ち明けたいことがあるんです」

「ん? ちょっと待って愛の告白? 困るよイズナちゃんはみんなのアイドルで

「実は僕の聖杖機(アンク)、ずっと師匠と繋がってます。イズナさんの声は丸聞こえです」

「にゃんですと!?」


 イズナは飛び跳ねた。


「ちち違うんです師匠ぉお! これは出来心というかなんというかにゃああ!」

「冗談です」

「はい?」

「冗談です。僕の聖杖機にそんな機能はありません。陽力も感じないでしょう?」


 イズナの顔が真っ赤になった。


「かかかか、からかったね、ジっくん!? お姉ちゃんそんな子に育てた覚えはないけど!?」

「育てられてませんし。さっきの仕返しです」


 これで立体映像に映された仕返しは終わりだ。

 スッキリした、とジークは内心でひとりごちた。


(お兄ちゃんって、割とねちっこいよね……)

(なんか言った? ルージュ?)

(んーん。なんでも)

(?)


 イズナに連れてこられたのは正面玄関ではなく、裏口のようだった。

 薄暗い石造りの螺旋階段を登り、似た道をいくつも通り、二人は上へ上へと登っていく。

 上に登るほど空気が薄くなって、何か違うものが満ちているような気がした。


「なんか……天界に似てますね」

「お、分かる? 天界の結界と術式を付与したナノエーテル粒子がばらまかれているからにゃー。息苦しい?」

「いえ。大丈夫です」

「なら良し。もうちょっとだからね」


 イズナと他愛もない話をしながら歩いていく。

 異端討滅機構にアイドルとして喧伝されているイズナと、英雄として祭り上げられてしまったジークにはお互いの気持ちが理解出来て、思いのほか話が弾んだ。といっても、イズナは自らの容姿に自信を持っているらしく、戦うアイドルという葬送官の道を決して嫌ってはいないんだとか。


「それにさー。イズナちゃんがアイドルとして活動することでさ、獣人への偏見が減っちゃうといいじゃん? って思ってにゃー」

「……そうですか」


 意外と考えているんだな、とジークは思った。

 そこではたと気づく。


「あれ? でも、獣人って陽力を持ってないですよね。そこはどうしてるんですか?」

「ふっふふー。知りたい? ジっくんもついにイズナちゃんの可愛さにメロメロになったかにゃん?」

「いえ別に。そこまで興味はないですけど」

「可愛げがない!?」


 恐らく魔導機械を使っているのだろうとジークはあたりをつける。

 陽力を持たない獣人は悪魔を葬魂する事が出来ないが、悪魔の魔力を消耗させたり、魔獣を倒したりすることが出来る。イズナは感知担当と言っていたから、持ち前の感覚器官を増幅させて敵の位置を調べたりしているのだろう。それで序列三十五位まで登り詰めたと言うのだから、彼女の感知能力は相当なものであるはず。本当の所は聞いて見ないと分からないが。


(って事は、この人が感知の最上位とみてもよさそう……ルージュは大丈夫そうかな)


 おのれの影に潜む妹を案じながら、ジークは受け答えする。

 そうしてどれくらい経った頃だろうーー


「さ、着いたよ」


 幾何学模様が描かれた、五十メートルほどの回廊が伸びている。

 魔導機械が警備する回廊の最奥には荘厳な扉が鎮座していた。


「あそこに大姫様がいる」


 神聖な空気が漂うなか、緊張した面持ちでイズナが言った。


「くれぐれも失礼しちゃダメだかんね。イズナちゃん、弟弟子を殺したくないよ?」

「大丈夫です。イズナさんには負けませんから」


 イズナはきょとんとして、


「ぷっ、あはは! やっぱりジっくんは面白いね。そこは失礼な事しません、でしょ?」


 頼むよ、と念を押して、イズナは去って行った。

 もちろんジークとて「失礼なこと」をするつもりはないのだが……。


(行くよ、ルージュ。いざとなったら躊躇わないで戦おう)

(うん。いこ。お兄ちゃん)


 影の中の妹と言葉を交わし、ジークは回廊へ目を向ける。

 いつの間にか、回廊の入り口にメイドの少女が立っていた。


「お待ちしておりました。ジーク・トニトルス様」


 白い髪の少女だ。

 雲のような透き通る肌、佇まいから気品が漂っている。

 恐らく大姫の側付きなのだろう。教育がしっかり行き届いているように見えた。


 心の奥底を見通すような、空色の目がジークを見上げる。


「大姫様がお待ちです。こちらへどうぞ」

「……はい。お願いします」


 回廊へ足を踏み入れると、足裏に刺激が走った。


「……っ」

「痛みましたか?」

「いえ。問題ないです。これは……悪魔の侵入を防ぐためのものですか」

「その通りです。姫の身を守るための最終防衛ライン。ここを破られれば人類は滅びます」

「姫様ってそんなに重要な存在なんですか……?」

異端討滅機構(ユニオン)にとって必要不可欠な存在です。本人は大したことがないと仰せですが」

「……そうですか」


 大姫様とはそれほどの存在なのか、とジークは息をついた。

 そのあたり詳しく聞きたい気もしたが、特に自分には関係がなさそうだ。

 ただ……。


「悲しい人なんですね」

「……ぇ?」


 メイドが目を見開いた気がした。

 構わず、ジークは先を促す。


「姫様が待っているんでしょう? 急ぎましょうよ」

「……えぇ。分かりました」


 メイドが先に進み始めたのを見てジークも後に続く。

 五十メートル以上ある長い回廊の壁にはさまざまな絵が描かれていた。

 神、人間、悪魔、天使、魔獣……あれは、姫だろうか?


「旧世界から現代にいたるまでを描いた壁画ですよ」

「あぁ、なるほど……」


 道理で見覚えのない建物ばかりが並んでいる部分があったはずだ。

 空飛ぶ大きな機械、立ち並ぶ高層ビル、たくさんの自動車や人々。

 彼らの上から黒い悪魔がやってきて、逆側から光の神々が降臨する……。

 それはまさしく、旧世界で歩んできた歴史そのものなのだろう。


 そんな風に周りを見ていると、すぐに回廊の奥に到着する。


「こちらです。どうぞ」

「はい」


 たくさんのヒエログリフが刻まれた荘厳な扉。

 その奥にあるたくさんの気配に、ジークはごくりと息を呑んだ。


(……正念場だ。行こう、ルージュ)

(うん)


 ぎぃ、と重厚な扉が音を立てて開いていく。

 だだっぴろい大広間の中には何人かの葬送官と、最奥にはーー


「……良く来たな。ジーク・トニトルス。待っていたぞ」


 玉座に座る、麗しい女性が座っていた。

 艶やかな黒髪に、怜悧な瞳。細身ながら王の空気を纏う異質な女性。

 夜色の瞳がジークを見下ろす。


「……誰ですか?」

「まずは跪きなさい。新人!」


 玉座の横に立っていた、護衛の葬送官が叫んだ。

 ジークは波風立てないように言われたとおりにする。

 護衛の葬送官ーーこちらは小さな女性だ。彼女は腰に手を当てて、


「良く訊くがいいわ。本来、この方はあんたのような下っ端が会えるお方じゃないのよ!」


 それは終末戦争時代、人類の代表として葬送官を率いた姫の末裔。

 それは異端討滅機構元老院の一角にして、十万の葬送官を束ねる者。


「この方こそ、『神の巫女』ルナマリア様よ! さぁ、恐れ慄き、頭を下げなさい!」

「え、嫌です」

「そうよ。最初からそういう態度であればワタシも……なんですって?」


 水を打ったような静寂が謁見の間に広がっていく。

 怪訝そうに眉を顰める護衛の葬送官。

 一気に敵意が高まる周囲をよそに、ジークは立ち上がる。


「嫌と言いました。聞こえませんでした?」

「な。ぁ……あんた、状況分かってる? この方はね、あんたがーー」

嘘ですよね?(・・・・・・)

「は?」


 ジークは周囲の敵意を真っ向から受け止め、睨み返す。

 誰もが口を開かない中、最初に口を開いたのはルナマリア姫だ。


「嘘とは……どういう事だ? 私は正真正銘ーー」

「嘘は嘘です。あなたたちは嘘をついている」

「…………」


 姫は黙り込んだ。

 護衛の葬送官が不機嫌そうに口を開く。


「あんた馬鹿ぁ? 姫様は「どうして嘘だと思うのか」を聞いているのよ。答えなさい」

あの神(・・・)が嘘をついた時と同じ目をしているからです。勘ですけど、間違ってないはずです。あ、いま一瞬だけ目が揺れました。動揺しましたよね?」


姫と呼ばれた人物は何も言わない。

だが、沈黙こそ答えとなる事をジークは知っていた。

見かねたように、護衛の葬送官が口を開く。


「……ふざけた事言ってんじゃないわよ。神がどうのと、適当なことをーー」

「ふざけてるのはどっちだ」


 敬語をかなぐり捨て、ジークは護衛の葬送官を睨みつけた。

 バチ、と紫電が迸る。

 あふれ出る陽力を隠さず解放するジークに、誰もが息を呑んだ。


(この陽力、それに加護の深度……! こいつ……!)

「さっきから人の事を試すみたいな目ばっかり……そういうの、僕、嫌いなんです」

「……」

「用がないなら、帰りますね。さようなら」


 ジークは踵を返した。

 早く帰ってリリアたちとご飯を食べたい。

 ルージュの事もバレないようにしないとだし。

 姫が会いたいと言うから来たのに、なんでこんな茶番に付き合わないといけないんだろう。そう思ったその瞬間だった。


「く……ははッ、はっははははははははは! 一本取られたのう、ラナ!」


 突如、ジークを案内したメイドの少女が高笑いを始めた。

 ちらりと横目で見たジークに、彼女は「ふふ、あー愉快愉快」と腹を抱えて笑う。


「……ハァ。姫様。だからこんな悪趣味な茶番はやめましょうと言ったのに」

「くく。良いではないか良いではないか。いや許せ、ジーク。ちと悪ふざけが過ぎた」

「えーっと……?」

「セレスはお前を強く育てたと見える。見違えるほど良い男になったな」


 いきなり口調が偉そうになったメイドにジークは目を丸くする。

 見れば、玉座に座っていた姫は退き、メイドの為に席を譲っていた。

 ラナと呼ばれた護衛の葬送官や、他の葬送官たちまでもが、メイドに膝をつく。


「もしかして、君が……」


 メイドは服を投げ捨て、一瞬で紺色のドレスに着替えて玉座に座る。


「改めて自己紹介しよう。ジーク・トニトルス。運命の子よ。世界に抗いし者よ」


 足を組み、頬杖をついて、彼女は告げる。


「妾はルナマリア。神に祝福されし最初の巫女」


 尊大に告げた彼女は胸を張り、人の上に立つ王の目で言った。


「お主が来るのを、ずっと待っていた」




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― 新着の感想 ―
[良い点] ジークは普段弱々しい感じなのに時々鋭くなるのめっちゃかっこいい笑 [気になる点] ジークが姫様を偽物だってわかったのが3回読み返してもよく分からなかったです笑 [一言] まじで最近この小説…
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