第八話 葬送官
「じゃあまずはルールだね」
テレサは机の上に広げられた書類に目を落とす。
「さっきの女も言ってたように、葬送官ってのは悪魔と戦う存在であると同時に、神の威を振るう代理人ってやつでもある。で、その牙が人類に向かうことは許されない。だからジーク。お前が半魔であることは関係なく、葬送官が犯罪を起こした場合はかなり重罪となる。最悪一生囚われの身になることもあるからね。あんたならそんなことはしないだろうが……難癖をつける奴には気をつけな」
「はい。分かりました」
「うん。で、次に葬送官になる条件って奴だ。これは二つある。一つは推薦人、もしくは神殿が認可した人物であること。これはアタシがいるから問題ないね。次に、神の加護を得る、もしくは持っているだ。これも問題ない。あんた、神の加護を得ておいてよかったね」
「え? あ、まぁ、ははは」
無理やり押し付けられたとは言えないジークである。
テレサは続けた。
「あとは制約と誓約だ。まず制約だけど……葬送官は異端討滅機構に絶対服従の誓いを立てないといけない。死地へ赴けと言われれば行き、戦えと言われれば戦う。例えば、基本的に葬送官は仕官した街で赴任することになるんだけど、異動命令が出れば異動だ。例え街に家族がいようと、意見することは許されないよ」
ジークは頷く。
異端討滅機構は終末戦争後に悪魔と戦っている国際機関だ。
実質的に人類を支配しているといっても過言ではなく、彼らに逆らえば人類社会で生きる場所を失う。ジークの場合、現状、人類と悪魔の双方に追われているから、葬送官になろうとなるまいと変わらない。
「じゃあ後は誓約だね。己の信じる神に誓いを立て、どのように生きるか誓うんだ。これは旧世界でも神々の間で行われていた神聖な儀式で、運命に強く作用すると言われている。だから軽々しく決めちゃあいけないよ。猶予期間は一年あるからね。じっくり考えな」
「そんなにあるんですか?」
「それぐらい大事なんだよ。一生を左右するからね」
「……ちなみになんですけど、テレサさんはどんな誓いを?」
「アタシは……」
テレサは何かを言いかけて、やはり首を横に振る。
「聞かなくていい。守れなかった誓いなんて、何の意味もないんだから」
「……?」
「ほら、くだらないこと聞いてないでさっさとサインしな」
「あ、はい」
言われるまま、ジークは書類にサインをする。
「……へぇ。意外と綺麗な字だね」
「母さんに教わりました」
テレサの言葉に、ジークは自分の中に母が生きているような気がして微笑む。
魔導工学で作られた紙らしく、血判を押すと契約書は燃え上がり、受付の奥に石板に吸い込まれた。
「これであんたも立派な葬送官だ。ひとまずおめでとうと言っておこうか」
「あ、ありがとうございます」
全く実感はないが、どうやら葬送官になれたらしい。
というか、とジークは思う。
「葬送官ってこんな簡単になれるもんなんですか? なんというかこう、もっと色々あるかと思いました」
「あんたは特別だよ。普通の奴が葬送官になろうと思えば、まず三年間養成学校に通って、次に自分の後ろ盾になってくれる師匠か神殿を見つけたり、加護を授かるために儀式を受けないといけない。より強力な加護を求めるなら試練をこなさないといけないし……まぁ、軽く四年はかかるだろうね」
「……それって僕、大丈夫なんですか?」
「あんたはアタシが推した奴だからねぇ。叡智の女神の加護も持っているし、数えきれないくらい修羅場もくぐってる。だから普通の葬送官に必要な試験や手続きの大部分が省略されるんだよ。ぶっちゃけ、葬送官は常に人手不足だからね。即戦力になれるならすぐにでも欲しいくらいなのさ」
「な、なるほど……?」
分かったような分かっていないようなジークにテレサは「さて」と立ち上がる。
受付に行った彼女は書類と金色の塊を受け取って戻ってきた。
「晴れて葬送官になったあんたには、聖杖機が与えられる」
「聖杖機……ってあれですよね」
「あぁ。所有者の資質によってさまざまな形に変える、対悪魔武器だ。アタシの場合は……」
テレサは懐から取り出した聖杖機を見せてくる。
十字架の先端に丸い輪がついた、不思議な形をしていた。
テレサが力を籠めると、聖杖機はぐにゃりと形を変え、指輪に姿を変える。
「これだ。アタシの場合、直接的な攻撃力はないが、加護を扱うための陽力が跳ね上がる仕掛けになってる」
「へぇー……」
「早速やってみな」
テレサが金属の塊を渡してくる。
ずしりと重い感触だ。冷たい金属の塊が、ジークの手の中でぶるりと震える。
するとーー
「わ!?」
びよん、と聖杖機が伸びた。
肘くらいまでの長さの長剣だ。黒光りする刃がジークの心を惹きつける。
「かっこいい」
「剣か。ちょうどいいね。近接戦向きのあんたにはちょうど……」
その時だった。
ぱきッ、と音を立てて、剣が割れた。
「え、えぇぇぇぇ!? おおお、折れた!? ど、どうしようテレサさん!?」
「ちょっとは落ち着きな。多分これは折れたわけじゃない」
テレサは冷静にジークの持つ剣を観察する。
二つに割れた剣をみて、納得したように頷いた。
「あぁやっぱり……これは、双剣だね。ほら、割れた方にも柄がある」
「あ、ほんとだ」
「双剣の使い手は珍しいよ。超攻撃特化型の聖杖機だ」
「へぇ……」
他の聖杖機を知らないジークはよく分からず、とりあえず頷いた。
黒い剣から分かれた剣は蒼白く、少し短めだ。
軽く振ってみたところ、かなりしっくりきた。
「うん。気に入ったかもです。これで頑張ってみます」
「良かったね。なかなか肌に馴染まなくて苦労する人も多いんだよ」
「そうなんですね」
「あぁ。じゃあ次は……」
それからテレサはいくつか説明を続けた。
葬送官は当番制の哨戒任務にあたる義務があること、
外回りと街回りがあって、おそらくジークは外に回されるだろうこと、
また、葬送官となった者は出来るだけ早くバディを見つけなければならないこと。
「バディって、ペアのことですよね?」
「そうだよ。任務で同じ行動をする運命共同体のことだ」
「…………それ、絶対に見つけなきゃだめですか?」
ジークは遠慮がちに聞いてみた。
いまだ周りに迫害されているジークだ。
バディを組んでくれる人がいるとも思えないし、ジーク自身が相手を信用出来ない。
期待するたびに裏切られてきた経験が、誰かと深く関わることを怯ませるのだ。
切実なジークの言葉に、しかしテレサは「ダメだ」ときっぱり言った。
「ジーク。葬送官として最も大切なことは何だと思う」
「え? うーん……悪魔と戦って、人類を守ること、ですか?」
「違う」
テレサは一拍の間を置き、
「仲間を殺すことだ」
「……!」
「正確には……悪魔となった仲間を、だけどね」
告げられた内容の重さに、ジークは目を見開いた。
「葬送官の役目は人類を守るために悪魔を葬魂すること。そして、悪魔を増やさないことだ。万が一、戦いの最中に葬送官が死亡し、悪魔となり、そしてエルダーとなった場合は味方の情報を持っている敵ができることになる。敵に情報が流出する。それを防ぐために、葬送官はまず、仲間を殺すことを教えられる」
「……仲間を」
「あぁ。とはいっても肉体を燃やしたり、ちゃんと祈祷をすれば悪魔化を防げるからね。戦わずに済むならそれがいいが……それが出来ない状況ってのもあるから」
大事なのは躊躇わないことだ。とテレサは話を締めくくる。
ジークは考える。
(仲間か……今は居ないけど、居たら、僕はどうするんだろう)
もしも人間の友達ができたとして、その人が悪魔になったら。
しかも母と同じようにエルダーとなり、記憶を保ち、同じ言葉を話せたら。
半魔である自分に、友を殺す権利があるのだろうか?
「……ま、説明はこんなもんかね」
テレサは「ごほッ」と咳をしてから出口へ向く。
「バディが出来るまでは当面一人行動だ。哨戒任務は出来ないから、とりあえず葬送官として訓練を……」
「ーーそれは認められない」
「え?」
テレサの後に続こうとしたジークは息を止める。
見れば、いつの間にか首元にレイピアの切っ先が突きつけられていた。
「話は聞いた。半魔を葬送官にするだと? 例え支部長が許しても、私は認めんぞ」
美しい金髪の美女がそこにいた。
顔に似合わない剣呑さで、親の仇を見るかのようにジークを睨んでいる。
テレサは頭痛を堪えるように額を抑えた。
「オリヴィア・ブリュンゲル。あんた、任務に出ていたんじゃなかったのかい」
「たった今帰投した。半魔の話を聞いたらウチの弟子が飛び出してきたんでな。少々急いだ」
「弟子ぃ……?」
テレサが眉を顰めると、オリヴィアと呼ばれた女性の後ろから少女が歩いてくる。
ジークは目を見開いた。
「え」
それは十年前、初めて人里に入った時に出会った女の子。
ボーイッシュな髪を長くし、可愛らしく育ってはいるが、面影は残っている。
「久しぶりね、ジーク。私の、仇」
「…………アンナ?」