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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 雷霆の誓い
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第一話 護送列車

 

 静かに揺れる列車の室内で、少女の声が響いている。

 かすかな緊張がほぐれ、喜びをにじませる少女は立体映像に向かって微笑んだ。


「はい。はい。わたしも……はい。お姉さまに会いたいです」


 少女の周りには顔のない面をつけた黒服たちが待機している。

 言動をつぶさに観察されている彼女は、しかし、緊張を感じさせず、


「ジークには……はい。わたしから言っておきますので。今は監視下にあるので、他の都市と通信は原則禁止されていて……はい。わたしたちが、死ぬ気で守ります。一度死んでますけど……って冗談です、冗談ですお姉さま!? そんなに怒らないで……はい、はい。もう時間ですので……お姉さまも、お元気で。それでは」


 ぶぅん、と立体映像が消える。

 満足げに吐息をつくリリア。話が終わったのを見計らい、カオナシが言う。


「話は終わりましたか」

「はい。ありがとうございます」

「いえ。本来、熾天使(セラフィム)である貴方様の行動を束縛する事はあってはならぬこと。お許しください」

「フン。よく言うよ。あんたらが崇拝するのは元老院であって、神々じゃないだろうに」


 沈黙するカオナシたちを睥睨し、リリアの隣にいたテレサが鼻を鳴らした。

 テレサは酒をあおりながら、


「オリヴィアとは話せたかい?」

「はい。無事を伝えられてよかったです。天使になったことは、驚いてましたが……」

「まぁそりゃあ、驚くだろうね……」

「でも、無事を喜んでくれました。それだけで充分です」

「……そうかい」


 ぐび、と酒を煽るテレサ。

 相変わらずの呑みっぷりを発揮する師匠に、リリアは口元を緩めた。

 なおも、カオナシは頭を下げる。


「……申し訳ありませんが、今しばらくご辛抱ください」

「構いませんよ。ジークを傷つけたら容赦はしませんが」


 穏やかな笑みの裏にある覚悟に、カオナシたちは地面にめり込むように頭を下げる。


「彼が叛意を抱かなければ、何も問題はありません」

「……そうですか」


 呟き、リリアは魔導列車の最後列を心配そうに見やる。

 たくさんの壁に遮られた向こうには、最愛の恋人が捕らえられている。


 陽力を封じる魔導結界と、エーテルを拒む黒水晶の牢で厳重に閉ざされた牢獄。

 囚人護送車両をけん引する列車に乗せられ、既に三日が経っている。

 もうすぐ『聖なる地』が見えてくるだろう。目的地はすぐそこだ。


(まぁ問題はないでしょう。彼がその気になれば、止められる人なんていませんし)


 自分が今すべきは彼の心配ではない。

 彼の為に、彼を取り巻く情報を収集し状況を整える事。

 リリアは吐息一つで気持ちを切り替え、カオナシたちを正面から見据える。


「わたしの葬送官として処遇についてですが、一つご相談があります──」



 ◆



 魔導列車最後方、囚人を閉じ込める魔導結界の外側。

 二人の獣人が、監視用のカオナシに近づいていた。


「そこどけオラ。……あァ? 許可がない? いいからどけつってぇ!?」

「その無駄に粗野な言動は直しなさいと言っているでしょう、愚弟」


 カオナシにがんをつけるオズワンの頭部に、姉の鉄拳が落ちる。

 思わず頭を抑えたオズワンを放置し、姉は片手に持ったお盆を見せて、


「食事を持参しました。怪しい物は入っておりません。面会を希望します」

「……いいだろう」


 身体検査を受けてから、オズワンとカレンは魔導結界の内部に入った。

 身体中をまさぐられたオズワンが不満げに唸る。


「何だってこんな真似されなきゃなんねぇんだ。クソが。あいつら何様だ」

「元老院の手駒様でしょう。ずいぶんジーク様を警戒しているようですわね」

「ケッ! んだよ、あいつ悪者扱いかよ」

「むしろ逆でしょう。これ以上ないほどの英雄だからこそ、好き勝手されたくないと読みます」

「そりゃあどういう……」

「ーーん、はぁ、らめ……そんなとこ、触っちゃ、やぁ……」


 オズワンが口を開きかけたその時、声が聞こえた。

 光の幕で覆われた結界の中、黒水晶の四面体が鎮座している。

 声の出どころはそこからだ。


「--ルージュ。声抑えて。誰かに聞かれちゃまずいって」

「らって……お兄ちゃんが、変なとこ、触るからぁ……!」

「もう……仕方ないな。ここがいいの? それともここ? 口で言ってくれないと分かんないよ」

「そこ、なの……ぁん! そこ、恥ずかしいぃ……」

「「!?」」


 艶やかな声に、獣人の姉弟はうろたえた。


(ちょ、何してんだよこんなところで!? まじかあいつら!?)

(しーっ! 声を出していけません、オズ。これはジーク様の御姿を拝するチャンスです)

(ちゃんすぅ?)


 カレンの声は熱を帯び、その頬は上気していた。


(そう、わたくしたちはジーク様に食料をお届けするのです。偶然(・・)その場を覗いても、不本意というもの)

(だからってよォ、あいつら、兄妹で……!)

(決して結ばれぬ、禁断の愛なのです。正妻のリリア様に内緒の秘儀……! はふぅ……これは、見逃せません!)

(本音出てるじゃねぇかクソ姉貴!?)


 弟の言葉遣いを直す暇を惜しみ、カレンはそぉっと牢獄に近づく。

 オズワンが後に続くと、淫らな声はますます大きくなった。


「ルージュのここ、なんか湿っぽいよ。どうなってるの?」

「ばか……そんなの、言わせちゃ、んんっ、らめぇ……!」


 はぁ、はぁ、と絡み合う二人の吐息。

 互いの温度を交換する兄妹の片割れが、縋るようにーー


「もうだめ、お兄ちゃん、きて……! お兄ちゃんの、注ぎ込んでぇ……!」


 ひときわ高い嬌声が響き、カレンがもじもじし始めたその瞬間だ。


「あ、オズ、カレンさん?」

『!?』


 まさに兄妹の片割れが、牢屋の隙間から顔を出した。

 無邪気な顔をのぞかせる少年に、カレンは「ほぁぎゃ!?」と飛び退いた。


「じじじじじ、ジーク様!? 違うのですこれは決して覗こうとしていたわけではなく何というかその」

「いや思いっきり覗いてたよな」

「お黙りなさい愚弟!」

「えっと、何を勘違いしてるのか知らないけど、変な事はしてないからね?」


 ジークは苦笑しつつ獣人の姉弟に中を覗くように言った。

 オズワンとカレンは顔を見合わせ、そぉっと格子の間を覗くーー。


 全身に汗を掻いた少女が居た。

 興奮で赤くなった頬に、かゆそうに足をすり合わせ、服が少しはだけている。

 それは誤解のしようもなく、とある行為の途中といった有様であった。


「どこが勘違いなんだよ、どこが!?」

「わたくし共は何も見なかったことにいたしますので、どうぞ続きを……」

「いやいやいやいやいや、ちょっとルージュ!? なんでそんな恰好してんの!」


 さっきまで普通だったよね! とジークが叫ぶと、妹は嗜虐的(サディスティック)な笑みを見せた。


「だって……お兄ちゃん、あんなに激しいんだもん。あたし、初めてだったのに」

「「!?」」


 ぺろりと舌なめずりし、ルージュは恥ずかしそうに太ももを擦り合わせた。


「こんなにめちゃくちゃにされてさ……ちょっと痛かったけど……その、嬉しかった、よ?」

「ジーク様。男たるもの言い訳は無用であるかと……」

「そうだよ。観念してあたしと結ばれちゃお? あたし、二番目でも我慢するから」

「だから誤解を招くような言い方するなぁ!?」


 黒水晶の牢獄の中、ジークの悲鳴が響いた。

 さすがにやりすぎだと思ったのか、ルージュはぺろりと舌を出す。


「ごめんごめん。あんまりお兄ちゃんが面白かったから、つい」

「ほんと、勘弁してよ……ルージュは世界で一番大事な妹だけど、僕にはリリアが居るんだから」

「……うん」


 ルージュはどこか寂しそうにうなずいた。

 そんな妹の様子には気付かず、ジークはオズワンたちに向き直る。


「それで、カレンさんはいつまで目を隠してるの?」


 指の隙間から普通に覗いてるけど。とは言わないジークである。

 オズワンが肘で姉をつつくと、カレンは「し、失礼しました」と居住まいをただす。


「食事をお持ちしました。現状の共有も出来ればと思いまして」

「ありがと。ちょうどお腹空いてたんだ」


 オズワンたちが運んできたのは、カオナシたちが配給する乾パンなどではなく、普通の食事だ。

 現在、エル=セレスタから魔導列車に乗って護送されているジークたちではあるが、この列車には一般の乗客も乗っている。カオナシたちからジークに配給される食事の質素さを見かねたオズワンが、姉と共に前方の車両から買ってきてくれたと言うわけだった。


「……そうなんだ。気を遣ってくれてありがと。オズ」

「べ、別に……オメェに倒れられても困るだけだ、勘違いすんな、クソが」

(うおおおお! 兄貴が! 兄貴が俺をねぎらってくれたぜよっしゃオラァ!!)


 仏頂面の仮面をかぶるオズワンにカレンは白い顔。

 仕方なさそうに息をついて、竜人の片割れは続けた。


異端討滅機構(ユニオン)がジーク様をどうするつもりかによって、わたくしたちの方針も決まってきます。そこはテレサ様やリリア様が探ってくださっているのですが……」

「限度がある。早いとこ話し合った方がいいだろって話だァ」

「師匠の話じゃ、僕を英雄に祀り上げるって話だったけどね」


 実際エル=セレスタの新聞にそう書かれていたのをジークは覚えている。

 テレサの話によれば、現在、冥王率いる闇の軍勢と異端討滅機構(ユニオン)は膠着状態にあり、疲労しきった民衆の希望になる存在が必要という話だった。そこでジークに白羽の矢が立ったのだが、ジークは無断で冥界に潜った挙句、死徒や闇の神々とやり合って帰ってきたというのだから……向こうからすれば、たまったものではないだろう。


(結果的に第六死徒を倒したんだから、許してくれればいいのに)


「問題はそこだっつーの」


 オズワンはパチリと指を弾いた。


「既に英雄として名を馳せた男が、悪魔を飼ってると知られたら……」


 オズワンはルージュを横目に問い、


「オメェ、どうするよ?」

「戦うよ」


 ジークは即答した。

 いっそ清々しさすら感じる言葉に、オズワンはぐっと気圧される。


「オメェ、何言ってるか分かってんのか。あの異端討滅機構(ユニオン)だぞ? 世界を敵に回すってのか!」

「うん。それがどうしたの?」

「……っ!」


 こてり、と首を傾げるジーク。

 彼は何を思ったのか「ぁ」と声を漏らし、


「別に、オズたちを巻き込もうとは思ってないよ。いざとなれば、二人は無関係ってことでいいから」

「……っ」

「……? なんでオズは苦しそうなの?」

「別に……何でもねぇよ、クソ、ボケが! おれはもう行くぜ」

「え、うん。ありがとね」


 オズワンはジークのいる牢から離れ、車両へ戻っていく。


「ッチ。クソが。何を苛立ってんだ、おれは……分かってた事だろうがよォ」


 不機嫌さを隠さない顔に乗客たちは爆弾を避けるようにオズワンを遠巻きにした。彼はそのまま車両の上に登り、一人空を仰ぎ見る。

 太陽は暗雲に隠され、行く先の不穏さを暗示しているようであった。




「ーー愚弟が失礼しました。ジーク様」


 一方、カレンは格子越しに頭を下げていた。

 ジークは気にした風もなく、


「んーん。オズが不機嫌な事はいつもの事だから。大丈夫」

「……ありがとうございます」


 無邪気に笑うジークに、きっと他意はない。

 だが、時に悪意なき言葉が人に痛みを与えることをカレンは知っていた。


 竜人の姉は弟の気持ちを察して目を伏せる。


 ーー彼はきっと、頼られたかったのだろう。


 対等な存在として、世界を敵に回す友の背中を守り合いたかったのだ。

 そう、分かっている。分かっていたことだ。

 自分たちはまだ、そこまでの信頼を勝ち取ってはいない。


(特にわたくしは、出会ったばかりですからね……)


 だからこそ、強くあらねばならない。

 友のために、恩人の為に、夢のために。


(こんなところで挫けてはいけませんよ、愚弟)


 心の中で弟に激励を送ってから、カレンは目を開ける。


「ジーク様の方針は理解できました。そこまでの覚悟があるなら、わたくし共からいう事はありません。ジーク様がルージュ様を大事にしている事は、承知しておりましたから」

「うん」

「いざとなれば、わたくし共の国にいらっしゃいませ。力あるジーク様なら歓迎されるでしょう」

「えーっと、ありがと。考えとくね」

「はい。それともう一つの可能性ですが……」


 それからカレンといくつか話して、ジークたちは別れた。

 カレンが居なくなったころを見計らい、ジークは振り向く。


「それで、いつまでくっついてるの、ルージュ?」

「……」


 先ほどから、ルージュが背中に抱き着いて離れなかったのだ。

 しかも何だか様子がおかしい。耳まで赤いし、心臓の早鐘が伝わってくる。


「どうしたの? 大丈夫?」

「……うん」


 頷きつつ、ルージュの動きには力がない。

 ジークは首を傾げた。


(陽力はさっきあげたし……大丈夫だよね?)


 先ほどは、オズワンたちが来る前に、マッサージと同時に陽力の受け渡しをしていたのだ。

 冥界では吸血によって陽力を供給していた二人だが、陽力の受け渡しでも可能ではないかと試し、先ほど成功したところである。最も、ルージュは吸血鬼だ。これでいつまで持つかは分からないが……。


(出来れば血とか吸わずに、普通の女の子として過ごしてほしいし)


そんな事を思うジークは、困った目でルージュを見つめる。

今回のは五分前まではぴんぴんしていたから、きっといつもの奴だろう。

年頃の女の子は複雑なのだと、リリアが言っていた気がする。


「もうすぐ着くらしいから、それまでにちゃんとするんだよ」

「……うん」


 ルージュは頷いた。

 仕方なく頭を撫でると、ぐりぐりと顔を押し付けてくる。


「……ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「大好き」

「うん。僕も好きだよ」

「……馬鹿」

「えぇ」


 なぜか罵倒され、ジークは困惑する。

 おかしい。今回は何も気に障るようなことは言ってないはずなのに。


「……そういう意味じゃないもん」

「え? 何か言った?」

「なんでもない!」


 ルージュは頬を膨らませてそっぽを向く。

 良く分からない態度に困惑しつつも、ジークは妹の頭をゆっくりと撫でつけて。


(頭を撫でても誤魔化されないんだから……でも、好き。好きだよ、お兄ちゃん)


 そんな優しい兄の姿に、ルージュはまた機嫌を直してしまうのだった。


 そうして列車の旅は終わりーー


 一行は、大陸の最西端に到着する。




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― 新着の感想 ―
[一言] 今回もめっちゃ面白かったです! 早くユニオンの奴らにジークが強くなったとこ見せつけるとこみたいです! 次回も楽しみにしてます頑張ってください!
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