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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 飛躍
87/231

第二十四話 彼方に響く

 


 アーロン・マクガウィルは愉悦に浸っていた。


(あぁ、やっと、やっとだ。やっとお前をどん底に引き戻せる、ジークぅ……!)


 もはや偏執的とも言える、ジークへの執着。

 おのれを人生のどん底に突き落とした男を彼は許さない。


 ーーアーロンは、悪魔になったことを後悔しているわけではない。


 むしろこの一点に関してのみ言えば、ジークに感謝しているくらいだ。

 葬送官になった時は悪魔を屠る側だった彼だがーー

 人間という矮小な身体を捨て、頑強な肉体と恐るべき魔力を授かった今、恐れる者は何もない。


(この力があれば、何だって出来る……!)


 貴族の妾の子として生まれながら、上級葬送官に登り詰めた彼は信じている。

 力こそが正義であり、強き者は何をやってもいいのだと。

 おのれ以外の全ては利用すべき者であり、蹴落としあうライバル。

 油断すれば殺される。利用し、虐げ、支配しなければ安心して眠る事は出来ないことを。


 だからこそ、ジークは殺さなければならない。


(何やら冥王とやり合ってたみたいだけどよぉ。もう限界だろぉ?)


 悪魔となったアーロンも、力の差が分からないほど愚かではない。

 魔を統べる冥王と戦い、曲がりなりにも生き残った事実。

 これだけで、ジークの強さを証明するには十分すぎた。


 彼を放置していればーーいずれ報復に来るかもしれない。

 その恐怖こそが、アーロンを駆り立てるものの本質だ。


(お前は強くなった。認めるよ。でもな、俺も強くなったんだぜ?)


『怠惰』のキアーデ・ベルクから受け継いだ眷属異能。

 触れるもの全ての魔力を吸い取り、おのがモノとする破格の力。

 この力さえあれば、冥王との戦いで疲弊しきったジークを屠るのはたやすい。


 何より、一度格の差を思い知らせているのだ。

 《魂の泉》で完封した記憶が彼の目を曇らせていた。


「ずったずたにしてやるよ。お前の女と一緒になァ」


 じゅるりと、油断しきったアーロンが舌なめずりをする傍らーー


(このアホは。マジで使えないっすね……)


 キアーデ・ベルクは忌々しさを隠そうともせず舌打ちした。

 強い憎しみを残した悪魔として生まれたアーロンを見つけたときは、幸運だと思った。おのれの血を分け与え、力を与え、人間の裏切り者としてジークを追い詰める材料に成り得たからだ。心を折り、精神を衰弱させた上で殺すーー

 その手はずだったのだが。


(魂の泉の邪魔者……今回の神霊……何より冥王様に傷をつけた、その一点!)


 キアーデは知っている。

 終末戦争以来、冥王メネスに傷をつけた者がただ一人しかいないことを。

 現在の異端討滅機構の序列一位でさえ、冥王の前には立ったことすらないことを。


(この半魔……本当に、やばいッ)


 今ここで殺さなければ確実に脅威になる。

 戦えば戦うほど成長する、この半魔の潜在能力には底がない。

 だからこそキアーデは油断せず、ジークの一挙手一投足を観察しているのだ。


 それなのに、眷属のこの体たらくときたら。


(全く……やっぱりあーしじゃ、クウェンっちみたいにはいかないっすね)


 元第七死徒オルガ・クウェンは人を動かすことがうまかった。

 人の欲望につけこみ、甘い言葉を囁き、上手く動かすさまは見惚れするほど鮮やかだった。そして何より彼はーー優しかった。


(クウェンっちは、こんなあーしに平等に接してくれた……)


 人間の生まれ代わりである悪魔の中でも、差別や偏見は存在する。

 不死の都の中では力こそが全てであり、力ある者が認められるのだがーー

 その辺境までいけば、そういうわけにもいかない。


 キアーデ・ベルクは、獣人の悪魔として蔑まれてきた。

 蛇そのものの目や尻尾が故に虐げられ、力を発揮できずにいた。

 だからそれを見返す為に不死の都へ赴き、不死者の軍団に志願し、功を詰んで力を得た。


 そうして大罪の名を関する死徒となってもーー偏見は無くならなかった。

 死徒の中でも獣人である自分を疎む者が居ることに気付いていた。


 けれど、クウェンだけは。

 彼だけはキアーデ・ベルクを一人の不死者として扱ってくれた。


 だから、彼が殺された時は許せなかった。

 冥王に逆らえない自分を情けなくも思った。


 だから、復讐する。

 たった一人の友人を殺したあのルプスと、何よりこの半魔を。


(絶対に、許さないっすから)


「『完全模倣(パーフェクト・コピー)』発動」


 ジークたちが《魂の泉》に籠っている間、キアーデは何もしていなかったわけではない。模倣した能力を解析し、自分の戦法に合うように調整、おのれの異能と組み合わせたのだ。


「あんたの力で、死ね。半魔」


 キアーデは空気中に存在する無数の電子に干渉し、風を、地面を、樹々を操る。

 そうやって物質操作を行った上で、電磁波を収束させ、荷電粒子砲を準備。

 ジークが突っ込んでくればもう一つの異能『絶対消去』を発動ーー

 その準備時間、僅か〇.〇〇一秒。


 瞬き以下の刹那で戦闘準備を終えたキアーデはジークを迎え撃つ。

 冥王との戦いでさらに成長したであろう彼を、十全の準備を以て叩き伏せる為に。


「ーーーーーーッ!」


 キアーデの放った雷が、ジークの全身を呑みこんだ。

 視界の全てが白く染まる。


 ーーそう。キアーデは決して油断していなかった。


 曲がりなりにもあの冥王に傷を負わせた相手だ。警戒してもし足りない。

 だからこそ最初の邂逅で能力をコピーしたのだし、あの戦いで殺すつもりだった。


 相手の能力をコピーし、相手の動きを封じる。

 努力も研鑽も修業も、相手の全てを踏みにじり、怠惰に殺す。

 それこそが『怠惰』の死徒に相応しい行いなのだから。


 だが、

 それでも。

 油断と警戒を雲の上に届くまで積み上げてもーー




 今のジークを止めるには、あまりにも足りなさ過ぎた。






 斬撃が全てを消し飛ばした。






「は?」


 キアーデは目を丸くする。

 全力全開、最大出力の一撃がーー真っ二つに斬られた。

 続けて流れるように懐に潜り込んだジークの剣が。


(まずい、早く防御、いや能力を消してーーっ、ダメだ、避けろ!!)


 間一髪、キアーデは後ろに飛び下がることで回避した。

 雷を纏い、肉体の限界を超越した動きを実現したキアーデだが、


「……!?!?!?!?」


 ジークが目の前にいた。

 距離を取ったはずの彼が、目の前に。


「な、なんすか、それーー!?」


 雷を放つ。地面の電子を操作して足止め、さらに能力を消してーー

 全て無意味だった。


 ーーダンッ!!


 ジークは震脚一つで、キアーデの小細工を完封したのだ。

 紅色の眼光が、キアーデの心臓を貫いた。


「トニトルス流双剣術打突の型」


 双剣の一本を宙に、二本目を両手で持ち、肩まで下げる。

 筋肉の収縮、空気の摩擦、その全てを支配する。

 そして、


「『蜂刃(ほうじん)』」


 加速する。


「……っ!?」


 本能的に首を傾けた事が一つの奇跡だ。

 刃が頬をかすめ、鮮血が噴き出すまでーーキアーデには何一つ見えなかった。

 あり得ないほどの速さ。雷の加護をもってしても捉えきれない……ならば!


「お前の加護を、そのままーー」


 雷撃をーー打てない。


「う、そ」


 光速の一撃が、キアーデの胸を真っ向から切り裂いた!


「が、ぁ……!?」

「おいおいおいおい、ナニやってんだよ、死徒サマよぉ!」


 ここまでの攻防、僅か一秒にも満たない。

 悪魔の身体は再生するとはいえ、これほどの傷は時間がかかる。

 見かねたアーロンが援護に走った。


「例えどんだけ強くなろうが、力の源は陽力だろぉが!」


 ならば、その力を打ち消せば。


「この俺に、砕けねぇものはねぇ。そうだろう、ジィィィク!」


 岩を砕き、風を裂く、豪速の拳が炸裂する。

 鮮血が奔った。

 ニヤァ、とアーロンが嗤う。


「ほらな、これ、で……?」


 おのれの拳が砕かれたと気づいた時、アーロンは宙を飛んでいた。


(…………………………は?)


 何が起こったか理解も出来ない。

 ただ拳と顎に強烈な痛みを感じてーー目の前に、ジークが現れる。

 彼は剣を使わず、ただ純粋な力でアーロンの拳を真っ向から迎え撃ったのだ。


「お前だけは、簡単に殺してはやらない」

「……っ」

「僕が受けた痛み、魂に焼き付けろ」


 呟き、ジークは地面に着地する。

 アーロンの目は暮れなずむ空をーーその宙を飛ぶ、一匹の神獣を捉えた。


「アル」

「キュウァァアアア!」

「まーー」

「待たない」


 顎が噛み千切られた。


「ぃ……っ!?」


 足が、腕が、膝が、肘が、首が。

 再生するたびに噛み千切られ、魔力を削られていく。


「お前の力は他人の力を奪って自分のものにするんでしょ」


 冷たく、ジークは言い放つ。


「じゃあ、陽力を使わずに戦えば、どうなるのかな?」

「ぁ、ぎゃ、やめ、ぶげ、ぎゅ」


 溺れた水の中で空気を求めるように、アーロンは喘いだ。

 だが、助けを求めるその手を使う者はいない。

 当然だ。彼は他者の全てを踏みつけてきたのだから。


 ぐるん、とジークは振り返る。


「お待たせ。もう再生したかな。終わったよね。じゃあ、」


 身体の再生を終えたキアーデの瞳には、隠し切れない恐怖が浮かんでいた。


(ありえないありえないありえない! こんな、あーしが、雑魚みたいに……!)


「僕の前から、永遠に消えろ」

「まだ、まだまだまだまだ、まだだぁぁあああああああああああ!」


 キアーデは吠えた。

 大罪異能をフルに駆動し、ジークの加護を真っ向から打ち消した。

 それでもーー


「何なんだ、何なんだ、お前ぇええええええ!」


 障壁の向こうから迫る、雷の化身に。

 キアーデの震えが止まらない。恐怖が彼女を支配していた。


 死徒と一介の葬送官とは思えない、蹂躙じみた圧倒的な戦い。

 覚醒を遂げた少年の激変に、見守る神霊たちもまた、それぞれの感慨を抱く。


【……僕は、夢でも見ているのかい?】


 太陽神ソルレリアは呆然と呟いた。

 目の前の戦いが信じられない。あっていいのかこんなことが?


【彼、まだ葬送官になったばかりなんだろう? アステシアの加護もつい最近って……】

【二か月前ね】

【たった二か月で、これほどの存在に成長したというのかい……!?】


 驚いているのは太陽神ソルレシアだけではない。

 おのれが加護を与えた三柱の神々までもが、この戦況は予想外だった。


【ジーク……あなたはいつの間にそこまで】


 アステシアは寂しげに喜び、


【クハッ】


 ラディンギルは好戦的な笑みを浮かべ、


【……あ、あたしの魔剣があるんだから当然ね。まぁまぁね!】


 イリミアスはおのれの矜持に誇りを持ち、


【第五死徒キアーデ・ベルクは、決して雑魚ではない】


 デオウルスは警戒交じりに呟く。

 彼の瞳はキアーデと、死徒を圧倒するジークだけを捉えていた。


【相手の能力を模倣する忌まわしい大罪異能とどんな攻撃をも防御する異能。その二つを組み合わせた奴は対人戦に限って言えば死徒の中でも上位に位置する。足りない殲滅力は他人から補うことができ、多くの国々で重要人物が暗殺され、国家が滅んでいった】

 

 デオウルスの目を以てしてもジークの力は異常の一言だった。


 相手の未来を先読みする『先視の加護』

 あまねく電子を操る『天威の加護』の第一の力。

 そして最後に、ありとあらゆる力を拒絶する第二の力。


 ただこれらの能力を持っているだけでは、キアーデを圧倒できはしない。

 刹那に必要な加護を選別、あるいは同時に行使し力の配分を見極め、

 洗練された剣技を合わせて相手を追い詰める。これがどれだけの荒技か!


「トニトルス流双剣術『百花繚乱』!」

「…………………ッ!」


 一つ力を使うたびに精度をあげ、研ぎ澄ましていく。

 まるで錆びた刀が磨かれ、輝きを取り戻していくように。

 無数に閃く剣の軌跡が、咲き乱れる。


(あるいは、今ここが、奴を消す最後の……)


 デオウルスがそう思案した時、五柱の神々がデオウルスに突き刺さった。

 無言の重圧にため息を吐き、彼は両手を上げて降参の意を示す。


【あんた、さすがに空気読めなさすぎでしょ……】


 イリミアスがため息を吐くと、ラークエスタはうっとりした笑みを浮かべた。


【うふ。この戦いを見れば、もはや認めざるをえないでしょう】


 ラークエスタの、熱に浮かされたような瞳が弧を描く。


【彼こそが、世界の運命を変える新たな英雄であると】




 一方、その頃ーー



【やっぱり君は最高だ。俺が見込んだ通りだったよ、ジーク・トニトルス!】


 森を見渡せる崖の上で、緑髪の神は恍惚とした表情で両手を広げた。

 眼下、繰り広げられるジークの戦いは、彼が面倒を見た時より飛躍している。


【冥王との戦いで生き残り、第六死徒圧倒する! そうだ、これが、これこそが俺が望んだ姿だ!】


 ナシャフの興奮した言葉は誰に聞かせるわけでもない。

 それでも、彼の言葉はだんだんと熱を帯びていく。


【これで全ての駒は揃った! 冥界の神々は立ち上がり、冥王は重い腰を上げるだろう。人類の英雄は七人! さぁ、さぁ! 共にこの長きに渡る戦いに! 五百年にも及ぶ壮大なゲームに、決着をつけようじゃないか! その為に、君を助けたのだから! ジーク・トニトルス!】


 世界の変化を見守る傍観者であり、

 光と闇の神々の戦いをゲームと称する享楽の神。

 遊戯の神ナシャフの言葉は、誰にも聞こえない。


 今は、まだ。



 ◆




(やばい、やばい、やばいやばいやばいやばいやばい!)


 アーロンは焦っていた。

 何度も神獣に噛みつかれた彼の魔力は順調に減っている。

 この意味のわからない生き物から魔力を吸おうとするも、この生き物は魔力を使った攻撃を絶対にしない。アーロンの焦りを分かっているかのように、さらに陰湿に、そして残虐に責め立てていく。

 主人の苦痛を何倍にも返す。それはアルトノヴァの怒りだ。


(この、ままじゃ……!)


 葬魂されるまでもない。魔力が尽きて死ぬ。

 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、

 悪魔になった身で死ねばもう二度と生き返ることはない。


 今度こそアーロンは死ぬ。

 この、俺が、また……?


 ふざ、けんなッ!!


「あっちゃならねぇんだよ……そんなことはなァ!!」


 アーロンは叫んだ。

 図らずも一瞬、ジークに追い詰められていたキアーデと視線を交わす。

 これまで仲間意識の欠片も持っていなかった彼らの意志が、シンクロした。


「ーー下僕っ!!」

「おうさぁあ!」


 アーロンは飛び出し、神獣の攻撃を回避して疾走する。

 向かう先はジークではない。彼を見守る神霊ーーその背後には。


「……リリアっ!」


 そう、ジークの大切な恋人である、リリアの遺体がある。

 もはや命を宿してはいないが、これを人質に取る価値はあるだろう。


(ひひ、ひひひひっ! あいつの目の前で犯してやる。めちゃくちゃに……!)


「おまえ、ら……!」

「あんたの相手はあーしっすよ」


 煮え滾る怒りに顔を歪めたジークの前に、キアーデが立ち塞がる。

 キアーデもまた直感していたのだ。

 この圧倒的不利な状況を打破するには、リリアの体は有効であると。


(初めてあんたを下僕にしてよかったと思ったっすよ……!)


 キアーデは全霊をかけてジークの行手を阻んだ。

 無論ジークは押し通ろうとするが、その一秒が勝負の分かれ目だ。


「ひゃっははははっ! もらったぁッ!」


 アーロンの手がリリアに触れる。

 神霊たちは動かない。いや、動けないのだ。

 すでに冥王を追いやるため力を使い、現界を維持するので精一杯。

 例え年若い娘の遺体が、欲望にまみれた男に陵辱されようと手は出せない。

 彼らだけなら、そうなっていただろう。


「ーーお義姉ちゃんに触るな」


 凛とした声と共に、黒い壁がリリアの体を包み込んだ。

 ハっ、とアーロンが顔を上げると同時、小さな拳が彼の顎を強打する。


「な、ぁ、なぜ、なぜお前が、ここに……!?」

「何いってんの。あたしはお兄ちゃんの妹だよ?」


 ザ、と足を踏み出し、少女は言った。


「そこにお兄ちゃんがいるなら、世界の果てでもついて行くに決まってるじゃん」

「ルージュ!」

「お兄ちゃん。後でお説教ね」


 ルージュはじと目で言った。


「一人で突っ走ってさ……あたしも頑張って修業してたのに……これじゃ意味ないじゃん。どんだけ心配したと思ってんの?」

「え。あ、はい。ごめんなさい」


 顔を真っ赤にして憤るルージュ。

 おそらく冥界で父の幻影を追った自分を追ってきたのだろう。

 冷たい怒気に思わず震えると、アーロンが吠えた。


「テメェら、クソが。ふざけんじゃーー」

「ふざけてるのはお前だろうが、ォオ!?」

「……っ!?」


 がっこんっ! と恐るべき威力を持った拳が振り抜かれた。

 アーロンの身体がぐらりと倒れる。

 空中から舞い降りたその影は着地の瞬間に悪魔の身体を蹴り飛ばした。


「おまえ、おまえは……!」

「ハっ! 同じことしか言えねぇのか。雑魚が。テメェみたいなクズ。俺だけで充分だっつーんだよ!」

「オズ!?」


 オズワン・バルボッサは笑った。


「ヨォ、ジーク! 楽しいことやってんじゃねぇか。俺も混ぜろや、オォ!?」

(うおおおお! やべぇぇ、出ていくタイミング分からなかったぜちくしょうがぁああ!)


 ジークがピンチの時に颯爽と登場するはずだったオズの目論見は崩れた。

 実を言えばルージュより先にジークの匂いを辿ってここに着いていたのだがーー


(死徒と眷属相手に圧倒するとか、カッコ良すぎるだろ兄貴ぃいいいいい!)


 凄まじい戦闘力を見せるジークの姿に見惚れ、思わず足が止まっていたのである。

 もちろんそんな内心など一切みせず、口元を好戦的に歪ませる。


(ていうか俺、出てきた意味あんのかな!)


 リリアの事がなければジーク一人で彼らに勝っていただろう。

 ルージュの言うとおり、ここに来るまで『力』を溜めていたのが全て無駄になった形だ。死徒を圧倒するジークが見れただけまだマシと思いたいが、彼に自分の助けなど必要なのかという疑問もある。

だが、


「ありがとう。二人とも」


 ほっと、安心したように微笑んだジークに、オズワンとルージュは思わず笑みを交わした。頼もしい仲間の登場を受け、ジークは改めて敵に向かい合った。


「そん、な」

「じゃあ、そろそろ終わらせようか」

「が……ッ!?」


 絶望を滲ませたキアーデの頭を、ジークの蹴りが打ち据えた。

 水切り石のように地面を跳ねたキアーデは、驚愕に打ち震える。


(うそ、うそ、うそ。なんでウチの異能が、大罪異能が……!)

「魂の泉で、疑問に思ってた」


 一歩、ジークは足を踏み出す。

 それは死神の一歩だった。


「お前、僕たちの攻撃を防ぐとき、一歩も動いてなかったよね。もしかして、防御する時にはその場から動けないっていう制限があるんじゃないの?」

「………!」

「でもさ、突然地面が動いたりしたら……動かざるをえないよね?」


 キアーデの異能の看破、および『絶対防御領域』の展開。

 この二つによって、ジークはキアーデを完封し、圧倒していたのだ。

 それでも、例え分かっていても防げないはずなのに。


(たった一回の戦闘で、ウチの癖を全部見切るなんて……!)


「そ、そんな、馬鹿な、馬鹿なことがありえるぁぁあああ!」

「うるさい」

「ひッ!?」


 思わず後ずさったキアーデの隙をジークは逃さない。

 足を斬られ、腕を落とし、魔力を削ったジークは告げる。


「お前らを楽園になんて行かせない。だから葬魂はしない」

「ぁ、ぁあ……!」

「お前が殺した全ての人に、消えて詫びろ」

「なにが、何が悪いんすか。あいつらを殺して、何がッ!」


 キアーデは歯噛みした。


「獣人だからって蔑んで、ウチを除け者にして、石を投げつけて! お前だって分かるでしょう!? なんでやり返したらダメなんすか!? やられた方は黙って死ねっていうんすか!」

「……寂しかったんだね」

「え」


 哀れみすら感じるジークの言葉に、キアーデは絶句する。


「お前にも……僕にとってのリリアみたいな人がいたら、変わったのかもしれない」


 キアーデは後ずさった。

 彼の眼差しが、彼の言葉一つ一つが、肋骨を滑って心臓に突き刺さった。

 差し伸べた手を跳ね除けた記憶が、匿ってくれた老婆を殺した記憶が蘇りーー


「見るな……そんな目で、ウチを、見るなぁあああ!」

「もう何も見なくていいよ……さようなら」


 ーーシャン、と。


 鈴の音が鳴るような音が響く。

 それがキアーデの聞いた最後の音だった。





「ぁ、ぁああ、消える、消えちまう、俺の、腕が……」


 主人の消滅と同時に、アーロンの体が消滅を始めた。

 悪魔の力を分け与えられた際に、眷属として魔力を結んでいたからだ。

 ジークはその姿を一瞬だけ見て、仲間のもとへ歩き出した。


「…………おい、どこいくんだよ。俺が死ぬんだぞ」


 おもちゃに飽きた子供のように、ジークは興味を示さない。

 プライドと傲慢の塊であるアーロンにとって、それは何よりの苦痛だ。


「何を、シカトしてんだよ、なぁ、ジーク。俺を見ろよ」


 腐った水を分けてやっただろう。

 馬小屋の糞の中で寝かせてやっただろう。

 半魔のお前にすぎたご褒美だ。感謝されても、恨まれる道理はない。


 助けろ、助けろ、助けろ、助けろよ!

 なんで、なんでお前は、こっちを見ようともしないんだ!


「俺を、俺を見ろぉ! ジィイイク!!」


 誰か、

 誰でもいい。

 俺を見ろ。俺はここにいる。俺がここにいる。

 助けろ、助けるべきだろう。なんで誰も居ないんだ、誰も……。


 誰にも看取られず、アーロンは孤独に消えた。





【お疲れ様、ジーク】

「アステシア様……見守ってくれて、ありがとうございます」


 神霊として現界したままのアステシアに、ジークは頭を下げる。

 彼女たちが居なければジークはメネスに殺されていたはずだ。

 二度も助けに来てくれた神々には本当に感謝している。


【ま、今回は特別ってやつね】

「アステシア様、ヴェヌリスの時もそう言ってませんでした?」

【気のせいよ】


 アステシアは茶目っぽく舌を出す。

 そんな女神の様子に、太陽神ソルレリアが弟へ囁いた。


【デオウルス。アレは一体だれだい……?】

【分からぬ……何か悪い物でも食ったのかもしれんぞ、兄者】

【うふ。うふふ。これが愛のなせる業なのですね……】


 微笑ましいものを見守る表情の神霊たち。

 アステシアは居心地悪く咳払いすると、


【まぁ、この場に残ったのは、それだけが理由じゃないのよ】

「え、そうなんですか?」

【えぇ。あなたにも関係がある事よ。ジーク】


 アステシアは視線を下に向けた。

 悲しそうに眉を伏せたルージュが、リリアに寄り添っている。


「……リリア」


 胸にこみ上げる悲しみを押し殺し、ジークは恋人の隣に座る。

 もう声は聞こえない。けれど、彼女に叱られた声は、確かに心に残ってる。

 ありがとう、と呟くジークに、しかしアステシアはくすりと微笑んだ。


【まだお礼を言うのは早いかもしれないわよ、ジーク】

「え……それって、」

【大丈夫。まだ手は残っているわ】

「それって、どういう……」

『馬鹿ね。あんた、あたしに何も言わずに消えるなんてどういうつもりなの?』

「……!」


 ハッ、とジークは振り向いた。

 神霊と同じように透明な身体をした少女が腰に手を当てて立っていた。


「アンナ……え、君は、《魂の泉》から離れられないんじゃ?」

『馬鹿ね。誰がそんな事言ったの?』

「…………んん……ぁ、言ってないかも」


 そういえばと、ジークは思い出す。

 アンナは《魂の泉》に眠る魂の集合体だと言っただけで。

 一言も、あの場所から離れられないとは言っていなかった。


「……どうするんですか?」

【この子を通じて、楽園(アアル)への道を開くのさ】


 答えたのは、アンナの後ろから現れたナシャフだ。

 冥界に居る時と違い、神霊体となっている彼は天を仰ぎ、


【この子は俺が楽園から連れてきた魂だからね。まだ魂の在処は楽園と繋がっている。この子と、そして楽園へ旅立つ数多の魂を葬魂することで、楽園(アアル)への道を開く。そうやって、君の最愛の女の子を呼び出すのさ】


 神霊たちが輪になってリリアの身体を囲む。

 ナシャフにもの言いたげな視線を向けていた神々だが、アステシアは首を振って、


【話はあとにして始めましょう。そろそろ時間がないわ】

【……そうだね。あ、子供たち。今回は特別で特殊な特例ってことでよろしく】


 太陽神ソルレリアはそう言ってウィンクする。

 海神デオウルスはため息を吐き、ラークエスタはニコニコと微笑んだ。


【さぁ、行くわよ】


 アステシアが手を掲げる。

 その瞬間、リリアを中心に幾何学模様の魔法陣が広がった。


「わ!?」

【我ら天界の守護を担う大神なれば、今ここに、楽園(アアル)への門を開く】


 リリアの身体が宙に浮かび上がる。

 赤、蒼、黄、緑、白、黒、六柱の光が天に突き立った。


「…………っ!」


 眩しさに思わず目を細めたジークは、それを見る。

 アステシアたちが現れた時と同じように、天がぱっくり裂けるその光景を。

 そして、アンナの身体が薄く消えていくその瞬間を。


「あ、アンナ……!」

『じゃあね、ジーク。短い間だったけど……割と楽しかったわ』

「でも……!」

『馬鹿ね。そんな寂しそうな顔しないの。元々死んでた身なんだから』


 アンナの身体から無数の魂が分かれ、天に昇っていく。

 彼女自身も、肩の荷が下りたようなすっきりした顔で空に浮かび上がった。

 ジークは思わず手を伸ばし、別れを噛みしめ、ぎゅっと拳を握る。


「アンナ……僕、僕……その……ありがとう! すごく、すごく助かった!」


 アンナは目を見開き、『ふふ』と笑う。


『全くよ。せいぜい頑張んなさい。約束、果たしなさいよね』

「また会おうね!」


 ジークは叫んだ。

 言葉を詰まらせたアンナの瞳から、一筋の涙が流れていった。


『……えぇ、またね』


 それが彼女と交わした最後の言葉だった。

 空に登る、数百を超える魂たちが、天の裂け目へ消える。

 見れば、ジークの足元に居たリリアの身体も、光の粒へと変わって天に昇って行った。


 代わりにーー


「おい、あれ見ろ! 誰か来るぞ!?」


 オズワンが天を指さし、ジークも視線を向ける。

 見れば、数多の魂たちと入れ替わるように、一人の女性が現れた。


「え……」


 背中から翼の生えた、真っ白な天使だ。

 白雪を思わせる長髪、純白の瞳が地上を見下ろしている。

 すらりとした手足は剥きだしで、その手には錫杖を携えている。

 その慈しみに満ちた顔は、ジークが知っている女の子と同じものでーー


「リリ、ア……?」

「きれい……」


 呆然としたジークとルージュの呟きに、天使は微笑む。

 ふわりと、地面に降り立ち、ジークに向かい合った。


「リリア……なの?」

「ジーク」

「ぁ」


 その声を聞いた瞬間、我慢が限界を迎えた。


「リリア……リリアッ!」


 駆け寄り、ジークはリリアを抱きしめた。

 胸の中に抱かれる彼女の温もりが、じわじわと伝わってくる。


「リリア、会いたかった……ずっと、会いたかった……!」


 堪えきれず涙を流すジークに、リリアは微笑んだ。


「わたしも……会いたかったです」


 互いに腕を回し、口づけを交わした二人は微笑み合う。

 神々は微笑ましそうに二人を見守り、ルージュとオズワンは涙を流していた。

 周りを見渡してから、ジークはもう一度リリアを見る。


「でも、どうして……その姿は……?」

「えーっと。説明をすれば長くなるんですが……」


 リリアは頬を掻きながら、一言。


「わたし、天使になっちゃいました」

「…………はい?」



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― 新着の感想 ―
[良い点] アーロンがボコボコにされるの見てめっちゃスカッとしました!ありがとうございます!!笑笑 [一言] 今回もめっちゃ面白かったです!リリアが天使になったことはビックリしました! 次回も楽しみに…
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